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第二章
25.Engagement(2)
しおりを挟むクライヴが、訝(いぶかし)げにルシアの頭上を指差している。
「何ですか」
「頭に仰々しいもんが乗っかっているな」
クライヴの言葉に恐る恐る自分の頭上を見やった。
「……えええ!」
星の瞬きを散りばめた冠が、頭の上で光り輝いている。
物質として存在してはいないので触れることもできない。
「どうりで分からないわけだわ」
「伝説の女神の星冠か……」
「……見つけられなかったはずなんですが」
「発現するんだよ。それがあったからここまで来られたはずだ」
重さを感じないから、いつから頭の上に被っていたのかまるで分からない。
そもそもどうして、手に入れることができたのだろう。
くい、と指が手招きする。
唇が、重なった。
感触がなくてさみしいと思った。
「透けてるから通り抜けられそうなのに出れないんですか?」
「無理なんだ」
「試してみたんですね」
俯き、片手をお腹にあてる。
「頑張ったな……」
クライヴの視線は、ルシアと壁の向こう側にいるホークスの方を向いていた。
「女神の星冠を探しにケルベロスさんの案内で塔を目指したんです。
どこまで続いているのか分からなくて途方に暮れかけました」
「……ここは塔の中なのか」
「そうですよ?」
「知らなかった。居心地の悪いベッドで目を覚まして、
辺りを見回したら牢の中だったから」
「早く、お前に会いたい。子供にも」
瞬いて、ゆるやかに頷いた。
「本当のあなたに会いたいです」
柵越しに触れ合えない頬を寄せて、微笑む。
「ここから出ましょう。きっと今なら叶えられるはずだから」
自信が漲ってくるのは、女神の星冠のおかげかもしれなかった。
クライヴに言われるまで、手に入れていることに気づかなかったのに……おかしなものだ。
意識したら、これ以上はないほどの力を感じる。
「……お前に会えたから、俺はもう大丈夫だ。
そうだな……キスしてくれたら起きられるかもな」
にやり、笑うクライヴはやはり現実の彼と同じだった。
「しょうがないですね」
「ありがとう……ここまで来てくれて。
俺は最高の妻を持ったよ」
ぼっと頬が染まる。
改まって言われると照れくさい。
クライヴは、臆面もせずに平気な顔して言う。
「……だから、お前は帰れ。ケルベロスが待ってるんだろう。
そこまで送ってやる」
せっかく会えたのにまた離れなければならない。
戻ったら会えると分かっていてもさみしさは拭えない。
複雑な心境だ。
「そんな顔をするな……」
クライヴの手が、ちょうど冠の真上にある。
撫でるように動いた手は、頬をたどり首筋へ向かう。
「起きたら触れて」
「それから?」
「……抱きしめて」
「分かった。次は」
もごもごと口ごもりながら次の要求を口にする。
「口づけて」
「お前が先にな」
彼の方が先に手を離して、ルシアも躊躇いがちに手を離した。
「でも、これがあれば貴方に送ってもらわなくても帰れるんじゃ……」
頭上を指さすとクライヴは首を振った。
「……そんなことに使ったら罰を受けるぞ」
大げさに飛びあがり、後ずさろうとしたルシアは透明な壁にぶつかった。
片足が壁の中に吸い込まれかけたところで、何とか踏みとどまる。
呆れ混じりのクライヴがもう一度手招きする。
「……勝手に目の前から消えてしまいそうでした」
星冠の強力な力に、ばつが悪い思いを味わう。
「飛び上がって後ずさったことに驚いたが」
くすっと鼻で笑われ、何となくむっとする。
「クライヴが脅すんですもの」
「反応を見てみたくてな」
クライヴは、傲岸不遜だった。
「肝に銘じて、大人しくあなたに送ってもらいます。
甘えてもいいですか?」
「もちろん」
クライヴが、早口で呪文を唱える。
「お帰りなさいって……言いますから」
消える間際、残した約束の言葉が、すぐに叶うと互いに信じた。
女神の星冠が本当に存在するだなんて思わなかった。
魔界の伝説なんて無数にあるし、その分嘘くさい。
黒魔術師だからこその知識だが、普通の人間は知ることもない事だ。
彼女は、女神の星冠を手に入れるために塔を登り、発現させた。
まさに奇跡と言える。
「俺を救うためというよりルシアを救うために手を貸したんだな。あの地獄の番犬は」
どことなく苛立たしいが、素直に感謝の気持ちしかない。
一応後で礼を言ってやろう。
身重の体で、消耗させてしまったのはもともと俺のせいだし。
星冠にも助けられたが、彼女の頑張りのおかげだ。
「……そろそろか」
視界が滲む。忌まわしい景色が遠ざかる。
クライヴは、牢から抜け出した。
「戻りました」
塔の外で、待っていたケルベロスに声をかける。
『見事に手に入れたのだな』
「偶然なんですけど女神の星冠を探してたら、
クライヴを見つけたんです。正確には彼の魂でしょうか」
一旦区切って話し続ける。
「……そのクライヴに指摘されて気づいたんです」
ケルベロスは頭上に輝く星冠を見た瞬間からすべて察しているのかもしれなかった。
『願いが叶ったな』
「形を伴わないものだなんて想像してませんでした。
教えてくれればよかったのに」
『……言いそびれていた』
「あら」
歩きながら、話しているとあっという間に門まで辿り着いた。
『ここでお前とはお別れだ』
あっさりとした様子にもルシアはめげなかった。
「せっかくなので、一緒に来てくれませんか。
ケルベロスさんが助けてくれたってこと彼も知ってますし
お礼を言いたいと思うんです」
大げさなほど不快な様子を見せたケルベロスの背中を思わず撫でてしまった。
『……お前がそこまで言うならクライヴの馬鹿面でも拝んでやるとするか』
ケルベロスを伴い、魔界から帰還したルシアは、城内の寝室へと急いだ。
乗せてくれると言うケルベロスには、丁重に遠慮した。
自分の足で辿り着きたかったのだ。
帰る途中、心の中で何度も練習した言葉を口にすることができる。
寝室の扉を開けると、変わらずベッドに横たわっているクライヴがいた。
どくん、と心臓が鳴る。
一歩ずつ歩み寄ってベッドの側に膝をついた。
「約束は守ってくださいね」
ベッドに手をつくと体を傾ける。
薄く開いた唇から吐息が伝わっていた。
力強く響く心臓の音も聞こえてくる。
肩にそっと手を添えて唇を触れ合わせた刹那、ルシアの下の体がぴくりと反応した。
薄らと藍色の瞳が開かれる。
完全に目を開いたクライヴは、言葉もなく眩しそうに見つめて、長い腕を伸ばしてきた。
頬から肩を辿り、あろうことか胸元までしっかり触っている。
かあっと頬が熱くなったが、目覚めたばかりで
ルシアを確かめているのだと思ったら、許せた。
抱き寄せられて、吐息をつく。
「お帰りなさい」
体の向こうが透けている頼りない存在ではない。
力をかけないように気をつけて首に抱きつく。
「ああ」
クライヴからキスが返ってくる。
情熱的に貪るキスで、鼻から息が抜ける。
「もう……っ」
唇も肌も全部本物だ。間違いない。
愛おしい体温に包みこまれて、涙がこぼれた。
髪をかき分けて、間近で見つめられる。
「いつの間にかホークスもいなくなって寂しかったんですが、
ケルベロスさんが来てくれて心強かったです」
急に抱き寄せる力が強くなり、深い息を吐き出した。
「っ……クライヴ」
「あの犬め、まんまとルシアの懐に入り込みやがって」
苛立たしげなクライヴが、おかしくてくすくすと笑った。
彼はルシアがどんなに呼びかけても応えてくれなかったから、
どんな反応が返ってきても嬉しいのだ。
彼らしい言動を感じると余計に。
「ケルベロスさんがいなければ、あなたは帰ってこられなかったんですよ」
「……そうだな。地獄の番犬の威厳も形無しだが」
『悪かったな』
「ケルベロスさん」
すい、と離れようとするのを押しとどめて腕の中に閉じ込められる。
「……女神の星冠があると思ってたのか」
『万に一つの可能性にかけてみた。結果的に助かったんだからよかったじゃないか」
「……どうにもならなかった場合は考えなかったのか。
ルシアは妊娠しているんだぞ」
『……見つけられると思った。
邪心など欠片も持たず、まっすぐにお前だけを想っているルシアなら」
何のてらいもなく、顔が赤くなることを言うのはクライヴ以上だ。
彼の肩に顔をうずめているしかない。
「……お前のおかげでもあるんだな。一応礼を言っておく」
しれっとしているので、感謝しているのか疑問だし、
何より人の耳元で声を出すのはやめてほしいと思った。
『……感謝している風には見えないが、ルシアに免じて許してやる。
今度魔界に来た時は覚えておくがいい』
「いいだろう。望むところだ」
「わあ、二人とも何言ってるんですか。
決闘は駄目ですったら!」
「ルシア、興奮するな。お腹の子に障ると大変だ」
「誰のせいですか」
『もう平気そうだな』
二人のやり取りにあくびを噛み殺したケルベロスが背を向ける。
「ありがとうございました」
『いや……お前が自分でやり遂げたんだ』
照れているのか声がこもっていた。
『やはりライアン・クライヴは不遜な態度がお似合いだな』
死んだように寝ているよりいい。
立ち去る時のケルベロスの台詞に、眉をしかめたクライヴに小さく微笑んだ。
「本当に、体は大丈夫ですか?」
「……ああ」
お前のおかげでな。
言葉を注ぎこんで、口づけが重なる。
大きな手が腹部を撫で、名を呟く。
「ありがとう……ルシア」
「……あの場所で何があったんですか?」
気になってつい尋ねてしまったが、
「……すまない。今度必ず話すから」
「いいえ……また今度よかったら話してください」
一か月もの間眠ったままだった人にこれ以上語らせるのは酷だ。
クライヴにシーツをかけベッドから下りようとしたが、より強く引き寄せられた。
「このまま側にいてくれ」
手を取られて、口づけられる。
「……ずっといたんですよ」
「……俺だけの特権だからいいだろ」
指と指が絡む。
頬に寄せられた手が熱い。
「あ……」
「呆気ないものだ」
頭上に戴いていた女神の星冠せいかんが、きらきらと星を散らしながら、消えていく。
その最中クライヴの心臓の上にひとかけら降り注いだ。
美しさに目を奪われ、暫く言葉もなく抱きしめ合っていた二人だったが、
ルシアが唐突に口を開いた。
「ホークスってご主人様思いなんですね。
あなたの居場所を必死で探してたんじゃないかしら」
「一応、繋がりがあるからな。お前との繋がりとは別物だが」
「素敵な繋がりですね」
「お前との繋がりの方が強固で揺るぎない」
「ん……もう休んで」
「そうだな……」
寄り添って眠りについた二人は共に笑みを浮かべていた。
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