その腕は、やさしい地獄

沙夜

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鳥籠の扉が閉じる音

第三十五話「期日は、過ぎ去って」

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次に目が覚めた時、私は、知らない部屋の、知らないベッドの上に寝かされていた。
寮の伊織先輩の部屋ではない。だだっ広いだけで、家具もほとんどない、殺風景な部屋だった。
身体が、動かない。
三日間の絶食と度重なる陵辱で、私の身体はもう、指一本動かすことさえ億劫なほどに疲弊しきっていた。

「目が覚めたんやね」

穏やかな声がして、部屋のドアが開く。
そこに立っていたのは、伊織先輩だった。彼は、お盆に載せたお粥と水の入ったグラスを手に、ベッドの脇までやってきた。

「おはよう、美緒ちゃん」
「……ここは……?」
「僕の、もう一つの家。寮に帰らない時は、ここで仕事とかしてるんよ」

喉がカラカラで、声がうまく出ない。
彼は、そんな私に気づくと、水の入ったグラスを優しく唇に当ててくれた。私は、されるがままに、乾いた喉を潤す。

「なんで……こんなこと……」
「なんで、かな」

彼は、心底不思議そうに首を傾げた。
「やっと両思いになれたのに、その相手が、僕を捨てて違う世界に行くなんて。そんな悲しいこと、僕には到底、受け入れられへんかったからやと思うよ」

その、あまりにも自分勝手な理屈。
でも、今の私には、それに反論する気力さえ、残っていなかった。

「ほら、お粥作ったから、食べて。ずっと何も食べてへんかったやろ?」

彼は、私の身体を優しく抱き起こすと、スプーンでお粥をすくい、私の口元へと差し出してきた。
私は、最後の力を振り絞って、そのスプーンから顔を背ける。

「……帰ら、なきゃ……。松岡、さんが……」
「ああ、その人のことなら、もう心配いらないよ」
「え……?」
「だって、美緒ちゃん」

彼は、にっこりと、天使のように無垢な笑顔で、言ったのだ。

「今日はもう、27日やから」

―――にじゅう、しち、にち。
その言葉が、私の頭の中で、意味を結ぶのに、ひどく長い時間がかかった。
一ヶ月の、タイムリミット。
帰還の約束をした、25日から、二日も過ぎている。

「そんな……」
「佐々木さんたちには、僕からうまく言っておいたから。『直接お別れを言うのは辛すぎるから、黙って出ていく』ってね。みんな、美緒ちゃんの気持ちを分かってあげたいって、納得してくれたよ」

帰る道は、閉ざされた。
この世界での、唯一の繋がりだった彩花たちとの縁も、断ち切られた。
もう、何もない。
私には、何も。

「これからはずっと一緒やね、美緒ちゃん。ここで、二人で暮らそう」

そう言って、彼は再び、私にお粥のスプーンを差し出した。
身体も、心も、もう動かない。
元の世界に帰るという、たった一つの希望を失った今、私にできることなど、もう何もなかった。

私は、ゆっくりと、口を開いた。
彼の差し出す、温かいお粥を受け入れる。
それは、完全な、降伏の証だった。
私の長い戦いは、こうして、静かに終わりを告げた。
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