仮面の恋

朝飛

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「いらっしゃいませ」
店内に入った途端。
接客業が板についた店員の声に迎えられる。
自宅から徒歩で 10 分もかからないこのコンビニでは、俺はすっかり常連客となっていた。
そのためか、会計を済ませる時しか言葉を交わさない店員の顔も、自然にインプットされている。
あの男がいる……ということは、水曜日か。
二つあるレジの、出入り口に近い方に立つ男を見て目を細める。
淡い栗色の髪は、肩に届きそうなところまで伸ばされ、毎回、ワックスで無造作にセットしてある。
人目を引くのは彼の容姿で、かっこいいという形容詞は彼のために存在するのではないかと思うほどだ。
週一しかレジに立たない彼を求めて、女性客が増えている気がするのも頷ける。
「ありがとうございました」
並んでいた最後の客の会計を終え、爽やかな笑顔で礼をする彼からは、嘘偽りは一切感じない。
「接客用」の笑顔ではないのだ。
流行りの格好をしながら、今時珍しいほどの純粋な笑顔。
その様子は、驚くほど元恋人に酷似していた。
―――あっやべ……
顔を上げた彼と一瞬視線が絡む。
慌てて視線を逸らしたが、むしろ不自然だったかもしれない。
そもそも視線が絡んだと思ったのは気のせいだった可能性もある。
思い当ったところで、微苦笑が漏れた。
何をやっているんだ、俺は。
元カレと雰囲気が似ているからって、あの男を意識するな。
目が合って困るのなら、見なければいいだろう。
目頭を押さえながら自分を叱咤し、煙草と缶コーヒーを片手にレジへ向かう。
無論、出入り口から遠い方だ。
「ありがとうございました」
小銭を財布に仕舞い、ビニール袋に突っ込みながら歩き出そうとすると、水滴が鼻の頭を濡らした。
続いてもう一度踏み出すと、湿気を含んだ風が吹き、雨が降る時特有の独特な匂いが漂う。
……まあ、このくらいなら。
決して少ないとは言えない雨量になってきたが、たかが 10 分かそこらのために雨宿りをするのは気が引けた。
雨に濡れてもいいような気分だったのも後押しして、ビニール袋の口を縛ると、迷うことなく歩き出す。
「あの!」
店の駐車場から出るか出ないかのところで、後方から声がした。
よもや自分のこととは思えずに、そのまま歩を進めようとしたが、強く肩肘を掴まれて、声の主と思われる人物を顧みた。
正体を確認するとともに、目を見張る。
「この傘、よければどうぞ」
俺が言葉を無くしている理由も知らず、男は暗雲に不似合な、汚れ一つない笑みで透明傘を差し出す。
驚きと困惑で声も出ないまま、ぼんやりと傘を見やった俺の目に、胸元の名札が映る。
―――辻 朔弥(さくや)。
たった今初めて知った、元カレに似た雰囲気の男の名前。
音に出さずに口内で転がすと、落ち着きを取り戻してきた。
「……せっかくだけど、ここから近いんで」
なるべく相手を見ないように断りの意を伝え、背を向けようとしたところで、首筋に何かが触れる。
異様にくすぐったいそれに手をやると、さらりと手触りのいい感触がした。
「それなら、せめてこれだけでも。風邪を引かないように」
言われた内容に当惑し、また甘さを含んだ声音に対し、どう返答すべきか言葉を詰まらせていると、気配が遠ざかるのを感じた。
何か言おうと振り向くが、間に合わない。
雨脚が強くなっていく中、その背が店内に消えるのを、ただぼんやりと見送った。
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