魔王の俺が伯爵家の無能になったんだが!?〜魔界で疲れたので今世では好き勝手に過ごそうと思います〜

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第八話『訓練所にて、ふと思う』

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「坊ちゃま、お気をつけて。あまり遠くへは——」

 

「大丈夫だって。庭を少し歩くだけだからさ。あんまり束縛しすぎると、俺、しおれるよ?」

 

「……坊ちゃまは野草か何かですか?」

 

クロは笑って手を振り、屋敷を出た。
ミレイアは渋い顔で見送っていたが、今朝の大騒ぎを経て、多少の自由は認めてくれる空気になっていた。

 

午前の日差しはまだ柔らかく、屋敷の裏庭を抜ける風が心地よかった。
木々の間を抜けながら、花壇の世話をする使用人に軽く会釈し、小道をふらりふらりと歩いていく。

 

(にしても……広いな、この家。いや、領地か)

 

貴族の屋敷というものにはあまり関心がなかったが、こうして歩いてみるとその“スケール”を実感する。

 

しばらく歩くと、空気が変わった。

金属の音。
掛け声。
地を踏む足音。

 

(……訓練所か)

 

高い生け垣を抜けた先に、開けた場所があった。
大小の木製人形、鍛錬用の木剣や槍、防具をつけた若い兵たちが複数。
剣を振るう音と、それに混じる叱咤が飛び交っている。

 

「そこだ! 切り返しが遅いぞ!」

「もっと腰を落とせ! 重心が上がってる!」

 

指導に当たっているのは、二十代半ばの下士官らしき男。
その周囲で、訓練兵たちが黙々と剣を振っていた。

 

クロは、柵の陰からそっとその光景を見つめた。

 

(……悪くない。基礎はしっかりしてる)

 

だが、どの動きにも“命を奪う気配”はなかった。
あくまで“型”をなぞるだけの訓練。

目は生きていない。
身体も“生き延びよう”とはしていない。

 

(……戦いが嫌いなわけじゃない。むしろ、好きだ。好きすぎて、あの世界じゃ“やり尽くしちまった”んだ)

 

——強者との戦い。限界の突破。命を懸けた衝突。
それがあの頃の“日常”だった。

 

(でも今のこの身体じゃ、満足に戦えもしねぇ。せっかく自由な世界に来たってのに、これじゃ台無しだろ)

 

クロは自分の手を見下ろした。
細く、白い指。
剣を振り慣れた手ではない。
関節にも、握力にも、かつての“感覚”はまるでなかった。

 

(筋肉も反応も、まるで足りねぇ。せめて、動ける身体に仕上げなきゃ話にならねぇ)

 

無理に暴れたところで、無様に死ぬのが関の山。
それは魔界でも、この世界でも同じだ。

 

どうせ生きるなら——“力を取り戻して、また戦いたい”。
それも、今度は“好きなように、気ままに”。

 

クロはゆっくりと呼吸を整えた。
胸の奥にある“何か”が微かにうずく。

 

(この体、少しずつ鍛えていくか……)

 

「おや? あれ……あの子、クロード坊ちゃまじゃねぇか?」

 

柵の向こうで、訓練兵の一人がクロに気づいた。
それを合図に、数人がちらちらとこちらを見始める。

 

「えっ、ほんとだ……マジで坊ちゃま?」

「って、何で訓練場に……」

 

「まさか、見学……? いや、冗談だろ。あの“できそこないの三男坊”が?」

 

くす、と笑いが漏れる。
聞こえるように言っているのか、それとも無意識か。
いずれにせよ、心に棘が刺さるような言い方だった。

 

クロは、特に表情を変えずにその場を離れた。

背中に視線が突き刺さるのを感じながら、静かに、黙って。

 

(舐められてるな……いや、好都合か)

 

侮られる方が動きやすい。
どうせそのうち、全部“覆す”ことになる。

 

訓練場の脇にある大きな木の陰に腰を下ろし、クロは腕を組んだ。

 

(まずは、身体を作るところからだ。筋肉、動体視力、反応速度——全部基礎から叩き直す。魔力が戻る前に、“器”を仕上げておかないとな)

 

そして……。

 

胸に手を当てる。
かすかに、心臓の鼓動と違う“律動”がある。

 

(そろそろ、アレも……考え時か)

 

微かに眠る、自らの“核”。
それを覚醒させる術は、知っている。

 

クロはゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。

春の陽差しが、白い雲の向こうに溶けていく。

 

「さて、まずは体力作りか……。俺、走んの嫌いなんだよなあ……」

 

呟きながら、クロは屋敷へと引き返していった。

その足取りは、どこか憂鬱で、どこか楽しげだった。
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