独裁国家の王女に生まれたのでやりたい放題して生きていきます!〜周りがとんでもなさすぎて普通なのに溺愛されるんですが!?〜

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第九節:守られている場所に、ヒビが入る音がした

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数日後。
王宮の朝は、静かで、やけに空気が冷えていた。

「リアナ様、朝のお支度をいたしますね」

侍女の声が、どこか硬い。
ぎこちなくブラシを動かす手つきに、私はなんとなく違和感を覚えた。

(あれ……いつもより、優しくない?)

そう思ったのは気のせいじゃなかった。

その日、廊下ですれ違った侍女たちの間に、一瞬だけ交わされた視線。
控えめに聞こえた、ひそひそ声。

「――ほんとうに、あの子が……?」

「クラリス様の“作った偶像”じゃないの?」

私に向けられる笑顔の奥に、確かに――疑いがあった。

 

毒の事件のあとは、すぐに私の周囲の警備が厳重になった。
兄姉たちの授業も続いているし、母も私の様子を気にかけてくれている。
だから私は、「もう大丈夫」と思っていた。

でも、そうじゃなかった。

誰かが――王宮の中に、“私に疑念を持つ声”を滑り込ませた。

侍女だけじゃない。
料理人。楽士。文官。
ごくごく普通に接してきた人たちが、どこかぎこちない。

「……リアナ様」

その日、花の世話をしてくれていた老侍女が、ふと声をかけてきた。

「お花、お好きですか?」

「うん。綺麗だから」

「そうですか……。でも、それ、“教えられた”言葉なんじゃないかって……そう思う人も、いるみたいです」

私は、何も言えなかった。

 

(……私の言葉すら、嘘だって思われてるの?)

 

その夜、クラリス母にこっそり聞いた。

「ねえ母様。……私って、本当に“嘘くさい”の?」

母は、少しだけ目を細めた。

「……誰かに、そう言われたのね?」

私は、うなずいた。

「ううん、直接じゃない。でも、なんとなく、わかる。空気が……ちょっと、痛い」

クラリスは、ゆっくりとティーカップを置いた。

「リアナ。嘘というのはね、“信じたい人”がいて、初めて生まれるものなの」

「……?」

「誰かが、あなたの笑顔を信じて、“これは本物だ”と思ってくれる限り、それは本物なのよ。
でも、“偽物だ”って思いたい人がいれば、それは、すぐに疑われる。――どんなに本物でもね」

私は、その言葉を飲み込むまでに時間がかかった。

でも、そういうものなんだと思った。
人の心って、そうやって揺れるんだ。

だからこそ、揺らそうとする人がいる。
揺らした先で、“崩れてくれること”を期待してる人たちが、いる。

 

そして――その夜。
王宮のとある小部屋で、文官の一人が、紙束を手に黙っていた。

その手には、リアナに関する“報告書”の偽造資料。

「……私がやらなくても、どうせ誰かがやる」

小さくつぶやいた彼は、それを封筒に入れて、机の下の仕切りに忍ばせた。

翌朝には、それが敵の手に渡る。

「第六皇女が“神格化”されるよう、母后によって動かされていた」
「教育は全て仕組まれたものであり、民の人気は誘導されたもの」

そんな、**捏造された“真実”**が、近いうちに“事実のように”広まっていく。

 

(知らないうちに、私は……ただの赤ちゃんから、“標的”になってたんだ)

翌朝、目覚めた私は、ただ、そっとつぶやいた。

「自由って、こんなに大変なんだね……」

誰にも届かない声で、ため息をひとつ。

その小さな肩には、まだ重すぎるかもしれない現実が、少しずつ乗り始めていた。

「第六皇女殿下の神格化は、王妃クラリスの策略――」

そんな文言が、王都の一部でささやかれ始めたのは、ちょうど一週間ほど前からだった。

出所不明。証拠不明。
なのに、どこか整った文章と、淡々とした調子のせいで、信じる者はじわじわと増えていた。

“聖女伝説”は演出だ。
“奇跡の笑顔”は脚本通り。
“偶像”に国民が踊らされている。

その言葉の裏に、明確な悪意があることは明らかだったけど――

それでも、言葉というものは、疑いと結びついた瞬間に、棘を持つ。

 

「……もう、“話さない”だけじゃ、だめなんだと思う」

私は、クラリス母の前でそう言った。

母は静かに微笑み、ティーカップを口に運んだ。

「あなたが“話す”と決めたなら、私は止めないわ」

「怖くないの?」

「ええ。……むしろ楽しみね。あなたが、何を語るのか」

その言葉に、私はほんの少しだけ背筋を伸ばした。

 

その日の午後、兄姉たちが全員そろうなか、私は宣言した。

「私、“お話会”をしたいの」

兄姉たちはそれぞれ反応を見せた。

「……“演説”か?」(シグルド)

「お披露目……?」「異例だな」(ルチア&ユリウス)

「あら、ついに覚悟を決めたのね?」(レオノーラ)

「舞台設営は任せて」(ゼクス)

みんながあれこれ言い出す中で、私は手を挙げて小さく言った。

「違うの。ただ、私の言葉で、みんなに“ありがとう”って伝えたいだけ」

その言葉に、全員の空気が一瞬だけ止まった。

そして――クラリス母が、静かに拍手をした。

 

三日後。
王宮の中庭で、控えめなお披露目会が開かれた。

招待されたのは、王宮内外の侍女、使用人、文官、衛兵、貴族子弟――
普段リアナに接している“身内”とも呼べる人々が中心。

一部の“疑念”を抱き始めた者たちも、そこにいた。

 

私は、小さな台に立たされた。

ドレスはいつもよりも控えめな白と青の淡い配色。
王冠はかぶらなかった。
ただ、自分の意志で立って、話すために。

ざわつく人々の中で、私は胸の前で手を組んだ。

そして、言った。

 

「今日は、来てくれてありがとう。ちょっとだけ、お話、させてください」

ざわめきが、ピタリと止まる。

「私は、リアナ・グランツェル・ヴァルトルートです。王女です。たぶん、みんなが思ってるより、すごく“普通”です」

すこし、笑う。

「すごいことなんて、できないし、魔法も上手じゃないし、剣だって振れない。……だけど、知ってることがひとつだけあります」

 

「優しさは、強いってことです」

「誰かに優しくしてもらえたら、嬉しくなって、また誰かに優しくしたくなる。
それって、魔法よりすごいことだと思う」

 

小さな声が、静かな空気の中に溶けていく。

「私に、いろんなことをしてくれる人がいます。
お洋服を縫ってくれる人、ごはんを作ってくれる人、お花を飾ってくれる人、
一緒に勉強してくれる兄さまや姉さまたち、そして――母様」

私の目線が、席に座るクラリスに向いた。

「……私は、その全部が、好きです。すごく、大事です。
だから、誰かが“全部が嘘だ”って言うのは、ちょっと悲しいです」

ほんの少しだけ、言葉が震えた。

でも、私は、ちゃんと最後まで言った。

「私は、これからも、普通に生きていきます。優しく、強く、まっすぐに。
それが、誰かにとって意味のあることなら、嬉しいです」

 

静かな拍手が、最初はひとり、ふたり。

やがて、それが大きな拍手になって――

私はその中で、確かに感じた。

ああ、ちゃんと伝わったんだって。

言葉にしてよかったんだって。

 

その夜。
王宮の屋上で、シグルド兄がぽつりとつぶやいた。

「……妹が演説して、泣きそうになったのは、初めてだ」

レオノーラ姉がフンと鼻を鳴らす。

「感情が読みにくいだけでしょ」

ルチアは本を閉じて、小さく笑った。

「でも、少しずつ……あの子は、自分の力で進んでいる」

そして――

「だったら、次は“言葉をねじ曲げようとする連中”の番ね」

その声には、かすかな怒気が宿っていた。

リアナが言葉を使って伝えたなら。
今度は――兄姉たちが“手段を問わず”動き出す番だった。
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