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番外編「初詣での遭遇、ふいうちのキスとバレンタイン」
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クリスマスは伊織と涼ちゃんの三人で、たこ焼きパーティーをした。
どんな話でも楽しくて三人で過ごす時間はあっという間に過ぎた。
こんな機会は、もうないのだろう。
「伊織と初詣、来られてうれしいなあ」
「……草壁君は誘わなかったの。私は
菫子を独り占めできたからいいんだけど」
「年末年始はご実家に帰るって言ってたの。
だから大学が始まるまで会うこともないでしょ」
「ご実家は都内よね。
もしかしたら初詣に来てるかもしれないじゃない」
「いたら悪目立ちね。あの人、でかいから」
「長身で男前だからね」
「べ、別に」
私も実家に帰って着物を着せてもらってここにきた。
(別に誰かに見せたいとかそういうのではない。
伊織と一緒に着物で出かけられるのはあと二回)
「伊織の着物姿、素敵。
なんて可憐なの……!」
水色の地に白い小花が散った着物を見事に着こなした
姿にため息が漏れた。
(やっぱり身長あるっていいな。
今更だけど、自分を卑下しちゃ駄目よね!)
「あら。ありがとう。菫子もかわいらしいわよ。
髪留め、蝶がモチーフで桃色の着物ともよく合ってる」
「ありがとう。
着物は体型とかはそんなに気にしないでいいらしいの。
身長あった方が見栄えするとは思うんだけど」
「菫子は素敵なんだからもっと自信もって」
「……高一の子から声かけられた。
うれしくない」
よりにもよって年下にみられていた。
(ちゃんとメイクしてるのに!)
「菫子の年下の友達は小学生でしょ」
「あの子たちはそういうのじゃないの。
もう可愛くて仕方が……えっ。あっくんと健太だ」
篤紀と健太が二人でいて驚いた。
近くに大人の姿も見える。
両親と一緒に来たのだろう。
小さく手を振ると気が付いた二人が手を振り返してくれた。
「あの子たち? かわいいわね」
「うん。あの子たちが野球をする河原で涼ちゃんとも
よく会ってたの」
「そう。草壁君とね」
やばい。
伊織は含み笑いをした。
「ふふふ。あの時、私が酔ってなんていなかったって
気づいてなかったでしょ?」
「えっ。肉食ぐいぐいのくだりは全部、素面(しらふ)だったの?」
「酔っ払ったうえでの発言はなかったわ。
疲れてたのか寝ちゃったけど」
「伊織は、毎日お見舞いもあるし
忙しいもんね。今日は私と初詣に来てくれてありがとう」
「菫子との時間も大切にするように言ってくれたのよ。
成人式も一緒に出るからね」
「……うん」
「あ……」
人ごみに注目してしまう。
あのくらいの身長の人は、頭が飛び出てるから目立つ。
大勢の中にいる人に気が付いてしまい頬が赤くなる。
目を背け身体ごと後ろを向けた。
「菫子、私は王子様に立ちはだかる魔女じゃないから、
そろそろ帰るわね」
伊織はそう言って私と手を離した。
涼ちゃんと何やら目配せして彼がどや顔したのが気になる。
足が長いからあっという間に距離を詰められた。
人が多いからなんとなく人がいない場所に歩き出す。
(でかぶつももれなくついてくるし)
「お姫様、一人は危ないで」
「姫じゃないし近寄らないでくれる!」
「……菫子の着物姿、初めて見た」
「伊織、綺麗だったよね」
「顔は見たけど着物は見てない。菫子しか」
お正月早々、ぐいぐい来る人だ。
むかつくけど視線をぶつけるしかできない。
見上げていると少し首がつらい。
いつもと違う靴だから慣れていないのもある。
「りんご飴でも食べよか」
「なんで」
「菫子に似てるから食べたくなった」
草壁涼……お互いに好きなのに一歩踏み出せない関係を続けている相手。
彼に見つめられ触れられたい。
その気持ちは心のどこかにあるはずなのに、
照れが先だって何もできない。
りんご飴を買いに行った涼ちゃんが戻ってくるまで、
茫然と姿を目で追っていた。
二つ買ったうちの一つを私に渡してくれたので、小声でありがとうと伝えた。
彼は、深い笑みを讃えている。
ぐいと腕を引かれて出店の裏側に回った。
喧噪がなくなり二人きりになる。
石段の上で座り込む。
涼ちゃんはそんなに距離を空けなかった。
「似てないわよ。そんなに真っ赤になってないし。
お化粧してるからわからないでしょ」
「今日は濃いめやけど、それくらいわかるで」
「……気づかないでほしい」
「俺が来るまでは永月が悪い虫を追い払ってくれとったんやろな」
「伊織はそういうのをはねのけるのよ。
私は怒っても威力ないんだって」
「かわいいだけやしな。今日は特別にかわいい」
「着物のおかげでそう見えるのかもね」
「……もともと菫子はめっちゃかわいいやん」
「幼稚なのよ。声かけてきた高校生に中学生に見られたもん」
「生意気なクソガキやな。こんなええ女に失礼なことぬかしやがって」
「それじゃあ涼ちゃん、私と……な、何でもない」
「……何か大胆なことでも言おうとした?」
(ぐぬぬ!)
「菫子、バレンタインってどうするん。
なんか予定でもある?」
「普通に大学行って終わりですが何か?」
意味深に見つめられて、頬に熱が集まる。
「義理か本命かどっちあげればいいか悩んでる人がいるの。
その人にチョコレートなんてあげたことないから」
しらじらしいことを言ってしまったがもう遅い。
「……なんでそんなに罪なほどかわいいんや」
涼ちゃんはため息をついてこちらを見てきた。
「私一人からしかもらえそうにないならあげてもいいわよ」
「……母親からとは別で?」
「お母さんのは受け取ってあげて!」
「菫子からの特別なチョコを楽しみにしとくで」
にっ、と笑った彼の方を見つめていられなくて視線をそらした。
「その代わり手作りじゃないからね。覚えといてね」
「もらえるだけでうれしい」
そんな風に言われたらこっちこそうれしい。
膝に置いた手に骨ばった大きな手が重ねるのを感じた。
あったかくてやさしい手だと感じた。
「本命やろ?」
試すような物言いの涼ちゃんに怯む。
「どっちか楽しみにしといて!」
にやり。挑発するような笑みに少しだけ怖くなって強く眼差しをぶつけた。
がやがやとした喧噪よりもっと大きな心臓の音が鳴り響いている。
和服ではなくトレーナーに皮のジャケットとジーンズ。
今日もバイクに乗ってきたのだろう。
少し心配だけど彼のバイクに乗る姿は、とても好きだった。
(悔しいくらいかっこいいのよね)
「場所を移動せえへん?」
「お参りしてきたしいいよ」
差し出された手を迷いもなく取る。
「足が疲れたらおぶってやるから歩いて行こ」
「おぶってくれなくていい」
神社から抜け出した。
彼は近くに会った自販機で缶コーヒーを買うと、私に一個くれた。
うれしくて上着の裾を掴む。
二人で歩いて公園へたどり着いた。
高い背を見上げてうつむく。
見下ろすわけじゃなくて、彼は視線を合わせてくれる。
ベンチに座る。
今度は少し距離が離れていた。
缶コーヒーを開ける音が響く。
「そういや今更なんやけど、
大学で再会した時、自己紹介したやん?」
「したわね……うん」
「俺の名前にちゃんづけしようと思ったんはどうして?」
「一見ちゃんづけが似合わなさそうなんだけど……
草壁くんって呼ぶのはしっくりこなくて。
涼くんって呼ぶのも違和感があったの。
そう考えて出てきたのが涼ちゃんって呼び方」
「俺も柚月って呼ぶのもあれやったし、
自然と名前呼びにしてた。でも」
「それ以上言わなくていい。
近づきたくても近づけなかった時間は超えたんだから」
膝の上で手を握りしめた手に大きな手が重なる。
「……菫子」
ふいに名前を呼ばれ、見上げる。
立っている時より視線が近い。
空気が変わった気がした次の瞬間、ゆっくりと唇が重なっていた。
開けていた瞳を閉じる。
大きな手が頭を引き寄せてそのまま抱きしめられた。
広い胸の中では、同じくらい早く鼓動が鳴り響いている。
とん、と両手でついて彼の身体を押し返そうとするけれど
無駄だった。
押さえつけられてはいない。
ただ動けなくて離れられなかった。
瞳がかすかに潤んだのを目に留めた涼ちゃんが、
目じりに指を押し当てる。
「……泣かんとって」
キスされるのは初めてじゃない。
あの日から少し経った時にも唐突なキスをされた。
動揺したけどとてもときめいたことに罪悪感を抱いた。
今はあの時とは違う。
「俺は菫子が大事やで。
離れたくない気持ちが日に日に強くなってる。
だから、その内決断して行動に移す予感がする」
(自分で言うのね。
彼からは情熱しか伝わらなくて
偽りはどこにもないんだとわかる)
「バレンタインの次はホワイトデーやな……
三か月ちょい過ぎた頃か」
彼の意味深な言葉の意味をかみ砕こうとしていた
私は、まずはバレンタインと気持ちを新たにした。
大学が始まった初日。
ランチを食べ終わった後、伊織は楽し気に切り出した。
「チョコレートと一緒に私もあげるとかどう。
甘いメッセージカードを添えるのよ」
「面白がってるでしょ」
「見ていられないの。
私は菫子に幸せになってほしいから」
伊織はチョコレートを贈りたい相手はいても
贈ることはできない。
彼女は、私に一生懸命になってくれる分、
自分に素直にならなければと思う。
(こわいのよ)
「二人とも不器用なんだから」
「恋人になって失うのも怖いのかも……」
「お互い好きなのにぜいたくな悩みよ」
指摘されてうなった。
「そ、そうよね」
「クリスマスの時を思い返してみると
草壁君は、機を見計らっているのかなって。
一気に攻め落とされちゃうかもよ」
「せ、攻め落とされないわ」
「菫子、バレンタインのお返しはなんだろうね?」
一枚も二枚も上手の伊織。
「涼ちゃんと一緒に私をからかわないで!」
「かわいがってるだけよ」
ぽん、と肩を叩かれた。
バレンタイン当日、私はキャンパス内で涼ちゃんを待っていた。
今日はそんなに寒くなくてよかった。
運命の再会をした場所で、彼を待っていると
期待に満ちて顔で現れた。
「ここへどうぞ」
「ありがと」
ぽん、ぽんと手で示した場所より距離を詰めて涼ちゃんは座った。
「緊張するので離れてほしい」
「なんで。これからチョコを受け取るんやし
そばやないとあかんやろ」
受け取るのは彼の中ですでに決まっているようだ。
(あげるっていったけど!)
「さすがに駄菓子じゃかわいそうかなってちゃんといいやつよ」
「別に駄菓子でもええけど?」
おかしそうに言い笑い出した涼ちゃんにチョコレートの入った箱を突き出す。
膝の上に押し付けたら面食らっていた。
「……こんな渡し方するなんて予想外や」
笑いすぎて涙目になっている。
(失礼な!)
「渡し逃げはずるいで」
立ち上がろうとしたら手首をつかんできた。
「ちょっと立っただけよ」
結局、材料を買って作ってしまい、
重くないか不安になった。
「めっちゃ嬉しい。こんな無限大の愛が込められた手作りチョコを
もらったの初めてや」
ベンチに座りなおしたら手首の力が緩む。
「手をお離しください」
なぜか丁寧語になっていた。
「嫌や」
「っ……!」
私って隙だらけなんだ。
抱きしめられた腕の中で息をつく。
見上げた顔は、とても嬉しそうでこちらも嬉しそうになった。
「ホワイトデーと次の日は、
大学以外の予定は全部俺と過ごして」
脳裏に疑問符が浮かぶが、
懇願にも似た響きに了承していた。
「はい」
頭を撫でられる。
この一か月後、涼ちゃんと結ばれて
恋人同士になった。
二十歳になって涼ちゃんと同じ朝を迎えた。
どんな話でも楽しくて三人で過ごす時間はあっという間に過ぎた。
こんな機会は、もうないのだろう。
「伊織と初詣、来られてうれしいなあ」
「……草壁君は誘わなかったの。私は
菫子を独り占めできたからいいんだけど」
「年末年始はご実家に帰るって言ってたの。
だから大学が始まるまで会うこともないでしょ」
「ご実家は都内よね。
もしかしたら初詣に来てるかもしれないじゃない」
「いたら悪目立ちね。あの人、でかいから」
「長身で男前だからね」
「べ、別に」
私も実家に帰って着物を着せてもらってここにきた。
(別に誰かに見せたいとかそういうのではない。
伊織と一緒に着物で出かけられるのはあと二回)
「伊織の着物姿、素敵。
なんて可憐なの……!」
水色の地に白い小花が散った着物を見事に着こなした
姿にため息が漏れた。
(やっぱり身長あるっていいな。
今更だけど、自分を卑下しちゃ駄目よね!)
「あら。ありがとう。菫子もかわいらしいわよ。
髪留め、蝶がモチーフで桃色の着物ともよく合ってる」
「ありがとう。
着物は体型とかはそんなに気にしないでいいらしいの。
身長あった方が見栄えするとは思うんだけど」
「菫子は素敵なんだからもっと自信もって」
「……高一の子から声かけられた。
うれしくない」
よりにもよって年下にみられていた。
(ちゃんとメイクしてるのに!)
「菫子の年下の友達は小学生でしょ」
「あの子たちはそういうのじゃないの。
もう可愛くて仕方が……えっ。あっくんと健太だ」
篤紀と健太が二人でいて驚いた。
近くに大人の姿も見える。
両親と一緒に来たのだろう。
小さく手を振ると気が付いた二人が手を振り返してくれた。
「あの子たち? かわいいわね」
「うん。あの子たちが野球をする河原で涼ちゃんとも
よく会ってたの」
「そう。草壁君とね」
やばい。
伊織は含み笑いをした。
「ふふふ。あの時、私が酔ってなんていなかったって
気づいてなかったでしょ?」
「えっ。肉食ぐいぐいのくだりは全部、素面(しらふ)だったの?」
「酔っ払ったうえでの発言はなかったわ。
疲れてたのか寝ちゃったけど」
「伊織は、毎日お見舞いもあるし
忙しいもんね。今日は私と初詣に来てくれてありがとう」
「菫子との時間も大切にするように言ってくれたのよ。
成人式も一緒に出るからね」
「……うん」
「あ……」
人ごみに注目してしまう。
あのくらいの身長の人は、頭が飛び出てるから目立つ。
大勢の中にいる人に気が付いてしまい頬が赤くなる。
目を背け身体ごと後ろを向けた。
「菫子、私は王子様に立ちはだかる魔女じゃないから、
そろそろ帰るわね」
伊織はそう言って私と手を離した。
涼ちゃんと何やら目配せして彼がどや顔したのが気になる。
足が長いからあっという間に距離を詰められた。
人が多いからなんとなく人がいない場所に歩き出す。
(でかぶつももれなくついてくるし)
「お姫様、一人は危ないで」
「姫じゃないし近寄らないでくれる!」
「……菫子の着物姿、初めて見た」
「伊織、綺麗だったよね」
「顔は見たけど着物は見てない。菫子しか」
お正月早々、ぐいぐい来る人だ。
むかつくけど視線をぶつけるしかできない。
見上げていると少し首がつらい。
いつもと違う靴だから慣れていないのもある。
「りんご飴でも食べよか」
「なんで」
「菫子に似てるから食べたくなった」
草壁涼……お互いに好きなのに一歩踏み出せない関係を続けている相手。
彼に見つめられ触れられたい。
その気持ちは心のどこかにあるはずなのに、
照れが先だって何もできない。
りんご飴を買いに行った涼ちゃんが戻ってくるまで、
茫然と姿を目で追っていた。
二つ買ったうちの一つを私に渡してくれたので、小声でありがとうと伝えた。
彼は、深い笑みを讃えている。
ぐいと腕を引かれて出店の裏側に回った。
喧噪がなくなり二人きりになる。
石段の上で座り込む。
涼ちゃんはそんなに距離を空けなかった。
「似てないわよ。そんなに真っ赤になってないし。
お化粧してるからわからないでしょ」
「今日は濃いめやけど、それくらいわかるで」
「……気づかないでほしい」
「俺が来るまでは永月が悪い虫を追い払ってくれとったんやろな」
「伊織はそういうのをはねのけるのよ。
私は怒っても威力ないんだって」
「かわいいだけやしな。今日は特別にかわいい」
「着物のおかげでそう見えるのかもね」
「……もともと菫子はめっちゃかわいいやん」
「幼稚なのよ。声かけてきた高校生に中学生に見られたもん」
「生意気なクソガキやな。こんなええ女に失礼なことぬかしやがって」
「それじゃあ涼ちゃん、私と……な、何でもない」
「……何か大胆なことでも言おうとした?」
(ぐぬぬ!)
「菫子、バレンタインってどうするん。
なんか予定でもある?」
「普通に大学行って終わりですが何か?」
意味深に見つめられて、頬に熱が集まる。
「義理か本命かどっちあげればいいか悩んでる人がいるの。
その人にチョコレートなんてあげたことないから」
しらじらしいことを言ってしまったがもう遅い。
「……なんでそんなに罪なほどかわいいんや」
涼ちゃんはため息をついてこちらを見てきた。
「私一人からしかもらえそうにないならあげてもいいわよ」
「……母親からとは別で?」
「お母さんのは受け取ってあげて!」
「菫子からの特別なチョコを楽しみにしとくで」
にっ、と笑った彼の方を見つめていられなくて視線をそらした。
「その代わり手作りじゃないからね。覚えといてね」
「もらえるだけでうれしい」
そんな風に言われたらこっちこそうれしい。
膝に置いた手に骨ばった大きな手が重ねるのを感じた。
あったかくてやさしい手だと感じた。
「本命やろ?」
試すような物言いの涼ちゃんに怯む。
「どっちか楽しみにしといて!」
にやり。挑発するような笑みに少しだけ怖くなって強く眼差しをぶつけた。
がやがやとした喧噪よりもっと大きな心臓の音が鳴り響いている。
和服ではなくトレーナーに皮のジャケットとジーンズ。
今日もバイクに乗ってきたのだろう。
少し心配だけど彼のバイクに乗る姿は、とても好きだった。
(悔しいくらいかっこいいのよね)
「場所を移動せえへん?」
「お参りしてきたしいいよ」
差し出された手を迷いもなく取る。
「足が疲れたらおぶってやるから歩いて行こ」
「おぶってくれなくていい」
神社から抜け出した。
彼は近くに会った自販機で缶コーヒーを買うと、私に一個くれた。
うれしくて上着の裾を掴む。
二人で歩いて公園へたどり着いた。
高い背を見上げてうつむく。
見下ろすわけじゃなくて、彼は視線を合わせてくれる。
ベンチに座る。
今度は少し距離が離れていた。
缶コーヒーを開ける音が響く。
「そういや今更なんやけど、
大学で再会した時、自己紹介したやん?」
「したわね……うん」
「俺の名前にちゃんづけしようと思ったんはどうして?」
「一見ちゃんづけが似合わなさそうなんだけど……
草壁くんって呼ぶのはしっくりこなくて。
涼くんって呼ぶのも違和感があったの。
そう考えて出てきたのが涼ちゃんって呼び方」
「俺も柚月って呼ぶのもあれやったし、
自然と名前呼びにしてた。でも」
「それ以上言わなくていい。
近づきたくても近づけなかった時間は超えたんだから」
膝の上で手を握りしめた手に大きな手が重なる。
「……菫子」
ふいに名前を呼ばれ、見上げる。
立っている時より視線が近い。
空気が変わった気がした次の瞬間、ゆっくりと唇が重なっていた。
開けていた瞳を閉じる。
大きな手が頭を引き寄せてそのまま抱きしめられた。
広い胸の中では、同じくらい早く鼓動が鳴り響いている。
とん、と両手でついて彼の身体を押し返そうとするけれど
無駄だった。
押さえつけられてはいない。
ただ動けなくて離れられなかった。
瞳がかすかに潤んだのを目に留めた涼ちゃんが、
目じりに指を押し当てる。
「……泣かんとって」
キスされるのは初めてじゃない。
あの日から少し経った時にも唐突なキスをされた。
動揺したけどとてもときめいたことに罪悪感を抱いた。
今はあの時とは違う。
「俺は菫子が大事やで。
離れたくない気持ちが日に日に強くなってる。
だから、その内決断して行動に移す予感がする」
(自分で言うのね。
彼からは情熱しか伝わらなくて
偽りはどこにもないんだとわかる)
「バレンタインの次はホワイトデーやな……
三か月ちょい過ぎた頃か」
彼の意味深な言葉の意味をかみ砕こうとしていた
私は、まずはバレンタインと気持ちを新たにした。
大学が始まった初日。
ランチを食べ終わった後、伊織は楽し気に切り出した。
「チョコレートと一緒に私もあげるとかどう。
甘いメッセージカードを添えるのよ」
「面白がってるでしょ」
「見ていられないの。
私は菫子に幸せになってほしいから」
伊織はチョコレートを贈りたい相手はいても
贈ることはできない。
彼女は、私に一生懸命になってくれる分、
自分に素直にならなければと思う。
(こわいのよ)
「二人とも不器用なんだから」
「恋人になって失うのも怖いのかも……」
「お互い好きなのにぜいたくな悩みよ」
指摘されてうなった。
「そ、そうよね」
「クリスマスの時を思い返してみると
草壁君は、機を見計らっているのかなって。
一気に攻め落とされちゃうかもよ」
「せ、攻め落とされないわ」
「菫子、バレンタインのお返しはなんだろうね?」
一枚も二枚も上手の伊織。
「涼ちゃんと一緒に私をからかわないで!」
「かわいがってるだけよ」
ぽん、と肩を叩かれた。
バレンタイン当日、私はキャンパス内で涼ちゃんを待っていた。
今日はそんなに寒くなくてよかった。
運命の再会をした場所で、彼を待っていると
期待に満ちて顔で現れた。
「ここへどうぞ」
「ありがと」
ぽん、ぽんと手で示した場所より距離を詰めて涼ちゃんは座った。
「緊張するので離れてほしい」
「なんで。これからチョコを受け取るんやし
そばやないとあかんやろ」
受け取るのは彼の中ですでに決まっているようだ。
(あげるっていったけど!)
「さすがに駄菓子じゃかわいそうかなってちゃんといいやつよ」
「別に駄菓子でもええけど?」
おかしそうに言い笑い出した涼ちゃんにチョコレートの入った箱を突き出す。
膝の上に押し付けたら面食らっていた。
「……こんな渡し方するなんて予想外や」
笑いすぎて涙目になっている。
(失礼な!)
「渡し逃げはずるいで」
立ち上がろうとしたら手首をつかんできた。
「ちょっと立っただけよ」
結局、材料を買って作ってしまい、
重くないか不安になった。
「めっちゃ嬉しい。こんな無限大の愛が込められた手作りチョコを
もらったの初めてや」
ベンチに座りなおしたら手首の力が緩む。
「手をお離しください」
なぜか丁寧語になっていた。
「嫌や」
「っ……!」
私って隙だらけなんだ。
抱きしめられた腕の中で息をつく。
見上げた顔は、とても嬉しそうでこちらも嬉しそうになった。
「ホワイトデーと次の日は、
大学以外の予定は全部俺と過ごして」
脳裏に疑問符が浮かぶが、
懇願にも似た響きに了承していた。
「はい」
頭を撫でられる。
この一か月後、涼ちゃんと結ばれて
恋人同士になった。
二十歳になって涼ちゃんと同じ朝を迎えた。
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