3 / 24
003 初戦闘は採取と共に
しおりを挟む北門を潜ればすぐに広大な草原が広がっている。
遠く離れた場所には薄っすらと木々が生い茂った林が見えるがかなりの距離がある。
そんな広いフィールドでは2,3人のパーティを組んだプレイヤー達が思い思いにMOBとの戦闘を楽しんでいた。
北門から林辺りまでのフィールドにはうさたんシリーズしかPOPしないし、うさたんシリーズは全種類ノンアクティブ、つまりはこちらから攻撃しなければ襲ってこない種類のMOB達だ。
同種を攻撃されたら敵対行動を取る――リンクも発生しないまさに初心者用のMOB。
ボク達もさっそく他のパーティの邪魔にならず且つ、うさたんシリーズがそれなりにいる場所を確保して『ラビリンス・シード』初の戦闘を行ってみることにした。
初戦闘の相手は『ホッピングバニー』。
足がバネになっているウサギで、その強靭な跳躍力を活かした戦闘方法を行ってくる。
とはいえ、初心者用のMOBなので決して強くない。さりとてここは2,3人パーティ用のフィールドだ。
ソロでさくさく狩れるようなHPではなく、多少タフ。まぁそれでも多少だけれどね。
ナツが先頭に立ち木の盾を構えながら近づいていくのをボクは後ろの安全地帯から見守る。
『ホッピングバニー』の足のバネをよく見ていると動きに合わせて微妙に軋んでいる。
MOBの動き1つ1つまでもきっちり再現しているそのクオリティに脱帽だ。
しかも足がバネなんていう珍妙な生物の動きをだ。
ナツが繰り出した銅の剣が袈裟懸けに『ホッピングバニー』を捉えるとパーティを組んでいるボクの視覚にも『ホッピングバニー』のHPゲージが見えるようになり、どのくらいダメージを与えたのかも視覚的に理解できるようになる。
斬られた『ホッピングバニー』の方は血を撒き散らしたり、内臓を露出させたりなんて残酷表現は出ない。
15禁のゲームとはいえ、流血などの残酷表現はとある事件のせいで規制されており、代わりに光の粒子が飛び散る。
攻撃されたことで敵対した『ホッピングバニー』は果敢にナツに襲い掛かってくるがナツはうまく木の盾を使って受け流し、相手の体勢を崩してアキの攻撃に繋げている。
さすがは双子コンビ。息の合った見事な動きだ。
アキのメリケンサックが『ホッピングバニー』の顔面を見事に直撃し、ナツが追撃に動く。
メリケンサックの直撃を受けた『ホッピングバニー』の歪んだ顔の形までしっかり表現しているあたりクオリティ高すぎだと思うが、そんなことは割とどうでもいいことだ。
次々にナツとアキが『ホッピングバニー』に攻撃を当て、逆に『ホッピングバニー』の攻撃は全てナツの盾に防がれる。
時折ナツが『ホッピングバニー』に声を発しているのは、彼が【大声】の『スキル』を取っているためだ。
【大声】は対象のヘイト――敵対心を上昇させてターゲットを自身に向けさせる『スキル』で、防御に特化してパーティの盾となる役目である――タンカーにとっては必須の『スキル』だ。
パラディンプレイを目指しているナツには当然取得すべき『スキル』というわけだ。
アキのワンツーが決まり、HPゲージを消失させた『ホッピングバニー』は砕け散り消滅する。
MOBを倒せばその体は光の粒子となり、砕け散る。残るのはドロップアイテム――戦利品だ。
「兄様、『ウサギの毛皮』が1枚出ましたわ」
「うん、ご苦労様。見事な初陣だったよ2人共」
手に入れたドロップアイテムを嬉しそうに差し出すアキ達に笑顔で初戦闘を賞賛してあげれば2人共相好を崩して年相応のあどけない笑顔を見せてくれる。
普段の2人はいつでもキリッとしていて格好いいように見えるけれど、本当は年相応の可愛い子達なのだ。
「それにしても雑魚MOBとはいえ、序盤はやはり時間がかかりますね」
「まぁそれは仕方ないよ。『スキル』のLvも上がれば徐々に攻撃力にも補正が入っていくはずだからそれまでは丁寧にやっていくべきかな」
「「はい、兄上(兄様)」」
『ラビリンス・シード』には個別ステータスというものが一部しか存在しない。
Lvの概念も『スキル』にしかなく、筋力や知性などといった個別のステータスは一切数値化されていない。
唯一数値化されているステータスは『HP』と『MP』だけであり、その他のステータスは各『スキル』のLvや装備の性能を参考に自身で確認しなければいけない。
つまり『ラビリンス・シード』内で強くなるには『スキル』を鍛え、装備を強くする必要があるということだ。
『スキル』も各それぞれに該当する行動を取れば経験値が入り、一定以上でLvが上昇する。
経験値がどの程度入っているかは実際にLvが上がらなければわからないが、大抵は『スキル』の名称や効果でどのような行動を取れば経験値が入るかはわかるものだ。
例えば先ほどボクは『ホッピングバニー』と双子達の戦闘を『よく見て』いた。
この『よく見る』という行動が【観察】の『スキル』の経験値稼ぎに該当するのだ。
まだ1回分の戦闘しか見ていないのでLvこそ上がっていないが、かなり経験値を稼げたと思う。おそらく次の戦闘ではLvが上昇するに違いない。
MMORPGでのLvの上昇はそれほど簡単ではない。
長く深くプレイしてもらうにはエンドコンテンツまでの道のりは長く険しいのが当たり前だ。
だがまぁ今は序盤。割と簡単にLvが上がらなければプレイヤーもだれてしまう。
その辺の兼ね合いは運営次第だが、βテスト時ではLvの上昇具合は他のタイトルに比べると割と『さくさく』だったと書かれていたので安心している。
「さぁ張り切って次にいこう!」
「「はい、兄上(兄様)!」」
2匹目の犠牲者は『ストーンラビット』。
堅い頭は避けて柔らかい部分を攻撃する双子コンビとMOBをよく見て観察していたが、ふと近場の草が目に入った。
その草は他の草とはちょっと違っていて、よくよく見てみれば素材アイテムである『薬草』であることがわかった。
『ストーンラビット』と双子コンビの戦闘が終わるまでじっくり眺め回した結果AR表示で名称が浮かび上がってきたのだ。
これは【観察】の効果であり、蓄積された観察結果から名称を導き出すというものだ。
【観察】の『スキル』を装備していないプレイヤーの場合はこういった未採取品にはAR表示は出てこない。不便にも感じるが『スキル』が肝となるゲームなのでこれくらいはありだろう。
それに絶対に『スキル』がなければAR表示が全て出てこないわけでもないからね。
MOBの名称や店売りアイテム、生産品なんかはちゃんと見えるし。
「兄上、それは素材ですか?」
「あぁうん、どうやら『薬草』っぽいよ。ヒーリングポーションの材料だね」
「さすが兄様ですわ! 私達はMOBを大量に狩りますから、兄様はどんどん素材を確保してくださいませ」
「はいはい、任せてね」
戦闘用の『スキル』も武器もないボクは戦闘には参加しない。
だがフィールドでは戦闘だけが全てではない。
先ほど見つけた『薬草』のようにアイテムの素材となるようなものが大量にあるのだ。
【観察】などの『スキル』がなくても気をつけてみればわかるけれど、一度AR表示がされたアイテムならば同種は意識して見ればAR表示がされるという便利な機能があるので採取行為は非常に楽になる。
ちなみにこの『薬草』は『初級採取セット』を使って丁寧に採取してある。『スキル』の【採取】の経験値にもなり、『初級採取セット』で採取した方が品質の向上が発生する確率が上がるのだ。
ただ問題もある。
それは品質が変化すると素材アイテムでもスタックできなくなり、『魔法の鞄』の枠を圧迫するということ。
まぁまだ余裕があるからいいけれど、長時間の採取には『魔法の鞄』の枠拡張が必須になる。
今回はまだまだ【採取】のLvが低く、使っている採取セットも初級ということで特に品質の変化はなかった。
同じようにMOBを双子コンビが相手にし、ボクは採取できそうなアイテムを見つけては採取に勤しむ。
30分も経つ頃にはフィールドの人数も大分増えてきていた。
それでもまだまだ余裕があり、混雑しているというほどではない。
比較的空いているだろうと思われるこの2,3人用のフィールドである北門でこれならば1番混雑しているだろうと予測される4人以上のパーティ向けフィールドの西門やソロ向けの東門、南門はMOBを見つけるのも大変な状態になっているかもしれない。
そのうち見切りをつけてこちらに流れてくるプレイヤー達も出始めるだろう。
まだまだ林の方に攻めるにはプレイヤー達の『スキル』Lvも装備も貧弱だろうしね。
ギルドで受けてきたクエストは割と討伐数の多いクエストなので30分そこらの戦闘では達成できない。
でも最初の頃と比べても『スキル』Lvの上昇で討伐速度が上がっているので予定通り2時間程度で終わるだろう。
ボクの【観察】と【採取】のLvも上昇してAR表示される対象も増えてきた。
「兄上、すみません。『初心者用ヒーリングポーション』があと1回分しかなくなってしまいました」
「はいはい、じゃあボクの分をあげるね。アキの分は念のために持っておいた方がいいからそのままでね」
「はい、兄様」
「ありがとうございます、兄上」
タンカーのナツは攻撃を避けるのではなく盾で受け止めたり、逸らしたりするのがメインの防御方法になる。
だからたまにうまく防げないとダメージを受けてしまう。タンカーである彼には常に付きまとう問題ではあるがこれは仕方ない。
回避に特化した場合は1発でも貰ってしまうと即死亡という可能性があるのであまりタンカーには向かない。
もちろん向かないだけでそういうプレイヤーもいる。所謂回避盾というやつだ。
だがナツはしっかりと受け止め、逸らすタンカーを目指している。だから回復アイテムは必要経費だ。
ボクもそんなナツのプレイスタイルを応援してあげたいから『スキル』に【錬金】を入れているのだ。
まぁまだ生産には必須の『レシピ』や『グラフィックシード』を持ってないから素材があっても何も作れないんだけどね。
今回の狩りを終えたらその辺をさくっと揃える予定である。
何をするにもまず先立つものが必要なのだ。MOBは倒しただけじゃお金をくれないし、普通はありそうな初期の所持金も『ラビリンス・シード』にはない。
戦闘職ならまずは戦って素材を手に入れろ。
生産職ならまずは採取して素材を手に入れろ。
つまりはそういうことらしい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
117
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる