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2章 日常が壊れる。
1日目の夜
しおりを挟む掃除を終え、夕飯を済ませると、陽葵は限界だったのだろう。糸が切れたようにリビングのソファで眠り込んでしまった。僕と栞は彼女を抱え、寝室のベッドへと運んだ。
泥のように眠る陽葵の寝息だけが、静まり返った寝室に響いていた。
僕と栞は、彼女を起こさないよう音を立てずにリビングへ戻り、ランタンの灯りで照らして向かい合った。
「……学校、もう無理だよね。明日になれば、僕たち三人は『行方不明者』扱いになる」
僕が小声で切り出すと、栞は膝の上で組んだ自分の手をじっと見つめながら頷いた。
「ええ。ここにいられるのも、長くは持たないわ。私の親が別荘の管理状況をチェックしたり、カードの履歴を調べたりすれば、すぐに場所は特定される。……落ち着いたら、また別の場所へ逃げて、そこで家を借りるしかないわね」
「家を借りる、か……」
口にしてみたものの、それがどれほど現実味のない話かは二人とも分かっていた。
住所も保証人もない、身分証さえ持たない17歳の子供を、誰が雇い、誰が部屋を貸してくれるだろう。
「あと一年、僕たちが18歳で、せめて法律上の大人だったら、もう少しどうにかなったのかな…。」
僕の弱気な言葉に、栞が椅子を引き寄せ、僕の手にそっと自分の手を重ねた。
「悠真くん、一人で抱え込まないで。私にできることは何でもする。お金のことも、これからの場所のことも、二人で考えればいい。……陽葵を守るって決めたのは、私でもあるんだから」
栞の言葉は力強く、温かかった。その励ましに、僕は少しだけ顔を上げた。
あんなにひどい目に遭った少女が、僕たちを信じて無防備に眠っている。あのアザが消え、心からの笑顔がずっと続く日常を取り戻すためなら、どんな苦労でも頑張れる気がした。
「……ああ。あいつの、あの元気な笑顔を守るためなら、なんだってやるよ。絶対に、あんな家に連れ戻させたりしない」
僕が誓うように言うと、栞は「そうね」と小さく微笑んだ。
けれどその微笑みは、どこか寂しげで、胸の奥を締め付けられるような痛みを堪えているようにも見えた。
陽葵を守るという強い結束。それは、僕と栞を繋ぐ唯一の、そして強固な鎖だ。けれど、陽葵の名前を出すたびに僕の瞳に宿る熱い光を、栞がどんな思いで見つめているのか、鈍感な僕は微塵も気づいていなかった。
「悠真くんは……本当に、陽葵のことが大切なのね」
栞の言葉は、独り言みたいに…僕に話しているって感じではなかった。
◆◆◆◆
陽葵を助けたいという私の気持ちに嘘はない。親友を救いたいという願いは、間違いなく本物…。けれど同時に、陽葵だけを見つめ、守ると誓う悠真の横顔に対して、彼女の胸の奥に小さなトゲが刺さって毒のように侵蝕してくる。
(……私だって、ここにいるのに。)
そんな醜い言葉が溢れそうになる。悠真に『私のことは守ってくれる?』って聞きたくなったけどやめた。たぶん悠真が差し出す「守る」という言葉が、自分ではなくすべて陽葵に向けられていることを、理解したくないから…。
「……さあ、私たちも休みましょう。明日は、これからのことをもっと具体的に詰めなきゃいけないんだから」
私は悠真くんの手に重ねていた手を、名残惜しいけど…自分を律するように静かに離した。その指先がわずかに震えていたとしても彼は気づかないでしょうけど…。
夜も遅くなり僕たちは別々の部屋にはいり、僕も、栞も、そして陽葵も。疲れた体を癒すように深い眠りへと落ちていった。
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