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第二十一話 『沈む意識、抗う想い』
しおりを挟む暗い——。
暗くて、冷たい。
静寂に包まれた空間を、ミレイアはただ、沈んでいた。
底のない水に落ちていくような、終わりのない感覚。
体の輪郭も、声も、呼吸もない。
(……ここは……どこ……?)
問いかけても、返る声はない。
思考は鈍く、重く、まるで自分の中に霧がかかったようだった。
(……ああ……そうだ……私……)
思い出す。あの霧、鋭く伸びてきた影。
クロ様の背中、飛び込んできた叫び声。
そして——衝撃。
(私……死んだんだ……)
その事実が、ふわりと体に馴染む。
まるで眠りの続きを受け入れるように、自然に。
けれど——
(それでも……まだ……)
心のどこかに、わずかに“熱”が残っていた。
それは体ではない、“意思”の火。
消えかけの灯でも、確かにそこにあった。
そして、浮かんでくる——彼の顔。
*
最初は、ただ混乱していた。
目を覚ました坊ちゃんは、まるで別人だった。
部屋の中で寝転び、昼を過ぎても起きてこないはずの彼が、突然外へ出て走り出した。
剣術の心得もないはずなのに、朝から素振りを始めた。
屋敷の者の言葉にまるで耳を貸さず、勝手に食堂へ行って好きなものを食べた。
最初は本気で、頭を打ったのではと思った。
どこか壊れてしまったのでは、と。
けれど、それでもミレイアはそばを離れなかった。
怒鳴られても、振り回されても、
なぜか、置いていくという選択肢が思い浮かばなかった。
そして、気づけば——
(私は……あの人を、信じ始めていた)
あの背中を。
時折見せる、鋭くて、強くて、それでいて寂しげな瞳を。
「……お前がいねぇと、朝起きれねぇんだよ」
そう言って、くしゃっと笑った顔を。
冗談めいていたけれど、あれは——本心だった。
どんな時も一人だったような人が、誰かに甘えるような声音でそう言ってくれた。
(それだけで……よかったんだ)
(“必要とされた”って、感じた)
(今度こそ、私は……ちゃんと、役に立ちたかった)
なのに、私は——
(また、何もできなかった)
守ってくれたのに。
庇ってくれたのに。
最後まで、私のことを“ミレイア”として呼んでくれたのに。
(私は……あの人に、何も返せていない)
言葉にならない悔しさが、胸の奥でぶくぶくと泡立つ。
指先も足も動かないこの場所で、ただ、その想いだけが自分を焼いた。
——でも。
(まだ……終わりじゃない)
なぜかわからない。
けれど、確かに“何か”が自分を呼んでいる。
肌の奥で感じる微かな“熱”。
それは、まるで誰かが差し出してくれた手のようだった。
(クロ……様……?)
名前を心で呼んだ、その瞬間。
何かが“繋がった”。
全身に、微かな痛みが走る。
感覚が戻る。空間が歪み、暗闇に亀裂が入った。
(……私、戻れる……?)
——違う。戻るんじゃない。戻ると、決めるのだ。
(私が、ここで終わるわけにはいかない!)
(私が、クロ様を……置いていけるわけがない!!)
苦しみの中で、もがく。
もがいて、もがいて、何度も“上”を目指す。
這いつくばるようにして、崩れそうな意識をかき集める。
——あの人を、守りたかった。
——それが叶わなかったなら、今度こそ、傍にいたい。
私は——
(生きたい)
その瞬間、肉体側の核が反応した。
胸の奥から、赤黒い光が脈打つ。
神経が接続され、意識と体が合わさっていく。
息が返る。
微かな音とともに、指先が震えた。
そして——
「……クロ……様……?」
わずかに開いた目に、赤黒い空と、こちらを覗き込む瞳が映った。
彼がそこにいた。血に塗れた顔、ひどく疲れた目。
でも、確かに、“クロ様”だった。
ミレイアは、ただ、彼を見つめた。
言葉はまだうまく出ない。
体は重くて動かない。
けれど、“繋がっている”という実感だけは、はっきりとあった。
(私は……まだ、あなたの側にいられる)
それが、今はすべてだった。
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