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第一部
過去の亡霊 ①
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「まあ、単なる空き巣でしょうな」
黄ばんだ歯を覗かせながら赤ら顔の刑事がそう口を開くが、ひどい口臭に藤原は思わず鼻に手を置く。いったい最後に歯を磨いたのはいつなのだろうか。口臭に耐えながら注射器のようなもので刺されそうになったと伝えても、「最近の空き巣は巧妙化してますから」の一言で片付けられてしまった。
室内は、箪笥の引き出しやクローゼットの扉などが開け放たれており、いかにも空き巣に入られたかのような様相を呈していた。今は数人の鑑識官が、箪笥やクローゼットなどから指紋を採取している。犯人のものと区別するため、藤原の指紋と掌紋も事前に採取された。刑事に促されて紛失物の有無を確認してみたが、部屋から消えたものはとくになかった。
「おそらく、物色中にあなたが帰ってきたせいで、犯人たちは何も持ち出せずに逃げ出したんでしょう。帰宅時間はいつも同じですか? なら、ろくに下調べもせずに犯行に及んだんでしょうな。それで、彼らにとっては運悪く、帰宅したあなたと鉢合わせしてしまった。まあ、そんなところでしょう。相手は三人組だとおっしゃってましたよね? ならきっと、中国系の窃盗団か何かだと思いますよ」
藤原は当然そんな説明には納得いかなかった。ところが、赤ら顔の刑事は中国人の窃盗団だと決めつけていて、他の可能性はまったく考えていないようだ。この様子では、まず百パーセント怨恨の線は考慮されそうもなかったが、藤原の中ではある疑念が生じていた。とはいえ、それはこの場で話せる内容ではなかったから、今は胸にしまっておくしかなかった。
「まあ、金目のものを盗まれなかったわけですから、不幸中の幸いというところですかな」
赤ら顔の刑事はそう言って卑屈に笑い、人差し指の第二関節で自分の鼻の頭を掻く。どうやらそれは彼の癖のようで、口を開くたびに指が鼻に伸びていた。鼻の穴からは白髪混じりの鼻毛が飛び出し、鼻の頭はトナカイのようにまっ赤だ。酒の飲み過ぎで肝臓を悪くしているのかもしれない。よく見ると、白目も不健康そうに黄色味がかっている。そんな風貌によれた背広は妙にマッチしていた。
刑事は興味なさげに鑑識たちに視線を向けてから、再び赤い鼻に手をやりながら口を開いた。
「あの、藤原さん。お近くに、ご家族か、ご親戚、または親しいご友人などはおられますか?」
藤原は首を横に振って見せる。
質問の真意を計りかねていると、刑事は鼻に手を置きながら続けた。
「そうですか……。では、今日のところは、近隣のビジネスホテルにでも泊まられたらどうですか。鍵を交換しないうちは、安心して眠ることもできないでしょうから」
藤原は気のない返事をしたが、今の刑事の提案は、今夜も当たり前のように自宅で寝るつもりでいた自分の考えを変えた。鍵交換は、取り引き先の業者に朝一で依頼すればいいだろう。しかし、ディンプルキーでもピッキングは可能なのだろうか? もしかすると、妻が在宅していたときの癖で、鍵を掛け忘れた可能性もあった。
「被害届は出されますよね? ではこちらの用紙に、必要事項を記入してください」
ダイニングテーブルで被害届を書きながら、こんなものを出したところで犯人が捕まるとは思えなかった。なぜなら、目の前の刑事や鑑識官たちからは、熱意といったものがまったく伝わってこなかったからだ。彼らにとっては事件の解決など二の次なのだろう。刑事たちがやって来てからずっと不満しか募らず、想像はしていたが、お役所仕事的な熱量の低い対応に心底辟易させられた。
現場検証は一時間ほどで終了した。刑事らが退散したあと、赤ら顔の刑事の勧めに従い、藤原は近隣のシティホテルに部屋を取った。
ホテルでシャワーを浴びて、すぐに酒をあおった。ところが、いくら飲んでも酔いは回ってこなかった。あんなことがあったあとでは当然かもしれない。現場検証中に浮かんだ疑念が頭の中でぐるぐると回っている中、間一髪で危機を回避した場面がリアルに思い出され、興奮から股間が熱くなった。下着の中に手を入れてみる。勃起した男性器は芯から硬くなっていて、力を入れてもまったく折れ曲がらなかった。この様子では、簡単には鎮まりそうもなかった。そこで、地元のキャバクラで最近知り合った女に連絡を取ることにした。いまだ肉体関係こそなかったがノリのいい女だったため、用事さえなければ百パーセント誘いに応じると踏んでのことだ。
「いくらでやらせてくれる?」
「顔がタイプだからタダでもいいよ」
店でのそんなやりとりを思い出す。そのときは勃起不全が原因で手は出さなかったが、今なら心配無用だ。電話をかけると相手はすぐに応答した。
「なあ、聞いてくれよ。さっき、とんでもない目にあってな。交通事故? 違う違う。その程度じゃ連絡しねえよ。あのな——」
◈
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黄ばんだ歯を覗かせながら赤ら顔の刑事がそう口を開くが、ひどい口臭に藤原は思わず鼻に手を置く。いったい最後に歯を磨いたのはいつなのだろうか。口臭に耐えながら注射器のようなもので刺されそうになったと伝えても、「最近の空き巣は巧妙化してますから」の一言で片付けられてしまった。
室内は、箪笥の引き出しやクローゼットの扉などが開け放たれており、いかにも空き巣に入られたかのような様相を呈していた。今は数人の鑑識官が、箪笥やクローゼットなどから指紋を採取している。犯人のものと区別するため、藤原の指紋と掌紋も事前に採取された。刑事に促されて紛失物の有無を確認してみたが、部屋から消えたものはとくになかった。
「おそらく、物色中にあなたが帰ってきたせいで、犯人たちは何も持ち出せずに逃げ出したんでしょう。帰宅時間はいつも同じですか? なら、ろくに下調べもせずに犯行に及んだんでしょうな。それで、彼らにとっては運悪く、帰宅したあなたと鉢合わせしてしまった。まあ、そんなところでしょう。相手は三人組だとおっしゃってましたよね? ならきっと、中国系の窃盗団か何かだと思いますよ」
藤原は当然そんな説明には納得いかなかった。ところが、赤ら顔の刑事は中国人の窃盗団だと決めつけていて、他の可能性はまったく考えていないようだ。この様子では、まず百パーセント怨恨の線は考慮されそうもなかったが、藤原の中ではある疑念が生じていた。とはいえ、それはこの場で話せる内容ではなかったから、今は胸にしまっておくしかなかった。
「まあ、金目のものを盗まれなかったわけですから、不幸中の幸いというところですかな」
赤ら顔の刑事はそう言って卑屈に笑い、人差し指の第二関節で自分の鼻の頭を掻く。どうやらそれは彼の癖のようで、口を開くたびに指が鼻に伸びていた。鼻の穴からは白髪混じりの鼻毛が飛び出し、鼻の頭はトナカイのようにまっ赤だ。酒の飲み過ぎで肝臓を悪くしているのかもしれない。よく見ると、白目も不健康そうに黄色味がかっている。そんな風貌によれた背広は妙にマッチしていた。
刑事は興味なさげに鑑識たちに視線を向けてから、再び赤い鼻に手をやりながら口を開いた。
「あの、藤原さん。お近くに、ご家族か、ご親戚、または親しいご友人などはおられますか?」
藤原は首を横に振って見せる。
質問の真意を計りかねていると、刑事は鼻に手を置きながら続けた。
「そうですか……。では、今日のところは、近隣のビジネスホテルにでも泊まられたらどうですか。鍵を交換しないうちは、安心して眠ることもできないでしょうから」
藤原は気のない返事をしたが、今の刑事の提案は、今夜も当たり前のように自宅で寝るつもりでいた自分の考えを変えた。鍵交換は、取り引き先の業者に朝一で依頼すればいいだろう。しかし、ディンプルキーでもピッキングは可能なのだろうか? もしかすると、妻が在宅していたときの癖で、鍵を掛け忘れた可能性もあった。
「被害届は出されますよね? ではこちらの用紙に、必要事項を記入してください」
ダイニングテーブルで被害届を書きながら、こんなものを出したところで犯人が捕まるとは思えなかった。なぜなら、目の前の刑事や鑑識官たちからは、熱意といったものがまったく伝わってこなかったからだ。彼らにとっては事件の解決など二の次なのだろう。刑事たちがやって来てからずっと不満しか募らず、想像はしていたが、お役所仕事的な熱量の低い対応に心底辟易させられた。
現場検証は一時間ほどで終了した。刑事らが退散したあと、赤ら顔の刑事の勧めに従い、藤原は近隣のシティホテルに部屋を取った。
ホテルでシャワーを浴びて、すぐに酒をあおった。ところが、いくら飲んでも酔いは回ってこなかった。あんなことがあったあとでは当然かもしれない。現場検証中に浮かんだ疑念が頭の中でぐるぐると回っている中、間一髪で危機を回避した場面がリアルに思い出され、興奮から股間が熱くなった。下着の中に手を入れてみる。勃起した男性器は芯から硬くなっていて、力を入れてもまったく折れ曲がらなかった。この様子では、簡単には鎮まりそうもなかった。そこで、地元のキャバクラで最近知り合った女に連絡を取ることにした。いまだ肉体関係こそなかったがノリのいい女だったため、用事さえなければ百パーセント誘いに応じると踏んでのことだ。
「いくらでやらせてくれる?」
「顔がタイプだからタダでもいいよ」
店でのそんなやりとりを思い出す。そのときは勃起不全が原因で手は出さなかったが、今なら心配無用だ。電話をかけると相手はすぐに応答した。
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