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金色の鳥籠
金色の棘
楓と名乗った女が屋敷の奥へと消えた後も、私はしばらく玄関ホールに立ち尽くしていた。隣でシゲさんが「佳奈ちゃん、大丈夫? 気にすることないから」と心配そうに声をかけてくれるが、その言葉は右から左へと通り抜けていくだけだった。
その日一日、私の心は乱れたままだった。
大学の講義も上の空で、ノートの端に意味のない落書きを繰り返すばかり。シゲさんが運転する帰りの車の中でも、窓の外を流れる景色をただぼんやりと眺めていた。
屋敷に戻ると、朝見た真っ赤なスポーツカーがまだ停まっていた。嫌な予感が胸をよぎる。案の定、食堂へ向かうと、そこには当たり前のように湊さんの隣に座る楓さんの姿があった。
「あら、おかえりなさい。大変ね、学生さんは」
楓さんは私に気づくと、完璧な笑みを浮かべて言った。
その声には、無数の見えない棘が潜んでいる。
私は黙って頭を下げ、いつもよりずっと離れた末席に座った。食事が始まっても、会話の中心は当然、湊さんと楓さんだった。
「湊、今度のパーティーのことなんだけど、お父様があなたにも顔を出してほしいって」
「興味ない」
「そう言わずに。うちの組との関係もあるでしょう? あなたが隣にいてくれないと、私も格好がつかないわ」
甘えた声で話す楓さんと、それを気だるそうに、しかし拒絶はせずに聞いている湊さん。二人の間には、私の知らない長い時間と、確固たる関係性が存在している。私など到底入り込めない、強固な世界。
私はただ、黙々と箸を動かした。料理の味は、もう何も感じなかった。
ふと、視線を感じて顔を上げると、テーブルの向こうで湊さんが私を見ていた。感情の読めない、静かな瞳。すぐに逸らされたけれど、その一瞬の交錯が、私の心をさらにかき乱した。彼は、何を考えているのだろう。
食後、私が早々に部屋に戻ろうと席を立つと、楓さんの声が背中に突き刺さった。
「あなたのお仕事は、夜なんでしょう? あまり湊を待たせると、機嫌を損ねるわよ」
あからさまな侮辱。私は唇を噛み締め、何も言い返せずにその場を去った。
その夜。
寝室で待っていると、いつもより少し遅い時間に湊さんが部屋に入ってきた。彼からは、楓さんがつけていたものと同じ、甘く華やかな香水の匂いが微かにした。その香りが、私の胸を締め付ける。
いつものように、彼は布団の奥側に静かに横たわった。
私も、なるべくいつも通りを装って、隣に身体を滑り込ませる。けれど、どうしても身体が強張ってしまうのが自分でも分かった。
「……どうした」
暗闇の中、静寂を破ったのは湊さんの低い声だった。
「…いえ、なんでも」
「そうか」
それきり、彼は何も言わなかった。けれど、その沈黙は、彼が私の嘘に気づいていることを雄弁に物語っていた。いつもならすぐに聞こえてくる穏やかな寝息が、その夜はなかなか聞こえてこない。
隣に眠る男の存在が、今夜はひどく遠い。
胸に刺さった金色の棘は、抜けるどころか、心の奥深くまで食い込んでいく。
この痛みは、一体何なのだろう。
私は暗闇の中、答えの出ない問いを繰り返しながら、眠れない夜を過ごした。
その日一日、私の心は乱れたままだった。
大学の講義も上の空で、ノートの端に意味のない落書きを繰り返すばかり。シゲさんが運転する帰りの車の中でも、窓の外を流れる景色をただぼんやりと眺めていた。
屋敷に戻ると、朝見た真っ赤なスポーツカーがまだ停まっていた。嫌な予感が胸をよぎる。案の定、食堂へ向かうと、そこには当たり前のように湊さんの隣に座る楓さんの姿があった。
「あら、おかえりなさい。大変ね、学生さんは」
楓さんは私に気づくと、完璧な笑みを浮かべて言った。
その声には、無数の見えない棘が潜んでいる。
私は黙って頭を下げ、いつもよりずっと離れた末席に座った。食事が始まっても、会話の中心は当然、湊さんと楓さんだった。
「湊、今度のパーティーのことなんだけど、お父様があなたにも顔を出してほしいって」
「興味ない」
「そう言わずに。うちの組との関係もあるでしょう? あなたが隣にいてくれないと、私も格好がつかないわ」
甘えた声で話す楓さんと、それを気だるそうに、しかし拒絶はせずに聞いている湊さん。二人の間には、私の知らない長い時間と、確固たる関係性が存在している。私など到底入り込めない、強固な世界。
私はただ、黙々と箸を動かした。料理の味は、もう何も感じなかった。
ふと、視線を感じて顔を上げると、テーブルの向こうで湊さんが私を見ていた。感情の読めない、静かな瞳。すぐに逸らされたけれど、その一瞬の交錯が、私の心をさらにかき乱した。彼は、何を考えているのだろう。
食後、私が早々に部屋に戻ろうと席を立つと、楓さんの声が背中に突き刺さった。
「あなたのお仕事は、夜なんでしょう? あまり湊を待たせると、機嫌を損ねるわよ」
あからさまな侮辱。私は唇を噛み締め、何も言い返せずにその場を去った。
その夜。
寝室で待っていると、いつもより少し遅い時間に湊さんが部屋に入ってきた。彼からは、楓さんがつけていたものと同じ、甘く華やかな香水の匂いが微かにした。その香りが、私の胸を締め付ける。
いつものように、彼は布団の奥側に静かに横たわった。
私も、なるべくいつも通りを装って、隣に身体を滑り込ませる。けれど、どうしても身体が強張ってしまうのが自分でも分かった。
「……どうした」
暗闇の中、静寂を破ったのは湊さんの低い声だった。
「…いえ、なんでも」
「そうか」
それきり、彼は何も言わなかった。けれど、その沈黙は、彼が私の嘘に気づいていることを雄弁に物語っていた。いつもならすぐに聞こえてくる穏やかな寝息が、その夜はなかなか聞こえてこない。
隣に眠る男の存在が、今夜はひどく遠い。
胸に刺さった金色の棘は、抜けるどころか、心の奥深くまで食い込んでいく。
この痛みは、一体何なのだろう。
私は暗闇の中、答えの出ない問いを繰り返しながら、眠れない夜を過ごした。
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