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第一章 心霊現象
霊能者
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「なるほど、よくわかりました」
奈央が説明を終えると、霊能者の女は納得したように深くうなずいた。
雑居ビルの一室。奈央は年季の入った文机を挟んで霊能者と向かい合って座っていた。薄暗い小部屋にはお香の匂いが漂い、東洋風の護符が四方の壁を隙間なく覆っている。
霊能者の女は五十代ほどで、顔は厚塗りの化粧で白く塗られ、その匂いがこちらの鼻腔にまで届いてくる。韓国の伝統衣装のような衣服に身を包み、外見だけは〝本物〟の霊能者に映った。
しかし、奈央の胸にはすでに失望感が広がっていた。
先ほどファミレスで会った男は、奈央の顔を一目見るなり問題を的確に言い当てた。それに対して、今目の前にいる霊能者は、何かを感じ取っている様子もなく、ただ平然と座っているだけだ。金だけ取られて適当な鑑定結果になるのではないかという不安が頭をよぎる。
そんな心配をよそに、霊能者の女が口を開いた。
「ちなみに、部屋の写真はお持ちですか?」
「あ、はい」
奈央は不審げに思いながらも、部屋の写真を表示させてスマホを女に手渡した。
霊能者の女はしばらく写真をじっと見つめていたが、やがて小さく首を横に振り、スマホを返してきた。
その反応に、奈央はさらに落胆したした。これならまだ、ファミレスで会った男が紹介してくれた人物のほうが期待が持てそうな気がしてならない。
霊能者の女が事務的な口調で言った。
「拝見したところ、あなたが住んでいる部屋に怪しい影は見当たりません」
「そうなんですか?」
「ええ。ですが、ごくごく弱い霊が、あなたに取り憑いているようです」
「え!?」
奈央は思わず両手で自分の身を抱いた。
「ですが安心してください。あなたに憑いているのは、とても弱い霊だけですから。それもすべて生き霊で、ごくありふれたもの。世の中のほとんどの人が、多少なりとも生き霊の影響を受けている時代ですから」
「……そ、そうなんですか?」
「ええ。ただ、問題はそこなんです。その程度の生き霊では、心霊現象を引き起こす力はありません」
「でも、毎晩のように変なことが起こってるんです」
「ええ、だからこそ解せないんです」
霊能者の女は眉間にしわを寄せて答えた。
奈央は苛立ちを抑え切れず、思わず声を荒げてしまう。
「それじゃあ、原因は何なんですか!?」
「正直、私にもわかりかねます」
奈央は深く落胆した。期待外れもいいところだ。これでは完全に無駄足だ。
霊能者の女は淡々とした調子で言葉を続けた。
「今、あなたが住んでる部屋には、霊的な影はいっさい見えません。これは断言できます。霊的な存在が何かしらいれば、写真を通してでも私には感じ取れますから。ただ、ぼんやりとですが、遠くのほうから非常に強い恨みの念を感じます。距離がありすぎて、正確な場所を特定することができませんが、おそらく西のほうです。ご実家はどちらですか?」
「……静岡です」
「他に、長く住まれた場所は?」
「いえ、ありません」
「なら、おそらくそこでしょう。あるいは、あなたに強い恨みを持つ者が遠方に引っ越したあと亡くなった可能性もあります」
奈央は驚いて声を上げた。
「死んだってわかるんですか!?」
「ええ、これは生き霊などではありません。怨念の質でわかります。死者の怨念で間違いないでしょう。心当たりは?」
「いえ、とくには……」
「そうですか。まあ、当人が覚えていないこともありますからね。逆恨みなんてこともありますし。とくに女性の嫉妬は恐ろしいものですから」
女性の嫉妬——。覚えがあった。
「ただ、今あなたの部屋で起きていることは、その遠方にいる死者の霊が原因とは考えにくい。距離がありすぎて、物理的な現象を引き起こせるはずがないからです。そういうわけで、私にも原因がわかりかねるというわけなんです」
「そうですか……」
奈央が落胆していると、女は軽く笑みを浮かべて言った。
「まあ、そういうことですから、お代は結構ですよ」
「え……」
タダだという申し出に、奈央は心底驚いた。
「悩みを解決できないのに、お代だけいただくわけにはいきませんからね。ただ、せっかくお越しいただいたんですから、憑いている生き霊だけでも祓って差し上げましょう」
「え、いいんですか?」
「ええ。ですが、これだけはどうかご留意ください。生き霊を祓っても根本的な解決にはなりません。おそらく、今後も奇妙な現象が続く可能性はございます」
「そうなんですか……」
この場での解決を期待していただけに、奈央は落胆の色を隠せなかった。
「では、さっそく祓っちゃいましょうか」
霊能者の女はそう言って身を乗り出してくると、奈央の両肩を軽くなでるように払った。
「はい、終了です。いくらか気分がよくなったのでは?」
え? 本当にこれで終わり? 除霊は驚くほど呆気なく終わった。
ところが、霊能者の言う通り、肩がだいぶ軽くなったのを実感した。まるで、これで問題が解決したかのようにさえ思えた。根本的な解決にはならないと言われたが、この感覚には何だか期待が持てそうな気がした。それほどまでに、気分が一瞬で晴れ渡ったのだ。
しかし、奈央のそんな気分を覆すように、霊能者の女は不安げな表情を浮かべた。
「ただ、一つだけ心配なことがあります」
「心配なこと?」
「ええ。もし、あなたの周りの現象が霊的なものだとしたら、かなり厄介な相手かもしれません」
「厄介な?」
「ええ。というのも、私たち霊能者の目を欺くほどの、強い力を持った悪霊が存在します。もしそのような悪霊が関わっているとしたら、今後さらに状況が悪化するおそれもあります」
その言葉に、奈央は強い恐怖を覚えた。
すがるような気持ちで奈央はたずねた。
「どうにかならないんですか?」
「残念ながら、もしそれほどの悪霊が相手なら、私にも手に負えません……」
「そんな……」
奈央は絶望感に襲われた。
すると、霊能者の女は一転して柔らかな笑みを浮かべた。
「とはいえ、そんな強力な悪霊は滅多にいません。私も実際に見たことはありませんし、噂程度にしか耳にしたことがありません。ですから、さほど心配はいらないでしょう。まあ、着信履歴が残っていることから夢ではないことは確かでしょうが、あなたの部屋で起こっている現象は、おそらく科学的なことで説明できる類いのものだと思いますよ」
◈
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奈央が説明を終えると、霊能者の女は納得したように深くうなずいた。
雑居ビルの一室。奈央は年季の入った文机を挟んで霊能者と向かい合って座っていた。薄暗い小部屋にはお香の匂いが漂い、東洋風の護符が四方の壁を隙間なく覆っている。
霊能者の女は五十代ほどで、顔は厚塗りの化粧で白く塗られ、その匂いがこちらの鼻腔にまで届いてくる。韓国の伝統衣装のような衣服に身を包み、外見だけは〝本物〟の霊能者に映った。
しかし、奈央の胸にはすでに失望感が広がっていた。
先ほどファミレスで会った男は、奈央の顔を一目見るなり問題を的確に言い当てた。それに対して、今目の前にいる霊能者は、何かを感じ取っている様子もなく、ただ平然と座っているだけだ。金だけ取られて適当な鑑定結果になるのではないかという不安が頭をよぎる。
そんな心配をよそに、霊能者の女が口を開いた。
「ちなみに、部屋の写真はお持ちですか?」
「あ、はい」
奈央は不審げに思いながらも、部屋の写真を表示させてスマホを女に手渡した。
霊能者の女はしばらく写真をじっと見つめていたが、やがて小さく首を横に振り、スマホを返してきた。
その反応に、奈央はさらに落胆したした。これならまだ、ファミレスで会った男が紹介してくれた人物のほうが期待が持てそうな気がしてならない。
霊能者の女が事務的な口調で言った。
「拝見したところ、あなたが住んでいる部屋に怪しい影は見当たりません」
「そうなんですか?」
「ええ。ですが、ごくごく弱い霊が、あなたに取り憑いているようです」
「え!?」
奈央は思わず両手で自分の身を抱いた。
「ですが安心してください。あなたに憑いているのは、とても弱い霊だけですから。それもすべて生き霊で、ごくありふれたもの。世の中のほとんどの人が、多少なりとも生き霊の影響を受けている時代ですから」
「……そ、そうなんですか?」
「ええ。ただ、問題はそこなんです。その程度の生き霊では、心霊現象を引き起こす力はありません」
「でも、毎晩のように変なことが起こってるんです」
「ええ、だからこそ解せないんです」
霊能者の女は眉間にしわを寄せて答えた。
奈央は苛立ちを抑え切れず、思わず声を荒げてしまう。
「それじゃあ、原因は何なんですか!?」
「正直、私にもわかりかねます」
奈央は深く落胆した。期待外れもいいところだ。これでは完全に無駄足だ。
霊能者の女は淡々とした調子で言葉を続けた。
「今、あなたが住んでる部屋には、霊的な影はいっさい見えません。これは断言できます。霊的な存在が何かしらいれば、写真を通してでも私には感じ取れますから。ただ、ぼんやりとですが、遠くのほうから非常に強い恨みの念を感じます。距離がありすぎて、正確な場所を特定することができませんが、おそらく西のほうです。ご実家はどちらですか?」
「……静岡です」
「他に、長く住まれた場所は?」
「いえ、ありません」
「なら、おそらくそこでしょう。あるいは、あなたに強い恨みを持つ者が遠方に引っ越したあと亡くなった可能性もあります」
奈央は驚いて声を上げた。
「死んだってわかるんですか!?」
「ええ、これは生き霊などではありません。怨念の質でわかります。死者の怨念で間違いないでしょう。心当たりは?」
「いえ、とくには……」
「そうですか。まあ、当人が覚えていないこともありますからね。逆恨みなんてこともありますし。とくに女性の嫉妬は恐ろしいものですから」
女性の嫉妬——。覚えがあった。
「ただ、今あなたの部屋で起きていることは、その遠方にいる死者の霊が原因とは考えにくい。距離がありすぎて、物理的な現象を引き起こせるはずがないからです。そういうわけで、私にも原因がわかりかねるというわけなんです」
「そうですか……」
奈央が落胆していると、女は軽く笑みを浮かべて言った。
「まあ、そういうことですから、お代は結構ですよ」
「え……」
タダだという申し出に、奈央は心底驚いた。
「悩みを解決できないのに、お代だけいただくわけにはいきませんからね。ただ、せっかくお越しいただいたんですから、憑いている生き霊だけでも祓って差し上げましょう」
「え、いいんですか?」
「ええ。ですが、これだけはどうかご留意ください。生き霊を祓っても根本的な解決にはなりません。おそらく、今後も奇妙な現象が続く可能性はございます」
「そうなんですか……」
この場での解決を期待していただけに、奈央は落胆の色を隠せなかった。
「では、さっそく祓っちゃいましょうか」
霊能者の女はそう言って身を乗り出してくると、奈央の両肩を軽くなでるように払った。
「はい、終了です。いくらか気分がよくなったのでは?」
え? 本当にこれで終わり? 除霊は驚くほど呆気なく終わった。
ところが、霊能者の言う通り、肩がだいぶ軽くなったのを実感した。まるで、これで問題が解決したかのようにさえ思えた。根本的な解決にはならないと言われたが、この感覚には何だか期待が持てそうな気がした。それほどまでに、気分が一瞬で晴れ渡ったのだ。
しかし、奈央のそんな気分を覆すように、霊能者の女は不安げな表情を浮かべた。
「ただ、一つだけ心配なことがあります」
「心配なこと?」
「ええ。もし、あなたの周りの現象が霊的なものだとしたら、かなり厄介な相手かもしれません」
「厄介な?」
「ええ。というのも、私たち霊能者の目を欺くほどの、強い力を持った悪霊が存在します。もしそのような悪霊が関わっているとしたら、今後さらに状況が悪化するおそれもあります」
その言葉に、奈央は強い恐怖を覚えた。
すがるような気持ちで奈央はたずねた。
「どうにかならないんですか?」
「残念ながら、もしそれほどの悪霊が相手なら、私にも手に負えません……」
「そんな……」
奈央は絶望感に襲われた。
すると、霊能者の女は一転して柔らかな笑みを浮かべた。
「とはいえ、そんな強力な悪霊は滅多にいません。私も実際に見たことはありませんし、噂程度にしか耳にしたことがありません。ですから、さほど心配はいらないでしょう。まあ、着信履歴が残っていることから夢ではないことは確かでしょうが、あなたの部屋で起こっている現象は、おそらく科学的なことで説明できる類いのものだと思いますよ」
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