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番外編 ベルタの重すぎる家事日誌
第一話 新入りメイドと、殺意高きベッドメイク
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ドラゴニア王国の朝は早い。
太陽が昇るよりも早く、黒竜城のメイド長ベルタは目覚める。
彼女は鏡の前で純白のブリムを装着し、エプロンの紐をキリリと締め上げた。
「……よし」
気合を入れる。
この城での「家事」とは、他国のそれとは次元が違う。それは「清掃」という名の戦闘であり、「整頓」という名の土木工事なのだ。
廊下に出ると、今日から配属されたばかりの人間の新入りメイド、ミナがガチガチに緊張して立っていた。
「お、おはようございます、ベルタ様! 今日からよろしくお願いします!」
「おはよう、ミナ。……いいこと? ここは戦場よ。気を抜くと怪我をするわ」
「えっ? け、怪我……ですか? お掃除で?」
ミナはポカンとしている。
無理もない。彼女はリリアナの妊娠を機に雇われたごく普通の一般家庭の少女なのだから。
ベルタは静かに微笑み、最初の戦場――イグニス陛下の寝室へと彼女を案内した。
王の寝室は広大だった。
主は既に起床し、朝の鍛錬に出かけている。最初の仕事はベッドメイクだ。
「さあ、ミナ。シーツと掛け布団を交換しましょう。古いものを剥がして」
「はいっ! 任せてください!」
ミナは張り切って、キングサイズのベッドに駆け寄り、掛け布団を勢いよく持ち上げようとした。
――ズシッ。
「……んぐっ!?」
ミナの腕が止まった。いや、彼女の体が前のめりに持っていかれそうになった。
布団が、持ち上がらない。まるで、中に鉛でも詰まっているかのような重さだ。
「あ、あれ? な、なにか重いものが乗って……」
「いいえ、何も乗っていないわ。それが『素材の重さ』よ」
ベルタは淡々と言った。
「陛下の寝具は、最高級の『炎竜の革』をなめし、さらに耐久性を高めるためにミスリルの鎖を織り込んだ特注品なの。総重量は約八十キログラムよ」
「は、八十……ッ!?」
「普通の羽毛布団なんて使ったら、陛下の寝返り一回で粉砕されて、朝には部屋中が羽毛だらけになってしまうからね」
ベルタはミナの横に立ち、「見ていなさい」と声をかけた。そして、優雅な所作で布団の端を掴むと――。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に、腰の回転を使って八十キロの布団を宙に舞い上がらせた。
バフォォォォンッ!!
風圧が起き、部屋のカーテンが揺れる。
ベルタは空中で舞う布団を巧みに操り、一瞬で綺麗に畳んで堅牢なワゴンの上に着地させた。
「……す、すごいです……魔術ですか?」
「いいえ、筋力よ。この城のメイドに求められるのは、繊細な気配りと、ドラゴンを素手で倒せる程度の腕力だわ」
ミナは顔を引きつらせた。
続いて、床掃除の時間だ。
黒竜城の床は、美しい黒曜石でできている。
「はい、これを」
「はい……って、重っ!?」
渡されたモップは、柄の部分が鉄製だった。
「黒曜石の床は硬いの。普通の力で磨いても汚れなんて落ちないわ。体重をかけ、ダイヤモンドの粉末入りワックスを使って、親の仇のように磨き上げるのよ」
ゴシッ! ゴシッ! ゴシッ!
ベルタが実演すると、摩擦熱で床から煙が上がった。磨かれた床は、鏡のようにピカピカに輝いている。
「リリアナ様は綺麗好きな方だから、埃一つ残さないように。さあ、やってみなさい」
「ひ、ひぃぃぃ……!」
ミナは涙目で鉄のモップを握りしめた。これが、ドラゴニアの日常。
優雅なメイド服の下は、全員が名だたる武人並みの筋肉で覆われている――そんな真実を、新人は身を以て知ることになるのだ。
「へばるのはまだ早いわよ、ミナ」
ベルタは懐中時計を確認し、ニヤリと笑った。
「次は洗濯よ。陛下の服は高温のブレスにも耐える特殊繊維だから、洗濯板で洗うにはハンマーで叩かないと汚れが落ちないの。……いい運動になるわよ」
ミナの悲鳴が、朝の黒竜城にこだました。
だが、これはまだ序の口。本当の地獄は、この後の「朝食の配膳」に待ち受けているのだった。
太陽が昇るよりも早く、黒竜城のメイド長ベルタは目覚める。
彼女は鏡の前で純白のブリムを装着し、エプロンの紐をキリリと締め上げた。
「……よし」
気合を入れる。
この城での「家事」とは、他国のそれとは次元が違う。それは「清掃」という名の戦闘であり、「整頓」という名の土木工事なのだ。
廊下に出ると、今日から配属されたばかりの人間の新入りメイド、ミナがガチガチに緊張して立っていた。
「お、おはようございます、ベルタ様! 今日からよろしくお願いします!」
「おはよう、ミナ。……いいこと? ここは戦場よ。気を抜くと怪我をするわ」
「えっ? け、怪我……ですか? お掃除で?」
ミナはポカンとしている。
無理もない。彼女はリリアナの妊娠を機に雇われたごく普通の一般家庭の少女なのだから。
ベルタは静かに微笑み、最初の戦場――イグニス陛下の寝室へと彼女を案内した。
王の寝室は広大だった。
主は既に起床し、朝の鍛錬に出かけている。最初の仕事はベッドメイクだ。
「さあ、ミナ。シーツと掛け布団を交換しましょう。古いものを剥がして」
「はいっ! 任せてください!」
ミナは張り切って、キングサイズのベッドに駆け寄り、掛け布団を勢いよく持ち上げようとした。
――ズシッ。
「……んぐっ!?」
ミナの腕が止まった。いや、彼女の体が前のめりに持っていかれそうになった。
布団が、持ち上がらない。まるで、中に鉛でも詰まっているかのような重さだ。
「あ、あれ? な、なにか重いものが乗って……」
「いいえ、何も乗っていないわ。それが『素材の重さ』よ」
ベルタは淡々と言った。
「陛下の寝具は、最高級の『炎竜の革』をなめし、さらに耐久性を高めるためにミスリルの鎖を織り込んだ特注品なの。総重量は約八十キログラムよ」
「は、八十……ッ!?」
「普通の羽毛布団なんて使ったら、陛下の寝返り一回で粉砕されて、朝には部屋中が羽毛だらけになってしまうからね」
ベルタはミナの横に立ち、「見ていなさい」と声をかけた。そして、優雅な所作で布団の端を掴むと――。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に、腰の回転を使って八十キロの布団を宙に舞い上がらせた。
バフォォォォンッ!!
風圧が起き、部屋のカーテンが揺れる。
ベルタは空中で舞う布団を巧みに操り、一瞬で綺麗に畳んで堅牢なワゴンの上に着地させた。
「……す、すごいです……魔術ですか?」
「いいえ、筋力よ。この城のメイドに求められるのは、繊細な気配りと、ドラゴンを素手で倒せる程度の腕力だわ」
ミナは顔を引きつらせた。
続いて、床掃除の時間だ。
黒竜城の床は、美しい黒曜石でできている。
「はい、これを」
「はい……って、重っ!?」
渡されたモップは、柄の部分が鉄製だった。
「黒曜石の床は硬いの。普通の力で磨いても汚れなんて落ちないわ。体重をかけ、ダイヤモンドの粉末入りワックスを使って、親の仇のように磨き上げるのよ」
ゴシッ! ゴシッ! ゴシッ!
ベルタが実演すると、摩擦熱で床から煙が上がった。磨かれた床は、鏡のようにピカピカに輝いている。
「リリアナ様は綺麗好きな方だから、埃一つ残さないように。さあ、やってみなさい」
「ひ、ひぃぃぃ……!」
ミナは涙目で鉄のモップを握りしめた。これが、ドラゴニアの日常。
優雅なメイド服の下は、全員が名だたる武人並みの筋肉で覆われている――そんな真実を、新人は身を以て知ることになるのだ。
「へばるのはまだ早いわよ、ミナ」
ベルタは懐中時計を確認し、ニヤリと笑った。
「次は洗濯よ。陛下の服は高温のブレスにも耐える特殊繊維だから、洗濯板で洗うにはハンマーで叩かないと汚れが落ちないの。……いい運動になるわよ」
ミナの悲鳴が、朝の黒竜城にこだました。
だが、これはまだ序の口。本当の地獄は、この後の「朝食の配膳」に待ち受けているのだった。
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