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第二話「生意気でしたたかな彼女は真実の恋人」(☆☆☆)
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一度目は、誘いを断り二度目の出会いで、
深い関係を持った。
下の名前だけ教えあうのはどこか秘密めいていて、
楽しく思えたが、本名を知らずに交際も何もない。
冷静に考えていた。
車を停めた彼が唇を開いたのは、
きっと同じ気持ちだったからに違いない。
「俺の名前は藤城青だ」
「斎藤陽香よ」
「本当の名前も知らずに付き合えないよな」
抱きしめられ、繋がれた指先の力は強い。
衝撃を受けた私は、一瞬時を忘れ呆けたが気を取り直す。
「あなたが何者であろうと関係ないわ」
「そう言ってくれると思った」
名前のことにこだわって訊ねたら、彼はあまりいい思いをしない。
何となく感じたから言わなかった。
苗字まで聞いたら彼の素性は丸わかりだった。
とんでもない家柄の御曹司。
将来、実家の病院を継ぐために今は大学病院で、
研鑽を積み専門の道へ進もうとしている。
名前を聞いただけで察した私だが、もちろん何も言わない。
大事なものに触れるように抱擁し、運転席に戻る。
彼は煙草をくわえ、窓を開けた。
この匂いが私にうつるのは悪くなかった。
大事なものに触れるように抱きしめた。
煙草の香りがまとまりつくようでうれしい。
走り出した車の中、ぽつりとつぶやいていた。
「付き合う前にあなたと深い関係になったことも含めて、
何一つ後悔はしていないわ。
遊ばれるだけなら、どうせ離れていたし」
「……俺は最初に送る時からお前に触れたくて、
忘れられなかった。
陽香の想像通りだよ。そのつもりで部屋に行った」
「許してあげるわ」
独り言を拾い上げ律儀に返してくれた。
「私は藤城先生じゃなくて青が好き。
だから関係ないって言ったの」
「私生活に仕事は関係ない。ここにいる俺はお前のものだ」
カーブを切る。
スポーツカーの颯爽と乗りこなす青は、
卓越した運転技術を持っていた。
ドライブだけで一日を終えても楽しいだろう。
ずっと乗っていたくなる。
次の信号で停まった時、二本目のタバコを吸おうとしたので、セーブをかける。
「煙草は吸いすぎないで」
「わかった」
素直に吸うのをやめた青は、車内にも関わらず私の唇を求めた。
甘く溶ける一瞬。
二人の間を水の橋がつたっている。
30分ほどあてもなく走り続けていた車の中、
青が不意に問いかけてきた。
「さっきから黙ってるけど怒ってんのか?」
「考え事をしていただけよ。運転中に話しかけられないでしょ」
「……話しかけてくれ。答えられずとも聞いてるから」
「何それ」
私が無言になると気になるらしい。
そこまでおしゃべりではないが、運転の邪魔にならないのなら
話しかけたり鼻歌でも歌うことにした。
自分の世界に入っていた私は車が停まったのに気づく。
「今日はここでランチを食べようか」
青は助手席の扉を外から開けて、私をエスコートした。
20センチ少し違うので、少し見上げることになる。
「今、照れたでしょう?」
「陽香に見惚れたんだよ」
「また甘いことを言っちゃって」
差し出された手を掴み歩き出す。
お店に入るまで歩く時間も心を躍らせた。
久しぶりの恋は、大人な始まりで戻りたくないと感じた。
·奥の方のテーブル席に案内され座る。
向かい合うと変な感じがした。
「予約してくれていたのね」
「昨日の内にな」
reserve(予約席)という札がテーブルの上には置かれていた。
「こんなお店に来たことがないから緊張するわ」
「マナーなんて気にしないで食べればいい。俺しか見ていない」
「ありがとう」
一人では到底来られないお店だったが、
慣れている青のおかげで緊張がゆるんだ。
「かわいいのにかっこいい」
メニューを見るふりをして目を向ける。
「かわいいお前に言われてもな」
照れて笑う。
少しもクールじゃない青だから、一緒にいたいと思った。
年上だけど差を感じさせない。
自然と笑みがこぼれてしまうが、青は不快ではないようだ。
「私はそんなに可愛くないわよ」
「キスしたくなった。どうしてくれる」
(真顔で言うんだから)
店員さんが近くにいないのを確認し、素早く青の隣に行く。
背をかがめて、頬にキスをした。
「これでいい?」
「……続きはまた会った時にな」
食後にキスはできないと考えているようだった。
席に戻りメニューを見始める。
「陽香」
名を呼ばれたので彼の方を見つめる。
こちらに向ける視線は柔らかい。
「好きだよ」
「私も」
彼からの愛を聞けて満足した私は、
メインメニューとドルチェを注文した。
「コース料理を予約されてたらどうしようかと思った」
「勝手にそんなことはしないよ」
運ばれてきた料理はドルチェまでとても美味しかった。
食べた後口元をナプキンで拭い食事を終えた青と目が合った。
視線が絡んだだけでドキッとしてしまう。
いびつな始まりだったとはいえ今日は初めてのデート。
完全に浮かれていた。
「美味しかった。本当にありがとう」
「よかった」
ほっ、と息を吐く。
「こういう時間の積み重ねで進んでいくものよ。
私はあくまで心を見せ合って付き合いたい」
「……ああ」
あの始め方を選んだ青を責められない。
大人になりきれない年上の男性と、
大人ぶった年下の私。
笑えるくらいに似合っている気もする。
「青は皆に愛されてそうね」
病院で仕事をしている時はどんな姿なのだろう。
周りの医療関係者には女性も多いだろうし、
患者さんも女性はいるだろう。
皆を虜にしているのが容易に想像できる。
ナルシストではないから、無自覚だけれど。
「どういう意味?」
「かっこいいから誰もを惹きつけるだろうけど、
かわいいあなたは私だけのものでいい?」
重たい独占欲だ。
かっこいいあなたは仮面で、かわいいあなたは私だけが知る素顔。
「予定変更だ。今日はまだ帰さない」
「え……」
「問題ない。俺の部屋でゆっくり過ごせばいい」
傲慢に押し切ろうとする青をまた好きになる。
私は初めてのデートで青の部屋に招かれることになった。
3LDKのマンションが彼の住まいだった。
広くて綺麗で、私とは生活レベルが相当違うのだと思い知らされる。
リビングのソファーに案内され座ると、
青が紅茶を出してくれた。
「警戒しなくても取って食いやしない」
「してないわ」
身を任せてしまったのも青だからだ。
こちらの警戒を解かせる何かがあったのだが、
彼に言われるとおかしくなる。
「男性が一人で暮らす部屋に、来る意味くらい分かるわよ」
「……それは期待に応えてくれるってことか?」
「お互い明日は仕事でしょう。
私も着替えがないし泊まったりはできないわ」
「添い寝くらいならいいんじゃないか?」
ふふっ、と笑う。
文字通りその意味で寄り添って昼寝をして、
夕食は青の手料理でもてなされた。
八時頃、名残惜しくも別れる時間はやってきた。
「何だか寂しそうね」
「やっぱり帰るのか?」
「朝、一度送ってもらうのは気が引けるもの」
背伸びして抱きつく。
「私はとっくにあなたが大好きで誰よりも側にいるわ。
だから不安がらないでね」
耳元で囁いたら、抱き返された。
「陽香はいい女だ」
深く息を吐きだして、彼は伝えてくる。
浴場をたぎらせたキスを何度か奪い合い、
アパートまで送ってくれた。
「……お前にはかなわないよ」
車を降りた私は運転席の青のもとに向かった。
私に渡された言葉は彼なりの愛情表現だった。
「来週、誕生日だけどデートしてくれる?」
「当たり前だろ。早く言え」
ぶっきらぼうに返されてくすっと笑う。
「忙しそうだし迷惑かなって」
「……迷惑なわけあるか」
嬉しくなって抱きついた。
「誕生日は楽しみにしとけよ」
「期待してるからね」
背伸びをして口づけたら、彼は照れていた。
彼の車が走り去るまで見送ってしまったのが悔しい。
5月の終わり、私の誕生日が来た。
平日にもかかわらず彼は仕事帰りに駆けつけてくれた。
会社帰りに駅前で待っていると停まった一台のスポーツカー。
助手席の扉を開けてくれたので自然と乗り込む。
「お疲れ」
「お疲れ様」
「誕生日おめでとう」
「わあ……素敵」
後部座席に置いていた花束を彼が差し出してくる。
「……胸がいっぱいになったわ」
「安い女だな」
「花束は帰る時までここに置いといていいかな」
「ああ」
車は走り出す。
青のマンションの部屋に入った途端、情熱的なキスを受けた。
抱き上げられ、リビングのソファに下ろされる。
くしゃっと自分の髪をかき混ぜた後、青は鞄から何かを取り出す。
「……まだ何かくれるの?」
「期待してるとか言ってたろ」
長方形の箱を見せられ、箱が開けられる。
目を瞠っていたら後ろに回った青が首にかけてくれた。
ラインストーンがちりばめられたネックレスは、
私の胸元で輝いている。
「……こんなのもらったら離れられなくなるわよ?」
「望むところだな」
花束にアクセサリー、こんなの恋人に贈るものではないか。
「ありがとう……青。でも付き合って日も浅いのにいいのかしら」
「俺が渡したくなっただけだ」
「不器用な人……」
クスっと笑う。
「不器用だよ」
またおかしくなった。
「悪くないんじゃない?」
「生意気な女……」
ことあるごとに生意気と言うくせに
離れるつもりなんてないでしょ。
「明日の朝、会社まで送ってくれるなら
泊まって行ってもいいわ」
最初からそのつもりだったがあくまで強気に伝える。
(彼も気づいていたはず)
「……送るよ」
青は深く息を吐き出した。
お風呂に入って夕食を食べる。
腕を取り合いベッドに向かった。
この間まで未経験だった私が、
こんなことをしているなんて信じられない。
ベッドの端に座った時、彼が胸元に頬を寄せた。
「……心臓の音、すごいな」
「好きな人といるからよ」
彼の胸元に手を当てて心音を確かめる。
青の心臓も早鳴っていた。
「……あなたも同じってことか」
バツが悪そうな顔をしたのが明かりの下で分かった。
「恥ずかしがることないじゃない」
「まるで初恋を覚えたクソガキみたいだろ」
私を誘い墜とした男性は、とても不器用で愛らしい。
ベッドの上では彼がリードして、すべてを導く。
本能によるものかもしれない。
「っ……青」
彼の上で揺れた。
肌を愛撫する手と腰の動きに
翻弄されて感じることしかできない。
傾いだ上半身を受け止めた青は、胸元にキスをして官能を高める。
こんなこと何も知らなかった。
どうしてこの人と過ごすと儚くて甘くて切ないのだろう。
舌を絡めてキスをすれば、また動きが激しくなる。
青が熱を吐き出し、意識を飛ばす。
「染まっちゃったな」
「……悪くないだろ」
窓辺で煙草を吸う青が振り向いた。
換気のために開けた窓から入る夜風が心地いい。
火照った肌は、まだ冷めそうになかった。
月の光に照らされた青の顔がよく見える。
名前と同じ色の瞳が、こちらを射抜いていた。
「……そんな目で見ないでよ」
「お前こそ誘ってんのか。そんな甘い目で見て」
ベッドの端に彼が座る。
何かを取り出す音に欲の尽きない人だと苦笑する。
「ふふ……また抱いてくれるの?」
組み敷かれて、もう一度彼に抱かれたら
涙がこぼれて止まらなくなった。
身体の奥に熱の証を受け止めたら、
満たされた感覚が強くなる。
すっかり青といるのが当たり前になった。
「こんなに好きにさせた責任を取りなさいよ」
「……それはこっちのセリフだ」
ごろりと横たわった青の胸元に寄りそう。
繋がれた手を意識しながら、首筋に小さくキスをした。
「ねえ。青の誕生日はいつなの? 私もとっておきのものをあげようと思ってるの」
「10月12日だよ。陽香以外のとっておきのものがあるのか?」
「形に残る贈り物は素敵よね。あなたみたいに高価なものはあげられないけど」
(陽香以外でとかどんな殺し文句よ。
好きな相手に甘いことを平気で口にする人なんだから)
「お前がくれることに意味があるんだよ」
髪を撫でてくれる。
肌を寄せ合っているととても落ち着く。
ぽんぽん、と背中を撫でる手を感じ瞳を閉じていた。
今日はあまり煙草の香りはしない。
午前6時半に起床した私は、
手作りの朝食を共にした。
すでに仕事用のスーツに着替えている。
(至れり尽くせりだな。それだけ青も
激しく触れたわけだけど)
「お前が隣にいる朝はいいな」
「っ……」
ふいの一言に動揺する。
青の素が感じられたのだ。
「同じ気持ちよ」
青が先に口にしたから倣った。
あの日とは違うスーツに身を包んだ青はほのかに頬を染めて笑った。
階段から足を踏み外した女性を目にした瞬間、
駆け出していた。
仕事用の鞄を手に走った俺は、危ないと声に出さずつぶやいた。
夢中で抱きとめてもつれあうように転げ落ちた。
この救出劇を誰にも見られていなくて内心はほっとする。
欲しいと見た瞬間に思ってしまった。
清涼感のある美しい瞳、整った鼻梁、
女性らしさを漂わせている。
送ろうかとささやいてみたら、
そっけなく断られそんなに簡単にいくわけがないと思った。
次に出逢えたら……きっと
そのすべてを欲して求めてしまう。
簡単に誘える人間ではないが、
欲しいと思ってしまったのは彼女の雰囲気故(ゆえ)だった。
本屋に立ち寄った俺はひとりの女性に目を留めた。
先週の面影をひきずったままだったため、
一目で彼女だと分かった。
心のままに行動し彼女の部屋でひとつになって、
充足感に満たされた感覚を覚えた。
次の再会もすぐで、
今度は定宿(じょうやど)にしているホテルへと誘った。
どうなりたいか聞いてみたら、眉をひそめた。
不快だと顔に書いてあったが彼女は、
俺に先手を打つ。
こんな関係は嫌だと言われ、胸がぐっとつまった。
遊ぶつもりなんてさらさらなかった。
そういう性質ではない。
好きじゃなきゃ触れるはずがないのだと
懸命に伝え、思いが通じ合った。
肌を重ねるだけの曖昧な関係なら、
終わる方がいい。
したたかで健気な女だと感じた。
踏み出さなければ失うのなら、
一歩踏み出そうと決意した。
欲しいのは、彼女自身。
こみ上げる愛しさは疑いようがなかった。
花束とネックレスを喜んでくれ、
俺の誕生日を祝いたいと言ってくれた陽香は
紛(まご)うことなき恋人だと感じた。
·
深い関係を持った。
下の名前だけ教えあうのはどこか秘密めいていて、
楽しく思えたが、本名を知らずに交際も何もない。
冷静に考えていた。
車を停めた彼が唇を開いたのは、
きっと同じ気持ちだったからに違いない。
「俺の名前は藤城青だ」
「斎藤陽香よ」
「本当の名前も知らずに付き合えないよな」
抱きしめられ、繋がれた指先の力は強い。
衝撃を受けた私は、一瞬時を忘れ呆けたが気を取り直す。
「あなたが何者であろうと関係ないわ」
「そう言ってくれると思った」
名前のことにこだわって訊ねたら、彼はあまりいい思いをしない。
何となく感じたから言わなかった。
苗字まで聞いたら彼の素性は丸わかりだった。
とんでもない家柄の御曹司。
将来、実家の病院を継ぐために今は大学病院で、
研鑽を積み専門の道へ進もうとしている。
名前を聞いただけで察した私だが、もちろん何も言わない。
大事なものに触れるように抱擁し、運転席に戻る。
彼は煙草をくわえ、窓を開けた。
この匂いが私にうつるのは悪くなかった。
大事なものに触れるように抱きしめた。
煙草の香りがまとまりつくようでうれしい。
走り出した車の中、ぽつりとつぶやいていた。
「付き合う前にあなたと深い関係になったことも含めて、
何一つ後悔はしていないわ。
遊ばれるだけなら、どうせ離れていたし」
「……俺は最初に送る時からお前に触れたくて、
忘れられなかった。
陽香の想像通りだよ。そのつもりで部屋に行った」
「許してあげるわ」
独り言を拾い上げ律儀に返してくれた。
「私は藤城先生じゃなくて青が好き。
だから関係ないって言ったの」
「私生活に仕事は関係ない。ここにいる俺はお前のものだ」
カーブを切る。
スポーツカーの颯爽と乗りこなす青は、
卓越した運転技術を持っていた。
ドライブだけで一日を終えても楽しいだろう。
ずっと乗っていたくなる。
次の信号で停まった時、二本目のタバコを吸おうとしたので、セーブをかける。
「煙草は吸いすぎないで」
「わかった」
素直に吸うのをやめた青は、車内にも関わらず私の唇を求めた。
甘く溶ける一瞬。
二人の間を水の橋がつたっている。
30分ほどあてもなく走り続けていた車の中、
青が不意に問いかけてきた。
「さっきから黙ってるけど怒ってんのか?」
「考え事をしていただけよ。運転中に話しかけられないでしょ」
「……話しかけてくれ。答えられずとも聞いてるから」
「何それ」
私が無言になると気になるらしい。
そこまでおしゃべりではないが、運転の邪魔にならないのなら
話しかけたり鼻歌でも歌うことにした。
自分の世界に入っていた私は車が停まったのに気づく。
「今日はここでランチを食べようか」
青は助手席の扉を外から開けて、私をエスコートした。
20センチ少し違うので、少し見上げることになる。
「今、照れたでしょう?」
「陽香に見惚れたんだよ」
「また甘いことを言っちゃって」
差し出された手を掴み歩き出す。
お店に入るまで歩く時間も心を躍らせた。
久しぶりの恋は、大人な始まりで戻りたくないと感じた。
·奥の方のテーブル席に案内され座る。
向かい合うと変な感じがした。
「予約してくれていたのね」
「昨日の内にな」
reserve(予約席)という札がテーブルの上には置かれていた。
「こんなお店に来たことがないから緊張するわ」
「マナーなんて気にしないで食べればいい。俺しか見ていない」
「ありがとう」
一人では到底来られないお店だったが、
慣れている青のおかげで緊張がゆるんだ。
「かわいいのにかっこいい」
メニューを見るふりをして目を向ける。
「かわいいお前に言われてもな」
照れて笑う。
少しもクールじゃない青だから、一緒にいたいと思った。
年上だけど差を感じさせない。
自然と笑みがこぼれてしまうが、青は不快ではないようだ。
「私はそんなに可愛くないわよ」
「キスしたくなった。どうしてくれる」
(真顔で言うんだから)
店員さんが近くにいないのを確認し、素早く青の隣に行く。
背をかがめて、頬にキスをした。
「これでいい?」
「……続きはまた会った時にな」
食後にキスはできないと考えているようだった。
席に戻りメニューを見始める。
「陽香」
名を呼ばれたので彼の方を見つめる。
こちらに向ける視線は柔らかい。
「好きだよ」
「私も」
彼からの愛を聞けて満足した私は、
メインメニューとドルチェを注文した。
「コース料理を予約されてたらどうしようかと思った」
「勝手にそんなことはしないよ」
運ばれてきた料理はドルチェまでとても美味しかった。
食べた後口元をナプキンで拭い食事を終えた青と目が合った。
視線が絡んだだけでドキッとしてしまう。
いびつな始まりだったとはいえ今日は初めてのデート。
完全に浮かれていた。
「美味しかった。本当にありがとう」
「よかった」
ほっ、と息を吐く。
「こういう時間の積み重ねで進んでいくものよ。
私はあくまで心を見せ合って付き合いたい」
「……ああ」
あの始め方を選んだ青を責められない。
大人になりきれない年上の男性と、
大人ぶった年下の私。
笑えるくらいに似合っている気もする。
「青は皆に愛されてそうね」
病院で仕事をしている時はどんな姿なのだろう。
周りの医療関係者には女性も多いだろうし、
患者さんも女性はいるだろう。
皆を虜にしているのが容易に想像できる。
ナルシストではないから、無自覚だけれど。
「どういう意味?」
「かっこいいから誰もを惹きつけるだろうけど、
かわいいあなたは私だけのものでいい?」
重たい独占欲だ。
かっこいいあなたは仮面で、かわいいあなたは私だけが知る素顔。
「予定変更だ。今日はまだ帰さない」
「え……」
「問題ない。俺の部屋でゆっくり過ごせばいい」
傲慢に押し切ろうとする青をまた好きになる。
私は初めてのデートで青の部屋に招かれることになった。
3LDKのマンションが彼の住まいだった。
広くて綺麗で、私とは生活レベルが相当違うのだと思い知らされる。
リビングのソファーに案内され座ると、
青が紅茶を出してくれた。
「警戒しなくても取って食いやしない」
「してないわ」
身を任せてしまったのも青だからだ。
こちらの警戒を解かせる何かがあったのだが、
彼に言われるとおかしくなる。
「男性が一人で暮らす部屋に、来る意味くらい分かるわよ」
「……それは期待に応えてくれるってことか?」
「お互い明日は仕事でしょう。
私も着替えがないし泊まったりはできないわ」
「添い寝くらいならいいんじゃないか?」
ふふっ、と笑う。
文字通りその意味で寄り添って昼寝をして、
夕食は青の手料理でもてなされた。
八時頃、名残惜しくも別れる時間はやってきた。
「何だか寂しそうね」
「やっぱり帰るのか?」
「朝、一度送ってもらうのは気が引けるもの」
背伸びして抱きつく。
「私はとっくにあなたが大好きで誰よりも側にいるわ。
だから不安がらないでね」
耳元で囁いたら、抱き返された。
「陽香はいい女だ」
深く息を吐きだして、彼は伝えてくる。
浴場をたぎらせたキスを何度か奪い合い、
アパートまで送ってくれた。
「……お前にはかなわないよ」
車を降りた私は運転席の青のもとに向かった。
私に渡された言葉は彼なりの愛情表現だった。
「来週、誕生日だけどデートしてくれる?」
「当たり前だろ。早く言え」
ぶっきらぼうに返されてくすっと笑う。
「忙しそうだし迷惑かなって」
「……迷惑なわけあるか」
嬉しくなって抱きついた。
「誕生日は楽しみにしとけよ」
「期待してるからね」
背伸びをして口づけたら、彼は照れていた。
彼の車が走り去るまで見送ってしまったのが悔しい。
5月の終わり、私の誕生日が来た。
平日にもかかわらず彼は仕事帰りに駆けつけてくれた。
会社帰りに駅前で待っていると停まった一台のスポーツカー。
助手席の扉を開けてくれたので自然と乗り込む。
「お疲れ」
「お疲れ様」
「誕生日おめでとう」
「わあ……素敵」
後部座席に置いていた花束を彼が差し出してくる。
「……胸がいっぱいになったわ」
「安い女だな」
「花束は帰る時までここに置いといていいかな」
「ああ」
車は走り出す。
青のマンションの部屋に入った途端、情熱的なキスを受けた。
抱き上げられ、リビングのソファに下ろされる。
くしゃっと自分の髪をかき混ぜた後、青は鞄から何かを取り出す。
「……まだ何かくれるの?」
「期待してるとか言ってたろ」
長方形の箱を見せられ、箱が開けられる。
目を瞠っていたら後ろに回った青が首にかけてくれた。
ラインストーンがちりばめられたネックレスは、
私の胸元で輝いている。
「……こんなのもらったら離れられなくなるわよ?」
「望むところだな」
花束にアクセサリー、こんなの恋人に贈るものではないか。
「ありがとう……青。でも付き合って日も浅いのにいいのかしら」
「俺が渡したくなっただけだ」
「不器用な人……」
クスっと笑う。
「不器用だよ」
またおかしくなった。
「悪くないんじゃない?」
「生意気な女……」
ことあるごとに生意気と言うくせに
離れるつもりなんてないでしょ。
「明日の朝、会社まで送ってくれるなら
泊まって行ってもいいわ」
最初からそのつもりだったがあくまで強気に伝える。
(彼も気づいていたはず)
「……送るよ」
青は深く息を吐き出した。
お風呂に入って夕食を食べる。
腕を取り合いベッドに向かった。
この間まで未経験だった私が、
こんなことをしているなんて信じられない。
ベッドの端に座った時、彼が胸元に頬を寄せた。
「……心臓の音、すごいな」
「好きな人といるからよ」
彼の胸元に手を当てて心音を確かめる。
青の心臓も早鳴っていた。
「……あなたも同じってことか」
バツが悪そうな顔をしたのが明かりの下で分かった。
「恥ずかしがることないじゃない」
「まるで初恋を覚えたクソガキみたいだろ」
私を誘い墜とした男性は、とても不器用で愛らしい。
ベッドの上では彼がリードして、すべてを導く。
本能によるものかもしれない。
「っ……青」
彼の上で揺れた。
肌を愛撫する手と腰の動きに
翻弄されて感じることしかできない。
傾いだ上半身を受け止めた青は、胸元にキスをして官能を高める。
こんなこと何も知らなかった。
どうしてこの人と過ごすと儚くて甘くて切ないのだろう。
舌を絡めてキスをすれば、また動きが激しくなる。
青が熱を吐き出し、意識を飛ばす。
「染まっちゃったな」
「……悪くないだろ」
窓辺で煙草を吸う青が振り向いた。
換気のために開けた窓から入る夜風が心地いい。
火照った肌は、まだ冷めそうになかった。
月の光に照らされた青の顔がよく見える。
名前と同じ色の瞳が、こちらを射抜いていた。
「……そんな目で見ないでよ」
「お前こそ誘ってんのか。そんな甘い目で見て」
ベッドの端に彼が座る。
何かを取り出す音に欲の尽きない人だと苦笑する。
「ふふ……また抱いてくれるの?」
組み敷かれて、もう一度彼に抱かれたら
涙がこぼれて止まらなくなった。
身体の奥に熱の証を受け止めたら、
満たされた感覚が強くなる。
すっかり青といるのが当たり前になった。
「こんなに好きにさせた責任を取りなさいよ」
「……それはこっちのセリフだ」
ごろりと横たわった青の胸元に寄りそう。
繋がれた手を意識しながら、首筋に小さくキスをした。
「ねえ。青の誕生日はいつなの? 私もとっておきのものをあげようと思ってるの」
「10月12日だよ。陽香以外のとっておきのものがあるのか?」
「形に残る贈り物は素敵よね。あなたみたいに高価なものはあげられないけど」
(陽香以外でとかどんな殺し文句よ。
好きな相手に甘いことを平気で口にする人なんだから)
「お前がくれることに意味があるんだよ」
髪を撫でてくれる。
肌を寄せ合っているととても落ち着く。
ぽんぽん、と背中を撫でる手を感じ瞳を閉じていた。
今日はあまり煙草の香りはしない。
午前6時半に起床した私は、
手作りの朝食を共にした。
すでに仕事用のスーツに着替えている。
(至れり尽くせりだな。それだけ青も
激しく触れたわけだけど)
「お前が隣にいる朝はいいな」
「っ……」
ふいの一言に動揺する。
青の素が感じられたのだ。
「同じ気持ちよ」
青が先に口にしたから倣った。
あの日とは違うスーツに身を包んだ青はほのかに頬を染めて笑った。
階段から足を踏み外した女性を目にした瞬間、
駆け出していた。
仕事用の鞄を手に走った俺は、危ないと声に出さずつぶやいた。
夢中で抱きとめてもつれあうように転げ落ちた。
この救出劇を誰にも見られていなくて内心はほっとする。
欲しいと見た瞬間に思ってしまった。
清涼感のある美しい瞳、整った鼻梁、
女性らしさを漂わせている。
送ろうかとささやいてみたら、
そっけなく断られそんなに簡単にいくわけがないと思った。
次に出逢えたら……きっと
そのすべてを欲して求めてしまう。
簡単に誘える人間ではないが、
欲しいと思ってしまったのは彼女の雰囲気故(ゆえ)だった。
本屋に立ち寄った俺はひとりの女性に目を留めた。
先週の面影をひきずったままだったため、
一目で彼女だと分かった。
心のままに行動し彼女の部屋でひとつになって、
充足感に満たされた感覚を覚えた。
次の再会もすぐで、
今度は定宿(じょうやど)にしているホテルへと誘った。
どうなりたいか聞いてみたら、眉をひそめた。
不快だと顔に書いてあったが彼女は、
俺に先手を打つ。
こんな関係は嫌だと言われ、胸がぐっとつまった。
遊ぶつもりなんてさらさらなかった。
そういう性質ではない。
好きじゃなきゃ触れるはずがないのだと
懸命に伝え、思いが通じ合った。
肌を重ねるだけの曖昧な関係なら、
終わる方がいい。
したたかで健気な女だと感じた。
踏み出さなければ失うのなら、
一歩踏み出そうと決意した。
欲しいのは、彼女自身。
こみ上げる愛しさは疑いようがなかった。
花束とネックレスを喜んでくれ、
俺の誕生日を祝いたいと言ってくれた陽香は
紛(まご)うことなき恋人だと感じた。
·
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さーやと馴れ馴れしく呼び愛をささやく
彼の誘惑を退けなければ
教師生命は終わってしまう。
「水無月先生、俺と付き合ってよ」
「は!?」
麗しき美貌の少年は、さらっと口にした。
「だめ? さーやに会えたの運命を感じてるんだけどな」
極上drやPleasuretreasure他のキャラが出てくるパラレル。原作のキャラ設定とは異なります。
原作との共通点↓
極上Dr→
藤城総合病院の御曹司、
青や沙矢の身長、体型。
青→幼い日に母を亡くしている。
本命に一途かつ好きになった人が好きというスタンス。
登場人物の名前、幼稚園と小学生の頃、
合計4人の女子と付き合っていた。父親が破天荒。
涼→スキンシップが大好き。
熱い。
同性の友人と距離が近い。
中学・高校時代に女性との交際経験があり、
異性に慣れている。
関西弁、183.5センチ。
男女ものですが、男友達との距離が近いです。教師生徒の恋愛と友情がテーマ。
ゲストとしてPreasure,Treasureの涼
ほかをお迎えしています。
涼→原作で青の三歳下ですが、
青に合わせております。
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