王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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本編 

第三話 深夜の来訪者

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 深夜、日付が変わる頃。北の塔の静寂を破ったのは、扉を激しく叩く音だった。

「おいシルヴィス! 生きてるか! 魔獣討伐の報告書、今日中に出すはずだっただろ!」

 ドンドンドン、と遠慮のない音が響く。

 書斎で魔術書の解読をしていたシルヴィスは、不愉快そうに舌打ちをした。

「……チッ。あの筋肉ダルマめ、夜中に騒々しい」

 シルヴィスが立ち上がるより早く、控えていたエレナが動いた。

「私が応対してまいります」

 彼女は音もなく移動し、一階へと降り、入口の重厚な扉を開け放った。

「おい引きこもり! 居留守は……あ?」

 そこにいたのは、大柄な男だった。雨に濡れた重厚な鎧、赤銅色の荒々しい髪。

 宮廷騎士団長、ゲイル・バーンズ。シルヴィスの父と仲が良く、曰く「あいつの息子は俺の息子」。この国で唯一、シルヴィスに遠慮なく接する男だ。

 ゲイルは扉を開けたエレナを見て、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。そして、その視線は室内の光景へと移り――さらに大きく口を開けた。

「……は? ここ、北の塔だよな? 俺、寝ぼけてんのか?」

 そこには、かつてのゴミ屋敷の面影はなかった。塵一つない磨き上げられた室内。規則正しく並べられた家具や木箱。そしてほんのりと漂うアロマの香り。

 ゲイルは泥のついたブーツで踏み入るのを躊躇い、思わず後ずさった。

「これは……幻術か?」

「現実だ」

 シルヴィスが気怠げに現れる。ゲイルは親友の息子の顔を見て、二度目の衝撃を受けた。

「お前……顔色が良くなってないか? いつも死人のような青白さだったのに、今日は人間みたいな肌ツヤしてやがる」

「失礼な奴だな。……エレナ、こいつを追い返せ。報告書ならそこにある」

 シルヴィスは玄関のすぐ横、花器を飾っている小ぶりな机の上の書類を顎でしゃくった。だが、ゲイルの腹が雷鳴のような音を立てたことで、場の空気が変わった。

 グゥゥゥゥゥ――。

 魔獣の咆哮にも似たその音に、エレナの世話焼きスイッチが入った。

「……騎士団長様。もしかして、夕食を召し上がっていないのですか?」

「おう、任務帰りにそのまま来たからな。昼から何も食ってねぇ……って、いや、そんなことより」

「お入りください。すぐに用意いたします」

 エレナは有無を言わせぬ迫力でゲイルを招き入れると、キッチンへと姿を消した。

 十分も経たないうちに、香ばしい匂いが漂ってくる。

「お待たせいたしました。冷えたお身体には、リゾットが良いかと」

 リビングで寛ぐくつろゲイルの前に運ばれてきたのは、湯気を立てる『きのことベーコンのチーズリゾット』だった。

 深夜でも胃にもたれないよう生クリームは控えめにしつつ、たっぷりのパルメザンチーズと黒胡椒でコクとパンチを出している。厚切りのベーコンがゴロゴロと入っており、男の食欲を刺激する見た目だ。

「うおぉ……! なんだこれ、めちゃくちゃ美味そうじゃねぇか!」

 ゲイルはスプーンを鷲掴みにすると、熱々のリゾットを口に放り込んだ。

「――っ! うっま!!」

 騎士団長らしい、野太い声がリビングに響く。

 米の一粒一粒に濃厚なチーズソースが絡みつき、噛むたびにベーコンの旨味が溢れ出す。冷え切った体に熱が戻ってくるようだ。

「なんだこれ、食堂の飯より数倍美味いぞ! シルヴィス、お前毎日こんなもん食ってんのか!?」

「…………」

 シルヴィスは不機嫌そうに、ソファで本を開いていた。

 自分のテリトリーで、自分のメイドが作った料理を、他人が大絶賛して貪り食っている。その光景が、無性に面白くない。

「なぁ、そこの美人さん! 名前は!? こんな気難しい奴の世話なんか辞めて、俺のところに来ないか? 給料は倍出すぞ!」

 ゲイルは冗談めかして、しかし半分本気でエレナにウインクを飛ばした。瞬間、部屋の温度が氷点下まで下がった気がした。

「……ゲイル」

 地を這うような低い声。シルヴィスの周囲で、バチバチと魔力が火花を散らしている。

「食ったならさっさと帰れ。それとも、俺の実験体になりたいのか?」

「お、おいおい、冗談だって……目がマジだぞお前」

 殺気を感じ取ったゲイルは、残りのリゾットを慌てて掻き込み、書類をひっ掴んで立ち上がった。

「ご馳走さん! 最高に美味かった! じゃあな、また来る!」

 逃げるようにゲイルが去った後、再び静寂が戻る。

 エレナは空になった皿を片付けながら、淡々と口を開いた。

「騒がしいお客様でしたね」

「……全くだ」

 シルヴィスはふいっと顔を背けた。

 自分の胸の内に湧き上がったこの黒い感情が、独占欲と呼ばれるものであることを、彼はまだ認めたくなかった。ただ、一つだけ確かなことはある。

「エレナ」

「はい」

「明日の朝食は、あのリゾットより美味いものにしろ」

 それは、天才魔術師なりの精一杯の子どもじみた対抗心だった。エレナは、背を向けた主人の赤い耳を見て、小さく微笑んだ。

「かしこまりました。とびきりのフレンチトーストをご用意いたします」
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