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古き忠臣
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奈落の城の奥深く、闇に包まれた作戦室。
四天王のうちの三人——ヴァーシャ、グラトス、ネヴィロスが、王子レオンの存在について話し合っていた。
「……結局のところ、我々がいくら議論したところで、答えは出ない。」
影に溶け込むように立っていたグラトスが、低く言う。
「王子がリリエル様の契約者なのか、それともただの気まぐれなのか……判断する方法は一つしかない。」
「へぇ……聞かせてもらおうじゃないか。」ネヴィロスが興味深げに笑う。
グラトスは、淡々と続けた。
「我々悪魔には、“他の悪魔が契約を結んでいるかどうかを見抜く力”はない。
契約の有無は、契約した者同士にしか分からないものだからな。」
「まぁ、そうね。」ヴァーシャが頷く。
「しかし——」
グラトスの瞳が鋭く光る。
「この城に、“それを判断できる者”がいる。」
その言葉に、ヴァーシャとネヴィロスの表情が変わった。
「……マジかよ。」ネヴィロスが口笛を吹く。
「ふむ……誰のことを指しているの?」ヴァーシャが興味を持ったように身を乗り出す。
グラトスは、一呼吸おいてから静かに告げる。
「……リリエル様に最初に仕えた一人。」
「な……!」
「……あぁ、そういうことか。」
ヴァーシャが苦笑し、ネヴィロスが肩をすくめる。
「リリエル様の身の回りの世話を、全て一人で執り行う者。」
「この城で唯一、リリエル様の内情を知ることを許された者。」
「つまり——『侍従長』だ。」
奈落の城の侍従長。
それは、リリエルの側近というよりも**“影”**のような存在だった。
名前も知られず、姿もほとんど表に出さない。
しかし、奈落の城に仕えるすべての悪魔たちは、彼が持つ**“絶対の権限”**を知っていた。
リリエルの食事の準備から、寝室の整頓、衣服の手配まで——
すべてを一人で担っている。
普通ならば、雑務は下級の悪魔たちが複数人で行うもの。
しかし、侍従長は一切の手を借りず、何百年もの間、リリエルの生活を支え続けてきた。
彼がどのようにそれをこなしているのか、誰も知らない。
そして、何より——
彼だけは、リリエルの魔力の変化を常に感じ取ることができる。
リリエルの契約の有無、それに伴う魔力の変化。
それを最も近くで観察している彼ならば、王子がリリエルの契約者なのかどうかを知っているはずだ。
「……つまり、お前の言いたいことはこうだな。」
ネヴィロスが、ニヤリと笑う。
「侍従長に聞けば、リリエル様に”間接的に”聞くことになり、結果的に俺たちも知ることができる……と。」
グラトスは無言で頷く。
「なるほど、いい作戦じゃない。」ヴァーシャが満足げに言う。
作戦は単純で、理にかなっていた。
だが、一つだけ大きな問題があった。
誰が聞きに行くのか?
「……しかし、あの侍従長に話を聞くのは、容易じゃないな。」ヴァーシャが腕を組む。
「フッ、つまりお前たちは直接リリエル様に聞くのが怖いだけだろ?」
ネヴィロスが、薄ら笑いを浮かべながら皮肉を飛ばす。
「契約者かどうかなんて、“リリエル様に直接尋ねれば”一発で分かる話だぜ?」
「……っ!」
ヴァーシャの顔が微かに引き攣った。
グラトスは沈黙し、考え込むように目を伏せた。
「へぇ、お前らまさか——怖いのか?」
ネヴィロスが口元を歪めながら、ヴァーシャとグラトスの顔を交互に見る。
「リリエル様に直接聞けば済む話なのに、それを回避して”侍従長”に頼ろうとするとは……」
「お前ら、ヘタレじゃねぇか?」
ネヴィロスの挑発に、ヴァーシャが鋭く睨む。
「……だったら、あんたが聞いてくれば?」
「……は?」
「私とグラトスが怖いと言うなら、あんたが直接リリエル様に聞いてくればいいじゃない。」
ヴァーシャの冷たい声に、ネヴィロスの笑みがぴたりと止まった。
「……いや、まぁ、それは……」
ネヴィロスの表情が少し曇る。
「ん? どうした? さっきまでの勢いは?」
グラトスも淡々と追い討ちをかける。
「怖くないなら、行けるはずだ。」
「いや……その……」
ネヴィロスが黙る。
次の瞬間——
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が落ちた。
結果、誰もリリエルに直接聞きに行く勇気がないことが判明した。
長年、彼女に仕えている四天王たちですら——
「リリエル様に直接質問する」という行為は、恐怖に値するのだった。
こうして、三人の悪魔たちは、ひっそりと「侍従長を訪ねる」作戦を決行することになった。
四天王のうち、ヴァーシャ、グラトス、ネヴィロスの三人は、奈落の城の最も奥深くへと足を踏み入れていた。
侍従長の住まう領域——そこは、普段誰も訪れることのない場所だった。
「……しかし、ここの空気は相変わらず異様ね。」
ヴァーシャが周囲を見渡しながら呟いた。
奈落の城は、そのほとんどが悪魔たちの住処となっている。
しかし、この領域だけは別だった。
ここには一切の魔物の気配がない。
悪魔ですら、この場所に近づくことを躊躇う。
理由は簡単だった。
「侍従長の領域に無断で入った者は、誰一人戻ってこない。」
これは奈落の城における鉄の掟だった。
「まぁ……長年仕えてきた俺たちが、わざわざ襲われるとは思えないがな……」
ネヴィロスが肩をすくめながら、それでも警戒を解かない。
「……さて、到着だ。」
グラトスが足を止める。
目の前にあるのは、一枚の古びた扉。
黒檀のような漆黒の木材に、魔法陣の刻まれた装飾。
そこに触れようとするだけで、冷たい瘴気が指先を凍らせそうになる。
「……さて、問題はここからね。」
ヴァーシャは扉を見つめながら、わずかに眉を寄せる。
「私たちは呼ばれてもいないのに、こんなところに来てしまったわ。」
「フッ……“歓迎される”可能性は低そうだな。」
ネヴィロスが皮肉げに笑う。
「では……礼儀として、名乗っておこう。」
グラトスが静かに前へ進み、扉に手を触れた。
「《千の影》グラトス。」
「《深淵の炎》ヴァーシャ。」
「《嘲笑う死》ネヴィロス。」
三人の名が、静寂に響く。
「……リリエル様の忠臣、侍従長よ。我ら、貴様に謁見を求める。」
その言葉が告げられた瞬間——
扉が、音もなく開いた。
中は、異様なほど整然としていた。
リリエルの寝所にも匹敵するほど広い空間。
壁には黒と赤の絨毯がかかり、燭台の灯火がゆらめく。
床には一切の塵もなく、まるで何者も足を踏み入れていないかのような清浄さ。
そして、部屋の中央に一人の男がいた。
漆黒の礼服を纏い、背筋をまっすぐに伸ばした男。
長い銀髪を後ろで束ね、青白い肌には年齢を感じさせる影がない。
静かに組まれた指先、半眼のまま彼らを見据える鋭い瞳——
そして、何よりも**「圧倒的な威圧感」**を持つ存在。
侍従長。
リリエルが奈落の城を築いたその日から、彼女の側に仕えている唯一の存在。
「……ご機嫌麗しゅう、四天王の皆様。」
静かに、落ち着いた声が響いた。
「リリエル様より、そちらからの来訪は聞いておりませんが——いかなるご用件でしょうか?」
ヴァーシャとネヴィロスは、一瞬言葉を失った。
この圧力……まるで、リリエル様と対峙しているような感覚。
(……いや、それも当然か。)
グラトスは内心で呟く。
この男は、リリエルの「最も近くにいる存在」なのだから。
だが、ここで怯んではいけない。
「単刀直入に尋ねよう。」
グラトスが一歩踏み出し、侍従長を見据えた。
「リリエル様が連れてきた人間の子供——王子レオンは、リリエル様と契約を結んでいるのか?」
その問いに、侍従長の瞳が微かに細められた。
「……契約、ですか。」
彼は、淡々とした口調で繰り返した。
「ほぉ……なるほど。四天王の皆様が、そこまで気にしているとは。」
「気にするも何も、あんな異例の事態が起これば当然だろう。」ヴァーシャが言葉を挟む。
「王子は、バルゼウスの一撃を無傷で受け、魔王様の魔力を前にしても平然としていた。普通の人間なら考えられないことよ。」
「フッ……まったくな。」ネヴィロスが苦笑する。
「俺たちも気になってるんだよ。もし”魔王契約”が結ばれていたのなら、王子はすでに”魔王の後継者”ということになる。」
「……つまり、“我々の立場も変わる”ということですね。」
侍従長は、すべてを理解したというように静かに頷いた。
「なるほど、これは……興味深い。」
彼はゆっくりと立ち上がり、彼らを見つめる。
「ですが、申し訳ありません。」
「その問いにお答えすることはできません。」
「……何?」
「リリエル様の決定に関することを、私の口からお伝えする権限はありません。」
グラトスの顔が険しくなる。
「しかし、お前はリリエル様の魔力の変化を最も近くで感じ取っているはずだ。契約があるのかないのか——それを知ることはできるのではないか?」
「はい。しかし、それをお伝えすることはできません。」
「……チッ、やはりな。」ネヴィロスが舌打ちする。
彼らがここに来た目的は、直接リリエルに尋ねることなく、間接的に情報を得ることだった。
しかし、侍従長はそれを許さなかった。
「お三方……このようなことを、わざわざ私に聞きに来るということは——」
侍従長の目が細められる。
「つまり、貴方方もリリエル様に直接問うのが”怖い”とお思いなのでは?」
「……っ!」
グラトス、ヴァーシャ、ネヴィロスの三人は、誰一人として何も言い返せなかった。
それを見て、侍従長は薄く微笑み、ゆっくりと一礼した。
「何か他に、ご用件は?」
その沈黙が、すべてを物語っていた。
四天王のうちの三人——ヴァーシャ、グラトス、ネヴィロスが、王子レオンの存在について話し合っていた。
「……結局のところ、我々がいくら議論したところで、答えは出ない。」
影に溶け込むように立っていたグラトスが、低く言う。
「王子がリリエル様の契約者なのか、それともただの気まぐれなのか……判断する方法は一つしかない。」
「へぇ……聞かせてもらおうじゃないか。」ネヴィロスが興味深げに笑う。
グラトスは、淡々と続けた。
「我々悪魔には、“他の悪魔が契約を結んでいるかどうかを見抜く力”はない。
契約の有無は、契約した者同士にしか分からないものだからな。」
「まぁ、そうね。」ヴァーシャが頷く。
「しかし——」
グラトスの瞳が鋭く光る。
「この城に、“それを判断できる者”がいる。」
その言葉に、ヴァーシャとネヴィロスの表情が変わった。
「……マジかよ。」ネヴィロスが口笛を吹く。
「ふむ……誰のことを指しているの?」ヴァーシャが興味を持ったように身を乗り出す。
グラトスは、一呼吸おいてから静かに告げる。
「……リリエル様に最初に仕えた一人。」
「な……!」
「……あぁ、そういうことか。」
ヴァーシャが苦笑し、ネヴィロスが肩をすくめる。
「リリエル様の身の回りの世話を、全て一人で執り行う者。」
「この城で唯一、リリエル様の内情を知ることを許された者。」
「つまり——『侍従長』だ。」
奈落の城の侍従長。
それは、リリエルの側近というよりも**“影”**のような存在だった。
名前も知られず、姿もほとんど表に出さない。
しかし、奈落の城に仕えるすべての悪魔たちは、彼が持つ**“絶対の権限”**を知っていた。
リリエルの食事の準備から、寝室の整頓、衣服の手配まで——
すべてを一人で担っている。
普通ならば、雑務は下級の悪魔たちが複数人で行うもの。
しかし、侍従長は一切の手を借りず、何百年もの間、リリエルの生活を支え続けてきた。
彼がどのようにそれをこなしているのか、誰も知らない。
そして、何より——
彼だけは、リリエルの魔力の変化を常に感じ取ることができる。
リリエルの契約の有無、それに伴う魔力の変化。
それを最も近くで観察している彼ならば、王子がリリエルの契約者なのかどうかを知っているはずだ。
「……つまり、お前の言いたいことはこうだな。」
ネヴィロスが、ニヤリと笑う。
「侍従長に聞けば、リリエル様に”間接的に”聞くことになり、結果的に俺たちも知ることができる……と。」
グラトスは無言で頷く。
「なるほど、いい作戦じゃない。」ヴァーシャが満足げに言う。
作戦は単純で、理にかなっていた。
だが、一つだけ大きな問題があった。
誰が聞きに行くのか?
「……しかし、あの侍従長に話を聞くのは、容易じゃないな。」ヴァーシャが腕を組む。
「フッ、つまりお前たちは直接リリエル様に聞くのが怖いだけだろ?」
ネヴィロスが、薄ら笑いを浮かべながら皮肉を飛ばす。
「契約者かどうかなんて、“リリエル様に直接尋ねれば”一発で分かる話だぜ?」
「……っ!」
ヴァーシャの顔が微かに引き攣った。
グラトスは沈黙し、考え込むように目を伏せた。
「へぇ、お前らまさか——怖いのか?」
ネヴィロスが口元を歪めながら、ヴァーシャとグラトスの顔を交互に見る。
「リリエル様に直接聞けば済む話なのに、それを回避して”侍従長”に頼ろうとするとは……」
「お前ら、ヘタレじゃねぇか?」
ネヴィロスの挑発に、ヴァーシャが鋭く睨む。
「……だったら、あんたが聞いてくれば?」
「……は?」
「私とグラトスが怖いと言うなら、あんたが直接リリエル様に聞いてくればいいじゃない。」
ヴァーシャの冷たい声に、ネヴィロスの笑みがぴたりと止まった。
「……いや、まぁ、それは……」
ネヴィロスの表情が少し曇る。
「ん? どうした? さっきまでの勢いは?」
グラトスも淡々と追い討ちをかける。
「怖くないなら、行けるはずだ。」
「いや……その……」
ネヴィロスが黙る。
次の瞬間——
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が落ちた。
結果、誰もリリエルに直接聞きに行く勇気がないことが判明した。
長年、彼女に仕えている四天王たちですら——
「リリエル様に直接質問する」という行為は、恐怖に値するのだった。
こうして、三人の悪魔たちは、ひっそりと「侍従長を訪ねる」作戦を決行することになった。
四天王のうち、ヴァーシャ、グラトス、ネヴィロスの三人は、奈落の城の最も奥深くへと足を踏み入れていた。
侍従長の住まう領域——そこは、普段誰も訪れることのない場所だった。
「……しかし、ここの空気は相変わらず異様ね。」
ヴァーシャが周囲を見渡しながら呟いた。
奈落の城は、そのほとんどが悪魔たちの住処となっている。
しかし、この領域だけは別だった。
ここには一切の魔物の気配がない。
悪魔ですら、この場所に近づくことを躊躇う。
理由は簡単だった。
「侍従長の領域に無断で入った者は、誰一人戻ってこない。」
これは奈落の城における鉄の掟だった。
「まぁ……長年仕えてきた俺たちが、わざわざ襲われるとは思えないがな……」
ネヴィロスが肩をすくめながら、それでも警戒を解かない。
「……さて、到着だ。」
グラトスが足を止める。
目の前にあるのは、一枚の古びた扉。
黒檀のような漆黒の木材に、魔法陣の刻まれた装飾。
そこに触れようとするだけで、冷たい瘴気が指先を凍らせそうになる。
「……さて、問題はここからね。」
ヴァーシャは扉を見つめながら、わずかに眉を寄せる。
「私たちは呼ばれてもいないのに、こんなところに来てしまったわ。」
「フッ……“歓迎される”可能性は低そうだな。」
ネヴィロスが皮肉げに笑う。
「では……礼儀として、名乗っておこう。」
グラトスが静かに前へ進み、扉に手を触れた。
「《千の影》グラトス。」
「《深淵の炎》ヴァーシャ。」
「《嘲笑う死》ネヴィロス。」
三人の名が、静寂に響く。
「……リリエル様の忠臣、侍従長よ。我ら、貴様に謁見を求める。」
その言葉が告げられた瞬間——
扉が、音もなく開いた。
中は、異様なほど整然としていた。
リリエルの寝所にも匹敵するほど広い空間。
壁には黒と赤の絨毯がかかり、燭台の灯火がゆらめく。
床には一切の塵もなく、まるで何者も足を踏み入れていないかのような清浄さ。
そして、部屋の中央に一人の男がいた。
漆黒の礼服を纏い、背筋をまっすぐに伸ばした男。
長い銀髪を後ろで束ね、青白い肌には年齢を感じさせる影がない。
静かに組まれた指先、半眼のまま彼らを見据える鋭い瞳——
そして、何よりも**「圧倒的な威圧感」**を持つ存在。
侍従長。
リリエルが奈落の城を築いたその日から、彼女の側に仕えている唯一の存在。
「……ご機嫌麗しゅう、四天王の皆様。」
静かに、落ち着いた声が響いた。
「リリエル様より、そちらからの来訪は聞いておりませんが——いかなるご用件でしょうか?」
ヴァーシャとネヴィロスは、一瞬言葉を失った。
この圧力……まるで、リリエル様と対峙しているような感覚。
(……いや、それも当然か。)
グラトスは内心で呟く。
この男は、リリエルの「最も近くにいる存在」なのだから。
だが、ここで怯んではいけない。
「単刀直入に尋ねよう。」
グラトスが一歩踏み出し、侍従長を見据えた。
「リリエル様が連れてきた人間の子供——王子レオンは、リリエル様と契約を結んでいるのか?」
その問いに、侍従長の瞳が微かに細められた。
「……契約、ですか。」
彼は、淡々とした口調で繰り返した。
「ほぉ……なるほど。四天王の皆様が、そこまで気にしているとは。」
「気にするも何も、あんな異例の事態が起これば当然だろう。」ヴァーシャが言葉を挟む。
「王子は、バルゼウスの一撃を無傷で受け、魔王様の魔力を前にしても平然としていた。普通の人間なら考えられないことよ。」
「フッ……まったくな。」ネヴィロスが苦笑する。
「俺たちも気になってるんだよ。もし”魔王契約”が結ばれていたのなら、王子はすでに”魔王の後継者”ということになる。」
「……つまり、“我々の立場も変わる”ということですね。」
侍従長は、すべてを理解したというように静かに頷いた。
「なるほど、これは……興味深い。」
彼はゆっくりと立ち上がり、彼らを見つめる。
「ですが、申し訳ありません。」
「その問いにお答えすることはできません。」
「……何?」
「リリエル様の決定に関することを、私の口からお伝えする権限はありません。」
グラトスの顔が険しくなる。
「しかし、お前はリリエル様の魔力の変化を最も近くで感じ取っているはずだ。契約があるのかないのか——それを知ることはできるのではないか?」
「はい。しかし、それをお伝えすることはできません。」
「……チッ、やはりな。」ネヴィロスが舌打ちする。
彼らがここに来た目的は、直接リリエルに尋ねることなく、間接的に情報を得ることだった。
しかし、侍従長はそれを許さなかった。
「お三方……このようなことを、わざわざ私に聞きに来るということは——」
侍従長の目が細められる。
「つまり、貴方方もリリエル様に直接問うのが”怖い”とお思いなのでは?」
「……っ!」
グラトス、ヴァーシャ、ネヴィロスの三人は、誰一人として何も言い返せなかった。
それを見て、侍従長は薄く微笑み、ゆっくりと一礼した。
「何か他に、ご用件は?」
その沈黙が、すべてを物語っていた。
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