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異様なほど人気のない大通りを、一人の女が歩いていた。その顔色は青ざめていて、落ち着かなさげに忙しなく辺りを見回している。
女の頭上をカラスが飛び去ると、そんな些細なことにさえも驚き、今にも泣きそうな表情で竦み上がった。
「誰か、助けて……」
女がか細い声を上げた時だった。背後から突然、返事をするように呻き声が――。
そこで、ふつりと映像が途切れる。真っ暗なテレビ画面の中で自分の顔が見つめ返している。その後ろには大柄な男もいた。
「ああっ、ちょっと何するんだよ」
一番いいところでテレビを消され、木村は身を捩って友人の芥川を非難する。いつの間にか密着しており、さらにその手があらぬところを触っていたので、ぎょっとしながら叩いた。
何故か後ろから抱き込まれるようにして、膝の上に座らされている。木村は集中すると周りが見えなくなるタイプなのは自覚していたが、ここまで気が付かないのはかなり問題がある。
「おい、なんとか言え。というか、いい加減放せよ」
芥川の耳元で騒ぎ立てるが、効果がない。もともと強面なのだが、ますます険しい顔立ちになっていて、見慣れていなければちびってしまうだろう。
しかし木村には分かる。これは怖がっているだけだ。
「悪かった、 無理やりホラー映画を見せた俺が悪い。だから、な」
明らかに尿意とは違う感覚が沸き起こりそうになり、木村は慌てて芥川に肘鉄を食らわせる。いくらなんでも、しつこすぎたせいだと自分に言い訳をしながら。
「いっつ……。あれ、木村?」
肘鉄が効いたらしく、芥川はお腹を押さえながら、木村に目を向ける。正気に戻ったような顔で、きょとんと見つめてくる。
何をしていたか覚えていないようなのはいつものことだが、木村は呆れて物も言えなかった。
芥川はこのところ、急にこんなことをするようになった。芥川は極度の怖がりで、それを面白がった木村がホラー映画に無理やり誘うと、嫌がりながらも結局押し負けて見る。
最初の頃は、ただ顔を覆い隠したり自分より小さい木村の影に隠れたりするだけだったのだが、いつの頃からか代わりに木村の体を触ってくるようになった。
それも、触り方の執拗さは着実に増してきている。まさか分かっていてやっているのかもしれないと思うほど正確な触り方だが、考えたくもなかった。
DVDを諦めて取り出すと、テレビの画面はニュース番組へと切り替わった。
「昨夜未明、『幽霊に襲われた』と警察に通報していた女性が、今朝方、意識不明の状態で発見され、救急搬送されました。女性は『レンタルゴースト』と言われているものを利用していたようです」
キャスターが真面目な顔で都市伝説を語っている。
巷で噂されている『レンタルゴースト』とは、その名の通り幽霊を貸し出すサービスのことである。当然ながら木村も調べ尽くしたが、噂の信憑性は定かではない。都市伝説というものはそういうものだと頭では分かっていても、やはりどこかでは割り切れていなかった。
なんでも、借りた人間は世にも恐ろしい体験をしたり、反対にこの上なく幸せなことを体験したりするらしい。あとは、借りた幽霊をそのまま傍に置いたりしてしまう人間もいるとかなんとか、木村にとっては羨ましいことこの上ないサービスだ。
ただ、オカルト好きの木村も未だにそれを行っている店を見つけたことはない。場所が判明すれば、一も二もなく飛び付きたいシステムである。
しかしながら、木村は自他共に認める霊感ゼロ体質で、たとえレンタルして幽霊が近くにきたとしても気が付かないのだろうが。
「いいなあ、俺もレンタルしたいな」
心のままに願望を口にすると、芥川が目を見開いて唖然とした顔でこちらを見る。
「木村、お前がオカルト好きなのは知っているが、流石にそれはちょっと……」
その若干引き気味の様子に、木村は不満を露に唇を尖らせる。
「分かってるよ、お前はそういうのダメだからな。だけど真相確かめたいだろ。現に犠牲者も出ているんだし」
「確かめてどうするんだ」
「どうするって、そりゃあ……」
「本気で借りる覚悟があるのか」
珍しく尖ったような口調を感じて顔をまじまじと見つめてみると、芥川は青ざめているというよりも、冷たい顔をしている。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの強面と情けない表情をミックスした顔で眉を垂らした。
見間違いだったのだろうか。
「芥川?」
「いや、何でもない。もし借りるんだったら、俺も付いていく」
「え?それこそ、お前どんな風の吹き回しだよ。どっかおかしいんじゃないか、芥川」
いよいよ耳を疑う台詞が飛び出てくる。怪訝に思いながら問いかけると、芥川は弱々しく笑いながら、それでもはっきりと告げた。
「本音は関わりたくないくらい怖いけど、俺が知らないところで木村を危険な目に遭わせたくないんだ」
正義感の強い芥川らしい発言にようやく納得がいった木村だが、頷きながら苦笑いする。
「せっかくの申し出だけど、借りたくても場所知らねえからな」
「……そう、だよな」
「それに、たぶん俺には全然感じられないだろうからな。不本意だけど」
「あれか」
「霊感ゼロ体質」
見事に息を揃えて言うと、二人して吹き出した。
「芥川、晩飯食ってく?」
時間を確認しながら訪ねると、芥川は少し考えるような素振りをしたが、すぐに頷いた。
「今日、母さんは仕事で」
木村の言葉を遮るようにして、ドアホンが鳴る。宅配か何かだろうと思いながら、ろくに相手を確認もせずに開けると、扉の前に立っていたのはやけに目立つ容姿をした男だった。俳優並みのすらりとした長身に、洒落たサングラスをかけて高そうな上着を羽織っている。
どこからどう見ても、宅配のお兄さんどころか一般人にさえ見えない。それを頭から爪先まで一往復して眺めた木村は、すぐに扉を閉めようとした。ところが、閉まる前に素早く動いた男が、つっかえ棒代わりに足を使ってドアを止める。
「何のご用ですか」
努めて冷静な声音で木村が問うと、男はサングラスをかけたまま楽しげに唇を歪めて笑う。
「初めまして。こういう者です」
差し出された名刺を受け取ると、レンタルショップ彼岸花と印刷されており、紅い花が絡み合うようにして描かれている。そして、その下には羽山五月とあり、男の名前にどこか見覚えがあるような気がした。
記憶の糸を手繰りながら、サングラスの向こうの顔立ちを見ていると、明らかに記憶に引っかかるものがあるようだ。しかし、こんな店に木村が訪れたことはない。
更に質問を重ねようとすると、羽山は勿体ぶった手つきでもう一つの名刺を取り出す。今度は全く違う内容で、有名な芸能プロダクションの名前が記されていた。そこに所属している俳優ということで間違いない。木村はついに答えにたどり着こうとしていた。
羽山が大儀そうな素振りでゆったりとサングラスを外す。木村がその下の素顔を目の当たりにして、一瞬呆然と固まった。そして、目を見開いて言う。
「あなたは……!あの羽山さん?」
その反応に満足した羽山は、輝くような笑顔で告げた。
「そう。君の願いを叶えに来たんだ。レンタルゴーストをご利用なさいませんか?」
羽山五月。それは、木村が敬愛するホラー映画の人気俳優だった。
女の頭上をカラスが飛び去ると、そんな些細なことにさえも驚き、今にも泣きそうな表情で竦み上がった。
「誰か、助けて……」
女がか細い声を上げた時だった。背後から突然、返事をするように呻き声が――。
そこで、ふつりと映像が途切れる。真っ暗なテレビ画面の中で自分の顔が見つめ返している。その後ろには大柄な男もいた。
「ああっ、ちょっと何するんだよ」
一番いいところでテレビを消され、木村は身を捩って友人の芥川を非難する。いつの間にか密着しており、さらにその手があらぬところを触っていたので、ぎょっとしながら叩いた。
何故か後ろから抱き込まれるようにして、膝の上に座らされている。木村は集中すると周りが見えなくなるタイプなのは自覚していたが、ここまで気が付かないのはかなり問題がある。
「おい、なんとか言え。というか、いい加減放せよ」
芥川の耳元で騒ぎ立てるが、効果がない。もともと強面なのだが、ますます険しい顔立ちになっていて、見慣れていなければちびってしまうだろう。
しかし木村には分かる。これは怖がっているだけだ。
「悪かった、 無理やりホラー映画を見せた俺が悪い。だから、な」
明らかに尿意とは違う感覚が沸き起こりそうになり、木村は慌てて芥川に肘鉄を食らわせる。いくらなんでも、しつこすぎたせいだと自分に言い訳をしながら。
「いっつ……。あれ、木村?」
肘鉄が効いたらしく、芥川はお腹を押さえながら、木村に目を向ける。正気に戻ったような顔で、きょとんと見つめてくる。
何をしていたか覚えていないようなのはいつものことだが、木村は呆れて物も言えなかった。
芥川はこのところ、急にこんなことをするようになった。芥川は極度の怖がりで、それを面白がった木村がホラー映画に無理やり誘うと、嫌がりながらも結局押し負けて見る。
最初の頃は、ただ顔を覆い隠したり自分より小さい木村の影に隠れたりするだけだったのだが、いつの頃からか代わりに木村の体を触ってくるようになった。
それも、触り方の執拗さは着実に増してきている。まさか分かっていてやっているのかもしれないと思うほど正確な触り方だが、考えたくもなかった。
DVDを諦めて取り出すと、テレビの画面はニュース番組へと切り替わった。
「昨夜未明、『幽霊に襲われた』と警察に通報していた女性が、今朝方、意識不明の状態で発見され、救急搬送されました。女性は『レンタルゴースト』と言われているものを利用していたようです」
キャスターが真面目な顔で都市伝説を語っている。
巷で噂されている『レンタルゴースト』とは、その名の通り幽霊を貸し出すサービスのことである。当然ながら木村も調べ尽くしたが、噂の信憑性は定かではない。都市伝説というものはそういうものだと頭では分かっていても、やはりどこかでは割り切れていなかった。
なんでも、借りた人間は世にも恐ろしい体験をしたり、反対にこの上なく幸せなことを体験したりするらしい。あとは、借りた幽霊をそのまま傍に置いたりしてしまう人間もいるとかなんとか、木村にとっては羨ましいことこの上ないサービスだ。
ただ、オカルト好きの木村も未だにそれを行っている店を見つけたことはない。場所が判明すれば、一も二もなく飛び付きたいシステムである。
しかしながら、木村は自他共に認める霊感ゼロ体質で、たとえレンタルして幽霊が近くにきたとしても気が付かないのだろうが。
「いいなあ、俺もレンタルしたいな」
心のままに願望を口にすると、芥川が目を見開いて唖然とした顔でこちらを見る。
「木村、お前がオカルト好きなのは知っているが、流石にそれはちょっと……」
その若干引き気味の様子に、木村は不満を露に唇を尖らせる。
「分かってるよ、お前はそういうのダメだからな。だけど真相確かめたいだろ。現に犠牲者も出ているんだし」
「確かめてどうするんだ」
「どうするって、そりゃあ……」
「本気で借りる覚悟があるのか」
珍しく尖ったような口調を感じて顔をまじまじと見つめてみると、芥川は青ざめているというよりも、冷たい顔をしている。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの強面と情けない表情をミックスした顔で眉を垂らした。
見間違いだったのだろうか。
「芥川?」
「いや、何でもない。もし借りるんだったら、俺も付いていく」
「え?それこそ、お前どんな風の吹き回しだよ。どっかおかしいんじゃないか、芥川」
いよいよ耳を疑う台詞が飛び出てくる。怪訝に思いながら問いかけると、芥川は弱々しく笑いながら、それでもはっきりと告げた。
「本音は関わりたくないくらい怖いけど、俺が知らないところで木村を危険な目に遭わせたくないんだ」
正義感の強い芥川らしい発言にようやく納得がいった木村だが、頷きながら苦笑いする。
「せっかくの申し出だけど、借りたくても場所知らねえからな」
「……そう、だよな」
「それに、たぶん俺には全然感じられないだろうからな。不本意だけど」
「あれか」
「霊感ゼロ体質」
見事に息を揃えて言うと、二人して吹き出した。
「芥川、晩飯食ってく?」
時間を確認しながら訪ねると、芥川は少し考えるような素振りをしたが、すぐに頷いた。
「今日、母さんは仕事で」
木村の言葉を遮るようにして、ドアホンが鳴る。宅配か何かだろうと思いながら、ろくに相手を確認もせずに開けると、扉の前に立っていたのはやけに目立つ容姿をした男だった。俳優並みのすらりとした長身に、洒落たサングラスをかけて高そうな上着を羽織っている。
どこからどう見ても、宅配のお兄さんどころか一般人にさえ見えない。それを頭から爪先まで一往復して眺めた木村は、すぐに扉を閉めようとした。ところが、閉まる前に素早く動いた男が、つっかえ棒代わりに足を使ってドアを止める。
「何のご用ですか」
努めて冷静な声音で木村が問うと、男はサングラスをかけたまま楽しげに唇を歪めて笑う。
「初めまして。こういう者です」
差し出された名刺を受け取ると、レンタルショップ彼岸花と印刷されており、紅い花が絡み合うようにして描かれている。そして、その下には羽山五月とあり、男の名前にどこか見覚えがあるような気がした。
記憶の糸を手繰りながら、サングラスの向こうの顔立ちを見ていると、明らかに記憶に引っかかるものがあるようだ。しかし、こんな店に木村が訪れたことはない。
更に質問を重ねようとすると、羽山は勿体ぶった手つきでもう一つの名刺を取り出す。今度は全く違う内容で、有名な芸能プロダクションの名前が記されていた。そこに所属している俳優ということで間違いない。木村はついに答えにたどり着こうとしていた。
羽山が大儀そうな素振りでゆったりとサングラスを外す。木村がその下の素顔を目の当たりにして、一瞬呆然と固まった。そして、目を見開いて言う。
「あなたは……!あの羽山さん?」
その反応に満足した羽山は、輝くような笑顔で告げた。
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