21 / 29
第一章16:言葉と矜持と、父の背中
しおりを挟む
王城・謁見応接室。
高窓から差し込む午後の陽が、白と金の調度を柔らかく照らしている。
テーブルを挟んで向かい合うのは――私と、クラウスティン侯爵。
“議場の鉄面”と称される、冷徹な中立派の象徴。
彼の視線は突き刺すように鋭い、けれどその言葉は、驚くほど静かで丁寧だった。
「姫君。まずは、私の無礼をお許し願いたい。
突然の訪問、そして一介の議員である私が直に対面を申し出たこと、その礼を欠いたことを認めます」
「い、いえ……こちらこそ、お忙しい中……わざわざ……」
だめだ、緊張が抜けない。
でも、逃げたくない。この手の冷たい空気は、私が一番苦手なもの。
でも、今は――“今の私”で、ちゃんと向き合いたい。
クラウスティン侯爵は、紅茶に一口だけ口をつけ、ゆっくりと話し始めた。
「先日、街の一角での出来事――私は、それを複数の筋から聞き及んでいます。
第一王女殿下が、混乱する現場で冷静に状況を整理し、暴力に頼らず言葉で解決へ導いたと。
そして、民の反応も……“本物だった”と」
「……恐縮です」
「いえ、恐れる必要はありません。私はあなたを“疑って”いるわけではない。
ただ、私はこの目で確かめに来た。“言葉だけ”では判断しない。
それは、前王に仕えた者としての責任だと、私は思っております」
私は、かすかに息をのんだ。
(……“前王の忠臣”)
その重みは、想像以上だった。
私たちが転生したこの王族の歴史、その“本物の時代”を知る人――その視線の重み。
「姫君。……では一つ、問わせていただきたい」
「……はい」
「なぜ、あなたは――変わったのですか?」
部屋の中が、一瞬だけ凍りついたような錯覚を覚えた。
心臓がドクン、と音を立てる。
指先が微かに震えた。
(……やっぱり聞かれた)
言えない。
“本当は別人だからです”なんて、絶対に言えない。
けれど、今の自分を偽りたくない。
でも、でも――答えが、出てこない。
「…………」
私が何も言えずに沈黙していた、その瞬間だった。
扉が、音もなく開かれた。
低く、深く、落ち着いた声が部屋に響く。
「――話の途中、失礼する」
入ってきたのは、父だった。
王の装いを纏い、まっすぐに私たちへと歩み寄る姿。
その足取りには、ためらいも迷いもなかった。
「陛下……」
「続けてくれて構わない。だが、“彼女の言葉に詰まりが見えた”その時点で、
父であり王である私が、一度は答えるべきだと判断した」
そう言って、私の横に立つ父を、クラウスティン侯爵は真っ直ぐ見つめた。
「……王よ。
私は、姫君の“変化”が、あまりに急であることに懸念を抱いています。
その理由が“育ち”ではなく、“何かを失った結果”であるならば……国にとって、その存在は“不安”にもなりうる」
父は、ゆっくりとうなずいた。
「当然の懸念だ。私自身も、その“あまりに急な変化”を最初に感じたのは、他でもない、我が身だった」
クラウスティンが、目を細める。
「……どういう意味でしょう」
父は、ためらいも誤魔化しもなく、はっきりと告げた。
「私は、この肉体に生まれた時の記憶を、持ってはいない。
この“今の私”は、以前の王とは、別の魂が宿っている。
だが、それでも私は、この国の王として、王家として、この世界の未来に責任を負って立っている」
室内の空気が、静かに震えた。
クラウスティンは言葉を発さず、ただ、じっと父の目を見つめ続ける。
「……我ら家族は、皆、変わった。いや、あまりにも変わりすぎた。
だが私は、それを“偽物”と切り捨てることはしなかった。
私自身もまた、“かつての王”とは異なる存在だ。
だからこそ、私は問うのではなく、見極める道を選んだ。
“今の彼ら”が、どれほど誠実に、この国に向き合おうとしているかを」
「それは王としての責務でもあるが……同時に、父としての願いでもある」
「…………」
「変化がどこから来たのか、過去が何であったのか。
――それが大事ではないとは言わない。だが、それ以上に私は、“今、どう生きているか”を信じてやりたい」
父の言葉に、私は胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。
(……お父様……)
クラウスティンは、数秒の沈黙の後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
その動作は、驚くほど丁寧で、ゆるやかだった。
「……私の疑問に、これ以上の答えはありません。
“真実を語った者”には、“信義を持って向き合う”のが私の矜持です」
そして、彼は深く一礼した。
「陛下。姫君。どうか、私にも見せていただきたい。
あなたがたが紡ぐ“新たな王家の形”を。
その歩みの証人として、私は中立を超えたところから、もう一度国を見つめ直したいと思います」
静かに、けれど確かに、空気が変わった。
私の目の前の“壁”が、一枚、音もなく崩れていったような気がした。
父はわずかに頷きながら言った。
「……ようやく、再び共に国を語れる相手が戻ってきてくれた。
歓迎する、クラウスティン侯爵」
その言葉に、侯爵もまた、柔らかな笑みを返した。
私はと言えば、まだ胸の鼓動が落ち着かなくて――でも、なんだか少し、肩の力が抜けていた。
(……よかった。ちゃんと、伝わった)
高窓から差し込む午後の陽が、白と金の調度を柔らかく照らしている。
テーブルを挟んで向かい合うのは――私と、クラウスティン侯爵。
“議場の鉄面”と称される、冷徹な中立派の象徴。
彼の視線は突き刺すように鋭い、けれどその言葉は、驚くほど静かで丁寧だった。
「姫君。まずは、私の無礼をお許し願いたい。
突然の訪問、そして一介の議員である私が直に対面を申し出たこと、その礼を欠いたことを認めます」
「い、いえ……こちらこそ、お忙しい中……わざわざ……」
だめだ、緊張が抜けない。
でも、逃げたくない。この手の冷たい空気は、私が一番苦手なもの。
でも、今は――“今の私”で、ちゃんと向き合いたい。
クラウスティン侯爵は、紅茶に一口だけ口をつけ、ゆっくりと話し始めた。
「先日、街の一角での出来事――私は、それを複数の筋から聞き及んでいます。
第一王女殿下が、混乱する現場で冷静に状況を整理し、暴力に頼らず言葉で解決へ導いたと。
そして、民の反応も……“本物だった”と」
「……恐縮です」
「いえ、恐れる必要はありません。私はあなたを“疑って”いるわけではない。
ただ、私はこの目で確かめに来た。“言葉だけ”では判断しない。
それは、前王に仕えた者としての責任だと、私は思っております」
私は、かすかに息をのんだ。
(……“前王の忠臣”)
その重みは、想像以上だった。
私たちが転生したこの王族の歴史、その“本物の時代”を知る人――その視線の重み。
「姫君。……では一つ、問わせていただきたい」
「……はい」
「なぜ、あなたは――変わったのですか?」
部屋の中が、一瞬だけ凍りついたような錯覚を覚えた。
心臓がドクン、と音を立てる。
指先が微かに震えた。
(……やっぱり聞かれた)
言えない。
“本当は別人だからです”なんて、絶対に言えない。
けれど、今の自分を偽りたくない。
でも、でも――答えが、出てこない。
「…………」
私が何も言えずに沈黙していた、その瞬間だった。
扉が、音もなく開かれた。
低く、深く、落ち着いた声が部屋に響く。
「――話の途中、失礼する」
入ってきたのは、父だった。
王の装いを纏い、まっすぐに私たちへと歩み寄る姿。
その足取りには、ためらいも迷いもなかった。
「陛下……」
「続けてくれて構わない。だが、“彼女の言葉に詰まりが見えた”その時点で、
父であり王である私が、一度は答えるべきだと判断した」
そう言って、私の横に立つ父を、クラウスティン侯爵は真っ直ぐ見つめた。
「……王よ。
私は、姫君の“変化”が、あまりに急であることに懸念を抱いています。
その理由が“育ち”ではなく、“何かを失った結果”であるならば……国にとって、その存在は“不安”にもなりうる」
父は、ゆっくりとうなずいた。
「当然の懸念だ。私自身も、その“あまりに急な変化”を最初に感じたのは、他でもない、我が身だった」
クラウスティンが、目を細める。
「……どういう意味でしょう」
父は、ためらいも誤魔化しもなく、はっきりと告げた。
「私は、この肉体に生まれた時の記憶を、持ってはいない。
この“今の私”は、以前の王とは、別の魂が宿っている。
だが、それでも私は、この国の王として、王家として、この世界の未来に責任を負って立っている」
室内の空気が、静かに震えた。
クラウスティンは言葉を発さず、ただ、じっと父の目を見つめ続ける。
「……我ら家族は、皆、変わった。いや、あまりにも変わりすぎた。
だが私は、それを“偽物”と切り捨てることはしなかった。
私自身もまた、“かつての王”とは異なる存在だ。
だからこそ、私は問うのではなく、見極める道を選んだ。
“今の彼ら”が、どれほど誠実に、この国に向き合おうとしているかを」
「それは王としての責務でもあるが……同時に、父としての願いでもある」
「…………」
「変化がどこから来たのか、過去が何であったのか。
――それが大事ではないとは言わない。だが、それ以上に私は、“今、どう生きているか”を信じてやりたい」
父の言葉に、私は胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。
(……お父様……)
クラウスティンは、数秒の沈黙の後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
その動作は、驚くほど丁寧で、ゆるやかだった。
「……私の疑問に、これ以上の答えはありません。
“真実を語った者”には、“信義を持って向き合う”のが私の矜持です」
そして、彼は深く一礼した。
「陛下。姫君。どうか、私にも見せていただきたい。
あなたがたが紡ぐ“新たな王家の形”を。
その歩みの証人として、私は中立を超えたところから、もう一度国を見つめ直したいと思います」
静かに、けれど確かに、空気が変わった。
私の目の前の“壁”が、一枚、音もなく崩れていったような気がした。
父はわずかに頷きながら言った。
「……ようやく、再び共に国を語れる相手が戻ってきてくれた。
歓迎する、クラウスティン侯爵」
その言葉に、侯爵もまた、柔らかな笑みを返した。
私はと言えば、まだ胸の鼓動が落ち着かなくて――でも、なんだか少し、肩の力が抜けていた。
(……よかった。ちゃんと、伝わった)
243
あなたにおすすめの小説
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした
まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる