100年後の賢者たち

松浦

文字の大きさ
4 / 46

遺伝書録

しおりを挟む
ノアが言った『遺伝書録アニマリベル』とは、ティウの曾祖父であるゾンが造った魔法である。

 ゾンはドラゴン族の母と人族の父の間に生まれた。ドラゴンの特性を強く引き継いでおり、魔力がとても多かった。

 生まれた時は角と鱗と尻尾が生えていて、人の顔立ちを持つ獣人に近い姿だったが、人化も獣化もする事が出来た。
 魔力の多い種族は生体の成長が阻害される性質を持つせいか、子が生まれにくいという特徴がある。

 その中でもドラゴン族には、特殊な鱗が一つだけ備わって生まれてくる特性があった。
 その鱗は逆鱗と呼ばれ、顎の下に生えた小さく逆立った、たった一つの鱗をいう。しかし、ゾンはこの鱗を持って生まれなかった。

 逆鱗はドラゴンの魔力の源でもあり、そして死ぬまでの記憶をするものでもある。
 親のドラゴンが死す時、その鱗を子が食して歴代の記憶と親の魔力を自身の逆鱗に引き継ぐという儀式を行う。

 ゾンにはその儀式に必要不可欠な逆鱗が元から無い。しかし、母の逆鱗を食せば現れるかもしれない。
 代々受け継いできた英知と魔力をここで絶やすわけにはいかないと、ゾンの母は可能性に望みを託した。

 ところが人族の血が影響したためか、母の逆鱗を食してもゾン自身に逆鱗は現れず、なぜか母の魔力はその身の血に宿ってしまった。
 このままではドラゴン族の記憶と魔力が後世に残せないとゾンは悩んだ。

 そしてゾンは長年に渡り研究を重ね、血を媒体にして記録するという魔法を編み出した。それが『遺伝書録アニマリベル』である。


 ゾンはその後エルフ族のフレイヤと結婚して、ノアが生まれた。
 エルフの特徴が強く出たノアだったが、やはり血の成せる業なのか、見よう見まねで遺伝書録アニマリベルが扱えてしまった。

 さらにゾンよりも器用だったノアが、この遺伝書録アニマリベルに改良を重ね、同じ血を引く者にのみ、夢を媒体にして記憶を共有するという魔法にまで変化させてしまった。


 その後もこの一族は、特に魔力の多い長命な種族ばかりと婚姻を結び、現在に至る。


 この世界で特に魔力が強い種族ばかりの血が集まったティウは、大変希有な存在だった。



          *



 食事を終えて一息ついた頃、改めてティウの記憶がどうなっているのか探る事になった。

 ティウが椅子から立ち上がり、部屋の中央に立って意識を集中させる。

遺伝書録アニマリベル!』

 浮かび上がる魔法陣から召喚された分厚い書物。辞書ほどの大きさのその本が、勝手に開いてぱらぱらとめくれていく。

 この書物は術者の魔力を帯びた血で書かれており、本の中は赤黒い色の文字がビッシリと並んでいた。


 ティウが好んで遺伝書録アニマリベルに集めている知識は、世界の様々な植物や薬の製法、料理など多岐に渡った。回復魔法と結界魔法が得意なので、そちらの知識も中心に集めている。

 だが十六歳のティウは、まだ若いという理由で家族から外に出ることを反対されていた。
 そのため世界中を旅しているゾンやサミエの手紙と一緒に、植物の種や、世界中で出版されている植物や料理の本、料理のメモなどがよく送られてきた。

 ティウはそれらを日がな一日眺め、時には実際に作ってみたりして、遺伝書録アニマリベルに記録することが多かった。


 その他には日記としての個人の記録もある。
 世界中の知識は一族で共有できるが、日記や危険なものを記した書物に関しては、鍵をかけている場合に限り、他の一族でも本人以外は見ることができない。

 今、ティウが探しているのはその日記だった。

 眠り続けていたというのであれば、眠る直前の記録でいいだろう。そう思っていたのだが、あるページで紙がめくれるのがピタリと止まった。

「え……」

 そこはまるで破られたようにごっそりと、眠る前の約三年分のページが丸々無かったのだ。

「どういうこと……?」

 その前を確認したが、自分の記憶と一致していた。横で見ていたノアもページがごっそり無いことに気付いて驚いている。

「初めて見たな。記憶を失うとそうなるのか!」

 鍵を開けたせいで、隣にいたノアにも日記が見えてしまっているのだと気付いたティウは、中身を読まれては恥ずかしいと慌てて本を閉じて自分の胸元に隠した。

 他人からは魔法陣と本は見えていても、一族でなければ中の文字を読むことはできない。まして他人が本を触ろうとすれば、ふわりと消えてしまうようになっている。

 さらに術者が本を手に取っている間は、その本自体は他の一族だろうと手に取ることができない仕組みとなっているため、共有するには横からのぞき見るしかない。

 ジルヴァラもノアと同じようにひょいっとティウの手元を覗こうとしていたが、中がまっ白のページにしか見えなかったためか首を傾げていた。

「ええ~~! 見せて! 見せて!」

「日記だからダメ!」

 興味津々のノアを押しのけて、困惑したまま魔法を解く。すると、魔法陣と共に書物がふわりと消えていった。

 残念そうなノアにティウはこの頃の事を聞いた。

「じーちゃん、私が眠った時の事を教えてくれる?」

「私が見聞きした事なら言えるが……それでティウの記憶が戻るとは限らないんじゃないかな?」

「分かってるけど……気になるんだもの」

 記憶力が高いこの一族は、皆一様に記録というものにこだわっている。
 知らないことがあれば知りたいと思うのは当然で、それを失っているなら余計にそう思うのも当然だった。

 十六歳からの三年分の記憶をごっそりと失ってしまっている事に、ティウはショックが隠せない。

「記憶を……取り戻したいのか?」

 黙って見守っていたジルヴァラが口を開く。何やら複雑な表情をしていて、ティウは「あっ」と声を上げた。

「あの、その……ごめんなさい。あなたの事、実は覚えてなくて……」

 記憶が無いことを改めて謝ると、ジルヴァラは首を横に振った。

「それは確かに悲しいが……あいつの記憶が無いというのは正直嬉しいから複雑な気分だ」

「あいつ?」

 ティウが思わず聞き返すと、ノアが溜息を吐いた。

「ジル君、蒸し返すことはないよ。このまま記憶が無くても良いじゃないか。どうせ百年は経ってるんだ。ティウとジル君は今出会った。それでいいだろう?」

「だが……」

「え? え? どういう事?」

 勝手に話を進められても困る。そんなに都合が悪い記憶なのかとティウが訝しんでいると、「あいつ」の事は触れないまま、ノアが口を開いた。

「ティウは今、『守護の賢者』という名前で呼ばれているんだよ」

「…………え?」

 その通り名を聞かせられて頭が真っ白になった。「賢者」という名が浸透してしまっているという事は、世間にティウが「賢者の一族」だとバレてしまっているという事である。

「待って……私、何をしたの……?」

 血の気が引いてどんどんと青ざめていくティウに、ジルヴァラが椅子に座るようにと気遣ってくれた。



 世間で『創造の賢者』と呼ばれるノアを始め、ティウの一族は希有な種族ばかりで構成されている。
 この一族の存在を知っている者達からは、裏で「賢者の一族」と呼ばれていた。

 遺伝書録で膨大な知識を記録した書物が共有でき、さらに各個人の膨大な魔力、多種多様な希有な血筋、そして何より長命である。
 一部の権力者達に噂となって賢者の一族は探されている。

 ティウが賢者の名を得ているということは、一族全員の所在も全てバレてしまったということだろうか?

「ごめんね。百年前、眠ってしまったティウを引き取る時に、私が身内だと言ってしまったせいで、ティウが賢者の孫だと広まってしまったんだ」

「え? ううん、むしろ迎えに来てくれてありがとう。でも……」

 噂だけで済むはずがない。一族の影響力は裏であったとしてもそれは大きいのだ。記憶が無いからと許される事ではなかった。

 ティウが顔色を失ってしまったのを気遣ってか、ノアが憂いを吹き飛ばすかのように満面の笑みで微笑んだ。

「大丈夫! だって百年も昔の話だ」

「百年……」

 これほどまでに迷惑をかけているのに、肝心の記憶が無いことが余計に恐ろしくなった。
 同じ轍を踏まないように、きちんと経緯を教えて欲しいとティウが伝えると、ノアとジルヴァラはお互いの顔を見合わせて悩んでいた。

「ティウの言い分は分かる。しかし困ったな。どう説明すればいいやら。私もほとんど又聞きでしかないからね」

「俺がティウと出会った以降の話ならできるが……」


 そうジルヴァラが言った。ティウはそれで構わないと頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

処理中です...