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第43話「不可思議な夢、親友の幸せ」(☆☆)
「おやすみ……沙矢」
「おやすみなさい青」
ゆりかごのような甘い幸せに包まれ眠りについた。
目を覚ました私は違和感を覚えた。
眠りについた部屋とは別の場所にいたからだ。
「どういうことなの?」
ベッドの上で目を覚ました私は、部屋にある姿見で自分の姿を確認する。
鏡に映る姿は確かに私だ。
「……幼くなってない?」
この部屋は知らない場所ではない。
部屋全体を見渡してもなじみ深い部屋で
懐かしさがこみ上げた。
同時に寂しさもある。
ここは私がいた場所じゃない。
何故、こんなところにいるのだろう。
私がここを出たのは三年前のはずだ。
(……どういうこと。
青と暮らして結婚した私は藤城沙矢なのに、
どうして時間が巻き戻っているの?)
ひとり呟いていると階下から声が聞こえてきた。
「沙矢、そろそろ起きなさい」
穏やかながら少し呆れている声。
私は、チェストの中からブレザーとスカート、リボンを取り出した。
制服に着替えて姿見で確かめる。
数か月前に二十歳を迎えた私より更に幼い姿だ。
さっきまでたくましい腕の中にいた。
(ああ。そうかこれは夢なんだ)
制服に着替えて階段を降りる私は、
母からツッコミを入れられることを知りもしない。
「制服じゃなくて出かけるための服を着てらっしゃい」
「え……あれ。今日って何日なの?」
「1月4日よ。今日は東京に行くって約束だったでしょう。
用事で東京行くけど、沙矢も行くって
聞いたらノリノリで返事したじゃない」
「……忘れてた!」
慌てて二階に戻り着替える。
記憶がよみがえってきた。
高一の私は東京へ遊びに行くためはしゃいでいた。
(あの時、着たワンピースはどれだっけ)
クローゼットを探すと見つかったのでそれに着替える。
玄関で待っていた母・千沙と共に家を出て
横浜駅へ向かった。
JR東京本線が一番早くつくのでそれに乗り東京へ向かう。
「沙矢、お母さんは用事があるから
正午くらいに駅で待ち合わせましょう
本当にひとりで大丈夫?」
「大丈夫。何回も来てるし困ったら人に訊くもの。
お母さんの用事なのに連れてきてくれてありがとう」
何となくだが、一人で行動しなければならない気がした。
「……知らない人について行っちゃ駄目よ」
「私、16歳よ!」
失礼な母だ。
この時の母の言葉も全部覚えていて
自分の反応も覚えていた。
(懐かしくなりながら夢の中の自分と母を見ていた)
東京駅で母と別れ街を散策し始めた。
東京駅の周辺を歩いていた所、長身の男性にぶつかってしまった。
「危ないな」
抱き留めてくれた人は、薄茶色の髪と瞳を持つ
少し日本人離れした人物。
(……青だわ。
高校生の頃、出逢ってなかったからやはり都合のいい夢だ)
「聞いてるのか?」
「は……はい。横浜から遊びに来てて」
「……そうか。悪い奴に気をつけろよ。じゃあ」
「あ、あの。お名前を教えてください!」
呆気にとられた顔をした彼は、一瞬考えた後で
名前を伝えてくれた。
「藤城青(とうじょうせい)だ。お前は」
「水無月沙矢です。藤城先輩」
こちらをいぶかしんだ彼だったがそれでも
何も言わない。
「こんな街中で人に迷惑だから、
車に乗せてやろうか。お前の時間が許すまでだが」
思ってもみない誘いだ。
私の知らなかった頃の彼は、去年の彼より更に影を感じる。
色香は今の方があるような気もした。
(ほとんど一緒だけど)
「……はい」
青は左ハンドルの車の助手席に乗せてくれた。
(私は乗ったことがない車だ)
「4月で買い替える予定だから、その前に
思い出を作ろうと思ったんだ。
まさか年下の女性と車に乗るとはな」
きょとんとする。
(そうか。この車は青が一番最初に乗った車だ)
黙り込んでいるとくすっと冗談を言われる。
「……高校生に手を出す危ない奴ではないから安心しろ」
「そんなこと思ってません!」
彼からからすれば私なんて子供だろう。
(26歳の彼は19歳といっても触れるのをためらわなかった)
「……警戒心が薄いようだから」
ボソッ、とつぶやく。
運転に集中しているのでこちらを見ることはない。
「どこかに車を停めて散歩しませんか」
十五分ほどドライブしたのち私は彼に訴えていた。
「……そうするか」
東京駅からもさほど離れていないあたりだ。
車を降りると目立ってしまうのは青だなと思う。
「一緒に買いに行こう」
ソフトクリームを買ってくれた青は、
私に手渡し微笑む。
作り笑いだと感じてしまい悲しくなる。
「四月から忙しくなるから息を抜いてた。
そうしたら沙矢に会えたわけだけど」
「先輩って医学部ですよね?」
(夢の私は、現実の私が反映されてるから知っている)
「どうして知ってる?」
「な、なんとなく?」
知りようはずもないのに言い当てられて彼は警戒した。
「五年だ。お前の歳の頃に戻りたいとすら思う」
彼は今の青とは違うと分かる。
公園のベンチで人一人分の距離をあけて座る私達。
私は今どういう状況か理解できていないけれど、
青に会えたんだからよしとする。
「藤城先輩は超絶かっこいいけど、
人を寄せつけない雰囲気もあるわよね。
大人になったらあなたみたいな人と恋がしたい」
「……ありがとう」
ぽん、と頭を撫でてくれる。
「俺にはそんな価値はないが、
慰められた気がするよ」
「よかった。来年の医師国家試験がんばってね!」
「ああ。俺にはそれしかないから」
初めて会った横浜の高校生に青は、不器用ながらも
優しくしてくれた。
東京駅でこちらに向けた顔にも
孤独がにじんでいた。
一か月後、私は青と再会することになった。
あの時は一時間も一緒にいなかったが、
今日はもっと一緒にいられる気がする。
「ベイブリッジでも見に来たの?」
夕陽の絶景を楽しもうと思ったのかもしれない。
横浜ベイブリッジに出かけた私は青と会った。
近くに車を停めて歩いてきたという。
「……ああ」
ベイブリッジを見る瞳は、綺麗で
吸い込まれそうになる。
「藤城先輩に一目ぼれしちゃったかも」
きょとんと瞬きする。
「そういうこと簡単に言うなよ」
簡単に言っているわけじゃなかった。
この時の青はガードが堅い。
「……俺をどうして先輩と呼ぶんだ?」
「年上の学生だから」
夢の中の私が彼を先輩と呼んでいるのは、
先輩と呼んでみたかったからだ。
「……、すまない。少し煙草を吸う」
そう告げて彼は私と距離をとる。
離れた場所で煙草に火をつけた。携帯灰皿も取り出している。
青の煙草を吸う姿をまた見られるとは思わなくて、
感動すらしていた。
きっとやり場のない感情をもてあましているから
煙草に逃避しているのだ。
泣いているように笑う青にこちらまで泣きそうになる。
煙草を一本吸ってこちらに歩いてきた青にふとつぶやいていた。
「どうしてそんなに悲しそうなの?」
「お前には関係ない」
彼は拳を握りしめる。
少し立ち入りすぎた気がする。
知らないはずもない青の歴史。
(ごめんなさい)
「俺は夢の為に愛を諦めたんだよ」
頭を撫でられきょとんとする。
大粒の涙が瞳に溜まっていた。
「沙矢には俺なんかより相応しいやつがいるよ」
頭を振るう。いつかが来たら私がいるわ。
夢の中にいることはわかっているけど、
そう思わずにはいられない。
そして更に時が巻き戻る。
大きな白い建物から出ていく三人の親子がいた。
若い夫婦と赤ちゃん。赤ちゃんを抱っこしているのは、母親だ。
若い頃の母・水無月千沙と亡くなった父だった。
仲睦まじい二人の姿に感動すら覚えていた私は、
駆け出してきた小さな男の子の姿を捉えた。
(青だわ! この頃は青い目で生きてたのね。
髪は黒に染めてもらってたのかな?)
大学生と小学生の青に出会えるなんて今日の夢は最高に素晴らしい。
青様と呼ばれて言い返す姿も可愛いすぎる。
母は彼を子供としてではなく一人の人間として向き合っているように見えた。
(私のことを可愛いと言ってくれてありがとう。ここの青は現実のあなたと同じ人ね)
それから19年後の私は彼と対峙していた。
高校生の頃もそうだが夢の中の私は随分と積極的だ。
「三年前からあなたが好きだったの」
髪をかきあげる青は笑いながら私の髪を撫でた。
「……存外しつこいな」
「一途って言って。 私、もう高校生の子供じゃないわ。就職して二年目のOLだもの」
ぐいぐい迫り抱きつく。
青は困った様子だったが、それでも拒絶はしない。
「……お前にはふさわしくないと言わなかったっけ」
「覚えてるのね」
「……横浜や東京で会ったじゃないか。
医師免許取るのを応援してくれたことも全部覚えてる」
髪を撫でてくれた。
「私、初めてはあなたがいい。
今夜で全部忘れるから」
「何言ってんだ……馬鹿」
「抱いてほしいの」
泣きそうな声でしがみつき
アパートの部屋に彼を誘っていた。
そして願いを叶えてくれた。
「こういうのは、本当に好きな相手と信頼関係を築いてからすることだぞ」
「……青だって私が好きじゃないとしないわよね」
窓をあけて煙草を吸う青は、かつての彼より素直には見えた。
「……抱いてくれてありがとう」
照れたように頬を染める彼は悪い男性には見えなかった。
やっぱり私はいつだってどこにいたって
青のことしか思っていないのね。
大学生の頃の彼は出会ってはいけなかったのかもしれない。
(心にはまだ前の恋があった)
現実ではない世界でのできごとは、
起こりえなかった過去であり今の彼とは関係ない。
「沙矢」
甘い低音の声に導かれるように、そっとまぶたを開いた。
呼び覚ます声に導かれ目を覚ますとほっと安堵する。
「おはよう」
目元が潤んでいるのに気づいた青が私の頬を指先で拭う。
また涙が溢れがばっと抱きついた。
「どうした?」
「ううん。私はやっぱり今の青が一番好きよ」
「……そうか。俺もだ」
「小さい王子様の青も可愛かったけどね」
「楽しい夢を見てたんだな。中々起きなくて心配したんだ」
「色んな青と出会ったけど私の前にいるあなたが一番よ」
ゆっくり髪を撫でられ顔をあげる。
「綺麗で可愛いよ。さーや」
「な……、うん。ありがとう」
ぎゅっと抱き返されて眩暈(めまい)がする。
「今日が日曜日でよかったな」
「まだ起きなくてもいいものね」
壁の時計は午後8時を指し示している。
出会った日から数えて一年1ヶ月。
「愛情確認もあるし生殖行為でもあるんだな。今は」
朝が来ているのに彼はしれっと言う。
「両方よね」
ゆっくりと押し倒されて目を閉じた。
お腹に触れる感触は情熱的で、
私を求めていると感じた。
膝の上で波に揺られる。
恍惚に眉を歪め、息を吐き出す青は、
壮絶な色香だった。そんなこと考える余裕なんてどこにもないけど。
優しくじゃなくて酷くして欲しいなんて
思うのはどうかしている。
「……物足りないのか?」
下から揺さぶられる。
青は決して夢中になっていないわけじゃなくて、
息遣いは荒かった。
「……っ、青、大好き」
身体を倒してキスをする。
深く繋がりながら唇を合わせる。
二人が一つだと感じる瞬間だ。
子供がいつできてもいいと思ってから、
以前より頻度が増えた気がする。
もちろん体調悪い時はしない。
愛しあう尊さを感じていた。
六月の雨の日だった。
陽香が話があるということで一緒に帰ることになった。
電車で帰るのは久しぶりで何だか新鮮だ。
「さーやー」
女性専用車両で二人とも運良く座れたのは
運がよかった。
照れ隠しにあだ名で呼ぶ陽香は、以前よりさらに
綺麗で華やかな雰囲気を身にまとっていた。
「陽香、いい話があるんでしょ?」
「実は少し前から付き合っている人がいます」
彼氏という言い方はしない。
「……やっぱりそうなのね」
「誕生日も一緒に祝ってくれたし、
彼の誕生日も祝う約束もしたの。
三か月後なんだけどね」
「……あ、もしかしてあの人?」
はっきり告げられなくても察することはできる。
「そう。プライベートでは理人さんって呼んでるわ」
「……素敵」
陽香は私に耳打ちして更なる驚く話を教えてくれた。
「え……そんな話を聞いちゃっていいの?
紳士すぎて尊いんですけど」
恋愛は人それぞれ違う。
(夢を見て気づいた。青と私はあの始まりしか選べなかっただけ)
どちらがいいとかはない。
素敵な人と巡り合えた陽香によかったと感じる。
「彼って大人だから余裕でかわすの」
のろけられるほど大切にしてもらえてるのが分かる。
「陽香はとってもかわいくて綺麗で
離したくないと思うわ。
仕事ができるところも彼は見てくれてる」
「沙矢、ありがと」
陽香は私と手を繋ぎ微笑む。
ひそめた声で話しているがお互いの声はよく聞き取れた。
陽香が降りる間際に手を振った。
私は彼女を見送ったあと最寄り駅で降りた。
雨がぱらぱらと降り始めていたので鞄から、
折り畳み傘を取り出してさした。
テーブルに突っ伏してうとうとしていたようだ。
若干、頭が重い。
ぼんやりとした頭で動き出す。
午後八時前、そろそろ彼が帰宅する時間だ。
帰宅してすぐ夕食は作り終えていたことに
ほっとする。
エプロンを椅子の背もたれにかけた次の瞬間、
キッチンのドアホンに青が映った。
朝と変わらない端正な立ち姿だ。
「沙矢、ただいま」
普段は玄関のかぎを開けて私に直接言うのに
今日はどうしたんだろう。
玄関まで急ぎ足で向かう。
ドアが開き中に入ってきた青に抱きついた。
「おかえりなさい!」
ぽん、ぽんと背中を撫でる手。
「たまには使うのもいいかと思って」
「驚かせないでよ」
「沙矢、今日はいいことあったのか?」
「まだ分からないわ。
今月中にはあるのかもしれない」
何かを予感させている。
スーツのジャケットを受け取り歩く。
夕食を食べる準備を整えてテーブルに座る。
「……青はためらわなくなったでしょ」
「ここまでだとは正直自分でも思わなかったな。
沙矢が助長させるから」
「だって愛しあってる者同士恥ずべきことじゃないでしょ」
そう教え込んだのは誰だっただろう。
夢の中の青は別の人だ。
夢で見たことは話さない方がいいんだ。
夕食を食べ終わりしばらくして二人で入浴した。
あひる隊長やタオルに水を含ませて
遊んだ私を青はいとおしげに見つめていた。
「友達に恋人ができたんだって。
こういうのって本当に嬉しいわよね」
「ああ。とても嬉しいできごとだ」
彼の頬に口づける。
眠りについたのは午後十時だった。
「おやすみなさい青」
ゆりかごのような甘い幸せに包まれ眠りについた。
目を覚ました私は違和感を覚えた。
眠りについた部屋とは別の場所にいたからだ。
「どういうことなの?」
ベッドの上で目を覚ました私は、部屋にある姿見で自分の姿を確認する。
鏡に映る姿は確かに私だ。
「……幼くなってない?」
この部屋は知らない場所ではない。
部屋全体を見渡してもなじみ深い部屋で
懐かしさがこみ上げた。
同時に寂しさもある。
ここは私がいた場所じゃない。
何故、こんなところにいるのだろう。
私がここを出たのは三年前のはずだ。
(……どういうこと。
青と暮らして結婚した私は藤城沙矢なのに、
どうして時間が巻き戻っているの?)
ひとり呟いていると階下から声が聞こえてきた。
「沙矢、そろそろ起きなさい」
穏やかながら少し呆れている声。
私は、チェストの中からブレザーとスカート、リボンを取り出した。
制服に着替えて姿見で確かめる。
数か月前に二十歳を迎えた私より更に幼い姿だ。
さっきまでたくましい腕の中にいた。
(ああ。そうかこれは夢なんだ)
制服に着替えて階段を降りる私は、
母からツッコミを入れられることを知りもしない。
「制服じゃなくて出かけるための服を着てらっしゃい」
「え……あれ。今日って何日なの?」
「1月4日よ。今日は東京に行くって約束だったでしょう。
用事で東京行くけど、沙矢も行くって
聞いたらノリノリで返事したじゃない」
「……忘れてた!」
慌てて二階に戻り着替える。
記憶がよみがえってきた。
高一の私は東京へ遊びに行くためはしゃいでいた。
(あの時、着たワンピースはどれだっけ)
クローゼットを探すと見つかったのでそれに着替える。
玄関で待っていた母・千沙と共に家を出て
横浜駅へ向かった。
JR東京本線が一番早くつくのでそれに乗り東京へ向かう。
「沙矢、お母さんは用事があるから
正午くらいに駅で待ち合わせましょう
本当にひとりで大丈夫?」
「大丈夫。何回も来てるし困ったら人に訊くもの。
お母さんの用事なのに連れてきてくれてありがとう」
何となくだが、一人で行動しなければならない気がした。
「……知らない人について行っちゃ駄目よ」
「私、16歳よ!」
失礼な母だ。
この時の母の言葉も全部覚えていて
自分の反応も覚えていた。
(懐かしくなりながら夢の中の自分と母を見ていた)
東京駅で母と別れ街を散策し始めた。
東京駅の周辺を歩いていた所、長身の男性にぶつかってしまった。
「危ないな」
抱き留めてくれた人は、薄茶色の髪と瞳を持つ
少し日本人離れした人物。
(……青だわ。
高校生の頃、出逢ってなかったからやはり都合のいい夢だ)
「聞いてるのか?」
「は……はい。横浜から遊びに来てて」
「……そうか。悪い奴に気をつけろよ。じゃあ」
「あ、あの。お名前を教えてください!」
呆気にとられた顔をした彼は、一瞬考えた後で
名前を伝えてくれた。
「藤城青(とうじょうせい)だ。お前は」
「水無月沙矢です。藤城先輩」
こちらをいぶかしんだ彼だったがそれでも
何も言わない。
「こんな街中で人に迷惑だから、
車に乗せてやろうか。お前の時間が許すまでだが」
思ってもみない誘いだ。
私の知らなかった頃の彼は、去年の彼より更に影を感じる。
色香は今の方があるような気もした。
(ほとんど一緒だけど)
「……はい」
青は左ハンドルの車の助手席に乗せてくれた。
(私は乗ったことがない車だ)
「4月で買い替える予定だから、その前に
思い出を作ろうと思ったんだ。
まさか年下の女性と車に乗るとはな」
きょとんとする。
(そうか。この車は青が一番最初に乗った車だ)
黙り込んでいるとくすっと冗談を言われる。
「……高校生に手を出す危ない奴ではないから安心しろ」
「そんなこと思ってません!」
彼からからすれば私なんて子供だろう。
(26歳の彼は19歳といっても触れるのをためらわなかった)
「……警戒心が薄いようだから」
ボソッ、とつぶやく。
運転に集中しているのでこちらを見ることはない。
「どこかに車を停めて散歩しませんか」
十五分ほどドライブしたのち私は彼に訴えていた。
「……そうするか」
東京駅からもさほど離れていないあたりだ。
車を降りると目立ってしまうのは青だなと思う。
「一緒に買いに行こう」
ソフトクリームを買ってくれた青は、
私に手渡し微笑む。
作り笑いだと感じてしまい悲しくなる。
「四月から忙しくなるから息を抜いてた。
そうしたら沙矢に会えたわけだけど」
「先輩って医学部ですよね?」
(夢の私は、現実の私が反映されてるから知っている)
「どうして知ってる?」
「な、なんとなく?」
知りようはずもないのに言い当てられて彼は警戒した。
「五年だ。お前の歳の頃に戻りたいとすら思う」
彼は今の青とは違うと分かる。
公園のベンチで人一人分の距離をあけて座る私達。
私は今どういう状況か理解できていないけれど、
青に会えたんだからよしとする。
「藤城先輩は超絶かっこいいけど、
人を寄せつけない雰囲気もあるわよね。
大人になったらあなたみたいな人と恋がしたい」
「……ありがとう」
ぽん、と頭を撫でてくれる。
「俺にはそんな価値はないが、
慰められた気がするよ」
「よかった。来年の医師国家試験がんばってね!」
「ああ。俺にはそれしかないから」
初めて会った横浜の高校生に青は、不器用ながらも
優しくしてくれた。
東京駅でこちらに向けた顔にも
孤独がにじんでいた。
一か月後、私は青と再会することになった。
あの時は一時間も一緒にいなかったが、
今日はもっと一緒にいられる気がする。
「ベイブリッジでも見に来たの?」
夕陽の絶景を楽しもうと思ったのかもしれない。
横浜ベイブリッジに出かけた私は青と会った。
近くに車を停めて歩いてきたという。
「……ああ」
ベイブリッジを見る瞳は、綺麗で
吸い込まれそうになる。
「藤城先輩に一目ぼれしちゃったかも」
きょとんと瞬きする。
「そういうこと簡単に言うなよ」
簡単に言っているわけじゃなかった。
この時の青はガードが堅い。
「……俺をどうして先輩と呼ぶんだ?」
「年上の学生だから」
夢の中の私が彼を先輩と呼んでいるのは、
先輩と呼んでみたかったからだ。
「……、すまない。少し煙草を吸う」
そう告げて彼は私と距離をとる。
離れた場所で煙草に火をつけた。携帯灰皿も取り出している。
青の煙草を吸う姿をまた見られるとは思わなくて、
感動すらしていた。
きっとやり場のない感情をもてあましているから
煙草に逃避しているのだ。
泣いているように笑う青にこちらまで泣きそうになる。
煙草を一本吸ってこちらに歩いてきた青にふとつぶやいていた。
「どうしてそんなに悲しそうなの?」
「お前には関係ない」
彼は拳を握りしめる。
少し立ち入りすぎた気がする。
知らないはずもない青の歴史。
(ごめんなさい)
「俺は夢の為に愛を諦めたんだよ」
頭を撫でられきょとんとする。
大粒の涙が瞳に溜まっていた。
「沙矢には俺なんかより相応しいやつがいるよ」
頭を振るう。いつかが来たら私がいるわ。
夢の中にいることはわかっているけど、
そう思わずにはいられない。
そして更に時が巻き戻る。
大きな白い建物から出ていく三人の親子がいた。
若い夫婦と赤ちゃん。赤ちゃんを抱っこしているのは、母親だ。
若い頃の母・水無月千沙と亡くなった父だった。
仲睦まじい二人の姿に感動すら覚えていた私は、
駆け出してきた小さな男の子の姿を捉えた。
(青だわ! この頃は青い目で生きてたのね。
髪は黒に染めてもらってたのかな?)
大学生と小学生の青に出会えるなんて今日の夢は最高に素晴らしい。
青様と呼ばれて言い返す姿も可愛いすぎる。
母は彼を子供としてではなく一人の人間として向き合っているように見えた。
(私のことを可愛いと言ってくれてありがとう。ここの青は現実のあなたと同じ人ね)
それから19年後の私は彼と対峙していた。
高校生の頃もそうだが夢の中の私は随分と積極的だ。
「三年前からあなたが好きだったの」
髪をかきあげる青は笑いながら私の髪を撫でた。
「……存外しつこいな」
「一途って言って。 私、もう高校生の子供じゃないわ。就職して二年目のOLだもの」
ぐいぐい迫り抱きつく。
青は困った様子だったが、それでも拒絶はしない。
「……お前にはふさわしくないと言わなかったっけ」
「覚えてるのね」
「……横浜や東京で会ったじゃないか。
医師免許取るのを応援してくれたことも全部覚えてる」
髪を撫でてくれた。
「私、初めてはあなたがいい。
今夜で全部忘れるから」
「何言ってんだ……馬鹿」
「抱いてほしいの」
泣きそうな声でしがみつき
アパートの部屋に彼を誘っていた。
そして願いを叶えてくれた。
「こういうのは、本当に好きな相手と信頼関係を築いてからすることだぞ」
「……青だって私が好きじゃないとしないわよね」
窓をあけて煙草を吸う青は、かつての彼より素直には見えた。
「……抱いてくれてありがとう」
照れたように頬を染める彼は悪い男性には見えなかった。
やっぱり私はいつだってどこにいたって
青のことしか思っていないのね。
大学生の頃の彼は出会ってはいけなかったのかもしれない。
(心にはまだ前の恋があった)
現実ではない世界でのできごとは、
起こりえなかった過去であり今の彼とは関係ない。
「沙矢」
甘い低音の声に導かれるように、そっとまぶたを開いた。
呼び覚ます声に導かれ目を覚ますとほっと安堵する。
「おはよう」
目元が潤んでいるのに気づいた青が私の頬を指先で拭う。
また涙が溢れがばっと抱きついた。
「どうした?」
「ううん。私はやっぱり今の青が一番好きよ」
「……そうか。俺もだ」
「小さい王子様の青も可愛かったけどね」
「楽しい夢を見てたんだな。中々起きなくて心配したんだ」
「色んな青と出会ったけど私の前にいるあなたが一番よ」
ゆっくり髪を撫でられ顔をあげる。
「綺麗で可愛いよ。さーや」
「な……、うん。ありがとう」
ぎゅっと抱き返されて眩暈(めまい)がする。
「今日が日曜日でよかったな」
「まだ起きなくてもいいものね」
壁の時計は午後8時を指し示している。
出会った日から数えて一年1ヶ月。
「愛情確認もあるし生殖行為でもあるんだな。今は」
朝が来ているのに彼はしれっと言う。
「両方よね」
ゆっくりと押し倒されて目を閉じた。
お腹に触れる感触は情熱的で、
私を求めていると感じた。
膝の上で波に揺られる。
恍惚に眉を歪め、息を吐き出す青は、
壮絶な色香だった。そんなこと考える余裕なんてどこにもないけど。
優しくじゃなくて酷くして欲しいなんて
思うのはどうかしている。
「……物足りないのか?」
下から揺さぶられる。
青は決して夢中になっていないわけじゃなくて、
息遣いは荒かった。
「……っ、青、大好き」
身体を倒してキスをする。
深く繋がりながら唇を合わせる。
二人が一つだと感じる瞬間だ。
子供がいつできてもいいと思ってから、
以前より頻度が増えた気がする。
もちろん体調悪い時はしない。
愛しあう尊さを感じていた。
六月の雨の日だった。
陽香が話があるということで一緒に帰ることになった。
電車で帰るのは久しぶりで何だか新鮮だ。
「さーやー」
女性専用車両で二人とも運良く座れたのは
運がよかった。
照れ隠しにあだ名で呼ぶ陽香は、以前よりさらに
綺麗で華やかな雰囲気を身にまとっていた。
「陽香、いい話があるんでしょ?」
「実は少し前から付き合っている人がいます」
彼氏という言い方はしない。
「……やっぱりそうなのね」
「誕生日も一緒に祝ってくれたし、
彼の誕生日も祝う約束もしたの。
三か月後なんだけどね」
「……あ、もしかしてあの人?」
はっきり告げられなくても察することはできる。
「そう。プライベートでは理人さんって呼んでるわ」
「……素敵」
陽香は私に耳打ちして更なる驚く話を教えてくれた。
「え……そんな話を聞いちゃっていいの?
紳士すぎて尊いんですけど」
恋愛は人それぞれ違う。
(夢を見て気づいた。青と私はあの始まりしか選べなかっただけ)
どちらがいいとかはない。
素敵な人と巡り合えた陽香によかったと感じる。
「彼って大人だから余裕でかわすの」
のろけられるほど大切にしてもらえてるのが分かる。
「陽香はとってもかわいくて綺麗で
離したくないと思うわ。
仕事ができるところも彼は見てくれてる」
「沙矢、ありがと」
陽香は私と手を繋ぎ微笑む。
ひそめた声で話しているがお互いの声はよく聞き取れた。
陽香が降りる間際に手を振った。
私は彼女を見送ったあと最寄り駅で降りた。
雨がぱらぱらと降り始めていたので鞄から、
折り畳み傘を取り出してさした。
テーブルに突っ伏してうとうとしていたようだ。
若干、頭が重い。
ぼんやりとした頭で動き出す。
午後八時前、そろそろ彼が帰宅する時間だ。
帰宅してすぐ夕食は作り終えていたことに
ほっとする。
エプロンを椅子の背もたれにかけた次の瞬間、
キッチンのドアホンに青が映った。
朝と変わらない端正な立ち姿だ。
「沙矢、ただいま」
普段は玄関のかぎを開けて私に直接言うのに
今日はどうしたんだろう。
玄関まで急ぎ足で向かう。
ドアが開き中に入ってきた青に抱きついた。
「おかえりなさい!」
ぽん、ぽんと背中を撫でる手。
「たまには使うのもいいかと思って」
「驚かせないでよ」
「沙矢、今日はいいことあったのか?」
「まだ分からないわ。
今月中にはあるのかもしれない」
何かを予感させている。
スーツのジャケットを受け取り歩く。
夕食を食べる準備を整えてテーブルに座る。
「……青はためらわなくなったでしょ」
「ここまでだとは正直自分でも思わなかったな。
沙矢が助長させるから」
「だって愛しあってる者同士恥ずべきことじゃないでしょ」
そう教え込んだのは誰だっただろう。
夢の中の青は別の人だ。
夢で見たことは話さない方がいいんだ。
夕食を食べ終わりしばらくして二人で入浴した。
あひる隊長やタオルに水を含ませて
遊んだ私を青はいとおしげに見つめていた。
「友達に恋人ができたんだって。
こういうのって本当に嬉しいわよね」
「ああ。とても嬉しいできごとだ」
彼の頬に口づける。
眠りについたのは午後十時だった。
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