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竹田詩乃、2回目のバイトをする。

7 ずっとひとり

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「おじさんにとって悪はなんですか?」
「竹田さんまで、僕をおじさんって言うの。悲しいなぁ」
「じゃあ、お兄さんにとっての悪を教えて下さい」
「詳しくは言えないけど、今の日本を良しと思わない人かな。具体的に言えばマザーにハッキングしたりしてくる人」
マザーにハッキングする人なんて人が日本国民に居るのだろうか。それは外国の人がやっているのではないだろうか。
「ハッキングって国内ですか?それとも外国?」
「二人はバイトだからそこまでは言えないなぁ」
「そうですよね。詳しく聞けないのは残念ですが……」
マザーを狙う人が居ることが分かった。マザーの決める未来を信じている人が一般的だけど、これをおかしいと思う人も一定数居る。それに私は安心した。

「ピザまん食べて帰りましょうよ」
「それって、ポイント溜めたいだけでしょう?」
私は呆れながら福寿に聞く。福寿の考えていることはよく分からない。
「二人はこれから休みだけど、おじさんはこれから仕事だよ」
「おじさんも無理しないでね」
「もう、お兄さんじゃないから体がきついよ」
庁舎を出て、バイトに来る前に向かったコンビニへ向かう。夜来た時と違って空は腫れており、一日がこれから始まると言った感じだ。
「詩乃さんは肉まんも好きって言ったけど、一番好きなのは?」
「そりゃあ、豚角煮まんだよ」
「わぉ、一番高いやつだ」
「ここのコンビニのは食べたことないけどね」
コンビニへ着くと、夜にあったクリアファイルはすべてなくなっていた。そして私は福寿にピザまんを買ってもらい、そこで別れた。

”結婚しました。#結婚式#春の結婚式#幸せな日々#マザーのある日々”
”わぁ、ドレス似合ってる。おめでとう!”
”お似合いカップルだね。マザー最高。私も続きたい”
じっと私はこの投稿を見ていた。私だって負けていることはできない。
”@竹田詩乃幸せになってね”
私はそれだけ送信した。人からは普通に思われたい。

私はソファーでSNSを見て飛び込んできたやりを見て、それで私だって悔しかったけれど返信したのだ。悔しい気持ちなんてバレないように。惨めだと思われたくなんてない。でも、どうしても許せなくて辛くて、感情の行方が分からない。だからベッドに向かってスマホを投げた。投げるという最低な行動だけど、ベッドに向かって投げたのはスマホを壊さないため。だってこれ以上の被害はもう嫌だ。私を苦しめた報告は別れてまだ一ヶ月も立たない元彼と、私の友達との結婚式の報告だった。まさか、あの子が狙っていたなんてね。全く気付かなかった。狙っていた?元彼の相手にマザーが決めたのが私じゃなくて、私の友達だった。
悔しいけれど、私はどうすることもできない。マザーのある日本では、恋愛結婚よりもマザーのマッチングの方がうまくいくとされているのだし、お互いの幸せを考えるならこの道の方が正しい。それは分かっている。でも、悔しい気分でいっぱいだった。私だって、幸せになれたはずだ。クッションで顔を抑える。私の友達はこの事実を誰も教えてくれなかった。結婚式に誘われなかったから。写真に居たゲストは私の知っている友達ばかりだったのに、なんだか遠くに行っちゃった感じだ。私の未来はマザーはどうするつもりなのだろう。私も人並みに幸せにしてもらえるだろうか。すべての日本国民に平和で幸せな未来を提供するというマザーなのに、私は幸せを与えられていない。
今日も一人でご飯を食べる。今日は三回目のバイトだ。五回という約束だから折返しってことだ。友達は今頃二次会なのだろうか。私はこれからバイトで、みんな幸せなのに惨めだ。奈々美さんのような母親が居たら、こういう愚痴も聞いてくれただろうに。私の両親は今日も仕事だ。産まれた時から私はずっとひとりだ。
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