魔王の俺が伯爵家の無能になったんだが!?〜魔界で疲れたので今世では好き勝手に過ごそうと思います〜

パクパク

文字の大きさ
16 / 32

第十五話 『霧の獣、忍び寄る罠』

しおりを挟む

 

森の空気は、帰り道の方が重たく感じた。

葉擦れの音は遠く、鳥の声も減っていた。
それでもクロは、軽やかに歩を進めていた。

 

(《赫殻式》……まあ、まだ全然だな)

魔核を作って、ようやく力の基礎が戻り始めた。
今朝の戦闘での感触は——

 

(軌道は把握してる。力の流し方もわかる)
(けど、身体がついてこない)
(今はせいぜい、一割。下手に無理すりゃ、こっちが折れる)

 

力任せに突けば、肘に鈍い痛みが走った。
骨も筋も、まだ“魔族”時代の水準には程遠い。

 

(……ほんと、人間の体ってヤワだな)

 

それでも、少しずつ“使える感覚”が戻ってきているのは確かだった。
焦る必要はない。じわじわと追い上げればいい。

 

「クロ様、少しペースを落としていただけますか……!」

 

後ろからミレイアの声。
クロは振り返って、ちょっと悪びれたように笑った。

 

「悪い。つい調子が良くてな」

「調子に乗っても死んでは意味がありませんから!」

 

口は厳しいが、表情に余裕が戻ってきていた。
それが、森の静寂にかき消されていくまでは——あと、わずかだった。

 


 

最初に気づいたのは、空気の匂いだった。

 

「……ん?」

クロが立ち止まる。
鼻の奥に、土とも草ともつかない“こもった臭気”が届いていた。

 

次いで、視界。

辺りがうっすらと白く霞んでいる。
霧——だが、ただの気象現象にしては、濃さが異常だった。

 

「おい、ミレイア。これ——」

 

「クロ様、止まらないで!」

 

ミレイアが声を荒げて前に出る。
その顔は、明らかに恐怖に染まっていた。

 

「これは……靄獣の霧です!」

「えん……じゅう?」

 

クロが眉をひそめると、ミレイアは頷いた。

 

「この森に潜む魔獣の一種です。自分の体から霧を発生させて、獲物の視界と感覚を狂わせる……!」

「感覚まで、か」

「ええ。目だけじゃなく、耳、鼻、平衡感覚、方向感覚——全部がおかしくなるんです」

 

ミレイアはすぐに腰の袋から、小さな護符を取り出した。
折りたたまれた紙片には、淡い銀の魔術刻印が走っている。

 

「これを胸元に。霧の干渉を一時的に遮断できます」

「へぇ、用意がいいな」

「屋敷の備蓄から黙って持ち出してきました。今怒られても文句は言いません」

 

クロは笑って受け取り、胸元に護符を差し込む。
触れた瞬間、冷たい魔力の膜がじわりと広がった。

 

「霧の範囲が広がる前に、急ぎましょう。走るのは危険です。歩幅を合わせて、耳で気配を感じてください」

「了解」

 

二人は慎重に歩き始めた。
すでに森の輪郭は薄れ、どこを見ても同じような灰色の空間に変わっていた。

 

「……この靄獣、どんな姿なんだ?」

「実は、誰も正確には見たことがありません。目撃者は大抵、気を失って発見されるか——行方不明になります」

「へえ……」

(つまり、未確認ってことか)

 

クロの目が、薄い霧の中を横切る何かを捉えた。

 

「……気配が、増えてる」

 

視線の先で、霧の中にわずかな“動き”がある。
音もなければ、匂いもない。ただ、確かに何かがいる。

 

ミレイアも、息を呑んで立ち止まった。

 

「クロ様。動きを止めないでください。止まったら……音も、気配も全部飲まれます」

「……わかった」

 

だが、クロの目はもう笑っていなかった。
霧の中に潜む“獣”の気配は、確かに“狩りの間合い”に入っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...