左腕のDALIA

TrueEnd

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幕間4

絞られる網

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七月下旬、蒸し暑い夜。
摩天楼の頂で、ゼノスは、眼下に広がる都市の光の海を、変わらず静かに見下ろしていた。
彼が数日前に放った使い魔による「精神汚染」は、北東区域一帯に、狙い通り、微弱だが確かな効果を及ぼしていた。些細なことで苛立つ人間、理由もなく不安に駆られる子供、口論を始める夫婦。負の感情の波紋が、まるで水面に落としたインクのように、じわじわと広がっていく。
​ゼノスは、その無数のノイズの中から、ただ一つの「パターン」を探していた。
彼にとって、どこでどれだけ強い感情の嵐が起ころうと、それは予測可能な結果に過ぎない。彼が探しているのは、嵐そのものではない。嵐の、不自然な終わり方だ。
​そして、ついにその瞬間が訪れた。
​彼の感覚が、ある一点に集中する。そこでは数日前から、いじめや家庭内の不和といった、彼の汚染によって増幅された典型的な負の感情が渦巻いていた。
だが今、その荒れ狂っていた感情が、ふっと、ありえないほど急速に、そして綺麗に収束したのだ。嵐の後には、静けさと、微弱ながらも確かな「安堵」や「希望」といった、正の感情の光が灯った。
​(……これだ)
​ゼノスは、その現象を冷徹に分析する。
下等生物の感情は、一度火が付けば燃え広がるだけだ。それを、こうも急速に鎮められるとすれば……それは、より強大な意志が、無理やり捻じ伏せた証拠。
​(敗残者とはいえ、女王の気概だけは残っておるらしい。自らの器が、汚染された下等な感情に振り回されるのを良しとせず、その精神に直接干渉して、汚れを浄化したか)
​濁り水の中に、一滴だけ清水を垂らすような愚行。周囲の汚染とのあまりの落差が、彼女の存在を浮かび上がらせた。
嵐の強さではない。その「ありえないほどの急激な沈静化」こそが、ダリアの介入を示す、唯一無二の痕跡だった。
​(その行いこそが、お前の居場所を示す道標だぞ、ダリア)
​鎧の奥で、彼の口元が、三日月のように吊り上がった。
『見つけたぞ』
​ゼノスは、虚空に手をかざす。眼下の都市の立体地図に、赤く染まっていた北東区域。その中の一点、ごくありふれた一軒家だけが、今はっきりと、点滅を始めた。
​もう、ここで待つ必要はない。
​『王手だ』
​次の瞬間、彼の姿はビルの屋上から掻き消えていた。まるで夜の闇に溶けるように。
絞られた網の中心、健介たちが暮らす、ごく普通の住宅街へと、黒曜の狩人が、その一歩を確実に踏み出していた。
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