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第一章⑩:観光とちょっとした事件と、面倒なフラグ
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「このパン、もっちもちで美味しい~!」
私は商店街の片隅で焼きたてパンを頬張っていた。
外はカリッと、中はほんのり甘くて、バターの香りが鼻に抜けて——うん、これは優勝。
隣には、警戒モードMAXの弟。視線は常に周囲に巡り、私の2メートル以内には誰も入れない。
「……まさか、この世界にもパンってあるんだね。しかもレベル高い」
「焼き時間と気温、香ばしさの調整にこだわりがあるようだな」
「いや、語るな! ただ食べよう!? 美味しいねでいいの!!」
そんなやり取りをしていた矢先だった。
突然、ざわっ、と周囲が騒がしくなる。
「ちょ、ちょっと! それ、私たちが並んでた分——!」
「まさか、全部買い占め!?」
目を向ければ、パン屋の前で怒鳴り声。
店主らしき初老の男性が困ったように手を上げている。
そして、その目の前には——いかにも成金風の男がいた。
つやつやのマントに金細工をこれ見よがしにぶら下げ、
香水がきつすぎて道に花が落ちそうなレベルの貴族令息。
その背後には、なぜか大量の召使い。
そして荷車。パン詰め放題体制完備。
「——というわけで、この店のパンは、今日すべて私がいただこう。
庶民どもは明日以降にでも、余りものを買えばよかろう?」
「な、なんですって……」
並んでいた人々がざわつく中、
私はひと口のパンを飲み込み、静かにため息をついた。
(うわー……いたよ……テンプレートな迷惑貴族……)
そして思った。
これ、関わると面倒だけど、見過ごすともっと後味悪いやつだ。
「弟、ストップ。あれ、入る」
「……了解。即応可」
私が進むと、弟が背後にぴたりと付いてくる。
パン屋の前に立つと、店主が「お嬢様……!」と困ったように視線を向けてきた。
私は微笑みながら、声を上げた。
「少し、よろしいですか?」
成金令息が、派手な動きで私を振り返った。
「ほう? 見ない顔だな。……旅人か? それにしては、ずいぶん上品な口調をしているではないか」
「旅人……まあ、ある意味では」
「だが、残念だな。この店のパンは今日すべて私が買い占める予定でね。
小銭ではなく、**“爵位”の力”**でな」
(うわー……本物の残念な奴だった)
だが、私は一歩前に出て、店主と客の間に立った。
「あなたが“買い占めたい”のは自由です。店主が了承すれば、それは取引として成立しますから」
「ほう、わかっているではないか」
「でも、“周囲の庶民に迷惑がかかっても構わない”という姿勢を、
あなたの家の名でやっているのなら、それは“家の品格”にも関わりますよね?」
男の表情が一瞬曇る。
「……言葉が過ぎるな、小娘」
「訂正してもいいですよ。“買い占めたいほど美味しい”と聞いて、今日は自分用にたくさん買ってしまった。
でも、明日以降は“みんなで食べたい”。そう言えば、あなたは一躍『パンの宣伝貴族』です」
「……」
私はさらに一歩、声を抑えて笑う。
「庶民の前で権威を振りかざして黙らせるのと、
庶民の中に入って“共感”を買うのと、どちらが“貴族”として誇れる態度だと思いますか?」
弟が後ろで無言で拍手してたらどうしようと思いつつ、私は黙って相手を見つめた。
男はふんっと鼻を鳴らし、マントを翻した。
「……覚えておけ。“口が回る女”ほど、始末に困る」
「“黙らせるほどの知性がない男”ほど、始末が簡単ですから」
「…………!」
男は何も言い返せず、荷車を連れて去っていった。
ざわざわしていた通行人たちが拍手し始め、店主が頭を下げてきた。
「助かりました、姫様……あっ、いえ……!」
「いいんですよ、姫でも旅人でも。パンが平和に食べられるなら」
私はもう一口、パンを頬張った。
……冷めても美味しい。すごいなこの店。
そのとき、すっと誰かの視線を感じた。
広場の陰から、一人の青年がこちらを見ていた。
落ち着いた服装、整った顔立ち、鋭い目。
——そして、“ただの通行人”にはありえない品格。
目が合うと、彼は軽く微笑んで口を動かした。
「——面白い姫君だ」
そして、人混みに紛れて去っていく。
(……やばい、なんかまた面倒なフラグ立ったかも)
私は無言で弟に目配せをした。
「追跡の必要は?」
「……しなくていい。むしろ、気づかないフリしてあげよう……!」
私は商店街の片隅で焼きたてパンを頬張っていた。
外はカリッと、中はほんのり甘くて、バターの香りが鼻に抜けて——うん、これは優勝。
隣には、警戒モードMAXの弟。視線は常に周囲に巡り、私の2メートル以内には誰も入れない。
「……まさか、この世界にもパンってあるんだね。しかもレベル高い」
「焼き時間と気温、香ばしさの調整にこだわりがあるようだな」
「いや、語るな! ただ食べよう!? 美味しいねでいいの!!」
そんなやり取りをしていた矢先だった。
突然、ざわっ、と周囲が騒がしくなる。
「ちょ、ちょっと! それ、私たちが並んでた分——!」
「まさか、全部買い占め!?」
目を向ければ、パン屋の前で怒鳴り声。
店主らしき初老の男性が困ったように手を上げている。
そして、その目の前には——いかにも成金風の男がいた。
つやつやのマントに金細工をこれ見よがしにぶら下げ、
香水がきつすぎて道に花が落ちそうなレベルの貴族令息。
その背後には、なぜか大量の召使い。
そして荷車。パン詰め放題体制完備。
「——というわけで、この店のパンは、今日すべて私がいただこう。
庶民どもは明日以降にでも、余りものを買えばよかろう?」
「な、なんですって……」
並んでいた人々がざわつく中、
私はひと口のパンを飲み込み、静かにため息をついた。
(うわー……いたよ……テンプレートな迷惑貴族……)
そして思った。
これ、関わると面倒だけど、見過ごすともっと後味悪いやつだ。
「弟、ストップ。あれ、入る」
「……了解。即応可」
私が進むと、弟が背後にぴたりと付いてくる。
パン屋の前に立つと、店主が「お嬢様……!」と困ったように視線を向けてきた。
私は微笑みながら、声を上げた。
「少し、よろしいですか?」
成金令息が、派手な動きで私を振り返った。
「ほう? 見ない顔だな。……旅人か? それにしては、ずいぶん上品な口調をしているではないか」
「旅人……まあ、ある意味では」
「だが、残念だな。この店のパンは今日すべて私が買い占める予定でね。
小銭ではなく、**“爵位”の力”**でな」
(うわー……本物の残念な奴だった)
だが、私は一歩前に出て、店主と客の間に立った。
「あなたが“買い占めたい”のは自由です。店主が了承すれば、それは取引として成立しますから」
「ほう、わかっているではないか」
「でも、“周囲の庶民に迷惑がかかっても構わない”という姿勢を、
あなたの家の名でやっているのなら、それは“家の品格”にも関わりますよね?」
男の表情が一瞬曇る。
「……言葉が過ぎるな、小娘」
「訂正してもいいですよ。“買い占めたいほど美味しい”と聞いて、今日は自分用にたくさん買ってしまった。
でも、明日以降は“みんなで食べたい”。そう言えば、あなたは一躍『パンの宣伝貴族』です」
「……」
私はさらに一歩、声を抑えて笑う。
「庶民の前で権威を振りかざして黙らせるのと、
庶民の中に入って“共感”を買うのと、どちらが“貴族”として誇れる態度だと思いますか?」
弟が後ろで無言で拍手してたらどうしようと思いつつ、私は黙って相手を見つめた。
男はふんっと鼻を鳴らし、マントを翻した。
「……覚えておけ。“口が回る女”ほど、始末に困る」
「“黙らせるほどの知性がない男”ほど、始末が簡単ですから」
「…………!」
男は何も言い返せず、荷車を連れて去っていった。
ざわざわしていた通行人たちが拍手し始め、店主が頭を下げてきた。
「助かりました、姫様……あっ、いえ……!」
「いいんですよ、姫でも旅人でも。パンが平和に食べられるなら」
私はもう一口、パンを頬張った。
……冷めても美味しい。すごいなこの店。
そのとき、すっと誰かの視線を感じた。
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——そして、“ただの通行人”にはありえない品格。
目が合うと、彼は軽く微笑んで口を動かした。
「——面白い姫君だ」
そして、人混みに紛れて去っていく。
(……やばい、なんかまた面倒なフラグ立ったかも)
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