私は弱虫令嬢ではいられません! 〜依頼主の怨念は、この魔女が血で応えます〜婚約破棄貴族へのざまぁ

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濡れ衣の果て、死んだ令嬢

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――時計が、逆さに回りはじめた。

 天井まで届くほどの書架に囲まれた、静謐な空間。
 月光のように青白く発光する魔法陣の中心で、時の魔女フィオナは頬杖をつきながら座っていた。

 指先でくるくると回していた懐中時計が、ふっと宙に浮かび、逆回転を始める。

「……来たわね」

 懐中時計が、低く“コクン”と鳴った。

 フィオナが目を開けると、また一つ、濃く淀んだ魂が現れていた。
 その姿は薄く震え、口元には切り裂かれた跡。目の焦点は虚ろで、絶望に沈んでいる。

「……お願い、どうか……もう一度、あの人に“真実”を見せて……ッ」

 かすれた声で懇願するのは、かつて第三王子の婚約者だった令嬢・セレナ。
 優秀で礼儀正しく、誰からも一目置かれていた才女だったが、
 突如として「浮気」「毒盛り」「婚約者への暴言」などのでっち上げの罪を着せられ、婚約破棄。
 名誉も家族も地位も失い、屋敷の一室で服毒自殺していた。

「彼は……私の目を見て、『軽蔑する』って言ったの。……でも、私は何もしてない。全部、罠だったのに……!」

 魂が涙を流す。
 その感情の深さは、まるで深海のよう。ひとたび沈めば、誰も救えないほどに濃密だった。

 フィオナは軽く頷いた。

「理解したわ。……今度の相手は、王族。面白そうね」

 指先で懐中時計を撫でる。
 “時間”が逆流し、再び世界が巻き戻っていく。

「約束するわ。あの男の“矛盾”を、言葉一つで突き崩す。
 最初の“軽蔑”という言葉を、最期の叫びに変えてあげる」

 ――復讐、再開。



節二 魔女、令嬢に宿る

 気がつけば、セレナの部屋。
 手元には、まだ毒薬の瓶が置かれていた。

「……間に合ったわね」

 フィオナはゆっくりと身を起こし、部屋の内装を確認する。
 豪奢な家具、花のない花瓶、冷え切った部屋。
 そして、机の上に“あるはずのない”一枚の書簡。

 ――『セレナは浮気していた』
 書かれていたのは、使用人の匿名報告書。内容は稚拙で矛盾だらけ。

「はあ……これが証拠? 笑わせるわね。証拠になりうるのは、出所が特定できるものだけよ」

 そして、目についたのは壁にかけられた日誌。
 セレナ自身が書き残していた、“王子との関係”と日々の記録。
 彼女は――“何もしていない”ことを、証明するために日記を残していたのだ。

「よく書き残してくれたわ。これで“矛盾”を引きずり出せる」

 婚約破棄の場は、三日後。
 王宮にて、王族・側近・各家令嬢の前で“公式発表”される。

 舞台は整っている。
 あとは、“言葉と証拠”で舞うだけ。

節三 言葉だけで社会的に破滅へ

 その日、王城の謁見の間には多くの人々が集まっていた。

 王族の一角――第三王子・ライハルトの婚約破棄宣言に立ち会うために。
 集まったのは王家の側近、貴族の子女、各家の当主など総勢30名を超える。

「それでは、王子。ご発言を」

 王家の執務官が促すと、王子は軽く咳払いし、芝居がかった声で口を開いた。

「本日、私ライハルト=エルグレインは、セレナ=ヴァンデルベルグ嬢との婚約を正式に解消する。
 理由は、彼女による度重なる不品行、および私への侮辱行為である」

 ざわめきが走る。
 だが、フィオナ――いや、今はセレナとしてそこに立つ彼女は、微動だにしなかった。

「……なるほど。では、お尋ねしてもよろしいかしら? ライハルト殿下」

 ライハルトが眉をひそめる。

「なぜ“殿下”などと。他人行儀ではないか、セレナ」

「いえ、もはや“元婚約者”という関係にございますので。節度は必要かと」

 フィオナの冷ややかな微笑に、ライハルトの口元がわずかに歪んだ。

「お前は、私を侮辱した。そう書簡にある」

「その書簡、“誰”からのものでしょう?」

「……それは、屋敷の使用人からの匿名報告だ」

「匿名? では、その人物が誰なのか、あなたはご存知ない?」

「……そうだ」

 フィオナは一歩、前に出た。
 その動作だけで、空気が変わった。

「では次にお聞きします。私があなたを侮辱したという“場面”は、具体的にいつ、どこで、どのような内容だったか――」

「……それは……!」

 口ごもる王子。
 その姿を、貴族たちが静かに見つめている。

「わたくしは、婚約期間中すべての日を記録に残しております。
 “毎日、あなたと会った場所・言葉・表情・話題すら”日記に書き残してきました」

 フィオナは背筋を伸ばし、日記帳を差し出す。

「ここに、あなたからの花束の数。やり取りした手紙の筆跡。すべて記録済み。
 “あなたが私を愛していた証拠”なら、山ほどございます」

 ざわ……と周囲が揺れる。

「そして、その記録には一切、“不品行”や“侮辱”に該当するような内容はない。
 むしろ、あなたが先に“他の令嬢に贈り物”をしていた記録が残っております。
 ――重婚の疑いすらありますが、いかがです?」

「な……っ!?」

 王子が色を失う。

 フィオナの声はなおも冷たく響いた。

「第三王子殿下。あなたが“婚約破棄したいから”という理由で私を嵌めたのは明白です。
 ですが――あなたの嘘は、雑すぎました」

「貴様、身分を弁えろッ!」

「はい。わたくしは、“あなたと婚約していた令嬢”です。
 その地位は、単なる“取り替え可能な飾り”ではない。
 侮辱と裏切りを受けたら――相応の代償を払っていただくのが、“この国の法”ですわ」

 ライハルトの顔がみるみる青ざめ、周囲の重臣たちがひそひそと話し始める。
 次の王妃候補に泥を塗った。しかも根拠なく。その責任は……軽くない。

 とどめに、フィオナは静かに語る。

「……あなたが私に向かって『軽蔑する』と言った、あの夜。
 私はあなたの目を見て、確かに“愛を失った”と感じました。
 ですが今のあなたは、愛以前に、“人”としての信頼を失った”だけの、空っぽの器です」

 その瞬間――ライハルトの頬が、ピクリと痙攣した。

 沈黙。
 空間が、しん……と凍る。

 誰もが思っていた。

 勝者はセレナだった。完全に。圧倒的に。

節四 ざまぁの余韻は紅茶とともに

 謁見の間には、誰一人として言葉を発する者はいなかった。

 ――ただ一人を除いて。

 「……ふふっ」

 声を漏らしたのは、ライハルト王子本人だった。

 最初は乾いた笑い。だがそれはすぐに、歯ぎしりに変わる。

「どうして……俺が、こんな……!」

 拳を握り、唇を噛み、ライハルトは荒れた息を吐いた。

「全部、お前の策略か……!? 俺を嵌めるために、婚約を続けてたのかッ!」

 「違います」と即答される前に、フィオナはゆっくりと一歩下がった。

「わたくしは、殿下を愛しておりました。
 ですが、“王族”が一人の令嬢を使い捨てにしたとあっては、国の名が泣きます」

 その言葉に、王家の側近がざわついた。

「それとも、王家は“根拠のない中傷”を認めるのですか?
 “次代の王妃候補”に、**証拠もなく泥を塗るのが許される国”**だと?」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇえええっっ!!」

 怒声とともに、ライハルトが詰め寄る。
 だがその瞬間――

「その場から一歩でも動かれたら、謁見中の王族による威圧とみなします」

 冷酷な声で宣言したのは、王家の法務官だった。

「すでに“虚偽による名誉毀損”の証拠は十分。今後の処遇は、王の審議の下に決まるでしょう」

 静かにライハルトの膝が崩れた。

 全てを奪った男が、今度は自らの言葉と愚かさによって自滅した瞬間だった。



 謁見が終わり、フィオナ――セレナは別室に通された。
 銀のポットから、紅茶が注がれる音が響く。

「……紅茶、お好きでしたよね。セレナ様」

 侍女がそっと差し出すカップには、薄く漂うジャスミンの香り。
 かつて婚約時代、ライハルトが“セレナのためだけに用意した”茶葉だった。

「ええ。良い香り」

 フィオナは静かに微笑む。

 テーブルの上には、王家からの謝罪文と、正式な婚約破棄手続きの報告書。
 さらに、ライハルトの爵位剥奪および軟禁処分決定の写しも添えられていた。

「ふふ……意外と、早かったわね。裁きは」

 紅茶を口に含み、目を閉じる。

 体中に広がる香りと温度が、奇妙な満足感をもたらす。

「――依頼主のセレナ。これで、あなたの魂は報われたかしら」

 鏡の向こうから、どこか安堵した微笑みが返ってくる気がした。

 フィオナは立ち上がり、再び時計を取り出す。

 コクン。

 懐中時計が低く鳴る。

「さて。次の依頼に、参りましょうか」



第2章・完!

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