陽葵の笑顔に僕は夢中だ。

そら

文字の大きさ
78 / 84
最終章 終わらない月食

閉演

しおりを挟む
「まあ、あと残った二人も、仲良く自殺に見せかけて殺したんだがね。……これが事件の真相だよ」

 父さんは舞台の幕を下ろす役者のように、両手を広げて微笑んだ。

「……死ね、化け物ッ!!」

 僕は咆哮し、手に持ったバットを渾身の力で振り上げた。怪物の頭蓋を粉砕するつもりで、全力で叩きつける。

 鈍い音が響いた。だが、感触が軽すぎる。バットは根本から、まるで枯れ枝のようにあっけなく折れた。

「……は?」

「悠真、なんでそんな場所に野球バットがちょうどよくあると思わないんだ? ちょっと頭を使えばわかるだろう。まだ自分が、悲劇を終わらせるヒーローだとでも思っているのか?」

 父さんの嘲笑と同時に、脇腹に熱い衝撃が走った。見下ろすと、銀色のナイフが深く突き立てられている。

「どうせ私も終わりだが、悠真、お前も道連れだ。天国でみんなと暮らそうじゃないか!」

 父さんが狂ったように笑う。焼けるような痛みに視界が点滅するなか、遠くから栞の声が聞こえた。

「悠真くん!? 悠真くん、どこ!?」

 彼女はこちらに気づいていないが、確実に近づいている。父さんの目が愉悦に細まった。

「……栞ちゃんか。彼女は少し私に似ている気がするんだ。……かわいそうだからせめて、優しく殺してあげよう…」

「……ふざ、けんな……!!」

 怒りで脳が真っ白になる。僕は傷口を抑え、最後の一滴の力を振り絞って怪物に体当たりした。だが、ナイフが刺さった体は思うように動かない。力が入らず、父さんの胸元で止まってしまう。

「ははっ、ヒーローごっこかな?」

 父さんは余裕の笑みを浮かべ、わざと窓際まで追い詰められたふりをして僕を弄ぶ。

「ほら、あと少しだぞ悠真。頑張れ。ここで私を突き落とせば、お前はヒーローになれる。……できないのか? 結局、お前は私の足元にも及ばないんだよ。」

 父さんの嘲笑が耳元で響く。僕は傷口を押さえ、朦朧とする意識の中で必死に力を込めるが、足に力が入らずその場に崩れそうになる。父さんはそんな僕を見下ろし、次の栞に目を向けて楽しげに窓の外を見据えていた。


ガシャァァァン!!


その時、静寂を切り裂く激しい音が響いた。

 衝撃に顔を伏せ、見上げた先にいたのは――割れた窓から月光を背負って現れた、陽葵の姿だった。

「……なっ!?」

 不意を突かれた父さんが、驚愕して後ろを振り返る。陽葵が作ってくれた、最初で最後のチャンス。

「……逃がすかよ、化け物……!」

 僕は、脇腹を焼くような激痛を怒りでねじ伏せ、残された全生命力を脚に叩き込んだ。

「うおおおおおおおッ!!」

 不意を突かれ、完全に無防備だった父さんの胴体に、頭から突っ込む。余裕に満ちていた父さんの顔が、初めて本物の恐怖に引き攣った。

「悠真、お前……やめろっ!」

「お…お前だけ…は。」

 もつれ合ったまま、僕たちの体は二階の窓から夜の闇へと投げ出された。重力に引かれ、逆さまに落ちていく視界の隅で、僕は陽葵の影と、僕を呼ぶ栞の震える声を、遠く、遠くで聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...