たおやかな慈愛 ~私の作る未来~

あさひあさり

文字の大きさ
56 / 67
竹田詩乃、母の日のプレゼントを選ぶ。

5 もしかして福寿の家に泊まるの?

しおりを挟む
ショッピングモールで二時間ぐらい迷って、それから福寿の自宅を向かうと時刻は一八時になっていた。靴を新しいものにしたことを少しだけ後悔した。ここまで長期間になるとは思わなかったから。私もそろそろお腹が減る。ショッピングモールで軽食を取れば良かったかもしれない。福寿の両親は家に居たようで、私は母の日のプレゼントを渡したらすぐマンションに帰る予定だった。福寿の家からはカレーの良い匂いがする。私が義務教育のときに作った野外学習を思い出して懐かしく思っていた。
「あら、詩乃ちゃんもこんばんは」
「奈々美さん、これは母の日に。福寿君と選んだんです」
「まぁ、福寿からは母の日なんて祝ってもらったことないわ」
「喜んでもらえると嬉しいんですけど……」
私はそう言って、子どもっぽい包装紙の入浴剤と母の日のしっかりした感じの箱を渡した。私の母親も受け取ったころだろう。
「じゃあ、私は帰りますね」
「え、詩乃ちゃん帰っちゃうの?これから食事なのに」
「そんな、食事を頂くのは悪いです」
「良いのよ、未来の家族でしょう」
奈々美さんの状態は前と同じで【秘密を共有する人】だ。私が本当の結婚相手じゃないことは分かっている。なのに、私にこんなにも優しくしてくれる。どうしてこんな私みたいな人間に優しいのだろう。

「ほら、入って。父さんも居るから」
促されて出されたスリッパを履く。そして案内されるままにリビングに行った。私のマンションは台所にはコントロールベーカリーと冷蔵庫だけだ。調味料もないし、コンロとか包丁とかそういう昔のものはない。ここは、私がアニメの中の知識でしかない異空間だった。私は驚いてしまって言葉も出ない。
「詩乃ちゃんどうしたの?」
「いや、こういう世界がまだ残っていたんだなって」
「コントロールベーカリーを使わない料理をたまにするだけよ」
いや、それが今の日本では珍しいことなのだ。鎖国による食糧難からコントロールベーカリーは普及したけれども、食料問題が解決してもコントロールベーカリーは日常的に使われている。寒天とサプリメントで完全栄養食ができる。
こんな楽なことに慣れてしまったのなら、普通の食事を作ることが嫌になる。コントロールベーカリーが普及したおかげで、肥満や高血圧に悩む国民も減った。普通の食事というものは、普通に生活している人は逆に食べない。それくらい料理という行動をする人が居なくなっていた。だから、この旧式の台所に驚いていたのだ。
「そんな立ってないで、座って」
昔のドラマの中に入ったかのようなリビングに台所。私みたいに今を生きる日本人が忘れてきたものだ。ただただ私は呆然としていた。
「あ、すみません。素敵な家だなって」
「うちの家はちょっと古いからね」
「いえ、こんな歴史的な家具がまだ残っていたなんて」
「そうよね、普通の人が見たらびっくりしちゃうかもね」
私は案内されるテーブルに向かう。そこには福寿の父親も居て、にこにことして表情で出迎えてくれる。その父親の状態には【息子のお嫁さん】とある。私はこんなにも騙せている。この偽りの世界は福寿の両親にとっては本物なのだ。この世界がずっと続けば良いのに。本当に福寿と結婚できたら幸せだろうに。福寿に話しかける選択肢がペンダントに提示されたから、私は話しかけた。このおもちゃのペンダントはここまでの私も心の動きと未来をみていたのだろうか。途中からは選択肢を出すことも忘れていた。この世界が珍しい。それにこの古い価値観の家に従って、自分で考えろってことなのかもしれない。

奈々美さんはテキパキとカレーを机に並べる。私だって、こういうときは手伝うべきだと思う。でも、奈々美さんが完璧すぎて何も出来ない。
「奈々美さん、何も出来なくてごめんなさい」
「そんなの良いのよ。コントロールベーカリーじゃない食事を選ぶ家族の方が、今の世の中じゃ普通じゃないんだから」
「そうだ、母さんの言う通りだ。詩乃さんは座っててくれ」
私は何で駄目なお嫁さんの候補だろう。福寿だって、私なんかよりコントロールベーカリーじゃない食事ができる人を、マッチングされるべきだろう。奈々美さんは食器などを用意して私の前に座る。私の隣は福寿だ。私達は今日選んだものを渡す。
「これは食べ物?」
「入浴剤とボディクリームです」
「へぇ、なんかこっちは子ども用のラッピングみたいね」
「そっちは入浴剤で、湯船に入れるとフィギュアが出てくるんです」
説明するとなんだか子供だましすぎるような気がする。やっぱり、趣味は同じと言っても食べ物の方が良かっただろうか。奈々美さんは包装紙を破って、その箱を開けていた。主要キャラは五種類ありレアが一種。そしてボックスで買うと六個入なので運が悪くなければコンプリートできる。
「はい、一個あげる」
「私がもらったら、全部揃いませんよ?もらえません」
奈々美さんは私の近くに袋を置いたけれど、これは受け取ることはできない。だってボックスで買って揃えるってオタクとして重要じゃないか。
「全種類揃えることってそんなに重要かしら」
「だって、ボックスで買えばだいたい揃うんですよ。あと一個が出ないとかそういう辛さに悩まなくて良いのに」
「福寿が言うように、詩乃ちゃんはガチオタなのね」
一般人からすれば、全種類揃えることはさほど重要ではないのだろうか。でも、主要キャラが一体欠けたとすれば、気分が良いわけではないだろう。私は受け取ったは良いがもやもやしていた。だから、きっとすごく美味しいであろうカレーの味すらも分からなかった。ペンダントに聞いても【入浴剤をもらうと良いことある】との選択肢が出ていたけれど、私は戸惑っていた。私には良い選択肢だけど、このアニメを好きな奈々美さんにとってはどうだろう?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...