左腕のDALIA

TrueEnd

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終章

旅立ち

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七月三十日、水曜日の深夜。
健介は、レイラの運転する、黒塗りのセダンの後部座席に座っていた。窓の外を、歓楽街のけばけばしいネオンが、猛烈な速さで後ろへと過ぎ去っていく。
レイラの隠れ家である「青い獅子の酒場」で、健介たちは、数時間の休息と、短い作戦会議を行っていた。
招集を受け、店の奥にある司令室には、他にも二人の「観測者」が集まっていた。一人は、サラ。レイラとは対照的に、無口で、全身から闘気を発するような、屈強な女性戦士。もう一人は、リオ。年の頃はまだ若く、少し気弱そうだが、その目には知性の光が宿る、痩身の青年技術者だった。
レイラは、人間界の拠点と連絡役として、この世界に残る。
そして、戦闘要員のサラと、技術者であり、ゲートの専門家でもあるリオが、健介とダリアに同行し、異世界での戦いをサポートするチームを組むことが決まった。
車は市街地を抜け、街灯もない、暗い山道へと入っていく。健介は、遠ざかっていく街の灯りを見つめていた。あの光の一つ一つに、人々のかけがえのない日常がある。そして、その中には、彼が全てを懸けて守ると決めた、妻と娘の日常も含まれていた。もう、自分が戻ることはないかもしれない場所。だが、不思議と、涙は出なかった。
バックミラー越しに、レイラが、後部座席に座る健介に、心配そうに話しかけた。
「……ダリア様。本当に、このお姿のまま、お戻りになられるのですか?」
健介は何かを言おうとする。だが、それよりも早く、ダリアが健介の口を乗っ取って、不敵な笑みを浮かべながら、こう言い放った。
「フン……心配には及ばん、レイラ。この姿は、カシウスの目を欺くための、ただの仮の姿よ!」
(おい、ダリア、話を合わせるな! ややこしくなるだろ!)
健介は、脳内でパニックになる。
レイラは、その言葉に感銘を受け、目を輝かせた。「そ、そうでございましたか! なんという深慮遠謀! さすがはダリア様!」
健介は、もうどうにでもなれ、という気持ちで、少し呆れたように付け加えた。
「ああ。それに……一人じゃないんでね」
その言葉に、助手席に座るサラが、かすかに口元を緩めたのが見えた。
車が、木々に覆われた、古びた神社の前で止まった。
「ここです」
レイラに促され、一行は、苔むした鳥居をくぐり、本殿の、さらに奥へと進んでいく。
そこは、小さな広場のようになっていた。中央には、注連縄が張られた、ひときわ巨大な磐座が鎮座している。
「これが、ゲートです」
リオが、緊張した面持ちで言った。
空間が歪み始める中、技術者のリオが、健介たちに最後の忠告をする。「この次元転移門は、元より完璧なものではありません。出口座標には、常に大きな誤差が生じます。最悪の場合、敵地のど真ん中に放り出される危険性も…覚悟しなければなりません」
その絶望的な可能性を前に、サラとリオは息を呑む。
だが、健介は、不敵に笑った。脳内では、ダリアもまた、同じように笑っていた。『フン、面白い』
健介は、仲間たちに向かって、力強く言い放った。
「望むところだ。その方が、話が早い」
彼の覚悟に、サラとリオもまた、決意の表情を固めた。
レイラが、深々と頭を下げる。
「ダリア様、相棒殿。どうか、ご武運を」
ゲートが、完全に開いた。
鳥居の中央に、夜空のどの星よりも美しい、しかし、どこか禍々しい、渦巻く光の奔流が現れる。
健介は、一度だけ、自分が来た道、人間界の夜を振り返った。
そして、新しい二人の仲間、サラとリオと共に、渦巻く光の中へと、決意を固めて、足を踏み入れた。
健介の体が、人間界から完全に姿を消した。
ほんの数週間前にこうなることを誰が予測できたろう。ダリアと出会い、会社での問題、家庭での問題を解決できた。異世界へ行くという、この絶望的、非現実的な出来事を恐れもなく受け入れている自分は、やはりダリアと同化したことにより、精神までも異世界人へと変貌したのだろうか?
いや違う。ダリアはこの世界へきて、人間らしさを手に入れた。つまりは異世界人であれ、ただの獣ではないということだ。レイラやその仲間たちも。
自分にはこの先、どんな運命が待ち受けているのだろう。どんな運命でも、ダリアと一緒ならば乗り越えられる、そんな根拠のない自信を抱いた。
ここから始まるのは、ダリアの相棒としての、彼の、赤い非日常の物語だ。
【完】
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