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第5章
88,決闘 Part,2
しおりを挟むギルドマスター達に着いて行った先には結構広めの敷地が広がっていた。
端の方には薄汚れた鎧を纏った案山子のような物がたっていたり、土壁の前に的が設けてあったりしている。
場所的に訓練場のようなところだろうか。確かにここならそれなりに派手にやりあっても大丈夫なような気がする。
流れ弾への対処なのか周りを土と石材で補強した壁で覆ってもいる。
「さて、では呪魂官が来るまでにルールの確認だ」
オレ達以外誰も居ない訓練場の真ん中付近まで進むとギルドマスターが聞きなれない名前を口にする。
呪魂官とはなんだろう。
「武器魔法の使用は自由。場所はこの訓練場の中だけ。外に何度か故意に出たら負けとする。
一応フィールドバリアの魔道具を展開しておくから出れんとは思うが念のためだ。
死ぬか、負けを認めた段階で負け。相手の奴隷となること。
時間は無制限だ。リオネット、何か質問はあるか?」
ギルドマスターが特に気負いも何もない堂々とした態度で説明に入った。
負けた方が相手の奴隷になるという完全な生殺与奪権を与えるような結果が待っている決闘を平然と推奨し、説明している辺りこの男も相当だ。……今更だが。
特にびびったりしているわけではなく、心は沸騰しそうなほどの熱さを維持し、極寒の冷気よりも尚冷たい冷静さも併せ持っているようで、冷静に観察しそんな感じの結論を出したのだ。
「観客が少ないようですが? これでは甚振り甲斐がない」
「そういうのは勝った後に好きなだけやれ」
「ではそうしましょう。それと治癒師の準備をお願いします。手足を落とすのでそれで死なれたら困る」
「呪魂官同様手配済みだ」
「いいでしょう。私からはありません」
「キリサキは何かないか?」
当然のように戯言を吐いている顎の言葉は最早オレの耳には届いても何も響かない。どうせすぐに黙ることになる。
「特には」
「よし、では呪魂官達が来るまでもう少しかかる。離れた所で待機しろ。
接触や戦闘は一切禁止だ」
ギルドマスターの言葉を聞き、こちらを一瞥だけした顎が離れていく。
一瞥された時の目はこれから甚振る対象をどう料理するかで下卑た光を宿していた。非常に気持ち悪い。
「ワタリちゃん……。ごめんなさい……私のためにこんな……どうしよう……」
「お嬢様ぁ……」
【ワタリさん……相手はランクSです。出し惜しみはせずに最初から全力で行く事をお奨めします】
今にも泣きそうなエリザベートさんともうすでに泣いているネーシャ。
レーネさんは悲壮な表情にはなっているものの、なんとか助言しようとしている。
アルはというと特に何もなく、いつものように近くに佇んでいる。
何も言わなくてもわかる。オレを信頼しているからこそ、何も言う必要がないのだ。
家族への侮辱が許せなくて行われる決闘だが、それはオレの意志で行われるものであり、アルには何の責任もない。
オレが負けて奴隷になったらオレの従者である彼もネーシャも同時にアイツの所有物になってしまうが、そんなことは微塵も心配していない。
だってアルはオレが負けるなんて欠片ほども思っていないのだ。
それがわかっているから、オレは何も言わないアルに何も言わない。
信頼しているのは片方だけじゃない。アルはオレを信頼しているし、オレもアルを信頼している。
最早言葉など不要なのだ。
「大丈夫ですよ。特に問題ありません。
それよりエリザベートさん、呪魂官ってなんですか?」
「ワタリちゃん……でも……相手はランクSなんだよ? いくら治癒魔法がうまくても……せめて代理人でアル君かストリングスさんに……」
「大丈夫ですって。それで呪魂官って?」
「うぅ……」
どうやらいつものエリザベートさんではいられないようだ。
自分の為に行われる決闘だと勘違いしているから、自分の責任だと思いこんでいるし、オレが戦えないと思っているから絶望しているしで、もう見る影もない。
アルやレーネさんでもランクSの相手は荷が重いと思っているのか、代理人という言葉にも力がない。
オレは代わってあげるつもりもないけどね。自分の手でやらないと意味がない。
【レーネさん、呪魂官って?】
【……呪魂官というのは奴隷商人等が扱う隷属魔法の上位版を扱える職業です。
決闘などでの契約を事前に魔法で結び、事後に逃亡や破棄ができないようにするために呼ばれたりもしますが、基本的には大きな取引などで活躍する職業です】
【なるほど。確かに死んじゃったら財産とかうやむやになりそうだしね。ありがとうございます】
【……いえ……あの、わ、私が代わります!】
【大丈夫ですよ。むしろ誰かに代理を務めさせる気はさらさらありません。私の手で私の家族を侮辱した罪を償わせないと意味がないんですよ】
【で、ですが……】
「大丈夫」
絶望していつ取り乱してもおかしくないエリザベートさん。
悲壮な表情が余計に酷くなったレーネさん。
大粒の涙を流しているネーシャ。
そして、何も問題がないことを唯一知っている半身。
みんなにはっきりとわかるように、自信に溢れる笑顔できっぱりと言い切った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
呪魂官の契約はネーシャを引き取った時に行った契約のちょっとすごい版だった。
ウィンドウに書かれた条件が問題ないか確認後了承すると、オレと顎の手から赤い何かが幾筋も結ばれすぐに消えた。
「これで契約は完了だ。治癒師も4人用意した。即死じゃなければ命を繋ぐ事は可能だろう。
では始めよう」
ギルドマスターの言葉を受けて、呪魂官は訓練場を出て行き、オレ達はある程度距離を取って向かい合った。
油断する気はないので装備はいつもの装備を着用し、グレートコーンもすでに出している。準備は万端だ。
訓練場には雲ひとつない青空から燦燦と2つの太陽から光が注がれている。
風も少しあるが、とても気持ちがいい。
1度目をゆっくりと閉じ、その風を大きく吸い込む。少しだけ火照った体に染み渡るように流れ、目を開いた時には敵しか見えなくなった。
「始め!」
声が聞こえた。
野太い声だ。合図の声。
その声が発せられた瞬間には敵は炎に包まれていた。
全身を這い上がるかのような炎が全てを焼き尽くさんと立ち上るが、当の本人には一切ダメージはないようだ。
立ち上る炎がうねり、螺旋を描いて安定するのに刹那の間も必要とはしなかっただろう。
すでに引き抜かれている長剣の刀身は、ギルド内で見たほんのりとした赤さではなく完全に赤熱している。
ある程度の距離があるというのにここまで熱波が届くかと思えるほどの熱量だ。
「まずはその生意気な腕を燃やしてやろう」
敵の口から何か言葉が漏れたような気がする。
でもそんなことはどうでもいい。
振り上げられた赤熱した長剣に纏わりつくように蠢く炎の龍が、振り下ろした剣の先から凄まじい速さでこちらに向かってくるのが見える。
だが遅い。
オレの視界はいつぞやの加速された世界になり、全てがゆっくりと動いている。
その中でそれなりの速度を保っている炎の龍は相当なスピードなのだろう。
だがやはり遅い。致命的なまでに遅かった。
左手で柄を持ったままだったグレートコーンに右手を軽く添える。
腰を落とし、全身のバネをいつでもフル活用できるほど力を溜め……視界が切り替わった。
凄まじい熱波。
だがその熱は指輪の障壁に阻まれ、オレの下には多少暑いくらいしか感じられなかった。
懐に単独転移したオレに一瞬、驚愕の表情を見せる顎。
だが次の瞬間には振り下ろしてオレに向けられていた剣先を体重移動を駆使して――元々小さな体で力を溜めた為更に小さくなった――こちらに軌道修正したまま斬りかかって来た。
どうやら伊達にランクSではないらしい。
距離を取ろうにも転移が使えるのでその距離はすぐに潰される。
炎の龍はオレが居た場所に向かって突き進んでいるので方向転換していては追いつかない。
最速で迎撃するには突き出された状態になっている長剣により打ち落としが1番早い。手打ちになりそうな所を体重移動だけでしっかり威力を刃に乗せているようだし。
転移による奇襲と詰められた一瞬の状況判断が、潜った場数の多さを思わせる。
だがそんなことはどうでもいいことだ。
転移と同時にオレはひとつだけ使えるスキルを発動していた。
グレートコーンが伸び上がるバネの力を全て集約し、その上に加算されたスキルの力が相乗効果を齎すようにその威力を跳ね上げていくのがわかる。
フルスイング。
軽く振っただけで大岩を粉々に粉砕したあのスキルを、全力で。
袈裟掛けに打ち下ろされた赤熱した長剣を迎え撃つ形で下から上に弧を描いたグレートコーンが、その手前で何かと衝突した感触がする。
衝突し、ほぼ同時に砕ける感触。
コンマ1秒以下で遅れて連鎖する音音音。
都合、9回の音と砕ける感触のあと、やっと到達した長剣がかなり減衰させられたグレートコーンと激突した。
衝撃波が炎を掻き消し、赤熱した長剣が凄まじい速さで飛んでいく。
それに伴い長剣を握っていた指が、それを支える手首が、腕が、肩が、例え威力をかなり減衰させられたグレートコーンでもそれら全てをへし折り、砕くだけの威力は十分にあったようだ。
むしろ肩から先が千切れなかっただけ、あの衝突した何か――障壁がすごかったのだろう。
9枚分の障壁なのだから当然だろう。
オレには指輪の1枚分の障壁しかないが、それでもかなりの防御力を誇っているし。
障壁の強度が同じとは思っていないがそれでもコイツは曲がりなりにもランクSなのだ。9枚分の障壁はオレの障壁の比ではないはずだ。
再び驚愕の表情を見せる敵。
減衰したグレートコーンの威力で砕いた腕に引きずられるように宙を舞おうとした瞬間、敵の周りにヤツのつけていた首飾りが砕け舞い、巨大な炎の剣が3本出現する。
強力な魔法を封じておける消耗型の魔道具か何かだろう。恐らく奥の手。
驚愕だった表情はすでにどす黒い殺気で埋め尽くされている。
瞬時に具現化されたヤツの魔法は当たれば人間なんて一瞬で蒸発してしまうだろうほどの威力だろう。
それを宙に舞う刹那の間で反射のように反撃に使ったのだからやはりランクSの判断力は伊達ではない。
だがそれも無意味だ。
グレートコーンをフルスイングした技後硬直とでもいうべき姿勢だが、ヤツ同様魔法は問題なく使える。
巨大な炎の剣を捻り貫く氷の槍。
特殊進化個体の肉体を削り飛ばすほどの威力の氷の槍には出現した巨大な炎の剣も歯が立たなかったようだ。
どす黒い殺気の渦から状況を理解できないという表情になり、目まぐるしく変わるその表情は今度は凄まじい横回転に晒される。
宙に浮いた状態の膝下に、残ったMPを使った氷の金槌でグレートコーンを押し、もう1度全力のフルスイング。
技後硬直はどうにもならないようだったので、一瞬で思考を変えて魔法により強制的に打ち出してみた。
1拍の間の後に繰り出された横軌道のフルスイングがまた9枚の障壁を砕き、膝をぶち抜き骨を粉々に粉砕して通り過ぎる。
無理やり硬直から打ち出したにしてはそこそこの威力を出してくれたので満足だ。
膝下にぶち当たった力はそのまま敵を飲み込み、まるで強風に晒された小さな風車のように荒れ狂いながら回転し、地面に何度も激突していった。
地面に激突するたびに響く硬質な破砕音。
障壁が耐え切れず、地面に激突するたびに破壊されていったのだろう。
何度目かになるかわからない破砕音の後、壁に盛大に激突して止まったソレはバウンドして壁から数メートル先に落ちた。
清々しい青空の下に流れる気持ちの良い風に若干立ち上った砂煙が流されるまで、訓練場では誰一人として声を上げることができないでいたのだった。
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