【R18】セーフワード 狂気、増殖。

てっぺーさま

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第一部

避暑地へ ⑤

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「——以上がだいたいの流れになります」
 田島は小さくうなずいて見せる。いくつか質問したい点もあったが、それは彼女から促されるまで待つことにした。
「まあ、言葉で説明するよりも直接ご覧になったほうがよろしいでしょう。今から施設をご案内いたしますね。ではその前に……」
 アサミはそう言って、デスクの引き出しから円筒形のピルケースを取り出した。
 それを見て、またか、と田島はうんざりしてしまう。普段は風邪薬も飲まないだけに、一日にいくつもの薬を服用するのは抵抗があった。
 どうやらその気持ちが伝わったようで、アサミがことさら優しい笑みを浮かべて言った。
「こちらは強力な酔い止め薬になります。もちろん、服用は決して強制ではありません。ですが、これから見ていただくものは初めての方には少々刺激が強すぎるかと思いますので、飲まれておいたほうがよろしいかと」
 そう説明を受けても、服用への抵抗感は消えなかった。しかし、郷に入っては郷に従えで、ここは意地を張るところではないと思い直して、田島は小さくうなずいてから手のひらを差し出した。
 田島は受け取った錠剤をペットボトルの水で流し込む。一息ついたところで、アサミがすっと立ち上がる。
「では、参りましょうか」

    *  *  *

 前を歩くアサミのあとに続いて、田島はコンクリートで囲まれた狭い通路を進んでいく。やがて、観音開きのドアに突き当たる。両方の扉に丸い小窓が付いている。
 ドアを抜けた先は、研究所をほうふつとさせるような広々とした空間だった。総ガラス張りの部屋がいくつも連なり、白衣を着た医者風の男たちが目についた。広さは体育館ほどだろうか、四方の壁はコンクリートの打ちっぱなしで、床一面は白いリノリウムだ。天井はさほど高くなく、剥き出しになったパイプダクトが至るところに伸びている。
 驚く他なかった。こんな僻地へきちに、このような施設があることを——。
 田島が呆然としていると、アサミが薄い笑みを浮かべて口を開いた。
「ここは、かつて旧日本陸軍が所有していた研究施設だったそうです。戦時中、ここでは生物兵器の開発が秘密裏に行われていたらしく、真偽のほどは定かではありませんが、多くの外国人捕虜が実験の犠牲になったとも言われています。戦後の動乱の影響でここは軍や政府からも忘れ去られ、今では完全にプライベートな秘密の施設として活用されているわけなんです」
 アサミの説明を聞きながら手前の部屋に何気なく顔を向けたときだ。常軌を逸した物体が視界に飛び込んできて、田島は半ばパニック状態になった。周囲の景色が曖昧になり、足元がおぼつかなくなる。胃が強くうごめいたかと思うと、強い吐き気とともに未消化物が食道をせり上がってきた。慌てて口元を押さえ、嘔吐を食い止める。
 視界がとらえたのは、ステンレス製の椅子にからだを固定された男の姿だった。それもただ固定されているだけではない。顔を含む上半身の皮膚が、すべて剥がされていたのだ。
 田島は口元を手で押さえたまま、胃の奥から込み上げてくる酸っぱいものを必死に抑え込んだ。もし、先ほど意地を張って、アサミが勧めた薬を飲まなかったらリノリウムの床を汚していたかもしれない。
「田島様、だいじょうぶですか?」
 アサミから声をかけられるが、今は羞恥心から彼女に顔を向けられなかった。
 胃の状態が落ち着いてきたところで、田島は姿勢を正してハンカチで口元を拭った。しかし、視線は無惨な男から逸らしたままだ。この間、あちらこちらから悲鳴が聞こえてきたが、皮膚を剥がされた男に心をとらわれていて、耳に届く悲鳴はどこか意識の外側にあるように感じられた。
「あんな姿になっても死ぬことを許されないなんて、いったい、彼は何をしたというのだ……」
 詳細を知りたいと願ったが、それをアサミにたずねたところで、守秘義務だとか言われて拒絶されるのがオチではないかと思われ、湧き上がった好奇心は胸に仕舞い込むことにした。
 アサミが目元に笑みを浮かべて口を開いた。
「いかがです? もし、ご自分があのような姿になられたらどう思われます? ええ、当然、今すぐ殺してくれと願いたくなることでしょう。そんな思いを心底憎む者に味合わせることができるんですよ。こんな素敵なことって、他にあると思いますか?」
 うれしそうに語るアサミを見て、田島の背中に冷たいものが走った。
「田島様、このまま見学を続けられますか? もう充分ということでしたら、先ほどの部屋に戻りませんか? あのようなグロテスクな姿は、見慣れない方にはさぞご不快でしょうから」
 アサミにそう促されたが、このまま情けなく退散する気にはなれなかった。田島は折れそうな心を無理に奮い立たせた。
 あいつらの成れの果てだと思えばいいんだ! あの男だって、誰かの怒りを買ったに違いないのだから!
 田島は両目をぐわっと見開くと、生きながらに生皮を剥がされた男を真正面から見据えた。
 男はクリーンルームのような空間の中で、立方体の透明なビニールに四方を囲まれていた。目の前には丸い鏡が置かれており、まぶたのない目は否応なしに自分の醜い姿を見続けることになる。皮膚が剥がされているため表情は読み取れなかったが、想像を絶する苦痛を味わっているのは想像に難くない。アサミが言ったように、今すぐ殺してくれと毎日願っているに違いなかった。
 そんなことを考えていたそのときだ。男の眼球が突然動き、視線がかち合った。田島は思わず悲鳴にも近い情けない声を上げてしまう。すぐに強烈な悪寒に襲われ、リノリウムの床を見つめながら強烈な吐き気と戦う。
 アサミの前で醜態をさらしたことを恥じ入らないでもなかったが、今の衝撃がその思いを曖昧にさせた。
 醜態など目にしなかったかのような口調でアサミが言った。
「田島様、先ほどの部屋で最適なプランをご検討いたしましょうか」
 視線を合わすことなく、田島は小さくうなずいて同意した。立ち去る際、無数の悲鳴が耳に届いてきたが、幻聴だと強く自分に言い聞かせた。



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