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本編
第十一話 シフォンの散歩と蘇る薬草園
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その日のシルヴィスは、朝から機嫌が悪かった。
理由は明白。視線の先で、エレナがシフォンを膝に乗せ、ブラッシングをしているからだ。
「……気持ちいいですか? 毛並みがツヤツヤですね」
「キュ~ン……」
「はい、お耳の裏も」
シフォンはとろけそうな顔で、エレナのエプロンに顔を擦り付けている。
シルヴィスは持っていた本をバサリ、とソファの上に置いた。
「……おい。いつまで遊んでいる。茶が冷めている」
「失礼いたしました。すぐに」
エレナはシフォンを床に下ろし、手際よく紅茶を準備する。しかし、シフォンが足元で「キュッ」と鳴くと、すぐに視線を下げて微笑むのだ。
シルヴィスは舌打ちをし、冷めた紅茶を啜った。
「……運動不足だな。その毛玉を外へ連れ出してこい。ぶくぶく太られてはかなわん」
「確かに、少し丸くなりましたね。では、裏庭へ散歩に行ってまいります」
エレナが抱き上げると、シフォンはシルヴィスに向かって「へへーん」と言わんばかりに目を輝かせ、尻尾を振った。
シルヴィスは額に青筋を浮かべつつ、「監視だ」という謎の理由をつけて後に続いた。
***
北の塔の裏手には、かつて薬草園だった場所がある。だが、長年の放置により、そこは雑草と枯れ木が生い茂る魔境と化していた。
「……酷い荒れようですね。日当たりは良いのに、もったいない」
エレナは雑草の海を見て、メイドとしての計算機を弾く。
ここを再生できれば、市場で買うと高いフレッシュハーブや、新鮮なトマトが手に入る。けれど、再生や維持管理にかかるコストを考えると……。
その時、シフォンがエレナの腕から飛び降りた。タタタッ、と枯れた花壇の中央へ走っていく。
「キュイ!!」
シフォンが高く鳴くと同時に、額の角が淡い緑色に発光した。光の粒子が波紋のように地面へ広がっていく。
すると、信じられない光景が広がった。
カサカサと音を立てて枯れ草が土に還り、代わりに地中から瑞々しい芽が一斉に吹き出したのだ。植えっぱなしになっていたローズマリーの古木が若返り、しおれていた野生のトマトが茎を伸ばし、瞬く間に真っ赤な実をつける。
他にも、ほうれん草、人参、見たこともない果実や草花も顔を覗かせている。
「これは……」
シルヴィスが目を見開いた。
「活性化の魔術か。しかも、土壌の魔力バランスまで調整している。……ただの雑食狐ではなかったようだな」
シフォンが得意げに胸を張って戻ってくると、エレナは目を輝かせて抱き上げた。
「すごいです、シフォン! 貴方は天才ですね!」
「キューッ!」
「これなら、今夜は採れたてのお野菜でご馳走が作れます!」
「そのくらいのことは俺にも……」
シルヴィスの呟きは、言葉になっていなかった。その間に、エレナはトマトの収穫を始めていた。
***
その日の夕食は、香りが違った。
メインディッシュは『若鶏の香草パン粉焼き』と『フレッシュトマトのスープ』。採れたばかりのローズマリーとタイムを細かく刻み、パン粉に混ぜて鶏肉にまぶして焼き上げている。
ナイフを入れると、ザクッという音と共に、鮮烈なハーブの香りが立ち上る。
「……いただきます」
シルヴィスは一口食べ、唸った。
乾燥ハーブとは比べ物にならない。香りが生きている。鶏肉の脂っこさをハーブが爽やかに中和し、そこへ酸味の効いたトマトスープがよく馴染む。
文句なしに美味い。美味いが――。
「シフォン、貴方にもご褒美ですよ。茹でたササミです」
「キュッ! キュッ!」
足元で餌をねだるシフォンに、エレナは甲斐甲斐しく世話を焼いている。自分にはメイド然と接しているのに、あの毛玉には笑顔で話しかけている。
シルヴィスの中で、何かがプツンと切れた。ガンッ。フォークを強めに皿に置く。
「……エレナ」
「はい、おかわりですか?」
「違う。……口元が汚れた」
シルヴィスは少し顎を突き出し、じっとエレナを見つめた。
自分で拭ける。ナプキンは手元にある。だが、動かない。エレナは一瞬きょとんとしたが、すぐにその意図――というより、子どもじみた嫉妬を察した。
彼女は苦笑し、新しいナプキンを手に取ると、身を乗り出してシルヴィスの口元を優しく拭った。
「……甘えん坊なのは、シフォンだけではないようですね」
「うるさい。……食後の茶だ。濃いめに淹れろ」
耳まで赤くしてそっぽを向く主人。その様子に、エレナは「はいはい」と心の中で呟きつつ、とびきり丁寧に紅茶を淹れる準備を始めた。
薬草園、改め、家庭菜園の復活により食卓は豊かになったが、塔の主人のかまってちゃんスキルもまた、著しく成長してしまったようである。
理由は明白。視線の先で、エレナがシフォンを膝に乗せ、ブラッシングをしているからだ。
「……気持ちいいですか? 毛並みがツヤツヤですね」
「キュ~ン……」
「はい、お耳の裏も」
シフォンはとろけそうな顔で、エレナのエプロンに顔を擦り付けている。
シルヴィスは持っていた本をバサリ、とソファの上に置いた。
「……おい。いつまで遊んでいる。茶が冷めている」
「失礼いたしました。すぐに」
エレナはシフォンを床に下ろし、手際よく紅茶を準備する。しかし、シフォンが足元で「キュッ」と鳴くと、すぐに視線を下げて微笑むのだ。
シルヴィスは舌打ちをし、冷めた紅茶を啜った。
「……運動不足だな。その毛玉を外へ連れ出してこい。ぶくぶく太られてはかなわん」
「確かに、少し丸くなりましたね。では、裏庭へ散歩に行ってまいります」
エレナが抱き上げると、シフォンはシルヴィスに向かって「へへーん」と言わんばかりに目を輝かせ、尻尾を振った。
シルヴィスは額に青筋を浮かべつつ、「監視だ」という謎の理由をつけて後に続いた。
***
北の塔の裏手には、かつて薬草園だった場所がある。だが、長年の放置により、そこは雑草と枯れ木が生い茂る魔境と化していた。
「……酷い荒れようですね。日当たりは良いのに、もったいない」
エレナは雑草の海を見て、メイドとしての計算機を弾く。
ここを再生できれば、市場で買うと高いフレッシュハーブや、新鮮なトマトが手に入る。けれど、再生や維持管理にかかるコストを考えると……。
その時、シフォンがエレナの腕から飛び降りた。タタタッ、と枯れた花壇の中央へ走っていく。
「キュイ!!」
シフォンが高く鳴くと同時に、額の角が淡い緑色に発光した。光の粒子が波紋のように地面へ広がっていく。
すると、信じられない光景が広がった。
カサカサと音を立てて枯れ草が土に還り、代わりに地中から瑞々しい芽が一斉に吹き出したのだ。植えっぱなしになっていたローズマリーの古木が若返り、しおれていた野生のトマトが茎を伸ばし、瞬く間に真っ赤な実をつける。
他にも、ほうれん草、人参、見たこともない果実や草花も顔を覗かせている。
「これは……」
シルヴィスが目を見開いた。
「活性化の魔術か。しかも、土壌の魔力バランスまで調整している。……ただの雑食狐ではなかったようだな」
シフォンが得意げに胸を張って戻ってくると、エレナは目を輝かせて抱き上げた。
「すごいです、シフォン! 貴方は天才ですね!」
「キューッ!」
「これなら、今夜は採れたてのお野菜でご馳走が作れます!」
「そのくらいのことは俺にも……」
シルヴィスの呟きは、言葉になっていなかった。その間に、エレナはトマトの収穫を始めていた。
***
その日の夕食は、香りが違った。
メインディッシュは『若鶏の香草パン粉焼き』と『フレッシュトマトのスープ』。採れたばかりのローズマリーとタイムを細かく刻み、パン粉に混ぜて鶏肉にまぶして焼き上げている。
ナイフを入れると、ザクッという音と共に、鮮烈なハーブの香りが立ち上る。
「……いただきます」
シルヴィスは一口食べ、唸った。
乾燥ハーブとは比べ物にならない。香りが生きている。鶏肉の脂っこさをハーブが爽やかに中和し、そこへ酸味の効いたトマトスープがよく馴染む。
文句なしに美味い。美味いが――。
「シフォン、貴方にもご褒美ですよ。茹でたササミです」
「キュッ! キュッ!」
足元で餌をねだるシフォンに、エレナは甲斐甲斐しく世話を焼いている。自分にはメイド然と接しているのに、あの毛玉には笑顔で話しかけている。
シルヴィスの中で、何かがプツンと切れた。ガンッ。フォークを強めに皿に置く。
「……エレナ」
「はい、おかわりですか?」
「違う。……口元が汚れた」
シルヴィスは少し顎を突き出し、じっとエレナを見つめた。
自分で拭ける。ナプキンは手元にある。だが、動かない。エレナは一瞬きょとんとしたが、すぐにその意図――というより、子どもじみた嫉妬を察した。
彼女は苦笑し、新しいナプキンを手に取ると、身を乗り出してシルヴィスの口元を優しく拭った。
「……甘えん坊なのは、シフォンだけではないようですね」
「うるさい。……食後の茶だ。濃いめに淹れろ」
耳まで赤くしてそっぽを向く主人。その様子に、エレナは「はいはい」と心の中で呟きつつ、とびきり丁寧に紅茶を淹れる準備を始めた。
薬草園、改め、家庭菜園の復活により食卓は豊かになったが、塔の主人のかまってちゃんスキルもまた、著しく成長してしまったようである。
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