魔王の俺が伯爵家の無能になったんだが!?〜魔界で疲れたので今世では好き勝手に過ごそうと思います〜

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第二十話 『死せる想い、魔人へ』

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森は、異様なほどに静かだった。

戦いの名残りすら、もう霧とともに消えていた。
ただ、濡れた土と焦げた空気、そして血の匂いだけが、かすかに残っている。

 

クロは、その沈黙の中を歩いていた。

腕はまだ回復しきっていない。
裂けた皮膚、突き出した骨。
だが、ミレイアの小さな身体を抱きかかえたまま、その足取りに迷いはなかった。

 

彼女は眠っているようにしか見えなかった。
けれど、その瞼の奥には、もう“光”は宿っていない。

 

(……冷たいな)

 

冷たくて、軽い。
当たり前だ。命がないのだから。

でも、クロの胸の奥には、言葉にしづらい“重さ”が沈んでいた。

 

(……そういや)

 

思考の隙間に、ふと浮かんだ記憶。

 

(死んで間もない肉体を素材にして、魔人を作ったことが何度かあった)
(魔力を核として注ぎ込めば、肉体は再起動する。だが、そこに“戻ってくる”のは、本人とは限らない)

 

それは、魔界で何度も試してきた手法だった。
死んで間もない肉体を使い、魔力で魔人を生み出す。
だが、そこに宿る意識は、必ずしも“その人”ではなかった。

 

構築中に流れ込んだ魔力の断片、漂っていた魂の残滓、無意識に混ざった記憶の破片。
そうした“何か”が混じり合い、まったく別の人格が宿ることも珍しくなかった。

 

命令には従う。
従順で、優秀な魔人として完成する。

だがそれは、クロが知っていた誰かではなく、“知らない何か”だった。

 

——元の“その人”として戻る。
それは、ごくわずかに存在した奇跡だった。
強靭な意志と、消え切らない執着。
それが残っていた者だけが、ほんの少しだけ、“自分”を取り戻した。

 

(……つまり、賭けだな)

 

クロは苦く笑った。

 

(しかも、あいつが戻ってくる保証なんて、どこにもねぇ)

(それでも、やるって決めちまった)

 

彼女の髪をそっと撫でながら、目を閉じた。

 

「……俺は昔から、感情で動くタイプじゃなかった」
「怒れば潰す。ムカつけば支配する。それだけだった」

 

「でも、今はちょっと違う」
「こいつが壊されたとき、胸の奥がザワついた」
「説明できねぇ、よくわかんねぇ……そんな感覚が、確かにあった」

 

「……人間の体になったせいか? それとも——」

 

言葉はそこまでだった。

 

(ま、今さら立ち止まっても意味はねぇ)

 

クロは彼女をそっと下ろすと、周囲を見渡した。
少しだけ開けた場所。木々に囲まれ、空がわずかに覗いている。

ここなら、結界も張りやすい。

 

「よし……ここにするか」

 

クロは指先を地面に突き立て、魔力を流し込む。

土が焼け、魔界の古文字が黒く刻まれていく。
円が描かれ、線が交差し、中心には“悪魔核”をはめる窪みが形成される。

 

複雑な詠唱などはいらない。
これはクロが創った独自の術式だ。

 

クロは最後に、ミレイアの身体をそっとその中心に横たえる。

そして、自らの胸に手を当てた。

 

「……魔力、だいぶ戻ってきたな。これぐらいなら、いける」

 

ゆっくりと魔力を抜き出し、赤黒い霧として指先に集める。
それを彼女の胸元へと流し込んでいく。

 

じゅう、と小さく焦げる音。
ミレイアの胸に赤黒い光が点り、心臓のあたりが脈打つようにわずかに動いた。

 

——それは“核”が作られていく過程。
彼女の肉体が、新たな“器”として再構築されていく。

 

クロは息を止めて見つめた。

(魂が……そこに、残ってるかどうか)

 

(そして、それが……ミレイアのままなのか、どうか)

 

何も起きない時間が続いた。

肉体は反応している。
指が微かに痙攣し、口元がわずかに動いたようにも見える。

 

風のせいかもしれない。
単なる神経反応かもしれない。

それでも、クロはそれを“信じること”にした。

 

「……戻ってこいよ」

 

その声は、静かで、優しかった。

 

「今度は、お前が俺の“魔人”だ」
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