その腕は、やさしい地獄

沙夜

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京のかりそめ

第二十六話「最後の食事」

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「彩花……。話が、あるの」

私のただならぬ様子に、彩花はこくりと頷くと、部屋の中へと入ってくれた。
私はドアを閉め、昨日からの出来事を、全て正直に話した。松岡さんと名乗る男性が、私と同じ世界から来た人間であること。帰る方法があること。そして、そのために残された時間が、もうほとんどないこと。

私の話を黙って聞いていた彩花は、やがてその大きな瞳から、ぽろぽろと涙を零し始めた。

「……そっか。帰れるんだ。よかった……。本当によかった……!」
「彩花……」
「でも……そっか。もう、行っちゃうんだね、美緒は」

嗚咽を漏らす彼女を見て、私の胸も締め付けられる。
私の知っている元の世界の彩花も、大好きだった。でも、この世界で出会った彼女も、間違いなく私の親友だった。見ず知らずの私を助け、ずっとそばで支え続けてくれた、かけがえのない恩人だ。

「……ありがとう、彩花。彩花がいなかったら、私、とっくにどうにかなってた」
「ううん……。私の方こそ、楽しかったよ、美緒と話せて」

涙を拭った彼女に、私は最後のわがままを口にした。
「あのね。明日から、絶食を始めるから。その前に、最後に一つだけ、お願いがあるの」
「お願い?」
「明日、二人でどこかに出かけないかなって。最後に、思い出が作りたいんだ」

私の言葉に、彩花は「当たり前でしょ!」と涙目のまま、力強く笑ってくれた。
私たちは、あまり体力を使わないようにと、駅前の映画館と、近くの博物館に行く約束を交わした。

その直後、茜さんが「お二人さーん、ご飯やでー!」と部屋の外から声をかけてきた。
私たちは涙の跡を隠して、リビングへと向かう。

食卓には、今日も温かい手料理が並んでいた。これが、私がこの世界で、皆と食べる最後の食事になる。
そう思うと、何気ない会話も、笑い声も、全てが愛おしく、そして切なく感じられた。
伊織先輩は、今日も何も変わらない。穏やかな表情で、時折、皆の会話に相槌を打っている。彼のことを疑っている今でさえ、その姿を目で追ってしまう自分が、少しだけ嫌だった。

食事の途中、私は意を決して、皆に告げた。
「あの、皆さん。急な話なのですが、そろそろ実家の方に戻ることになりました」
「え、もう行っちゃうん!?」と結衣ちゃんが寂しそうな声を上げる。
「うん。それで、お世話になったお礼と言ってはなんですが、後日、少しだけ贈り物をさせてください。それと……明日から数日は、寮の食事をお休みさせてもらってもいいでしょうか。最後に、京都の街を食べ歩きしておきたいな、と思って」

それが、私が考えた、絶食期間を乗り切るための嘘だった。
寮の皆は、私の言葉を疑うこともなく、「そっかー、寂しくなるな」「またいつでも連絡してこいよ!」「頑張れよ!」と、温かい言葉をかけてくれた。変に引き留めたりせず、さらりと背中を押してくれる。その心地よい距離感が、この寮のいいところなのだろう。

こうして、私の「最後の食事」は終わった。
明日、彩花との思い出を作る。
そして、明後日から、過酷な三日間が始まる。
私は、部屋のベッドの中で、これから始まる戦いに向けて、静かに覚悟を決めていた。
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