Pleasure,Treasure

雛瀬智美

文字の大きさ
59 / 68
番外編集

外伝「Distance~あの頃と今(4)」

しおりを挟む
 思い切って声をかけることにしたのは、可愛い弟分たちが、
 紹介してほしいと懇願してきたからだった。
「もしよかったらだけど、一緒に草野球を観に行かない?
 この間も涼ちゃん来てたでしょ?」
「そうやな。バイトの前にちょっとだけ顔出そうかな」
 返事をしながら頭に手を伸ばし撫でてきたので、少々むっとした。
 普段は距離感がバグることはないのに時々、気まぐれが顔を出すのか。
(しょっぱなから可愛いとか言ってきてたのも、
 小動物や妹分を愛でる感じだったんだろうし深い意味はない。
 大学内で彼女と歩いているのも見かける頻度が多くなってきてる)
 10月も半ばを過ぎて出逢って半年になろうとしていた。
 相変わらず私は不毛な片思いをかき消せず
 遠すぎず近くもない距離でかかわっている。
 彼女公認なのは、余裕があるからだろう……きっと。
「でもあの子ら、俺にいい印象ないどころか、
 よく思ってないのは確実やし
 ほんまに紹介なんてええんかな……」
「大丈夫よ。友達でしょ」
「それはそうやけど」
 涼ちゃんが、苦笑してつぶやくけれど
 あんな愛想のよくて人懐っこい子たちが意味もなく人を嫌うなんて思えなかった。
 そして、週末。
 涼ちゃんは、彼女の薫さんも誘ってみたらしいけど、
 合わないとの理由で断られ私と二人で河川敷に向かった。
 一応、指導しているコーチもいるので子供たちだけではない。
 小4の少年たちは、今日も楽しく河川敷で野球をしていた。
 一生懸命な姿に癒されてここを訪れるのが楽しくなったのは高3の時。
 初恋の人をあきらめて傷心だった私は、
 みんなの姿を見て励まされた。
 4月からの大学生活に向けて思いを新たにし、見事合格を勝ち取った。
 運命の出会いをもたらすことになるとは思いもよらなかった。
 思い出を回想していると少し距離を開けて座っていた涼ちゃんが、
 こちらに視線を向けたのに気付いた。
「どうかした?」
「あの子らが菫子に手ぇ振ってこっちに来てるで」
「……あっくん、健太!」
 河川敷の石段の上、立ち上がり駆けてきた篤紀と健太を抱きしめると彼らは、
 こぼれんばかりの笑みを浮かべた。
「菫子姉ちゃん、観に来てくれてありがとう」
「菫子ちゃん、今日の髪型かわいいね」
 健太は、姉ちゃんと呼び、篤紀はちゃん付けで呼ぶ。
「あっくん、将来が末恐ろしいわ……」
「どういう意味?」
 首をかしげる仕草はどこかあざとい。
 二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。
 健太が涼ちゃんに声をかけようとしている。
「あの……菫子ちゃんの友達の人?」
「せやで。草壁涼って名前やから覚えといてな」
 にこにこと笑い手を差し出した涼ちゃんだったが、握手を拒否された。
「クソ生意気やな」
「草壁さんに言われたくないんだけど」
 健太はすげなく言い涼ちゃんはそれでも笑っていた。
「菫子ちゃんが来た時、近くにでっかい人いるなと
 思って紹介してもらいたかったんだ」
「菫子ちゃんと僕達は出逢って一年なんだけど、いつの間にか
 年が離れてても普通に接してくれる彼女が、大好きになったんだよ。
 菫子ちゃんの友達だからいい人なんだろうけど……何か嫌」
 涼ちゃんは、口元を押さえ腰を折り曲げてまで笑っている。
「ちょっと! 余計嫌われるわよ」
「はーん。なるほどねって思っただけや」
「草壁さんとは仲良くしようと思わないから!
 僕達はあくまで柚月菫子ちゃんの友達なんだからあんたは関係ない」
 篤紀は、涼ちゃんを見上げてにらみつけていた。
「下の名前で呼んでもええけど?」
「ふん。じゃあ呼んでやるよ。
 涼くん」
 健太はわけもなく年上の男性に喧嘩を売るようなことはしないはずなのに。
「涼ちゃんも大人げないんじゃない。 
 この子達は悪気ないんだからむきにならないで」
「対等でええってことで下の名前を呼ぶの提案した」
 健太と篤紀は、左右から私の手を握っていた。
 あくまで涼ちゃんを敵とみなすらしく強いまなざしを向けたままだ。
「菫子ちゃん、これからもこの人と観に来るの?」
「いや、たまたま時間が合う時だけかな。
 俺一人で来んと思うし」
「来なくていいよ」
「ええと、涼ちゃんは恋人がいるから……」
 つい話してしまったが涼ちゃんは気にしていないようなのでほっとする。
「大人ってよくわからない……。
 あ、19歳はまだ子供か」
 ぼそっとつぶやく健太。
 篤紀はためいきをついた。
 子供に似合わない仕草に驚く。
「涼くん、最低だ……。
 本当はもう来るなと言いたいところだけど
 菫子ちゃんに免じて許してあげるよ」
 ふん、と鼻を鳴らす。
 その時、休憩が終了だとコーチから声がかかった。
「菫子ちゃん、日曜日にここに来て。
 三人で遊ぼう?」
 健太が言うから笑顔で了承した。
 一週間後の日曜日、一人で河川敷を訪れた。
 今日は草野球をしない日だ。
「ここくらいしか会えないしね」
「うん。いくらおねえちゃんみたいな人でも
 大学生と小学生が遊ぶの変だし家も近いここくらいしか無理」
「私に会いたかったの?」
「草壁涼についてだけど……」
「呼び捨てしちゃってる」
「あんなの呼び捨てでいいんだよ」
 健太が呼び捨て、篤紀もそれに同意した。
 すさまじい嫌われっぷりである。
 これで好かれていたら逆に怖い。
「こういうこと聞くのは生意気かもしれないんだけど……」
「気にしないから話して。私、心広いでしょ」
「菫子姉ちゃんは自分で言うんだから」
「菫子ちゃん、あの人が好きなんでしょ」
「えっ!」
 篤紀が、鋭い一言を繰り出してきた。
「大好きな友達よ」
「ごまかさなくても分かるんだからね」
「あっくん、菫子ちゃんが顔真っ赤にして視線が泳いでるの
 気づかないふりしてあげなきゃ」
「な、生意気な!」
「生意気でも気にしないんでしょ」
 それはそうだった。
 健太も篤紀も弟分で年の離れた友達。
 親友の伊織とは別で、大事な存在だ。
 年も性別も違うからいろいろ違うところもあるけれど……。
「菫子ちゃんに同い年の男友達ができるなんて思わなかった」
「どういう意味?」
「男友達は僕らだけでいいじゃん」
 健太がすねたように口にする。
「でもさ……もしこの先二人が友達じゃなくなったら、
 涼くんを認めてやってもいいよ」
「今のままじゃ無理だけどね」
「……あの人はそんなには来ないと思うし。
 野球を観に来る時は私一人で来るから」
 向けられた敵対心にどう対処すればいいのだろう。
 私が涼ちゃんを意識していることに気づかれているなんて。
「僕が、感じたのはあの人、菫子ちゃんのことを
 すごく大事にはしてるってことだね。
 じゃなきゃ離れたところでさりげなく見守ったりしない」
 大人びた篤紀の発言に、きょとんとする。
「うん。お兄ちゃんみたいな人だもん」
「……僕らはお兄ちゃんとは思わないからね! 菫子ちゃんはお姉ちゃんでも!」
 なぜか涙目の健太をハグしたら、恥ずかしいと小声でつぶやかれた。
「見守るくせに恋人にはしないんだ……。僕なら菫子ちゃんがいいけどな」
 篤紀がボソッとつぶやいた。
「ありがと。二人とも大好きよ」
 頬ずりしかけたら拒否されて内心ショックを受けた。

 それから一年半、付き合い始めて数か月が過ぎたころ。
 涼ちゃんと一緒に野球を観に河川敷を訪れた。
「ふう。二人が付き合うことになってよかったよ。
 菫子ちゃんに男友達なんてうそでしょって思ったし。僕ら以外で」
「あの頃ははっきり言ってこんな男、地獄に落ちろと思ったもんだけど」
 散々な物言いで本音をぶつけてくる二人に涼ちゃんは爆笑した。
「健太も篤紀も菫子のそばにおってくれてありがとな。
 ほんま恩人やと思うわ」
「涼くんより一年も早く知り合ってすぐ仲良くなってるもん」
「二人とは三年の付き合いよね!」
「ねえ。そういえば付き合う前の頃、
 この人、罪深いことしたりしたの?」
「罪深い?」
 健太がストレートに聞いてきた。
「してへんよ」
涼ちゃんは即答するけど篤紀は納得していなかった。
「見た……いや聞いたから。
 あの頃、菫子ちゃんに寝ぐせがかわいいって言ってた」
「あれは腹が立ったわね。
 寝癖を直さずに大学行って恥ずかしい思いをしたから」
「……どうせ初対面からかわいいとか普通にさらっと言ってたんだ。
 だから菫子ちゃんはころっとでかぶつに落ちたんだ」
「小動物みたいで可愛かったんや。
 ちょい待て。篤紀がでかぶつ言うな。俺、お兄さんやぞ」
 9つも歳下の子達に何言ってるのよ。
「言ったでしょ。菫子ちゃんはお姉ちゃんでも
 涼くんはお兄ちゃんじゃないって」
「……頑固ね!」
 あくまで今も変わらないスタンスらしい。
「はいはい。それでかまへんよ」
 涼ちゃんは二人を両側に抱きしめ腕の中に閉じ込めた。
「健太と篤紀の大事な菫子を絶対に大事にする」
「……もうよそ見しちゃだめだよ。
 菫子ちゃんはずっと大好きだったんだから」
 涼ちゃんは怒ったりしなかった。
 うなずいて笑う。
 精悍な顔立ちに似合う笑顔だった。
「よそ見せんしさせへんよ」
 頭をなでてくれる手を快く受け入れることが
 できるのは関係が進展したからだ。
「しょうがないから認めてあげる」
「今度、勉強教えてね。
 菫子ちゃんから頭いいって聞いてるよ」
 健太に続き篤紀が言う。
「……えー、そんな褒められとったん?」
「調子に乗らないでよね」
 横からおなかをつねったら涼ちゃんは更に笑みを深めた。
「まとめて教えてやる。
 お前らと同じ年の弟おるし、親しみわいとった」
「そうなんだ?」
「確かそうよね」
 二人が中学生になり涼ちゃんの弟である爽くんとも
 仲良くなっていたのを知ったのは数年後だ。


 健太や篤紀は爽くんが涼ちゃんの弟だったのも影響してか
 涼ちゃんを慕うようになってくれた。
「最近、あの頃の二人に年齢が近くなって分かるようになったんだ」
 年末になり草壁家に里帰りした私と涼ちゃんは、
 冬休みで遊びに来ていた健太と篤紀に遭遇した。
 高校二年になり大人っぽさを増したが、
 あの頃のままの純粋さもある。
 すれてはないんだと思う。
「涼ちゃん、今いないから言っていいわよ? 
 あっちで奏とお義母さんと一緒にいるし」
「ぶっちゃけさあ。付き合ってる人いるのに付き合ってない女友達と
 遊ぶとか、ありえないことじゃん?」
「そんなに会ってないし、今は涼ちゃんの付き合っていた女の人とも仲良しよ」
「それは菫子ちゃんだからできたことなんだよ。ふつうはないよ」
 彼女がいるらしい篤紀は、確信をもって口にする。
「……結婚してるし言っても別にいいか。
 涼くんは恐ろしく不器用なんだよ」
「また生意気言っちゃって」
「涼くん出てこなかったら今付き合ってもらえてたのかなー」
 本当か冗談かわからないことを言う困った高校生だ。
「タラレバは意味ないわ。
 年上やなくてタメで誰か見つけんかい」
 涼ちゃんは奏を抱っこして現れた。
「まあまあ」
 涼ちゃんの一言を軽くいなした。
「うん。僕は最初からちゃんと選ぶよ?」
 篤紀の一言に涼ちゃんは、小さく動揺した。
「……遠回りして成長したんだからいいのよ」
 あの頃より肝が据わった私は、でかぶつを見上げて微笑みかけた。
「俺を変えてくれたの菫子やな」
「俺たちの前でいちゃつく余裕があるもんね。さすが新婚だよ」
 篤紀はいつの間にか俺というようになった。
「もうそろそろ慕ってやってもいいかな」
 健太は、自分で言って吹き出した。
「とっくの昔に慕ってたんとちゃうん?」
 高三の夏休みに小三だった二人と出逢ってから八年。
 奇妙で愛しい関係はこの先も続いていくだろう。




 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心

夏目萌
恋愛
潰れかけの危機に立たされている実家の店を救いたくて、試行錯誤する来栖 侑那が偶然見つけたのは——「財閥御曹司の専属メイド募集」という、夢のような高収入の仕事だった。 ダメ元で応募してみると、まさかの即採用&住み込み勤務。 だけど、そこで待っていたのは傲慢で俺様な御曹司・上澤 巴。 「金目当てで来たんだろ?」 なんて見下すような言葉にも侑那は屈しないどころか言い返され、“思い通りにならない女”との初めての出逢いに巴は戸惑いを隠せなくなる。 強気なメイドとツンデレ御曹司。 衝突するたび、距離が近づいていく二人だけど、ひとつの誤解が、二人の心をすれ違わせてしまい——。 俺様ツンデレ御曹司×強気なメイドのすれ違いラブ 他サイト様にも公開中

大事な人

ちえ
恋愛
大人向け恋愛小説

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【完結】インキュバスな彼

小波0073
恋愛
女子高生のみのりは夢であやしい影に襲われた。だが妙に紳士的な彼にほだされ、「夢の中ならまあいいか」と適当に応じてしまう。 みのりのことが気に入ったらしく影は毎晩やって来て、みのり自身も何となく彼に好意を抱き始める。一方リアルの世界では、幼なじみで同級生の雄基の様子があきらかにおかしい。 色気マイナスの鈍感女子は影の正体に気づけるか?

処理中です...