魔王に拾われた王子

パクパク

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影より見守る者

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リリエル様が”それ”を抱えて城へ帰還されたとき、私はすぐに異変を察した。

 ——人間の子供。

 それが何を意味するのか、理解するのに時間はかからなかった。

 私は、ただ静かに城門の影からその光景を見つめていた。
 この城に仕えて長いが、リリエル様が人間を連れて帰るなど、初めてのことだった。

 (……食糧として、ではない……?)

 普通ならば、私が考えるまでもなく、リリエル様はその場で魂を喰らっているはずだ。
 それをせずに、この子を連れて帰るということは……意図がある。

 城門が開かれると、すぐに悪魔たちが集まり始めた。

 「……リリエル様?」

 誰もが怪訝そうな顔をしていた。

 当然だ。

 リリエル様は、悪魔である。
 この奈落の城を統べる”災厄の魔王”。

 人間を連れ帰るなど、あまりにも異例だった。

 しかし、悪魔たちはその疑問を口に出すことができない。

 なぜなら——

 “リリエル様の決定に疑問を挟むことは許されない”

 それがこの城の掟だからだ。

 (……だが、疑念は拭えないか。)

 悪魔たちの間に広がる、理解不能という色の沈黙。

 そして、その不信感はすぐに一部の者の行動となって表れた。

 「リリエル様、もしや……“食事”を持ち帰られたので?」

 誰かが軽く言う。

 だが、その言葉の裏には、**「この子供を喰ってもよろしいでしょうか?」**という意味が含まれていた。

 おそらく、多くの者が同じ考えだったはずだ。
 「我々の糧となるのであれば、歓迎する」と。

 そして、実際に一体の悪魔が、子供に向かって手を伸ばした——

 次の瞬間。

 「——誰が、この子を喰っていいと言った?」

 リリエル様の声が響く。

 ドンッ!!

 ——悪魔が血の霧となって弾け飛んだ。

 私が見る限り、リリエル様は一切手を動かしていない。
 ただ、“意志”だけで、その存在を消し去った。

 残った悪魔たちは、一斉に身を縮める。

 私は、内心で静かに驚いていた。

 (……リリエル様が、こんなに感情を露わにするとは。)

 悪魔は人間を喰らう存在。
 それは当然のこと。

 なのに、リリエル様は”この子だけは喰うな”と明確に示した。

 つまり、“特別”。

 それは確定的な事実だった。

 ——では、リリエル様はこの子と契約を交わしたのか?

 悪魔たちの間に、その疑問が浮かび始める。

 王子がバルゼウスに”お犬さん”と呼びかけ、騒動が起こるのを私は遠目に見ていた。

 そして、その果てに——

 バルゼウスは、王子に忠誠を誓った。

 その瞬間、私は確信した。

 (この城の均衡は、もう崩れ始めている。)

 バルゼウスは四天王筆頭であり、城の秩序を支える存在。
 その彼が、一人の人間の子供に忠誠を誓ったとなれば、奈落の森のルールそのものが揺らぐ。

 そして、それは確実に、リリエル様ご自身にも影響を及ぼす。

 (……さて、どう出るか。)

リリエル様は、その夜、王子を寝所へと呼ばれた。

 それを知ったとき、私はすぐにその意図を察する。

 ——「王子が何者なのか、確認するつもりだ。」

 リリエル様は、無意味な行動をしない。
 この子を連れ帰ったのには、何かしらの理由がある。

 そして、リリエル様は問うた。

 「……お前は、自分が何者かを覚えているか?」

 王子は考えようとした。
 だが——

 ズキンッ……!

 「う、うぅ……」

 彼は頭を抱え、苦しそうに呻いた。

 (……記憶が封じられている?)

 私は、すぐにその兆候を察した。
 おそらく、この子の”過去”には何かがある。

 だが、問題はその先だった。

 王子は、苦しみのあまり、リリエル様にしがみついた。

 リリエル様は、困惑していた。

 「……離れろ。」

 そう言いつつも、明確に突き放せていない。

 “災厄の魔王”と呼ばれる御方が、ただの人間の子供を振り払えずにいる。

 ……いや。

 “振り払わなかった”と言うべきか。

 結果、リリエル様は王子を寝台に寝かせ、名を与えられた。

 「……レオン。」

 王子は、眠たげな声でその名を復唱し、すぐに眠りに落ちる。

 私は、その光景を遠くから見届けていた。

 (……リリエル様。)

 魔王である御方が、人間の子供の名前を呼び、その髪を撫でながら寝かしつける。

 この光景を、誰が想像できただろうか。

 そして私は、この時、はっきりと悟った。

 リリエル様は、この子供に影響を受け始めている。

 このままでは——

 “魔王の在り方”そのものが揺らぎかねない。

 私の役目は、リリエル様を支えること。
 ならば——

 このまま事態を見守るべきなのか。

 それとも——

深夜、奈落の城の回廊。

 城内は静まり返り、悪魔たちのざわめきすら聞こえない。

 魔王リリエルの寝所の前で、ひとつの影が静かに佇んでいた。

 ——侍従長。

 彼は、何百年もの間、リリエル様のすべてを世話してきた。
 彼女の食事、衣服、居住空間の管理……どれも、本来は下級悪魔が複数人で担う仕事。

 だが、彼は一切の手を借りず、ただ一人でそれを行ってきた。

 リリエル様に最も近い存在。
 それゆえに、彼は誰よりもリリエル様の変化に敏感だった。

 (……このままでよいのか?)

 侍従長は、ゆっくりと扉に手をかけた。

 “主の安寧を乱す行為”
 それは、本来ならば許されざること。

 しかし、今夜ばかりは違う。

 ——リリエル様が、王子レオンという存在によって揺らぎ始めている。

 それを、確かめなければならない。

寝所の扉が静かに開かれる。

 侍従長は、音を立てぬよう慎重に足を進めた。

 そこにいたのは、眠る王子レオンと、彼の傍らで横になっているリリエル。

 (……まさか……)

 リリエル様が、眠る子供の傍にいるなど、考えられなかった。
 普段、彼女は他者と同じ空間で眠ることを嫌う。

 それなのに——

 王子レオンは、リリエル様の腕を掴み、小さく呼吸をしていた。
 その寝顔は、まるで安心しきった子供そのもの。

 侍従長は、一歩足を進める。

 そして——

 「……誰だ?」

 突如、リリエル様の赤い瞳が開かれた。

 彼女は微動だにせず、ただ静かに侍従長を見つめていた。

 「……申し訳ございません、リリエル様。」

 侍従長は、恭しく頭を下げる。

 「少しばかり、王子様とお話をさせていただきたく。」

 リリエルは、冷たい視線を向けながら、ゆっくりと起き上がった。

 「……好きにしろ。」

 それだけ言い残し、彼女は寝台を離れた。

 侍従長は静かに膝をつき、王子の顔を見下ろした。

 そして、そっと声をかける。

 「……王子様。」

 「……んん……?」

 レオンは、目をこすりながらゆっくりと起き上がった。

 目の前にいる銀髪の男を見て、ぽかんとした表情を浮かべる。

 「……おじさん、だれ?」

 その無邪気な問いに、侍従長は微かに微笑んだ。

 「私は、この城に仕える者です。」

 「ふーん……」

 レオンはあくびをしながら、ぼんやりとした目で侍従長を見つめる。

 その姿を見て、侍従長は静かに問いを投げかけた。

 「王子様——貴方は、自分が何者であるか、ご存知ですか?」

 その言葉に、レオンは再びぽかんとした表情を浮かべる。

 しかし——

 「……うーん……」

 彼は、何かを思い出そうとした。

 その瞬間——

 ズキンッ!

 「……っ!」

 また、頭痛が走る。

 レオンは、頭を抱えて苦しそうに顔を歪めた。

 侍従長は、その様子をじっと見つめる。

 (やはり……この子の記憶には、“封が施されている”。)

 それが、誰の手によるものかは分からない。

 しかし、彼が「何者であるか」を思い出そうとするたびに、頭痛が起こるということは——

 “何者かが、意図的に彼の記憶を封じている”ということ。

 「……リリエル様は、なぜ貴方をここに連れてきたのでしょうね?」

 レオンは苦しそうにしながらも、その言葉を聞くと、ゆっくりと目を上げた。

 「……お母さん、だから?」

 侍従長の思考が、一瞬止まる。

 「……ほう。」

 王子は、そう信じて疑っていないのか。

 それとも——本能的に、彼はリリエル様を”母”と認識しているのか。

 侍従長は、すっと手を伸ばし、レオンの髪を優しく撫でた。

 「……王子様。貴方は、いずれ選ばねばなりません。」

 「え……?」

 レオンが不思議そうに首を傾げる。

 「自分が”人間”であるのか。“悪魔”であるのか——。」

 「そして、どちらとして生きるのか。」

 侍従長の言葉を理解できていないのか、レオンはぽかんとしていた。

 だが、それでいい。

 今すぐに答えを出す必要はない。

 侍従長は、静かにレオンの肩に手を置いた。

 「……おやすみなさいませ。」

 「うん……」

 レオンは、まだ半分眠ったままの状態で、再び寝台へと沈んでいった。

 その様子を確認し、侍従長は立ち上がる。

 そして、部屋の片隅に立っていたリリエルに、静かに一礼した。

 「リリエル様——」

 「……分かっている。」

 リリエルは、何かを考え込むように目を伏せる。

 彼女もまた、この王子がただの”気まぐれ”では済まないことを理解していた。

 「……侍従長。」

 「はい。」

 「“あの者たち”は……まだ、動いていないな?」

 侍従長の目が、一瞬だけ鋭く光る。

 「……はい。ですが、時間の問題かと。」

 リリエルは、静かに息を吐いた。

 「そろそろ、準備を始める必要があるな。」

 「王子様を……どうされるおつもりで?」

 「決まっている。」

 リリエルの紅い瞳が、暗闇の中で妖しく光る。

 「レオンを、生き延びられるよう鍛える。」

 「私の子として、な。」

 侍従長は、恭しく一礼した。

 (——いずれ、“その時”が来るのなら。)

 (王子様が”何者であるか”を決めるのは——きっと、リリエル様ご自身なのだろう。)
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