たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、守咲窓華と終わりに向かう日々。

6 八月二六日の二時五六分

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「また来てくれる?」
「また来ますよ」
「良かった。私にまだ次があるんだ」
弾けるような笑顔に僕は心が痛む。もう次はない。窓華さんが今日の朝の太陽を見ることはない。このままあと一時間ぐらいで死んでしまう。
「では僕は帰りますね」
「昨日、桜と楓が見舞いに来たの」
ぼそっと引き止めるように窓華さんが言う。僕はきっとそろそろお別れで最期だから来たのかと思った。もっと死期がバレないように調整しても良いのにと思った。僕と李さんしか時間までは知らない。きっと李さんが手配したのだろう。僕は窓華さんの家族まで気が回らなかった。
「久しぶりに会ったんですね」
「だからもう死ぬのかなって思ったけど、私はまだ生きるってことで呪を信じる。今日の昼、お見舞いに来てね」
「分かってますよ」
朝なんて来なければ良い。太陽なんて登らなければ良い。この優しい真夜中にずっと包まれていたい。僕は現実を見たくない。
「私、まだ死なないよね?」
「また来るって言ったじゃないですか。信じてくださいよ」
また来るというのは本当のこと。窓華さんの遺体をご遺族に引き渡すっていう仕事が残っているから。でも、生きている窓華さんと話したりするって、これが最期だっていう実感が沸かない。李さんも窓華さん一家も死に向かって準備をしているというのに、僕は心の準備ができていない。
「分かった、またね。私は毎日首を洗って待ってるから」
「笑えませんよ」
「嫌だなぁ、ここは笑うところだよ」
きっと窓華さんは今回で最期だと分かっていたんだ。僕がノートを渡しても、レシピを書いてくることはなかった。僕なんかより、窓華さんはもっと死を受け入れていた。僕はそれに気付いて強気に振る舞う気丈さに辛くなった。

「最期にティラミスが食べれて良かった。豆腐だけど……」
「それはどう言った意味で?」
僕はコミュニケーションも嘘も苦手だ。だから、深夜に死ぬということを窓華さんは察していたのかもしれない。
「この病院に来てから朝が来ることが怖いの。もしかしたら寝ているときに死んでいて朝なんか来ないかもしれないじゃない。そう考えちゃうん私は、呪がこれだけ焦って届けるってことはそういうことだろうって思うのよ。当たり?」
「そうですね。言いにくいことですが、窓華さんに朝は来ません」
残酷なことだけど、僕は本当のことを口にする。その言葉を発したらマザーとヘルスメーターに殺されるかと思ったが、そうでもなく僕は生かされている。ちょっとだけほっとした。
「そうかそうか、教えてくれてありがとう。私は死ぬときは一人が良い」
「僕では看取ることに役不足ですか?」
「そう言いたいわけじゃないよ。一人で産まれて一人で死ぬって思うとさ、福寿君の人生を巻き込むわけにはいかないじゃない?」
窓華さんは僕の人生に爪痕を残したくないのだ。やはり優しい人間だ。僕みたいなオタクとも普通に話してくれたし。僕は寿管士で窓華さんは保護人という関係でそれは変わらない。
「では、僕はここで失礼します」
「うん、今までありがとうね」
僕は廊下に出る。二時五0分だ。五六分に窓華さんはこの世から旅立つ。僕はその時間まで廊下に立って泣いていた。看取るのはなしだと窓華さんに言われたけれども、三時ぐらいまでそこから離れられなかった。もう、この廊下を離れたら窓華さんのことは忘れよう。泣くなんてやめよう。僕はそう誓った。

八月二六日木曜日
僕が金魚を持って病院に行く。金魚は三匹であと、僕はレシピの書かれたノートも持ってきていた。駐車場まで行くと、旦那さんと桜ちゃんが真っ黒な喪服を着ている。僕は新卒で入ったときのスーツを着ていた。
「ママ、ママが死んじゃったよ」
「桜ちゃん、これママと花火大会行ったときの金魚」
「そんなもの、いらない」
桜ちゃんに拒否されて僕はどう反応したら良いか分からない。子どもとは接する機会が少なかったことも理由で、僕は戸惑っていた。
「その言い方はないだろう、金魚を受け取ろうじゃないか」
「金魚がママの代わりだってパパは言うの?」
旦那さんの言う通りだ。窓華さんの代わりに金魚なんて、桜ちゃんが可哀想過ぎる。僕はレシピノートを取り出して渡す。
「では、これも……」
「ノートですか?」
旦那さんは不思議そうな顔をする。渡した方は桜ちゃんなので、桜ちゃんはペラペラと数枚しか書いてないノートを開いた。そして嬉しそうな声を上げる。
「玉ねぎのすき焼きが書いてある」
「喜んでくれるなら嬉しいです」
「キャロットケーキは嬉しくないけどね」
桜ちゃんは泣きながら笑っていた。窓華さんの居ない中、生きていくのはここに居るみなが辛いのだ。僕だけじゃない。
「窓華はどんな最期でしたか?」
「そうですね、一緒に花火を見たり平和な生活をして死んでいきましたよ」
「俺が看取る覚悟がなかったんだ。斎藤さんは専門家だから、そういうのに頼るしかなくて……」
それは分かる。人を看取るなんてなかなかできることじゃない。例え自分の奥さんだとしても、喜代也の効かない人を看取るなんてことできない。僕が適役だったのだから仕方ない。
「はい、僕には荷の重い仕事です。でも海外旅行は楽しかったですね。台湾に行ってきました」
「海外旅行、俺も窓華と行きたかったな」
旦那さんは優しそうな顔をして言った。僕は窓華さんの遺体を見ることなくアパートに帰ってきた。窓華さんの死は昨日の廊下での追悼で終わらせたし、もう部外者である僕に居場所はないと感じていた。窓華さんは家族に引き渡して仕事は終わりなのだから、これ以上深く考えても意味はない。そうして冷静になると僕は窓華さんが生活していた部屋に、また保護人が来る決定事項を思い出す。また次が来て、きっとこの悲しみもつらさも忘れていくのだろう。それはなんと悲しいことで、この気持ちなんてもしかしたらすぐ忘れる可能性だってある。僕はあのマザーに寿管士として選ばれた人間なのだから。きっとこの生き方で不安になることはないと思われている、酷い人間なのだから。するとスマホが鳴る。
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