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式部霞、斎藤福寿に秘密を告げる。

1 式部霞は保護人とラブホテル

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『霞だけど』
『久しぶりです。元気してますか?』
久しぶりに聞く霞さんの声はどこか重々しい。僕はお酒でふらふらだから早く寝たいなと思っていた。
『浴衣で花火大会に来てた』
『うちの保護人も行きたいって言ってたんですよ』
『でも今、私はラブホテルに居る』
霞さんの衝撃発言に僕は言葉も出ない。だって、僕と窓華さんは殺人未遂ぐらいしか問題を起こしていないのに、肉体関係なんて大問題じゃないか。それに相手は結婚詐欺師だったはず……
『私って馬鹿よね。だって、結婚詐欺師の保護人と関係を持っちゃったからなぁ』
自分のことを馬鹿と言うなんて霞さんもかなり疲れているのだな。霞さんの保護人も二六日に死ぬ。きっとこの世界を続けることが叶わない関係だからと言うこともあるし、それ故の感情のゆらぎを受けたからかもしれない。
『李さんにはどう言うつもりですか?』
『もしかしてすももに告げ口するわけ?』
ドスの利いた声で霞さんは僕に言う。やっぱり霞さんは怖い。
『霞さんが嫌ならしないですけど』
『まぁ、私は着付けとか自分でできるから別に困らないんだけどさ』
僕はあのチャラそうな霞さんが着付けができることに失礼ながら驚いた。

『一緒に暮らしてたら、そういう気分になっちゃうことあるよね?って根暗君に聞きたくてさ。あ、君はそんな度胸ないか』
最初の夜に窓華さんが僕の部屋に入ってきたことを思い出す。包丁を僕の首に押し当てて、その右腕からは血がたらたらと流れていて。それを思い出す。窓華さんと僕に肉体関係はありえない。それに窓華さんの言う励ましてって言葉もそういう意味には受け取ること、僕にはできなかった。
『僕はそんなことしませんよ』
『そうだよね、私って卑怯者かもね。保護人がすっごく優しかったからさ。このまま保護人と逃げちゃいたいって思ったぐらい。だって残り一一日だよ?』
『そんなことしたら駄目です。そんなことをするなら、李さんに言います』
僕は多分、霞さんにも気の利いた言葉は言えない。あと数日しか残っていない日々に僕は何が残せるだろう。
『そんなこと、根暗眼鏡なんかに言われなくても分かっているよ』
『じゃあ、なんで僕に話すんです?』
『なんでだろね、同僚だしさ。自分だけで、保護人との現実を受け止められなくなったからかな?』
雨の音がザーザーとしている。霞さん達は次の花火大会も行くのだろうか。僕から聞くことでもない。
『霞さんも人間らしいところあるんですね』
『こういう弱っているときに酷いこと言うわね』
霞さんの保護人は死についてどう思っているのだろう。僕達とは関係性が全く違うような生活をしている。だって、そういう関係になっているのだから。
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