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斎藤福寿、1回目の花火大会。

2 手持ち花火と救えない保護人

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僕がカレーを食べた後の食器を洗っていると、窓華さんはお風呂の後に夕食と決めているから自室に行ってぼーっとしているようだった。僕は冷蔵庫の中のお酒のストックを見る。ストロング系しかない。お酒を飲むのは窓華さんだけで、僕は滅多に飲まない。今日ぐらいは飲んでも良いか。
「毎日、こんな強いお酒と飲んでるんですか?」
「いつもそうだけど何?」
あえて失礼なことを言わせてもらうなら、窓華さんを保護人だと実感した日は僕が殺されそうになった初めての夜だ。窓華さんが薬を飲まないと日常生活すらできないと知ったとき、この人も辛い思いをしたのだなと感じた。僕は七%のお酒を見つけてそれを持った。窓華さんには選んでもらおう。
「花火と自分のお酒持ってアパートの庭に行ってますから」
「分かった。薬飲んでお酒持って行くね」
「ところで、薬はどこで処方されているんですか?」
「カウンセリングによる処方だよ。桜子ちゃんとパソコンで会話して処方してもらっているの。保護人になると前よりメンタル病むからね」
窓華さんは悪びれもなくそう言った。日本はどこからどこまでマザーさんに頼っているのだな。マザーさんも庁舎の窓から花火を見ているのだろうか。そしてお酒を取りに行ったようだ。そして戻ってきてアパートの庭に来ていた。

「線香花火って久しぶりだなぁ。臨海学校とか思い出しちゃう」
僕は花火を準備していた。もちろん、水の入れたバケツだって。
「僕も久しぶりですね。小学生ぐらいの年齢かな?」
チャッカマンもホームセンターで買ってきた。僕らは花火を楽しむことになった。
「あ、線香花火の良さは今なら分かるなぁ。儚いよね」
「なんか窓華さんにしてはまともなこと言いますね」
「そうかな?睡眠薬の効果かもね」
と言って窓華さんは笑った。お酒は一気飲みしていて、もう空になっていた。僕はちびちびと飲みながら花火を楽しむ。
「花火って良いよねぇ。夏って感じする」
「春から一緒に生活してますけど、まだ時間はありますからね」
「そうだね、まだやりたいこといっぱいあるもん。まだ死にたくないよ」
窓華さんには八月二六日の事実を言えない。今日は八月一五日だ。もう数十日しか窓華さんに残された時間はないというのに、僕は自分の命が惜しくてそれを言えずに居た。マザーに殺されることは怖い。
「呪は死にたいって思ったことはないの?芸能人が死んだときも曖昧なことしか言わなかったじゃん?」
「そう言ってまた、僕を困らせるんですね。物騒ですよ」
「だって、呪と話していると新しい発見で一杯だもん」
ぽとりと線香花火の命が尽きた。
「僕は死にたいと言うより、この仕事に決まった時ですが、この世に産まれなければ良かったのに……とは思いましたね」
「私は呪が産まれてきて良かったと思うよ」
窓華さんはにこやかに笑ったので心が痛む。この人の死を将来的に受け入れる僕はどうしているだろう。あともう少しでこの生活が終わる。それが嫌だなって思った。
「それか、死にたいというより消えたいですね」
「でも、存在がなくなるんだからそれは死にたいじゃないの?」
「僕に自ら死ぬって決断する勢いはないですよ」
僕はマザーの判断に抵抗すらできない。だからきっと自分から死ぬことも、人の命を奪うことだってできない。ただ普通に生きるしかないのだ。それって幸せだと言えるのだろうか。窓華さんよりは幸せだと思う。上を見ても下を見ても社会というものは仕方ない部分があるけれども。

「そうかぁ、私は本気で死にたいとは思ったことがないなぁ。だから、保護人になっていることだって、今も実感ないな」
「そう思えるっていうことは、窓華さんは幸せだったんですよ」
僕が産まれてこなくても日本は動く。僕は日本社会の歯車の一部になれているのだろうか。僕はこんな汚れ役をして、役に立っている存在なのか分からない。
「楓が浮気したときは自分をちょっとは責めたけど、だからと言って私に楓の気持ちを変えることなんてできないしさ」
「僕はなんでマザーが海斗さんを紹介しなかったかが不思議ですね」
「それは私もそう思う。そうしたら死を看取ってもらえたかも。でも、楓と結婚にならなかったら呪に会えなかったんだし、難しい判断かな?」
僕は昔に読んだ河童の小説を思い出す。河童は産まれるときに、母さん親に産まれたいか聞かれるそうだ。僕だったら、この世のすべてを説明されその上で産まれたいとは思わないだろう。

「でも、呪は金魚を掬えるんでしょう?」
「それは屋台での話です。あとポイが最中だと駄目な場合もあります」
紙のポイはまだ掬える。でも最中になっているポイなんて使えたもんじゃないと僕は思う。最中のポイのあれはぼったくりだ。
「そうかぁ、私が助けられる可能性ってないんだ」
「僕がどう救出すれば良いと?」
「私にも分からない。やっぱり結婚とか?なんてね」
そういって少しだけ残念そうに笑った。僕が前に酷く断ったことがショックだったのかもしれない。その笑顔はどこか悲しくて、いつも見せるような笑顔とはまた違ったものがある。今日が一五日で、窓華さんは二六日に死ぬ。一一日をどう過ごせば良いのだろう。そして窓華さんはどう死ぬのだろう。
「窓華さんは保護人なんですから、そんな考えは駄目ですよ」
「でも、私はやっぱり死にたくないよ」
「僕を殺して心中しようとした癖に?」
「呪はまだ根に持ってるんだね」
「僕だって窓華さんとの生活は楽しいですよ」
窓華さんはすごく幸せそうに笑った。この笑顔ももうすぐ見れなくなる。この生活を楽しいと伝えたことは僕なりの判断だった。だってこんな人を失いたくない。あまりにも可哀想だ。僕だって人生が楽しいタイプの人間ではない。でも窓華さんよりはマシの人生だ。でもそんな僕に返事が返ってこない。そこから返事がないと思ったら、窓華さんはそこで寝ていた。突然のことで驚く。僕は途中の花火を中途半端に片付け、それで窓華さんをおぶって部屋まで行く。
「なんだ、やっぱり僕がどうにかするしかないんだよな」
と僕は独り言をつぶやく。そして僕もお酒のせいで眠くなってきたので自分の部屋に戻った。雨が降ってきた。やっぱりマザーさんの予報は当たったのだ。なら二二日だって雨なのだろう。そしてベッドに横になる。するとすぐにスマホが鳴った。
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