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竹田詩乃、2回目のバイトをする。
5 福寿の夢
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「ほら、福寿には夢はないの?」
「マザーによる幸せな将来を犠牲にしてまで見る夢ですか?」
「そうよ。マザーがない日本だとしてなりたい職業みたいなもの」
立派なことを私に聞いてくるぐらいだから。きっと素晴らしい夢があるのだろう。
「僕は医学部ですし、医療の仕事に就きたいですね」
「やっぱり福寿にだって、なりたい職業ってあるんじゃない」
私は福寿にも夢があって安心した。みんながマザーを信じている世の中はおかしいと思っていたし、もしマザーがこの日本になかったら?と考える人は私だけではなかったのだ。日本国民はどこかでマザーに疑問を持っている。
「詩乃さんはさっきから良い母親になりたいって言いますけど……」
「言ってるけど、どうしたの?」
「結婚相手はマザーに決めてもらうと思ってるんでしょ?」
「だって、私が選んできた相手はマザーに全否定されているんだもの。きっとマザーが良い旦那さんを選んでくれるはずだわ」
私はマザーを否定していたつもりで、マザーに頼って幸せになろうとする思いを捨てきれていなかった。こういう国民が多いから、日本はマザーのようなパソコンに頼るのだ。海外は個人の選択を重要視するから、マザーみたいなものは流行らない。私はマザーを批判しつつもマザーの見せてくれる幸せな未来に期待していた。
「そっか、私もマザーに与えられる幸せのために生きているのね」
「誰も、それが悪いなんて思いませんよ」
「私は自分でも分からなくなってくるよ。マザーの存在を否定してみたり、マザーの見せてくれるであろう将来に期待したり」
「今の日本人ってだいたいそんなもんですよ」
私も結局は今の日本人だ。二十歳まで試験管に居た女性の家族を悪いと思って、それでマザーを恨んだりもする。でも、マザーが絶対に幸せな未来を見せてくれるために選択肢がない世の中だ。その世界で私はまだ学生をしている。私はこの日本での存在価値を将来的に得るためだから、大学留年も仕方ないのかもしれない。
「ほら、福寿だって夢あるじゃない?医療の仕事でしょ?」
「そうですね、僕はせっかくなら医者になりたいです」
「ご臨終です!って言う奴ね」
「それは昔のドラマの見過ぎだと思います」
そういえば、実際の病院こんな大胆には言わないと聞いたことがある。それに今の日本には病院なんていうものもなかった。
「今の日本って大学病院すらないわよね?」
「はい、それに平和だから気が付きたくないけど刑務所だってないです」
「なら、医者なんて職業はなくなったのでは?」
「そうです、今の日本に医者も弁護士も居ないことになっています」
今はちょっとした争いごとでもマザーが関与して、お互いに不利益にならない決断をしてくれる。刑務所だってない。だって、ヘルスメーターが犯罪を起こしそうな人を事前に捕まえる。そして、マザーが決めた講習を受けて世間に戻される。だからそんな事件のようなものはない。
「弁護士が居ないことになってるってどうして?」
「だって不思議でしょう?最高裁判所の裁判官は日本にまだ居るんですよ」
「なんでそんなこと知ってるの?」
弁護士という職業がマザーによってなくなったのなら、その相手になる裁判官だって居なくなるはずだ。そうじゃないとおかしい。
「やれやれですね。詩乃さんは選挙に参加していないんですか?」
「人並みに投票には行くけど、気にしたことはないな」
「たまに選挙と国民審査のある年あるでしょ?」
「あぁ、あれが何?」
私はあの名前が書かれている用紙だと思った。今の時代にも選挙はパソコンからはできないため、近所の学校の体育館などで行う。
「裁判官にバツ印つける用紙あるでしょ」
「え、それって裁判官に関わるものだったの?私は分からないから、いつも全部丸つけて出してたよ?」
「それだと、無効票になりますよ……」
福寿は私に対して呆れている。でも、こんなこと義務教育で習わなかったから仕方ないじゃないか。
「それで日本に裁判官が居るから、まだ裁判はしてるって言いたいの?弁護士という仕事はなくなっていないと?」
「今の僕らのようにマザーに守られていない人が居るんですよ」
「へぇ、そんな世の中に背いた人を助けたいと思うんだ?優しいところあるね」
想像より福寿はまともに将来を考えていた。世の中はマザーにすべてを決められるからという理由で、夢を見ることを否定されたわけじゃない。
「それって優しいって言うんでしょうか?」
「マザーに見捨てられた人を助けたいって言う考えは優しいよ」
「それに刑務所がなくなっても、死刑制度は残ってるんです」
「危険思考はどうしたって出てくるからじゃない?」
ヘルスメーターが普及したと言って、それでマザーの講習をうけても世の中に戻されない人が居る。それは刑務所とは言わない。マザーによる隔離施設だ。そこで世の中に戻して良いとマザーが判断するまで過ごすことになる。こういう危ない人を弾くことによって、日本は平和になった。
「でも、マザーもヘルスメーターも本当に完璧だったら、本当に大学病院も裁判所もなくなってると思うんです」
「そんなこと考えるなら、医者よりもマザー管理の仕事が良いと思うよ」
「そうですかね。僕にパソコン関係はちょっと……」
私の両親はマザーの管理の仕事をしている。でも、実際の仕事内容などは聞いたことがない。国家機密だからだ。裁判所がないのに、最高裁判所の裁判官は居る。刑務所はないのに更生や保護施設はある。そして死刑制度だって残っている。マザーに頼るようになってみんな幸せになったという世の中だけど、どこかで私の幸せのために犠牲になる人だって居るかもしれない。みんな幸せなんてあり得ない。
私は義務教育の一人一役で立候補した役職につけなかったことがある。この投票についてはマザーは関与していない。これは純粋に塾内のクラス投票で決められた。だから、このときに選ばれなかった私の役職と同じで、マザーに未来を決められない人が居るのではないだろうか。私は本当にマザーから未来を選んでもらえるか不安になってきた。あの時は図書委員にはなれなくて美化委員になった。それでも、何かの役職には就く決まりだったから、私はハブりにはならなかった。
「マザーによる幸せな将来を犠牲にしてまで見る夢ですか?」
「そうよ。マザーがない日本だとしてなりたい職業みたいなもの」
立派なことを私に聞いてくるぐらいだから。きっと素晴らしい夢があるのだろう。
「僕は医学部ですし、医療の仕事に就きたいですね」
「やっぱり福寿にだって、なりたい職業ってあるんじゃない」
私は福寿にも夢があって安心した。みんながマザーを信じている世の中はおかしいと思っていたし、もしマザーがこの日本になかったら?と考える人は私だけではなかったのだ。日本国民はどこかでマザーに疑問を持っている。
「詩乃さんはさっきから良い母親になりたいって言いますけど……」
「言ってるけど、どうしたの?」
「結婚相手はマザーに決めてもらうと思ってるんでしょ?」
「だって、私が選んできた相手はマザーに全否定されているんだもの。きっとマザーが良い旦那さんを選んでくれるはずだわ」
私はマザーを否定していたつもりで、マザーに頼って幸せになろうとする思いを捨てきれていなかった。こういう国民が多いから、日本はマザーのようなパソコンに頼るのだ。海外は個人の選択を重要視するから、マザーみたいなものは流行らない。私はマザーを批判しつつもマザーの見せてくれる幸せな未来に期待していた。
「そっか、私もマザーに与えられる幸せのために生きているのね」
「誰も、それが悪いなんて思いませんよ」
「私は自分でも分からなくなってくるよ。マザーの存在を否定してみたり、マザーの見せてくれるであろう将来に期待したり」
「今の日本人ってだいたいそんなもんですよ」
私も結局は今の日本人だ。二十歳まで試験管に居た女性の家族を悪いと思って、それでマザーを恨んだりもする。でも、マザーが絶対に幸せな未来を見せてくれるために選択肢がない世の中だ。その世界で私はまだ学生をしている。私はこの日本での存在価値を将来的に得るためだから、大学留年も仕方ないのかもしれない。
「ほら、福寿だって夢あるじゃない?医療の仕事でしょ?」
「そうですね、僕はせっかくなら医者になりたいです」
「ご臨終です!って言う奴ね」
「それは昔のドラマの見過ぎだと思います」
そういえば、実際の病院こんな大胆には言わないと聞いたことがある。それに今の日本には病院なんていうものもなかった。
「今の日本って大学病院すらないわよね?」
「はい、それに平和だから気が付きたくないけど刑務所だってないです」
「なら、医者なんて職業はなくなったのでは?」
「そうです、今の日本に医者も弁護士も居ないことになっています」
今はちょっとした争いごとでもマザーが関与して、お互いに不利益にならない決断をしてくれる。刑務所だってない。だって、ヘルスメーターが犯罪を起こしそうな人を事前に捕まえる。そして、マザーが決めた講習を受けて世間に戻される。だからそんな事件のようなものはない。
「弁護士が居ないことになってるってどうして?」
「だって不思議でしょう?最高裁判所の裁判官は日本にまだ居るんですよ」
「なんでそんなこと知ってるの?」
弁護士という職業がマザーによってなくなったのなら、その相手になる裁判官だって居なくなるはずだ。そうじゃないとおかしい。
「やれやれですね。詩乃さんは選挙に参加していないんですか?」
「人並みに投票には行くけど、気にしたことはないな」
「たまに選挙と国民審査のある年あるでしょ?」
「あぁ、あれが何?」
私はあの名前が書かれている用紙だと思った。今の時代にも選挙はパソコンからはできないため、近所の学校の体育館などで行う。
「裁判官にバツ印つける用紙あるでしょ」
「え、それって裁判官に関わるものだったの?私は分からないから、いつも全部丸つけて出してたよ?」
「それだと、無効票になりますよ……」
福寿は私に対して呆れている。でも、こんなこと義務教育で習わなかったから仕方ないじゃないか。
「それで日本に裁判官が居るから、まだ裁判はしてるって言いたいの?弁護士という仕事はなくなっていないと?」
「今の僕らのようにマザーに守られていない人が居るんですよ」
「へぇ、そんな世の中に背いた人を助けたいと思うんだ?優しいところあるね」
想像より福寿はまともに将来を考えていた。世の中はマザーにすべてを決められるからという理由で、夢を見ることを否定されたわけじゃない。
「それって優しいって言うんでしょうか?」
「マザーに見捨てられた人を助けたいって言う考えは優しいよ」
「それに刑務所がなくなっても、死刑制度は残ってるんです」
「危険思考はどうしたって出てくるからじゃない?」
ヘルスメーターが普及したと言って、それでマザーの講習をうけても世の中に戻されない人が居る。それは刑務所とは言わない。マザーによる隔離施設だ。そこで世の中に戻して良いとマザーが判断するまで過ごすことになる。こういう危ない人を弾くことによって、日本は平和になった。
「でも、マザーもヘルスメーターも本当に完璧だったら、本当に大学病院も裁判所もなくなってると思うんです」
「そんなこと考えるなら、医者よりもマザー管理の仕事が良いと思うよ」
「そうですかね。僕にパソコン関係はちょっと……」
私の両親はマザーの管理の仕事をしている。でも、実際の仕事内容などは聞いたことがない。国家機密だからだ。裁判所がないのに、最高裁判所の裁判官は居る。刑務所はないのに更生や保護施設はある。そして死刑制度だって残っている。マザーに頼るようになってみんな幸せになったという世の中だけど、どこかで私の幸せのために犠牲になる人だって居るかもしれない。みんな幸せなんてあり得ない。
私は義務教育の一人一役で立候補した役職につけなかったことがある。この投票についてはマザーは関与していない。これは純粋に塾内のクラス投票で決められた。だから、このときに選ばれなかった私の役職と同じで、マザーに未来を決められない人が居るのではないだろうか。私は本当にマザーから未来を選んでもらえるか不安になってきた。あの時は図書委員にはなれなくて美化委員になった。それでも、何かの役職には就く決まりだったから、私はハブりにはならなかった。
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