幼女と執事が異世界で

天界

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第2章

43,ネーシャ

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 たどり着いた建物は今日見てきた奴隷商の中では中規模といったところだ。
 1棟2階建ての石造りの建物に看板。
 奴隷商で一番大きな建物は3棟が連なった3階建ての結構巨大なものだった。一番小さい奴隷商だと1階建ての平屋で奴隷の数も合計で10人未満とかだったりした。
 だがそんな小さな奴隷商にもお鉢が回ったほどアディントン家には奴隷が大量に居たのだ。おかげで2手に別れて午後いっぱいをかけてたくさんの奴隷商を回る羽目になった。


「ここ……ですか?」

「えぇ、ここよ。エイド君が調べてくれた情報は結構当てになるから信頼できるわ。
 ……ところで、交渉は私に任せてもらえるかしら?」

「……それは構いませんけど……いいんでしょうか? 今更ですけど、こんなにお世話になってしまって……」


 身長差的に自然とそうなってしまうが、上目遣いで遠慮がちに問いかけるとエリザベートさんはたわわな双丘の上に両手を重ねて身を捩り始めてしまった。


「あぁん、もう! ワタリちゃん可愛すぎるわ! お世話になんてそんな寂しいこと言わないで!
 ワタリちゃんの為だったら火の中水の中よ! このエリザベート・アクセルフォックスにお任せあれ!」

「あ、あはは……よろしくお願いします」


 胸をドン、と叩くとぶるんぶるんと重力に逆らうロケットが2つ発射態勢よろしく震える迫力はものすごい。下から見上げるその様はまさに圧巻だ。

 ていうかエリザベートさんのフルネームって何気にはじめて知ったな。なんかかっこいい苗字だ。加速狐ですよ加速狐。
 ……あれ、日本語にすると微妙かもしれん……。


「さぁ、行きましょうか!」

「店の前で何を騒いでいるのかと思えば……ギルドの暴れん坊娘じゃねぇか」

「あら、酷い言われようね。今日はお客様よ?」


 ロケットエルフさんがノッカーに手を伸ばすが、その手は空を切る。
 中から出てきた筋骨隆々の男は盛り上がった筋肉で服がパツパツだ。鎧をつけていたら冒険者ギルドに居たような冒険者の出来上がりではないだろうか。
 ぼさぼさの髪を乱暴にかき乱しながらエリザベートさんを確認するや呆れた表情になっている。
 暴れん坊娘って……。


「客……? あんたがか? まぁあんたくらいなら奴隷を持っててもおかしくねぇが……嫌いなんじゃなかったのか、奴隷」

「えぇ、嫌いですよ。ただし奴隷制度がですけどね。
 それより客をいつまで外に立たせておく気ですか?」

「あーはいはい、わかったわかった。ではどうぞ、お客様」


 一歩引いて男が作ったスペースを躊躇なく進んでいくエリザベートさん。さっきまで身を捩っていた変なエルフさんの表情はどこにもない。
 戦場にでも赴くかのような厳しい表情と雰囲気を纏い先陣を切っていく。


 通された部屋は他の奴隷商同様の応接室。いやここは応接間といった方がいいかもしれない広さだ。

 個人で商談するには少し広い。だが他の奴隷商であった圧迫感のような閉塞感は皆無だ。
 初めて奴隷を買いに来る様な人には優しそうな作りではある。


「それで、どんな奴隷をお望みで?」


 入り口から案内して来た男はそのまま応接間の大きなソファーにどっかりと座ると、さっそく商談を切り出す。
 というかこいつがそのまま対応すんのかよ。てっきり門番的なヤツかと思ってたぞ。


「狐族の子をお願い。状態は問わないわ」

「……状態は問わない? いいのか? 怪我人も一応いるが、そいつらも含めてってことだぞ?」

「えぇ、構わないわ」

「……待ってろ」


 訝しむ男が首を捻って鋭い眼光を向けるが、まったく意に返さずあっけらかんとしているエリザベートさんはさすがだ。
 冒険者ギルドで普段から荒々しいのに慣れているんだろう。普通の女性なら震え上がっちゃうような怖い視線だ。

 それにしてもエリザベートさんが交渉してくれているけど、オレ達のことはまったく無視。目線1つくれやしない。これはどうなんだろうか。
 まぁ男の態度が今更すぎて接客態度云々を問うのもどうだろう。気にしないのが一番だな。

 男が席を立ち、しばらくすると数枚の紙を持って戻ってきた。
 その後には質素な感じのロングワンピースの女性も付き従っている。一緒に持ってきたのはティーカート。
 男がまたどっかりと座ると女性はお茶を淹れ始める。


「今居る狐族は4人だな……全員女だ。さっきも言ったように怪我人も含めてだ。
 怪我人は2人。1人は重傷。1人で立てないほど酷い怪我だったが、騎士団の連中が多少治療したようだ。命に別状はない。ほれ」

 男が紙を見ながら説明を始めるが、すぐに紙ごとエリザベートさんに渡してしまった。
 今まで見てきた奴隷商でもこんな適当な態度はなかったぞ……。
 知り合いみたいな雰囲気だったが、いくらなんでもこれはひどいんじゃ……。


「外傷が多すぎるわね。これで命に別状がない?」

「おいおい、獣族だぞ? その程度の怪我で死ぬわけねーだろ」


 渡された資料を一瞥し、エリザベートさんの眼光が一気にきつくなる。
 こんなエリザベートさんは始めてみる。いつもにこにこしていて朗らかで可愛い人だっただけにギャップがものすごい。


「まぁいいわ。じゃぁ実物を見せてもらえる?」

「あぁ、今用意させてる。命に別状はないとは言ったが、大怪我には違いねーからな。
 少し待ってくれや」


 カチャ、と小さな音を立てて置かれるティーカップ。
 香りはとても爽やかだ。だがやっぱり色が酷い。なんでファーストフラッシュのような若々しい爽やかな香りで原色に近い青なんだ。おかしいだろ……。
 まるでペンキでもぶちこんだかのような見た目なのに、香りは素晴らしい。
 だが当然のようにエリザベートさんもオレも手をつけない。目の前の男はそんなオレ達は気にせず一息に飲んでしまっていた。
 熱くないのだろうか。思いっきり湯気立ってたけど。


「毒なんて入ってねーよ。飲んだらいいだろ」

「遠慮しておくわ」

「ふん。そっちのお嬢ちゃんも遠慮しなくていいんだぞ?」

「ありがとうございます。ですが遠慮しておきます」

「あぁそうかい」


 やっとこっちに話を振ったかと思ったがそっけない。まぁオレがそっけなくしてるんだから別にいい。
 男がおかわりして2杯目をまた一気飲みし終わったところで、ノックの音が聞こえ若い男が入ってきた。


「アルベリクさん、準備できました」

「おう、ご苦労さん。待たせたな、ついてきな」


 立ち上がった男――アルベリクのあとをついて1階から2階へ。
 広間のようなところには今日一日で見慣れた貫頭衣を羽織った女性が4人。3人は自力で立てているが、1人はお茶を淹れてくれた女性と同じような質素なワンピースを着た人に支えられている。あれがここの制服か何かなのか?

 そして……その支えられている子こそがオレ達が捜し求めていた人物で間違いない。
 顔の半分を覆い隠すような痛々しい包帯。
 貫頭衣から覗くがりがりにやせ細った手足にもたくさんの包帯が巻かれているが、血が滲んでいるようなことはない。
 横が空いていて丸見えな貫頭衣からは胴部分に巻かれた包帯も痛々しく見える。他の3人はガリガリというほどではなく、あの子に比べればましな体をしているがあの子は欠食児童そのままだ。今にも餓死してしまいそうなほどガリガリに痩せ細っている。
 垂れている尻尾は若干見えるだけだが、あの特徴的な白と黒と金の3色。やはり斑に毛が抜けてはいるが、他の子達から見える尻尾と比べても特徴的だ。

 あの広場で見た時同様の虚ろな瞳は何も見ていない。
 怪我が多少治っても心につけられた傷は癒えていないのがありありとわかる。


「さて、この4人だ。見ての通り怪我人はこの2人。うち1人は重傷で自力でたてねぇ」

「えぇ、わかったわ。全員座らせてくれる? 決めるのは私じゃないの」

「だろうな。おい、全員座って、顔をまっすぐこっちに向けろ」


 男の声に素直に全員が床に腰を下ろす。あの子は女性に手伝ってもらいながら座るが3人がこちらを見ているのに対してその子だけが俯いてしまった。
 というより脱力していて頭を上げる気力もないといったところか。


「ちっ。しゃーねぇな。おい、顔を上げさせろ」

「あまり乱暴にしないでくれる?」

「わかってるよ。おい」


 女性がそっと顎に手をやり顔を上げさせるが、やはり目には生気がない。


「俺がいうのもなんだけどよ。アレはやめといた方がいいぜ?」

「黙ってなさい。
 さぁお嬢様。いかがですか?」


 お嬢様。事前の打ち合わせでオレのことはそう呼ぶことになっている。
 相手に探りを入れさせないようにするためと、エリザベートさんが仲介をするような相手は貴族でも高位の者になるそうなので自然とこうなった。
 思うところがないというわけではないが今はそんなことを気にしている場合ではない。
 エリザベートさんが仲介するような人が高位貴族とか何でそんな人がオレ達にこんなによくしてくれるのかとか……そういうのを気にしてはいけない!


 念の為、4人全員を確認していく。
 とはいってもみんな頭に狐の耳をつけてふさふさの尻尾がある。1人だけふさふさじゃないけどそれは仕方ない。
 それにそのふさふさじゃない尻尾の持ち主がオレ達が探している子だ。
 他の3人は身長も貫頭衣から覗く体付きもばらばらだが、怪我を負っている1人を除いて至って普通といった顔立ち。
 怪我を負っている1人はそれなりに美形だけど右腕に大きな痣と刺青が入っている。

 顎を持ち上げられて虚ろな瞳でこちらを見ているのかどうかもわからないあの子の首には他の3人とは違い首輪がつけてあった。
 あれはなんだ?
 そう思ったときには鑑定を使っていたが、無意識に使ったので若干ぶれてしまった。だが次の瞬間にはいつもの鑑定より多いMPが消費される。
 そして出現したウィンドウにはいつもとは異なる情報が表示されていた。


        ■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 ネーシャ BaseLv:1 年齢:16 職業:奴隷Lv4
 備考:鍛冶神の加護

        ■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 ウィンドウには彼女の簡易ステータスのような物が表示されている。
 首輪を鑑定しようとしたはずが彼女を鑑定してしまったようだ。というか……人って鑑定できたのか!

 確認するためにエリザベートさんを試しに鑑定してみると、先ほど同様のちょっと大目のMPが消費されたが不発に終わった。
 なんだ? 成功率があるのか?

 次はアルに鑑定をかけてみたが、今度は成功。やはり消費MPはアイテムを鑑定した時より大目だ。


        ■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 アル・キリサキ BaseLv:1 年齢:14 職業:執事Lv1
 備考:ワタリ・キリサキの従者 初心者教本の加護

        ■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 アルの備考にも加護がついている。でも初心者教本の加護って……。神どころか紙だよ……。

 消費された大目のMP量的にも、そう何度も連続して鑑定できる量ではないだろう。
 でもまだもう1,2人くらいならいける。
 目の前に座って並んでいる奴隷の4人のうち端っこから2人を鑑定してみた。
 内1人は失敗。もう1人は無事鑑定することができた。


        ■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 アイズ BaseLv:1 年齢:18 職業:奴隷Lv2

        ■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 この子は備考がない。
 奴隷Lvも探していた子――ネーシャより低い。アルもそうだったが全員BaseLvが1だ。
 オレのBaseLvも1。もしかしてオレ以下のBaseLvの相手にしか成功しない?
 まだ使用回数が少なすぎてなんともいえないな。とりあえずあとで実験しよう。

 鑑定実験のために何度かきょろきょろしたけど、誰も怪しむことはなかったようだ。
 そういえばあの首輪はなんだったんだろうか。また鑑定がずれて大目のMPが消費されても困るので素直に聞くことにした。


【アル、あの子のつけてる首輪ってなに? 隷属の首輪とは違うみたいなんだけど】

【あれは奴隷が装備することにより、回復力が向上する首輪にございます。
 奴隷にしか効果がありませんが怪我をした奴隷には非常に効果的です】

【なるほど。でももう1人の怪我人はつけてないね】

【怪我の程度があまり高くはないので、あちらの重傷の奴隷を優先しているのかと愚考致します。
 また回復力向上の首輪はそれ単体で高価な品ですので、1つしかないのではないかと愚考致します】

【なるほど、それなら納得だね】


 再度4人を見回して間違いがないか確認したあと、エリザベートさんに答えを返す。
 

【やっぱり、右端の虚ろな目をした子で間違いないと思います。よろしくお願いします】

【わかったわ。任せて】


 エリザベートさんのスカートをちょいちょい、と引っ張って念話で告げるとすぐさま行動を開始する。


「あの子を貰うわ。いくらかしら?」

「おいおい……まじでか? 命に別状はないって言ってもアイツは重傷だし、お嬢ちゃんの世話役か何かだろ? 性病はねぇが純潔でもねーし、まずいんじゃねぇのか?」

「問題ないわ。決めたのは他ならぬお嬢様だもの。
 怪我なんて理由にならないし、純潔かどうかはもっとどうでもいいわ」

「いやだが……」

「売るの? 売らないの?」

「……わかった。わかったよ」


 エリザベートさんの強気な攻めにたじたじの男が両手を軽く挙げて降参の態度を取る。
 しかしやはり処女ではないらしい。あれだけの暴行を受けていたんだ、無論性的暴行も受けているだろうとは思っていたがやはり胸が痛い。その辺も含めて心のケアとかしてあげないといけないな。
 心理カウンセラーの経験はないけどがんばろう。たぶん、ゆっくりとしか癒してあげられないだろうけど……。


 ていうか世話役には処女しかなれないの……?
 浮かんだ疑問を胸に仕舞って広間を後にした。







      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 場所を先ほどの応接間に移して今度は書類にサインを求められたが、ここでもエリザベートさんが強気に押し捲る。


「もちろん重傷で、純潔でもないんだから安くするわよね?」

「お、おいおい。このお嬢さんは貴族だろう? しかもおまえが連れて来てんだ。相当だろう? それでも値切るっておまえ鬼だろ?」

「あら、関係ないわ。私は私だもの。それはあなたもよく知ってるでしょ?」

「チッ……はいはい」


 露骨に顔を顰める男だが、エリザベートさんの攻勢に完全に押し切られている。
 すげーエリザベートさんすげー。


「じゃぁ金貨13枚のところを5枚でどうだ」

「論外ね」

「ぐ……。怪我とその他諸々を引いて……金貨3枚でどうだ! これ以上はまからんぞ……」

「ふーん……。じゃあこれ、はい」

「うげぇ! 嘘だろ……」


 渋面に渋面を重ねた男が搾り出すように出した答えに、エリザベートさんが止めを差すが如く彼女のアイテムボックスから何かを取り出す。
 それは封蝋された書簡のようなものだった。
 それを見た途端男の顔が引きつり、頬がピクピクいっている。
 なんだろうあれは……。男の態度から見るに相当すごいもののようだが……。


「……じょ、冗談だろ?」

「これが冗談に見えるならあなたは商人を辞めた方がいいわね」

「く、くそ……。だが念の為確認させてもらうぞ?」

「どうぞ?」


 頬を引く付かせたまま書簡を受け取り確認し始めた男の顔が諦めの表情に変わっていく。


「くそ……。本物かよ……」

「ふふん。さぁいくらにするの?」

「わかったわかった! 引き取り額と同じでいい……。銀貨50枚だ……」

「最初からそう言ってればいいのよ」


 どうやら商談は成立したようだ。
 だがアルから聞いていたり、奴隷商で聞いた値段とは遥かに開きがある価格だ。
 あの書簡は一体どれほどの強制力を持ったものなのだろうか。
 そしてそんなすごいものを用意していたエリザベートさん……あなたは一体何者ですか。
 横で当たり前のような表情をしているすごいエルフさんに畏敬の念を抱きながらもアルを促して支払いをさせる。

 銀貨50枚を払うと苦々しい顔の男が丁寧に銀貨を数えていく。
 数え終わって大きな溜め息を1つ吐くとノックの音が聞こえ、俯いたまま男が入室を促す。
 相当堪えたようだ。まぁ金貨13枚が銀貨50枚になれば当然といえば当然だろう。実に26分の1だからな。


「連れてきました」

「……おう、ご苦労」


 入ってきたのは虚ろな目とふらふらの足取りのネーシャと、さっき来た男とはまた違う若い男。
 ネーシャを空いている――向かい合うオレ達の横にあるソファーに座らせると若い男はそそくさと立ち去っていく。
 やはりあの首輪はつけていない。おまけでつけてくれるようなことはないようだ。まぁ高価な品って話しだし当然か。
 それにあの貫頭衣のままだ。服のサービスもないらしい。さすがに引き取り価格で買ったからだろうか。


「……奴隷契約はどうするんだ?」


 疲れた声色になっている男が早く終わらせたいという顔で聞いてくる。

 奴隷契約とは、主人と奴隷の間に交わされる魔法の契約のことだ。
 Lvが10段階で設定されていて、Lv10では主人に対して悪感情を抱くだけで痛みが走り行動を抑止する。
 逆にLv1では少々の暴言程度なら許されるほどの緩いものになる。
 だがその全てにおいて主人を物理的に傷つける行為、裏切る行為などは一切不可能となる。
 無論逃亡することも不可能で、自害することも当然できない。
 その他にも主人が死亡したときの相続手続きなどもこの契約に含まれる。
 ちなみに契約内容はいつでも奴隷商で有料で変更できる。


 事前に聞いていたオレが決めた契約内容はLv2。
 主人と離れての自由が与えられるかなり奴隷の自由度が高い設定だ。
 通常はLv5を設定するそうだが、心情的にもLv1を選択したかったオレにエリザベートさんから諸々の問題があるのでLv1はだめだと言われてしまったので仕方なくLv2にした。
 諸々の問題とは当然ながら彼女の心の問題だ。
 相当酷い扱いを受けていたのは想像に難くない。だが心の状態がどれほど酷いものになっているかはわからない。Lv1では万が一のことがあるためエリザベートさんから強く反対された。
 相続に関しては死亡時解放だ。通常の場合は死亡時相続、または死亡時道連れ。これも反対されたが押し通した。


「じゃぁサインしてくれ。そのあとに契約を済ませる」


 エリザベートさんが書類を確認して頷くと受け取ってサインをする。
 内容は売買成立の至って普通の書類だ。少し違うのは奴隷契約の詳細が入っている点だろう。

 サインした書類を再度確認した男が立ち上がり、ネーシャの下に近寄るとその手を取る。


「ではこれより奴隷契約を結ぶ。お嬢さんこちらへ」


 普通は奴隷がこちらに来るんだろうけど、ネーシャは今も虚ろな瞳のままだ。
 ネーシャの手にオレの手が重ねられ、男がなにやら詠唱を始める。

 翻訳されない詠唱は共通語ではないということだ。
 その響きはなんともおどろおどろしい嫌な感じがするものだった。

 詠唱が途切れた瞬間重ねられた手が薄っすらと赤く光り……ウィンドウが出現した。

 そのウィンドウには奴隷契約の内容が書かれており、一番下にYes/Noという選択肢があった。


「契約内容を確認してくれ。問題がなければYesをタッチしてくれれば完了だ」


 書類を渡されて内容を照らし合わせていく。
 特に問題もないようだが一応エリザベートさんに確認をしてもらおうとそちらを見ると契約が終わったからだろうかカップを手にしている。そして可愛く傾げられる小首。

 あれ? もしかしてこのウィンドウもオレしか見えてない?


【エリザベートさん、奴隷契約のウィンドウって私しか見えないんですか?】

【えぇ、その通りよ。何か契約と違うところあった?】

【いえ、多分大丈夫だと思うんですけど……一応確認してもらえますか?】

【えぇもちろんよ】


 書類をエリザベートさんに渡し、念話で読み上げていく。
 念話しているのがわかっているのだろう。男は静かに待っている。


【はい、問題ないわ】

【ありがとうございます】


 確認を終了し、Yesをタッチするとウィンドウは消滅し赤く光っていた手の光も消える。


「これで契約は完了だ。はぁ……。まったく儲けにならねぇよ。さっさと帰ってくれ」

「はいはい。それじゃ帰りましょうか」


 ソファーにどっかりと疲労を隠さず腰を下ろした男が天井を見上げながら手を振ってとっとと出て行け、と促している。

 ちなみにネーシャは貫頭衣のままだし、目は虚ろでふらふら。自力で歩くのも困難だ。
 アイテムボックスからアルの予備の外套を出して羽織らせると、アルに背負ってもらい奴隷商を後にした。
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