34 / 40
鳥籠の扉が閉じる音
第三十四話「約束の日」
しおりを挟む
目が覚めた時、最初に視界に入ったのは、穏やかな寝息を立てる伊織先輩の顔だった。
私は、彼の腕の中に、しっかりと抱き締められていた。
昨夜の出来事が、悪夢ではなかったことを突きつけるように、身体の節々が軋むように痛んだ。ここ数日の朝とは比べ物にならないほどの、凄まじい倦怠感。
自分の身体を見下ろして、私は息を呑んだ。
腕、胸、お腹。白い肌の上に、まるで所有印を刻むかのように、紫色の噛み跡や鬱血痕が、点々と散らばっていた。
そして、下腹部の奥には、無視しようのない鈍い熱が残っている。
これが、彼の「好き」の証明だというのか。
絶望に打ちひしがれていた、その時。
枕元のデジタル時計の表示が、目に入った。
【10月25日 AM 8:15】
―――約束の、日。
今日、昼に、松岡さんと会って、私は家に帰るんだ。
その事実だけが、死んでいた私の心に、無理やり火を灯した。
行かないと。
何としてでも、ここから抜け出して、あのカフェへ。
私は、彼の腕をそっと持ち上げた。眠っている彼を起こさないように、息を殺し、ベッドから抜け出そうと試みる。
身体は悲鳴を上げていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
あと少し。あと少しで、彼の腕から解放される―――。
そう思った瞬間、背中に回っていた腕に、ぐっ、と力が込められた。
「ん……あっ!?」
強く引き戻され、再び彼の胸の中に閉じ込められる。
見上げると、いつから起きていたのか、伊織先輩がぱっちりと目を開けて、私を見下ろしていた。
その瞳には、いつもの穏やかさなど、どこにもない。
「おはよう、美緒ちゃん」
その声は、地獄の底から響くように、冷たかった。
「……はな、して……」
「どこ行くん?」
「行かなきゃ……! 松岡さんが、待ってる……! 私、かえら、なきゃ……っ!」
私の必死の訴えを、彼は、困った子どもを相手にするように笑った。
「逃がさんよ」
その一言が、私の最後の希望を打ち砕く。
彼は、私の身体の上に、再び乗り上げてきた。
「心も身体も、こないに結ばれたのに。僕を置いていくなんて、そんな酷いこと言うなんて……。まだ、僕の思いが、伝えきれてへんかったんかなあ」
その歪んだ愛情の言葉を、私はもう、恐怖でしか受け止められない。
抵抗しようとする私の両腕を、彼は片手で軽々と押さえつけた。
「ひっ……いやっ……やめ……!」
「大丈夫。もっと、もっと好きになってもらえるように、ちゃんと思い、伝えたるから」
再び、悪夢が始まる。
彼の部屋の時計の針が、無慈悲に時を刻んでいくのが見えた。
九時。十時。十一時。
約束の時間が、刻一刻と、近づいてくる。
そして、遠ざかっていく。
(松岡、さん……ごめ、なさ……)
何度も、何度も、身体の奥を貫かれ、思考が白く染まっていく。
与えられる屈辱的な快楽に、私の心は、完全に折れた。
もう、駄目だ。
もう、帰れない。
再び意識を手放す寸前、窓から差し込む光が、やけに明るいことだけを、ぼんやりと考えていた。
私は、彼の腕の中に、しっかりと抱き締められていた。
昨夜の出来事が、悪夢ではなかったことを突きつけるように、身体の節々が軋むように痛んだ。ここ数日の朝とは比べ物にならないほどの、凄まじい倦怠感。
自分の身体を見下ろして、私は息を呑んだ。
腕、胸、お腹。白い肌の上に、まるで所有印を刻むかのように、紫色の噛み跡や鬱血痕が、点々と散らばっていた。
そして、下腹部の奥には、無視しようのない鈍い熱が残っている。
これが、彼の「好き」の証明だというのか。
絶望に打ちひしがれていた、その時。
枕元のデジタル時計の表示が、目に入った。
【10月25日 AM 8:15】
―――約束の、日。
今日、昼に、松岡さんと会って、私は家に帰るんだ。
その事実だけが、死んでいた私の心に、無理やり火を灯した。
行かないと。
何としてでも、ここから抜け出して、あのカフェへ。
私は、彼の腕をそっと持ち上げた。眠っている彼を起こさないように、息を殺し、ベッドから抜け出そうと試みる。
身体は悲鳴を上げていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
あと少し。あと少しで、彼の腕から解放される―――。
そう思った瞬間、背中に回っていた腕に、ぐっ、と力が込められた。
「ん……あっ!?」
強く引き戻され、再び彼の胸の中に閉じ込められる。
見上げると、いつから起きていたのか、伊織先輩がぱっちりと目を開けて、私を見下ろしていた。
その瞳には、いつもの穏やかさなど、どこにもない。
「おはよう、美緒ちゃん」
その声は、地獄の底から響くように、冷たかった。
「……はな、して……」
「どこ行くん?」
「行かなきゃ……! 松岡さんが、待ってる……! 私、かえら、なきゃ……っ!」
私の必死の訴えを、彼は、困った子どもを相手にするように笑った。
「逃がさんよ」
その一言が、私の最後の希望を打ち砕く。
彼は、私の身体の上に、再び乗り上げてきた。
「心も身体も、こないに結ばれたのに。僕を置いていくなんて、そんな酷いこと言うなんて……。まだ、僕の思いが、伝えきれてへんかったんかなあ」
その歪んだ愛情の言葉を、私はもう、恐怖でしか受け止められない。
抵抗しようとする私の両腕を、彼は片手で軽々と押さえつけた。
「ひっ……いやっ……やめ……!」
「大丈夫。もっと、もっと好きになってもらえるように、ちゃんと思い、伝えたるから」
再び、悪夢が始まる。
彼の部屋の時計の針が、無慈悲に時を刻んでいくのが見えた。
九時。十時。十一時。
約束の時間が、刻一刻と、近づいてくる。
そして、遠ざかっていく。
(松岡、さん……ごめ、なさ……)
何度も、何度も、身体の奥を貫かれ、思考が白く染まっていく。
与えられる屈辱的な快楽に、私の心は、完全に折れた。
もう、駄目だ。
もう、帰れない。
再び意識を手放す寸前、窓から差し込む光が、やけに明るいことだけを、ぼんやりと考えていた。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる