魔王の俺が伯爵家の無能になったんだが!?〜魔界で疲れたので今世では好き勝手に過ごそうと思います〜

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第二十八話 『静謀の館にて』

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城の離れ。
通常の侍女すら立ち入ることのない、かつて賓客専用として設けられた応接間。
だが今、この部屋を使うのは伯爵家の正妻──レイセラ・ノクターンだけだった。

 

分厚い絨毯に覆われた室内は、香の煙が漂い、光は最小限。
かすかな灯火の中、ひとりの男が額に汗を浮かべ、ソファの前にひれ伏していた。

 

「レ……レイセラ様……、も、申し訳ありません……!」

 

男の声は震えていた。
だがレイセラは、その様子を愉快げに観察しているかのように、薄く笑みを浮かべたままだった。

 

「誰一人戻って来なかった、ですって?」

 

「は、はい……それだけは確かです。しかし……きっとクロード様を守る何者かがいたのだと……! でなければ、あの暗殺者たちが全滅など……っ」

 

男の言い訳は続く。
「クロード一人の力では到底叶わない」と、必死に繰り返しながら。

 

「──もちろん、レイセラ様のご関与が露見するようなことは一切……っ、決して……」

 

男が深々と頭を下げると、レイセラはほんのわずか、笑みの角度を変えた。

 

「……まぁ、いいでしょう。わかりましたわ」

 

「ほ、本当に……っ」



安堵の色が男の顔に浮かぶ。
胸をなでおろしたその刹那──



「……ッ!?」

 

ザシュッ。

 

音は、ごく微細だった。
だが、次の瞬間、男の腹部から血が噴き出し、崩れ落ちる。

 

「が……っ、ど……こ……から……っ」

 

口元から泡を吹きながら、男が呻く。
だがレイセラは表情を変えず、ハンカチを優雅に鼻元へあてがった。

 

「……あらあら。汚らしいわ。そんなに散らかさないでって、いつも言ってるのに」

 

男の背後に立っていたのは──レイセラの侍女長。
黒衣に身を包み、顔半分を覆面で隠した女。すでに第二撃の構えを取っていた。

 

「……申し訳ありません。急所を外しました」

 

淡々とした声だった。

 

レイセラが優雅に手をひらりと振ると、侍女長が指を鳴らした。
瞬間、部屋の隅から複数の黒衣が現れ、何の音も立てずに床を“片付け”始める。

 

「まったく……。思った以上に使えなかったわね、あの男」

 

レイセラは長椅子に腰かけたまま、指先で爪を噛んでいた。
目線は宙に泳ぎ、言葉はどこか子供のような投げやりさを含んでいた。

 

「……正直、少しだけ期待していたのよ。
あの暗殺者集団、ここいらでは結構有名だったのでしょう?」

 

侍女長は恭しく膝をつき、うつむいた。

 

「……はい、レイセラ様。実績も十分でした。ですが、やはり“クロード様”には、別の力が──」

 

「その“力”が問題なのよ」

 

レイセラはピタリと爪を噛むのをやめ、今度は腕を組みながら自分の肩を撫でるようにさすった。
その仕草は、かすかに震えていた。

 

「──誰があの子を守っているの? それとも、あの子自身が?」

 

侍女長が静かに答える。

 

「……当主様の配下という可能性も──」

 

「笑わせないで」

 

即答だった。
レイセラは鼻先で嘲笑を漏らす。

 

「あの方が、誰かを“守ってくださる”なんて、あるわけないじゃない」

 

声が震えていた。
怒りか、恐怖か、それとも……

 

「……私が、いちばんよく知っているんだから……」

 

しばしの沈黙。

 

やがてレイセラが息を吐くと、侍女長が再び深々とひざまずいた。

 

「……申し訳ありません、レイセラ様。言葉が過ぎました」

 

「いいのよ」

 

ふと、レイセラの表情が穏やかになる。
すっと手を伸ばし、膝をつく侍女長の肩を抱き寄せる。

 

「貴女は、ただ私の傍にいてくれればいいの。……他のものは、私が“片付ける”から」

 

蝋燭の炎が、レイセラの瞳をゆらめかせる。

 

それは氷のように冷たく、美しかった。

 

──彼女が、“動き出した”のは、これが初めてではない。
だが、その執念が“牙”をむくのは、これが最初となる。

 

そして、暗き密室には、誰の足音も残らないまま──再び静寂が戻った。
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2025.06.04 ユーザー名の登録がありません

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