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線路は故郷へ続かない
第三話「知らない駅名」
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やがて、けたたましいブレーキ音と共に、電車がホームに滑り込んできた。銀色の車体、見慣れた鉄道会社のロゴ。私が毎日乗っている、いつもの電車だ。
扉が開き、数人の乗客が降りてくる。私は立ち上がり、他の人たちに続いて車内へと足を踏み入れた。
「よかった、普通だ……」
思わず安堵のため息が漏れた。
柔らかい座席の感触も、窓に貼られた広告シールも、中吊り広告の内容も、全てが見慣れたものだった。さっきまでの奇妙な出来事が嘘のように、車内は完璧な「日常」を保っている。
やっぱり疲れていただけなんだ。変な夢を見ていただけ。
私は空いていた席に深く腰掛け、学生鞄を膝の上に抱きしめた。
『ドアが閉まります。ご注意ください』
柔らかな女性の声のアナウンスが流れ、ぷしゅー、という音と共に扉が閉まる。やがて、体にかかる僅かな浮遊感。電車は滑るようにして駅を離れた。
これで一安心だ。あとは家に帰って、温かいシチューを食べて、お風呂に入ってぐっすり眠れば、きっと全て元通りに――。
「この先、電車が揺れますのでご注意ください」
その声に、私はびくりと体を震わせた。
凛とした、よく通る男性の声。それは、先ほどバスの中で聞いた声とあまりにも似ていた。
恐る恐る顔を上げると、連結部分のドアの前に、バスで見たのと同じ制服を着た車掌が立っている。
まさか。鼓動が速くなる。
きょろきょろと目線を動かすと、案の定、車両の反対側の端にもう一人、同じ姿の車掌が立っていた。
バスと同じく、二人いる。
(夢の続き、なのかな……)
先ほどまでの安心感は一瞬で消え去り、再び冷たい不安が胸に広がる。せっかく「夢だ」と割り切ったのに、その夢はまだ私を解放してくれないらしい。
私は落ち着こうと、窓の外に視線を向けた。
流れていく景色は、いつもと同じだ。コンビニ、マンション、小さな公園。見慣れた風景がそこにあることに、少しだけ救われる思いがした。
どれくらい時間が経っただろうか。車内が減速するのを感じる。次の駅が近いようだ。
再び、アナウンスが響き渡った。
『まもなく、白鷺です。お出口は、左側です』
「――え?」
聞き覚えのない駅名に、思考が止まる。
しらさぎ? そんな駅、この路線にあっただろうか。いや、ない。絶対にない。私が毎日使っている路線だ。間違えるはずがない。
どこからが夢なんだろう。バスに乗ったところから? それとも、改札を通った時から?
混乱する頭で、私はすぐそばにあった路線図に駆け寄った。
心臓が嫌な音を立てている。お願いだから、見間違いであってくれ。
しかし、私の祈りは無残に打ち砕かれた。
路線図に並んでいたのは、『白鷺』『翡翠台』『朱鷺の沢』といった、鳥の名前がつけられた美しい駅名ばかり。私が知っている駅名は、一つも、どこにも書かれていなかった。
血の気が、さーっと引いていくのが分かった。
言葉が出ない。背筋を、氷水のような悪寒が駆け上った。
(夢じゃ、ない……?)
震える手で、自分の左腕を力いっぱいつねる。
「…………っつ」
皮膚を抉るような鋭い痛みに、思わず小さな悲鳴が漏れた。涙がじわりと滲む。
痛い。
痛い。痛い。痛い。
これは、夢じゃない。
窓から見える景色は、普段と何も変わらない。それなのに、一つも知っている駅名がない。
この電車は、私の知らない場所へ、私を乗せて走り続けている。
電車がホームに到着し、扉が開く。
私は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
扉が開き、数人の乗客が降りてくる。私は立ち上がり、他の人たちに続いて車内へと足を踏み入れた。
「よかった、普通だ……」
思わず安堵のため息が漏れた。
柔らかい座席の感触も、窓に貼られた広告シールも、中吊り広告の内容も、全てが見慣れたものだった。さっきまでの奇妙な出来事が嘘のように、車内は完璧な「日常」を保っている。
やっぱり疲れていただけなんだ。変な夢を見ていただけ。
私は空いていた席に深く腰掛け、学生鞄を膝の上に抱きしめた。
『ドアが閉まります。ご注意ください』
柔らかな女性の声のアナウンスが流れ、ぷしゅー、という音と共に扉が閉まる。やがて、体にかかる僅かな浮遊感。電車は滑るようにして駅を離れた。
これで一安心だ。あとは家に帰って、温かいシチューを食べて、お風呂に入ってぐっすり眠れば、きっと全て元通りに――。
「この先、電車が揺れますのでご注意ください」
その声に、私はびくりと体を震わせた。
凛とした、よく通る男性の声。それは、先ほどバスの中で聞いた声とあまりにも似ていた。
恐る恐る顔を上げると、連結部分のドアの前に、バスで見たのと同じ制服を着た車掌が立っている。
まさか。鼓動が速くなる。
きょろきょろと目線を動かすと、案の定、車両の反対側の端にもう一人、同じ姿の車掌が立っていた。
バスと同じく、二人いる。
(夢の続き、なのかな……)
先ほどまでの安心感は一瞬で消え去り、再び冷たい不安が胸に広がる。せっかく「夢だ」と割り切ったのに、その夢はまだ私を解放してくれないらしい。
私は落ち着こうと、窓の外に視線を向けた。
流れていく景色は、いつもと同じだ。コンビニ、マンション、小さな公園。見慣れた風景がそこにあることに、少しだけ救われる思いがした。
どれくらい時間が経っただろうか。車内が減速するのを感じる。次の駅が近いようだ。
再び、アナウンスが響き渡った。
『まもなく、白鷺です。お出口は、左側です』
「――え?」
聞き覚えのない駅名に、思考が止まる。
しらさぎ? そんな駅、この路線にあっただろうか。いや、ない。絶対にない。私が毎日使っている路線だ。間違えるはずがない。
どこからが夢なんだろう。バスに乗ったところから? それとも、改札を通った時から?
混乱する頭で、私はすぐそばにあった路線図に駆け寄った。
心臓が嫌な音を立てている。お願いだから、見間違いであってくれ。
しかし、私の祈りは無残に打ち砕かれた。
路線図に並んでいたのは、『白鷺』『翡翠台』『朱鷺の沢』といった、鳥の名前がつけられた美しい駅名ばかり。私が知っている駅名は、一つも、どこにも書かれていなかった。
血の気が、さーっと引いていくのが分かった。
言葉が出ない。背筋を、氷水のような悪寒が駆け上った。
(夢じゃ、ない……?)
震える手で、自分の左腕を力いっぱいつねる。
「…………っつ」
皮膚を抉るような鋭い痛みに、思わず小さな悲鳴が漏れた。涙がじわりと滲む。
痛い。
痛い。痛い。痛い。
これは、夢じゃない。
窓から見える景色は、普段と何も変わらない。それなのに、一つも知っている駅名がない。
この電車は、私の知らない場所へ、私を乗せて走り続けている。
電車がホームに到着し、扉が開く。
私は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
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