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第二章⑦:仮面と手と、厄介な好意。〜最初の一曲〜
しおりを挟む料理も一段落し、飲み物を取りにいこうかと思っていたその瞬間。
「失礼。貴女に“最初の一曲”をお願いしたく、参上いたしました」
――声が、耳元で囁かれた。
「っ!?」
慌てて振り向いた私の視界に映ったのは、
銀の仮面に身を包んだ黒燕尾服の青年。
滑らかな所作で、すでに片手を差し出していた。
「……誰……? いつの間に……?」
「仮面舞踏会の夜に、名を問うのは無粋です。
ただ、貴女の時間に、一曲分だけ同席したいと願っております」
その瞬間、遠くで“何か”が弾けた音がした。いや、誰かの神経が。
「…………は?」
黒い影がすっ飛んでくる。
それは、視界の端から高速でやってきて、私と仮面の男の間に割って入った。
「姫。踊る相手は選ばせてもらうぞ」
「兄貴!? 早いよ!!」
「姫の周囲をスキャンしていたら死角から入り込まれた……不覚……!」
そう言いながら、兄は仮面の男に冷たい視線を向ける。
「仮面のまま接近するとは、なかなかマナー違反だな」
「それは失礼。ですが、第一王女殿下が“選ぶべきかどうか”を判断するためには、
まず“直接会話する時間”が必要ではありませんか?」
「回りくどい言い方だな。“素性を隠して信用しろ”と?」
「“素性”は後からでも明かせます。ですが、“印象”は初めにしか残せない」
兄と仮面男が、静かに言葉を交わす。
それは一見、穏やかな“貴族的対話”に見えたが――空気は完全に剣の応酬だった。
「……私の妹に近づく者が、軽い言葉で終わると思うな。
“過去の王女”を知る人間なら、余計に慎重になるべきだろう?」
「だからこそ、知りたいのです。“今の彼女”を。
その過去を踏まえた上で――なお、美しく立つ彼女を見たからこそ」
「…………」
「それに、殿下。ご自身、かつてこうおっしゃったとか――
“影を歩む者は、表に出る陽の気配に敏感であれ”……と」
「……! それをどこで……」
「興味があるのです、影を歩み、陽を守る貴方の“組織”にも」
「…………」
兄が、ほんの一瞬、動きを止めた。
完全に中二心を撃ち抜かれた顔をしている。
(あ……この人、“兄の深層をえぐる言葉”選んで言ったな……)
「……ふっ。面白い奴だ」
兄は顔を伏せ、そして静かに後退した。
「踊るなら踊れ。だが、終わった後で“詳細な調査報告”を提出してもらうからな」
「喜んで。影の書式に従います」
「やめろ、どこまで知ってるんだお前……!」
兄が去っていき、仮面の男がまた手を差し出す。
「さて……改めまして。第一王女殿下、“一曲、いただけますか?”」
私は、内心――冷静にツッコんでいた。
(何この流れ。全然ロマンチックじゃないんだけど!?)
(ていうか、兄……使えない!!)
だけど、周囲の視線はすでにこちらに集中している。
断れば、今度は私が“礼を欠いた”と言われかねない。
「……ええ、喜んで」
私は、仮面の手を取った。
その瞬間、彼の瞳が仮面の奥でわずかに細まり、笑みを湛えるのがわかった。
(――何者なんだろう、この人)
けれど、今はまだ聞かない。
名を明かすのは、きっと――踊りの後。
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