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斎藤福寿、寿管士に就職する。

14 マザー再び

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「君たちはクレジットカードは持っているかな?」
と李さんは聞いてきた。僕は持っていない。霞さんはブランド品を買うとポイントがつくということで、その好きなブランド会社のクレカを持っているそうだ。
「これを君たちに」
と言って、金色のカードを差し出した。僕はそこまで驚かなかったが霞さんはびっくりしているようだった。僕は驚くところが分からないから、霞さんのスマホのときと比べて驚いた顔を不審に思っていた。
「これってやばいカードじゃん。それにこのマーク!国家が発行している特殊なクレジットカードでしょ?」
やばいと言われたそのクレジットカードをよく見ると、そのカードの裏に日の丸のマークが付いていた。国家のカードは巷の噂では聞いたことがあるが、本物を見るのは初めてだった。日の丸のついたクレジットカードは税金が財源で今の国家公務員専用のカードだ。これは日本にマザーができてからのシステム。大昔だったら政治と個人を結びつけることはご法度だったらしい。
「これに今、名前書いて」
李さんはそういうとペンを渡した。僕は震える手で名前を書く。こんなカードを持つ日が僕に来るとは思わなかった。僕は国家公務員の寿管士なのだ。
「仕事に使う経費はすべてここから出してもらって良いから」
「やった、贅沢仕放題じゃん」
さっきのスマホの禁止要項を忘れたかのように霞さんは喜んでいる。僕だってここからすべて経費として落ちるなんて考えられない。今は税率が何でも高くなっていて、それのお金が使えるということだ。こんなことをするから日本は駄目になる。そう塾の政治経済の先生が言っていたっけ。
「家族とは今までのように頻繁に会えない可能性のあるからね。家族への恩返しにでも使っておくと良いよ。例えば食事に行くとかプチ旅行とか」
「でも、これも税金なんですよね?」
「まぁ、そうだけどあの子が許していることだからさ。法に触れない程度で楽しんでも良いんじゃないかな?」
マザーのことを李さんはあの子と言った。まるで一人の人間として扱っているようじゃないか。僕はその言葉を聞いて、とんでもない仕事に就いてしまったことを再確認した。でも僕はこの現実を受け入れるしかない。だって僕は日本で生きるマザージェネレーションなのだから。

するとあの子がぱたぱたと足音を立てながら走ってきた。そして扉を開けて李さんに話しかける。
「すももさん、下駄が痛くて足袋で歩いていたら汚れてしまったわ」
「当たり前でしょ。その着物はレンタルなんだから綺麗に着てね」
「わたくしは格式高い着物に憧れたの。不釣り合いだったわけだけれども……」
そんなとき、またマザーはこの部屋にやってきた。李さんは放置された黒い下駄をマザーに手渡す。マザーが日本において格式高い存在だが、普段はどんな格好をしているのだろうか。そんなことを聞こうと思ったのに、マザーは下駄を履いてこの部屋を足早に出て行こうとしている。僕はあんな自分勝手な女の子がマザーだとは思えない。そう思ったら扉のところで振り返った。
「八0一番さんは、いつもの格好が気になるのね?」
「どうしてそういうことが分かるのですか」
「わたくしは脳波も検知できるパソコンですのよ。人間が何を考えているかぐらいは察知できますわ。ちなみにいつもはスーツです」
そう言ってにっこり笑うと廊下へ走っていった。いつもはスーツなのか。この庁舎にまぎれていたら、普通の国家公務員に見えるだろうな。
「本当にあの女の子がマザーなんですか?」
「斎藤君も不思議に感じるかもね。でも、あれが毎年データをアップデートしている日本のマザー様だよ」
「ムカつくわ。あんな性格の悪そうな世間知らずに人生決められるなんて」
かばんに書類などを片付けながら、僕らはマザーの事実を知って、この日本でもう普通に生きることができないのだ理解した。僕がマザーと関わることはないだろうけれど、これからの仕事では社長みたいなものだ。
「俺はマザーとは言わないけどね、名前あるから」
「そういえば李さんが作ったから父さん親でもあるんですね」
「まぁ、そうなるね。マザーは源桜子っていう名前なんだ」
李さんが言う、その苗字の源はマザーの持つ英単語としての根源などからだろうかと思った。菊は天皇家の象徴の花となっているもの。僕にとって菊はお墓参りの印象しかないけど、格式の高い花とされる。やはりマザーが日本を守っていると感じさせるものだった。
「結構なお名前をお持ちで!」
「なんで霞さんはそこまでマザーさんにつっかかるの?」
「だって、あんなのがマザーなんて信じたくないから」
それは僕だって同じだ。あれがマザーと言われて数時間しか経ってない。でも僕はどこか受け入れている部分がある。慣れというか、人間ってそういうところが怖いなって思う。知らぬ間に僕もマザーさんと呼んでいた。
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