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第2章
20,アルの使命
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小鳥の鳴き声が聞こえる。
まるで幼少の頃を過ごした田舎の家にいるかのようだ。
あの長閑な田んぼと山とりんごの木しかない場所から、アスファルトとビルと人で溢れる場所に引っ越してからは久しく聞かなかった声。
でも、昔聞いた小鳥の声とは違う声だなぁ……。
寝惚けた思考でもその声の違いは聞き分けられた。昔聞いた小鳥の鳴き声は……チュンチュンだった。今聞こえてくる声は、ニュンニュンだ。
「ってどんな鳥の声だっ!」
シーツを蹴飛ばすように一気に跳ね起きると、掴んでいたシーツをベッドに叩きつけた。
オレの突っ込みに先ほどまで聞こえていた小鳥の声は聞こえなくなり、どこかへ飛んでいってしまったようだ。
「おはようございます、ワタリ様」
「……おはよぅ」
寝起きに激しい突っ込みをしてしまったからだろうか、少し疲れた。
肉体的にではなく、精神的に。
オレの奇行に特に何のリアクションも返さない万能執事君――アルは慇懃な態度で深々と頭を下げている。
頭を上げたアルは鎧戸のしっかりと閉まった窓を開けて、支え棒で窓を固定する。日の光が少し薄暗かった部屋に入り込んでアルの綺麗な顔を照らす。そんなアルを数秒見つめて、現状を思い出した。
そうだ、今オレはあの田舎でも都会でもない異世界にいるんだった。
ほんの1日前まで過ごしていた場所と、変な小鳥の鳴き声でなぜか思い出した幼少の住まい。
特にホームシックのような感情は沸いて来ないが、それでも自分はあの世界にはもう居ないということが事実となって心をほんの少しだけ揺らした。
「ワタリ様、昨晩は体を清める前にお眠りになってしまいましたので湯を貰ってきます」
「あー……そうか。ご飯食べたらすぐ寝ちゃったもんなぁ。わかった、待ってるよ」
「では、しばしお待ちくださいませ」
完全に目が覚めたとはいえ、寝起きなのでやる気も起こらず、やれることもないのでベッドに座ってぼーっとする。
朝起きて一番最初にやることはやっぱり顔を洗って歯磨きだろう。
だが、顔を洗うにもそのお湯は今アルが貰いに行っている。歯磨きは歯ブラシがない。
今日のところはうがいだけで我慢しよう。口も別に気持ち悪くはないしな。
起きたばっかりだと、口の中が結構気持ち悪いものなのに不思議だ。幼女だからだろうか。よくわからない。
口にも浄化をかけてもらったら同じ効果になるんだろうか……。
そんな他愛もないことを考えながらアルの帰りを待つ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お待たせ致しました」
「おかえりー」
しばらくぼーっと待っていると、大きな桶を持ったアルが戻ってきた。
そういえば昨日のお湯はどうしたんだろうか。今回新しく貰ってきたってことは有料?
「ねぇアル。昨日頼んでおいたお湯はどうしたの?
そのお湯って有料だった?」
「昨日のお湯はワタリ様がお眠りになった後に、居眠りをしていた女将を起こしてキャンセル致しました。
お湯が有料だったかについては、答えは否。サービス分のお湯をキャンセルしたので、今回の分をサービスにしてもらいました」
「あーそうだったんだ。それならよかったや」
ベッドの近くに大きな桶を置くと、一緒に貰ってきたのか、お湯を頼むとついてくるのか知らないが、タオルを何枚か腕に掛けてこちらの瞳をじっと見据えながら返答してくる。
アルの瞳は銀の髪とは対照的な漆黒だ。
少年らしさの漂う容貌だが、目鼻立ちはすっきりしていて瞳は強い光を宿している。
銀の髪は短く刈り込まれ活発な印象を与えると共に、爽やかさも併せ持っている。
背筋はピンと伸び、何か入ってるんじゃないかと思えるほどの姿勢のよさだ。
燕尾服を纏っている体は中肉中背。背も高くもなく低くもない。だが、大きな桶に8分目まで入っているお湯を軽々と持ってきたりと、見た目どおりの腕力ではあるまい。
「では、ワタリ様。体を清めさせていただきたく存じますので、服を脱がさせていただきます」
「……は? いや、自分で出来るよそれくらい」
体を清めるのは存じますと言ったのに、服を脱がすのはこちらの意志は関係なくアル自身が脱がすという確定事項らしい。さすがにそれくらいは自分で出来るのだが……。
「ワタリ様、私はワタリ様の従者。ワタリ様のお世話をすることが喜び、そして使命にございます。
ですので、私は自らの使命を果たさせて頂きたく存じます」
「いや……えーと……」
瞳の光がより一層強くなり、一時も逸らすことのないその瞳で見据えられる。
なんだかこっちの方が悪いような気分になってくる。
「……はぁ。わかったよ。それじゃよろしく」
「はっ! 恐悦至極にございます」
ベッドに腰掛けたまま麻製っぽい長袖の上着を丁寧に脱がせてもらうと、凹凸のないイカっ腹が出てくる。
6歳なので当然出る胸もなく、引っ込むくびれもなく、あるのは寸胴なイカっ腹。
特殊な性癖を所持しているお方には大好評なのだろうが、如何せんオレはそんなもの持ち合わせていない。
そして今はオレの体だ。欲情なんてYの字すら出てくるわけがない。
タオルをお湯に漬けて絞ったアルも当然ながらそんなYの字はあるわけがない。
彼の瞳からは主への奉仕を完璧に行うための真剣な色しか垣間見えない。
「失礼します」
一言断りを入れたアルが、まずは首筋からゆっくりと拭いて行く。
6歳の少女の柔肌を決して傷つけないように優しく柔らかく、だが体の汚れを拭き取るという役目を十全に果たすように絶妙な力加減で拭いて行く。
首から顎、頬をゆっくりと拭きそんなに広くないおでこを拭き、眉毛を拭く。目を瞑っている間に瞼も眉間も壊れ物を扱うかのような一際優しい感触で拭かれる。小さな鼻も丹念に拭かれるが、さすがに鼻の穴の中まで進入してくるようなことはなかった。
一旦濯ぐと今度は鼻の下を拭き、唇を慎重にゆっくりと拭く。
意外と気持ちいいので為すがままだった。
さらに濯ぐと次は耳の裏を拭き、耳の凸凹してる部分――耳殻を丹念に拭いていく。かなりこそばゆくてちょっと声が出そうになったが、なんとか我慢することが出来た。
耳殻をやられたということは当然外耳道――耳の穴もやられるということだ。
予想通りに進入してきたアルの魔の手に思わず口を押さえて声を我慢する。こいつは間違いなく楽しんでやがる! くっそー!
丹念に両耳とも綺麗にされると耳掻きがないのが残念なくらいに気持ちよかった。残念ながらオレは魔性の執事君の耳綺麗綺麗攻撃に負けてしまったようだ。
耳綺麗綺麗には勝てなかったよ……。
顔が終わると次は鎖骨から肩、二の腕、手首と移り、指の間から先までしっかりと左右どちらも拭いて行く。
部屋の温度は寒くもなく暑くもなく、ちょうどいいのでゆっくり拭かれても風邪を引くことはなさそうだ。
左右の腕を拭き終えると、次は胴体だ。
お湯にタオルを漬けて一旦濯いでから脇の下から始まり、膨らんですらない胸を慎重に拭き、お腹に移る。
臍の穴まで満遍なく拭いて行くアル。ちょっとこそばゆい。
前を拭き終えると次は背中。
またタオルを濯いで、優しく拭いて行く。
背骨沿いに動いたタオルでちょっとビクっとなった。
「申し訳ありません、ワタリ様。以後気をつけます」
「……あーいや、大丈夫。なんかこの体だとちょっと弱いみたいなだけだから、気にしないでいいよ」
前世の体では背骨をツーっとやられても別に平気だったのに、この体は敏感なようだ。
今度は背骨の部分はさらに優しく柔らかく、ほんとに拭いてるのかと思うくらいな感触で拭いていく。
これで上半身は終わりだ。
あとは下半身だけど……そっちも拭いてもらうのか……?
「な、なぁアル……その……下も……?」
「もちろんにございます。私はワタリ様のじゅ」
「あーわかったわかった! わかったから……はぁ……」
また例の従者なのでお世話をするのは当たり前です、な発言が来る前に遮ってやった。
もう聞き飽きたよそれ。
大体相手はアルだ。別になんとも思わない。ただ……そのなんだ。なんていうかアレだ、アレ。
誰の前だろうと裸になるのは恥ずかしいだろ? そしてきっと恥ずかしげもなく奴は股の間も拭いてくるだろう。
6歳とはいえ、一応体は女の子だ。精神は33歳のおっさんだとしてもだ。
ちょっとほら……恥ずかしいだろ?
脱いだ上着に浄化を掛けたアルが着せてくれる。
さすがに全裸でやるわけではないらしい。まぁあんまり変わらないがな? 変わらないがな!?
麻のズボンを脱ぐと下着はカボチャパンツだ。
草原――獣の窟を移動中に用を足す度に何回か確認したけど、やっぱり生えてはいなかった。
そしてカボチャパンツも脱ぐとベッドにぽいっと投げ捨てて、肩幅より少し広めに足を広げて仁王立ち。
さぁどんとこいって感じに腕を組んで目を瞑る。
アルはそれはそれは綺麗に拭いてくれました。
気持ちよかったかどうかは黙秘させて頂こう。
カボチャパンツもズボンも浄化を掛けてくれたので、さっさと履くと次は髪の番だった。
手櫛で適当に梳いて寝癖を押えただけだったのが、アルとしては問題ありだったらしい。
「失礼致します」
「おう、お手柔らかにな!」
股の間まで綺麗にしてもらった仲だ、もう怖いもんなんてない!
櫛はないけど、念入りに濯いでさらに浄化をかけたもう1枚のタオルでゆっくりと、体を拭いてくれた時と同じように壊れ物を扱うが如く梳いていく。
この幼い体の髪はすごく細くて滑らかだ。だから寝癖も手櫛で十分なくらいしか付かなかった。でもタオルで梳いてもらうと気持ちいい。
ちゃんとした櫛で梳いたらもっと気持ちいいのだろうか。
今日の買い物リストに櫛も追加だな。
たっぷりと時間を掛けて肩に掛かるくらいの黒髪を梳いてもらった。
気持ちよすぎてちょっと船を漕ぎかけたけど、二度寝には危ういところで至らずにすんだ。
同性に髪を梳かれて気持ちよくなってしまうなんて……あ、でもアルだし、ていうかオレ今女の子だったなぁ~オレまだ大丈夫だよな……うん、大丈夫大丈夫……大丈夫といえば朝食の時間は大丈夫なんだろうか。
「アル~……朝食って大丈夫かな~?」
「答えは是。まだ日が昇ってから1時間程度ですので、問題ないかと愚考致します」
「そかそか~。んじゃぁ~朝食食べたらぁ~……さっそくぅ~買い物行こうかぁ~。
お店ってぇ~もうやってるよね~? 外もにぎわってるみたいだしぃ~」
「答えは是。すでに外の賑わいから察するに開店している店も多いかと愚考致します」
開いている窓からは、開店準備や仕事に行く人達の微かな喧騒が聞こえてきている。
アルの髪梳きが気持ちよすぎて語尾がのびのびになってしまっているが問題ない。だってアルだし。
梳いてもらった髪を更に整えてくれる。
サイドの髪を後ろに束ねるようにしてハーフアップにするように編みこむと、捻ってハンカチを使って固定したようだ。固定したハンカチを今度は折っているみたいだ。
鏡がないのでよくは見えないが、ちょっと触っていたらあまりお触りになると乱れてしまいますのでご注意ください、と注意されてしまった。
アル的にはもうちょっと髪をいぢりたいみたいだったが、如何せん小道具がないので無難にまとめたようだ。
「ねぇ、アル。髪弄り用の小道具とか買った方がいい?」
「お許しいただけるのでしたら、是非に」
「じゃぁ買おっかー」
深々と頭を下げるアル。やっぱりその手の小道具が欲しいようだ。
オレの頭のことでもあるし、あまり高くないようなら買っておこう。心の買い物リストにまた1つ追加された。
テーブルになぜかコップが置いてあり、そこにちょっと温いお湯が入っていたので、念の為浄化をかけてもらってから口を濯いで桶に吐き出す。
お湯を貰ってきた時にコップも借りてきたらしい。この執事君はほんとに色々と気が利く。お湯で濯ぐだけでは心許なかったので、浄化を口の中にもかけてもらった。
思ったとおりにさっぱりする。便利すぎるぜぇじょーかー!
体も綺麗にしたし、髪もセットしてもらった。口も綺麗だ。
朝食は余裕を持って行きたいので、さっそく食べに行くことにする。
お湯はあとで洗濯物と一緒に回収するそうだけど、服は今着ている分しかないので桶だけ入り口の近くに移動させておいた。もちろんアルが。
施錠して階段を下りていくと、女将さんが居たので挨拶をすると朝なのに元気のいい挨拶が返ってきた。
「これから朝食かい? すっかりあの人にも気に入られたみたいだからね。
朝食も期待してくれていいよ」
「はーい」
【アル、どうせ今日も泊まるだろうし、もう1泊分払っておこうか】
【畏まりました】
「女将。もう1泊分お願いします」
「あいよ。2階の部屋のままでいいんだね? 200ラードだよ」
懐から取り出した巾着袋から銀貨を2枚取り出して女将さんに渡すアル。
それを昨日見たにんまりとした笑顔で受け取ると、1枚2枚としっかり数える女将さん。
「はい、確かに。外に出る時は鍵は預けとくれよ」
「わかりましたー」
にんまり笑顔の女将さんに、にっこり笑顔で返事を返してアルが押えている食堂の扉を潜った。
まるで幼少の頃を過ごした田舎の家にいるかのようだ。
あの長閑な田んぼと山とりんごの木しかない場所から、アスファルトとビルと人で溢れる場所に引っ越してからは久しく聞かなかった声。
でも、昔聞いた小鳥の声とは違う声だなぁ……。
寝惚けた思考でもその声の違いは聞き分けられた。昔聞いた小鳥の鳴き声は……チュンチュンだった。今聞こえてくる声は、ニュンニュンだ。
「ってどんな鳥の声だっ!」
シーツを蹴飛ばすように一気に跳ね起きると、掴んでいたシーツをベッドに叩きつけた。
オレの突っ込みに先ほどまで聞こえていた小鳥の声は聞こえなくなり、どこかへ飛んでいってしまったようだ。
「おはようございます、ワタリ様」
「……おはよぅ」
寝起きに激しい突っ込みをしてしまったからだろうか、少し疲れた。
肉体的にではなく、精神的に。
オレの奇行に特に何のリアクションも返さない万能執事君――アルは慇懃な態度で深々と頭を下げている。
頭を上げたアルは鎧戸のしっかりと閉まった窓を開けて、支え棒で窓を固定する。日の光が少し薄暗かった部屋に入り込んでアルの綺麗な顔を照らす。そんなアルを数秒見つめて、現状を思い出した。
そうだ、今オレはあの田舎でも都会でもない異世界にいるんだった。
ほんの1日前まで過ごしていた場所と、変な小鳥の鳴き声でなぜか思い出した幼少の住まい。
特にホームシックのような感情は沸いて来ないが、それでも自分はあの世界にはもう居ないということが事実となって心をほんの少しだけ揺らした。
「ワタリ様、昨晩は体を清める前にお眠りになってしまいましたので湯を貰ってきます」
「あー……そうか。ご飯食べたらすぐ寝ちゃったもんなぁ。わかった、待ってるよ」
「では、しばしお待ちくださいませ」
完全に目が覚めたとはいえ、寝起きなのでやる気も起こらず、やれることもないのでベッドに座ってぼーっとする。
朝起きて一番最初にやることはやっぱり顔を洗って歯磨きだろう。
だが、顔を洗うにもそのお湯は今アルが貰いに行っている。歯磨きは歯ブラシがない。
今日のところはうがいだけで我慢しよう。口も別に気持ち悪くはないしな。
起きたばっかりだと、口の中が結構気持ち悪いものなのに不思議だ。幼女だからだろうか。よくわからない。
口にも浄化をかけてもらったら同じ効果になるんだろうか……。
そんな他愛もないことを考えながらアルの帰りを待つ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お待たせ致しました」
「おかえりー」
しばらくぼーっと待っていると、大きな桶を持ったアルが戻ってきた。
そういえば昨日のお湯はどうしたんだろうか。今回新しく貰ってきたってことは有料?
「ねぇアル。昨日頼んでおいたお湯はどうしたの?
そのお湯って有料だった?」
「昨日のお湯はワタリ様がお眠りになった後に、居眠りをしていた女将を起こしてキャンセル致しました。
お湯が有料だったかについては、答えは否。サービス分のお湯をキャンセルしたので、今回の分をサービスにしてもらいました」
「あーそうだったんだ。それならよかったや」
ベッドの近くに大きな桶を置くと、一緒に貰ってきたのか、お湯を頼むとついてくるのか知らないが、タオルを何枚か腕に掛けてこちらの瞳をじっと見据えながら返答してくる。
アルの瞳は銀の髪とは対照的な漆黒だ。
少年らしさの漂う容貌だが、目鼻立ちはすっきりしていて瞳は強い光を宿している。
銀の髪は短く刈り込まれ活発な印象を与えると共に、爽やかさも併せ持っている。
背筋はピンと伸び、何か入ってるんじゃないかと思えるほどの姿勢のよさだ。
燕尾服を纏っている体は中肉中背。背も高くもなく低くもない。だが、大きな桶に8分目まで入っているお湯を軽々と持ってきたりと、見た目どおりの腕力ではあるまい。
「では、ワタリ様。体を清めさせていただきたく存じますので、服を脱がさせていただきます」
「……は? いや、自分で出来るよそれくらい」
体を清めるのは存じますと言ったのに、服を脱がすのはこちらの意志は関係なくアル自身が脱がすという確定事項らしい。さすがにそれくらいは自分で出来るのだが……。
「ワタリ様、私はワタリ様の従者。ワタリ様のお世話をすることが喜び、そして使命にございます。
ですので、私は自らの使命を果たさせて頂きたく存じます」
「いや……えーと……」
瞳の光がより一層強くなり、一時も逸らすことのないその瞳で見据えられる。
なんだかこっちの方が悪いような気分になってくる。
「……はぁ。わかったよ。それじゃよろしく」
「はっ! 恐悦至極にございます」
ベッドに腰掛けたまま麻製っぽい長袖の上着を丁寧に脱がせてもらうと、凹凸のないイカっ腹が出てくる。
6歳なので当然出る胸もなく、引っ込むくびれもなく、あるのは寸胴なイカっ腹。
特殊な性癖を所持しているお方には大好評なのだろうが、如何せんオレはそんなもの持ち合わせていない。
そして今はオレの体だ。欲情なんてYの字すら出てくるわけがない。
タオルをお湯に漬けて絞ったアルも当然ながらそんなYの字はあるわけがない。
彼の瞳からは主への奉仕を完璧に行うための真剣な色しか垣間見えない。
「失礼します」
一言断りを入れたアルが、まずは首筋からゆっくりと拭いて行く。
6歳の少女の柔肌を決して傷つけないように優しく柔らかく、だが体の汚れを拭き取るという役目を十全に果たすように絶妙な力加減で拭いて行く。
首から顎、頬をゆっくりと拭きそんなに広くないおでこを拭き、眉毛を拭く。目を瞑っている間に瞼も眉間も壊れ物を扱うかのような一際優しい感触で拭かれる。小さな鼻も丹念に拭かれるが、さすがに鼻の穴の中まで進入してくるようなことはなかった。
一旦濯ぐと今度は鼻の下を拭き、唇を慎重にゆっくりと拭く。
意外と気持ちいいので為すがままだった。
さらに濯ぐと次は耳の裏を拭き、耳の凸凹してる部分――耳殻を丹念に拭いていく。かなりこそばゆくてちょっと声が出そうになったが、なんとか我慢することが出来た。
耳殻をやられたということは当然外耳道――耳の穴もやられるということだ。
予想通りに進入してきたアルの魔の手に思わず口を押さえて声を我慢する。こいつは間違いなく楽しんでやがる! くっそー!
丹念に両耳とも綺麗にされると耳掻きがないのが残念なくらいに気持ちよかった。残念ながらオレは魔性の執事君の耳綺麗綺麗攻撃に負けてしまったようだ。
耳綺麗綺麗には勝てなかったよ……。
顔が終わると次は鎖骨から肩、二の腕、手首と移り、指の間から先までしっかりと左右どちらも拭いて行く。
部屋の温度は寒くもなく暑くもなく、ちょうどいいのでゆっくり拭かれても風邪を引くことはなさそうだ。
左右の腕を拭き終えると、次は胴体だ。
お湯にタオルを漬けて一旦濯いでから脇の下から始まり、膨らんですらない胸を慎重に拭き、お腹に移る。
臍の穴まで満遍なく拭いて行くアル。ちょっとこそばゆい。
前を拭き終えると次は背中。
またタオルを濯いで、優しく拭いて行く。
背骨沿いに動いたタオルでちょっとビクっとなった。
「申し訳ありません、ワタリ様。以後気をつけます」
「……あーいや、大丈夫。なんかこの体だとちょっと弱いみたいなだけだから、気にしないでいいよ」
前世の体では背骨をツーっとやられても別に平気だったのに、この体は敏感なようだ。
今度は背骨の部分はさらに優しく柔らかく、ほんとに拭いてるのかと思うくらいな感触で拭いていく。
これで上半身は終わりだ。
あとは下半身だけど……そっちも拭いてもらうのか……?
「な、なぁアル……その……下も……?」
「もちろんにございます。私はワタリ様のじゅ」
「あーわかったわかった! わかったから……はぁ……」
また例の従者なのでお世話をするのは当たり前です、な発言が来る前に遮ってやった。
もう聞き飽きたよそれ。
大体相手はアルだ。別になんとも思わない。ただ……そのなんだ。なんていうかアレだ、アレ。
誰の前だろうと裸になるのは恥ずかしいだろ? そしてきっと恥ずかしげもなく奴は股の間も拭いてくるだろう。
6歳とはいえ、一応体は女の子だ。精神は33歳のおっさんだとしてもだ。
ちょっとほら……恥ずかしいだろ?
脱いだ上着に浄化を掛けたアルが着せてくれる。
さすがに全裸でやるわけではないらしい。まぁあんまり変わらないがな? 変わらないがな!?
麻のズボンを脱ぐと下着はカボチャパンツだ。
草原――獣の窟を移動中に用を足す度に何回か確認したけど、やっぱり生えてはいなかった。
そしてカボチャパンツも脱ぐとベッドにぽいっと投げ捨てて、肩幅より少し広めに足を広げて仁王立ち。
さぁどんとこいって感じに腕を組んで目を瞑る。
アルはそれはそれは綺麗に拭いてくれました。
気持ちよかったかどうかは黙秘させて頂こう。
カボチャパンツもズボンも浄化を掛けてくれたので、さっさと履くと次は髪の番だった。
手櫛で適当に梳いて寝癖を押えただけだったのが、アルとしては問題ありだったらしい。
「失礼致します」
「おう、お手柔らかにな!」
股の間まで綺麗にしてもらった仲だ、もう怖いもんなんてない!
櫛はないけど、念入りに濯いでさらに浄化をかけたもう1枚のタオルでゆっくりと、体を拭いてくれた時と同じように壊れ物を扱うが如く梳いていく。
この幼い体の髪はすごく細くて滑らかだ。だから寝癖も手櫛で十分なくらいしか付かなかった。でもタオルで梳いてもらうと気持ちいい。
ちゃんとした櫛で梳いたらもっと気持ちいいのだろうか。
今日の買い物リストに櫛も追加だな。
たっぷりと時間を掛けて肩に掛かるくらいの黒髪を梳いてもらった。
気持ちよすぎてちょっと船を漕ぎかけたけど、二度寝には危ういところで至らずにすんだ。
同性に髪を梳かれて気持ちよくなってしまうなんて……あ、でもアルだし、ていうかオレ今女の子だったなぁ~オレまだ大丈夫だよな……うん、大丈夫大丈夫……大丈夫といえば朝食の時間は大丈夫なんだろうか。
「アル~……朝食って大丈夫かな~?」
「答えは是。まだ日が昇ってから1時間程度ですので、問題ないかと愚考致します」
「そかそか~。んじゃぁ~朝食食べたらぁ~……さっそくぅ~買い物行こうかぁ~。
お店ってぇ~もうやってるよね~? 外もにぎわってるみたいだしぃ~」
「答えは是。すでに外の賑わいから察するに開店している店も多いかと愚考致します」
開いている窓からは、開店準備や仕事に行く人達の微かな喧騒が聞こえてきている。
アルの髪梳きが気持ちよすぎて語尾がのびのびになってしまっているが問題ない。だってアルだし。
梳いてもらった髪を更に整えてくれる。
サイドの髪を後ろに束ねるようにしてハーフアップにするように編みこむと、捻ってハンカチを使って固定したようだ。固定したハンカチを今度は折っているみたいだ。
鏡がないのでよくは見えないが、ちょっと触っていたらあまりお触りになると乱れてしまいますのでご注意ください、と注意されてしまった。
アル的にはもうちょっと髪をいぢりたいみたいだったが、如何せん小道具がないので無難にまとめたようだ。
「ねぇ、アル。髪弄り用の小道具とか買った方がいい?」
「お許しいただけるのでしたら、是非に」
「じゃぁ買おっかー」
深々と頭を下げるアル。やっぱりその手の小道具が欲しいようだ。
オレの頭のことでもあるし、あまり高くないようなら買っておこう。心の買い物リストにまた1つ追加された。
テーブルになぜかコップが置いてあり、そこにちょっと温いお湯が入っていたので、念の為浄化をかけてもらってから口を濯いで桶に吐き出す。
お湯を貰ってきた時にコップも借りてきたらしい。この執事君はほんとに色々と気が利く。お湯で濯ぐだけでは心許なかったので、浄化を口の中にもかけてもらった。
思ったとおりにさっぱりする。便利すぎるぜぇじょーかー!
体も綺麗にしたし、髪もセットしてもらった。口も綺麗だ。
朝食は余裕を持って行きたいので、さっそく食べに行くことにする。
お湯はあとで洗濯物と一緒に回収するそうだけど、服は今着ている分しかないので桶だけ入り口の近くに移動させておいた。もちろんアルが。
施錠して階段を下りていくと、女将さんが居たので挨拶をすると朝なのに元気のいい挨拶が返ってきた。
「これから朝食かい? すっかりあの人にも気に入られたみたいだからね。
朝食も期待してくれていいよ」
「はーい」
【アル、どうせ今日も泊まるだろうし、もう1泊分払っておこうか】
【畏まりました】
「女将。もう1泊分お願いします」
「あいよ。2階の部屋のままでいいんだね? 200ラードだよ」
懐から取り出した巾着袋から銀貨を2枚取り出して女将さんに渡すアル。
それを昨日見たにんまりとした笑顔で受け取ると、1枚2枚としっかり数える女将さん。
「はい、確かに。外に出る時は鍵は預けとくれよ」
「わかりましたー」
にんまり笑顔の女将さんに、にっこり笑顔で返事を返してアルが押えている食堂の扉を潜った。
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