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番外編集
番外編「未来へ向けて」
しおりを挟むホワイトデーから数日後、私は大学病院に来ていた。
残念……幸いというか去年の夏にお世話になった俺様ドクターは、
担当ではなく、別の先生が担当してくれた。
結婚前ということで今後のことを考えて、
ブライダルチェックを受けに来たのだ。
幸い、何もなくて私はほっとしたけど、
先生から聞いた話を彼に伝えることにした。
(……具体的にどうするんだろう?)
涼ちゃんはこの間受けるって言ってくれたけど。
ブライダルチェックに有給休暇を使った私は、
帰りに買い物をして涼ちゃんのマンションにやってきた。
帰るまでに掃除と夕食の用意をして過ごすことにしたが、
数時間、この部屋で一人で過ごすのは緊張した。
もうすぐ引っ越して二人で暮らすようになるのに、
何故、恋人の暮らす部屋で緊張してしまうのだろう。
もう少しで帰るとメッセージが入りほっとしていた
15分後に扉をノックする音がした。
中から鍵を開けると背の高い彼がいた。
スーツ姿を見るといつも思う。
大学生だったころより大人になって、
更にかっこよくなった。
(絶対言わないけど!)
「お、おかえり……」
「ただいま。顔真っ赤やで。どうしたん」
背をかがめて、私の肩に腕を回した。
鞄を手放さないまま腕の中に閉じ込める。
「ええと……涼ちゃんに話したいことがあって」
「……手ぇ洗ってうがいしてくるわ。
ええ匂いするし食べてからでいいか?」
(ぎゃー。訛りに共通語を混ぜ込んできた。このやろー!)
こくこくと頷くとようやく腕から解放された。
すたすたと歩いていく姿を見送り立ち尽くす。
テーブルを整えていると涼ちゃんが戻ってきた。
やはり足が長いからか歩幅が大きい。
「めっちゃ美味そう」
テーブルに並べた料理の匂いを嗅ぐ仕草は、
一見お行儀が悪いが自信にもつながる。
(だって……食べるのが楽しみってことだもの)
「はりきって作ったから。
明日も勝つためにチキンカツ定食!」
「何に勝つんやろ……ぶふっ」
「いらないならいいです。私が全部食べるから」
「大食いやもんな。これくらいじゃ胃もたれせぇへんか?」
「くっ……」
相変わらず何を言っても上手く返される。
昔より私の扱いがプロになった。
「サラダもちゃんと食べてね!
幸せのミモザサラダだから」
涼ちゃんはきょとんと目を丸くする。
「黄色い花びらみたいでかわいいな」
涼ちゃんは背をかがめて私に顔を近づけた。
「……そんな近づいて言わなくてよくない?」
「今更そんなに照れんでも」
「照れてません! 早く座りなさいよ!」
少し興奮気味に言うと彼はボソッとつぶやいた。
「すみれとおったらどんな疲れも取れるわ」
気が抜けて椅子に座る。
同棲はしなかったが、私が来た時のために予備の椅子を用意してくれいた。
涼ちゃんはもともと料理好きなのでオーブンとかそういうのも揃っている。
向かい合わせに小さなテーブルに座る。
「いただきます」
ちゃんと手を合わせて食事を開始した。
午後七時、ジャケットを脱いでワイシャツ姿で
涼ちゃんはごはんを食べ始めている。
私はエプロンをしたままだ。
「今日もお疲れさま。残業大変だったね」
「一時間やしこんくらいいつものことやで。
菫子も病院、おつかれさん。よう頑張ったな」
何気ない言葉に心臓がうるさくなる。
ちゃんとこっちをねぎらってくれる人なのだ。
「うん。何事もなかったから安心したわ」
食事の合間なのだが続けていいのだろうか。
視線はイエスと言っているので、いいか。
「実は男性の方のブライダルチェックがあるって聞いて……
ご相談されてはいかがですかと先生に言われたの」
「こないだ俺も受ける言うたやろ」
「うん。涼ちゃんってすごいね」
「菫子の愛した男ですから」
自信ありげな彼も嫌いじゃない。
多めに作ったチキンカツを見事に平らげた涼ちゃんに、
食べてくれてありがとうと心の中でお礼を言った。
微笑みかけたら口元をゆるめてくれたので伝わっただろう。
お茶のおかわりをグラスに注いで渡す。
「……そろそろ予約しとこうかな」
「……私の検査は
プレッシャーありつつもとってもスムーズに終わったの。
男性側の検査は、何をするのかな」
「相変わらず無邪気に聞くなあ」
「……はっ」
「そういや俺が菫子以外じゃ
興奮せんし、高ぶらんの知ってた?」
「な、何言いだすの!?」
「真面目で重要な話やで。
男性側の検査は……」
耳打ちされた内容に耳まで熱くなった。
きっと照明の下で私の顔は真っ赤なのだろう。
ぱくぱく、と口を開いたり閉じたりする。
「そんなに動揺するなんてどんだけ純(うぶ)なん」
「だ、だって……その……
私より大変じゃない!」
「そうか? こんなん乗り越えられんで
結婚してお前との子供が欲しいなんて
考えがぬるすぎるやろ」
はっきり言う涼ちゃんはとても頼もしい。
もうヘタレな面影はどこにもない。
ちょっと泣けてきた。
「……ありがとう。また終わったら
気持ち伝えるわ」
「うん。菫子の協力も不可欠やからな」
「何の?」
「さあな」
具体的なことは教えてくれなかった。
「そういや先生って、例の俺様白衣やった?」
「違ったわ。前も聞いたけど担当の医師は
表示されてるから違うのわかってたの。
あの時は偶然の出会いだったわけ」
「俺も会える可能性は不明ってことか。
念押しして休憩時間に会えんか聞いてみるわ」
涼ちゃんはにこっと笑い私の頭を撫でた。
夕食の片づけをしようと席を立ったら、
彼も席を立ちシンクにいる私を後ろから抱きしめた。
「……好きやで」
低い声が上から降ってくる。
ふいうちで伝えた彼は洗い物を全部してくれた。
夕食を作ってくれたから片付けはする。
それは、前からだった。
土曜日の午前中、大学病院に電話をかけていた。
別に担当してもらいたいという気持ちやないが、
大事なことは早く決めてしまいたかった。
応対に出た受付の女性は、俺の用件を聞くと産婦人科の看護師と電話を代わった
「草壁と申しますけど、来月結婚する予定でして……
その前に男性側のブライダルチェックを受けたいと考えております。
予約とかできますか?」
「できますよ!」
相手の看護師は声を弾ませていた。
こういう予約は珍しいのだろうか。
(いたって普通の気もするけどな)
「4月6日で予約したいんですが」
「……はい。大丈夫ですよ。
一応説明をさせてくださいね」
親切に聞いてくれたのでたずねてみることにした。
検査の前の注意事項は事前に調べて頭に入れておいたが、
さらっと説明してくれた。
(そういうのも……致し方ないな)
「わかりました」
「他に何かございますか?
「個人的に藤城青先生にお会いしたいです。
患者都合で先生を選べないのは承知しています。
先生が出勤されていたらお話する時間を頂けないかと思いまして」
「さすが……青先生。男性にもモテモテ」
「はい? いや、去年の夏にパートナーを診てもらってるし、
お礼がてらお話したいだけなんですけどね」
「分かりました。お伝えしときますね。
きっと応じてくださると思います」
意味不明なことを言われて困惑したが予約は取れた。
その時、タイミングよくチャイムの音がした。
ドアのレンズから覗くとちまっとした姿が見える。
弾む気持ちで扉を開けた。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
上目遣いに見つめられ、ぐっとくるのはいつものことだ。
少し強引に腕を引いて中へと入れる。
かちゃり、と鍵を閉めた。
部屋に連れて行き二人でソファーに座る。
いや、膝の間に座らせた。
後ろから小さな身体を抱きしめながら伝える。
「電話して予約取ったで。結婚式の三日前に受けるわ」
それを伝えると菫子は頷く。
「……わかった。で、この体勢は何?」
「頑張ったし癒しをもらおうかと」
力の加減に気をつけて抱きしめるとそわそわしはじめた。
「う、うん……でも。涼ちゃん、緊張と
ストレスでお腹の減り具合も限界でしょ」
「確かに腹は減ってるな」
「よりをかけて作るわ!
冷蔵庫の食材をチェックしていい?」
「……うれしい。菫子のごはんが食べられるんは、
最高やけど。今日は食べに行かへん?
ランチしよう。デートや」
「うん!!」
勢い良く返事して抱きついてきた。
「やっぱやめようかな。
飯より菫子の方が……」
「……ごはん食べに行こう!」
慌てたようにソファから立ち上がった菫子の手首をつかむ。
「帰ったら思う存分いちゃいちゃしよな」
「……うん」
ひどく甘くささやけば顔を赤くして頷く。
メイクをしていても頬が火照ったのなんて丸わかりだ。
バイクの後ろに乗るより車の方が、安全だというけれど、
別の意味でドキドキがとまらない。
運転席でハンドルを切る涼ちゃんの横顔を見て、
やっぱりこの人しかいないと感じる。
そういう恋愛脳の自分に呆れるのだけど。
停止線で停まった時、ふいに彼が唇を開いた。
「バイクもよかったけど、車ってええな。
将来のためを思って車を買ってよかったわ」
「……そうね」
しみじみ言う涼ちゃんは、ペーパードライバー歴は長かったため、
社会人一年生の二年前はあまり乗せてくれなかった。
デートは電車やバスで出かけたなと懐かしく思い出す。
それも新鮮でよかった。
アプリで予約したお店に着いて車を降りる。
「ちゃんと締めにデザートも頼もうな。
それを考えて店を選んだし」
涼ちゃんが手を掴んでくれたので握り返す。
今日こそ先に手を繋ぎたいと思っていても、
先を越されてしまう。
ジト目で見上げてみる。
「なんや。顔になんかついてるか?」
「つ、ついてない」
「……あんまり見られると心臓がやばいやろ」
「それはこっちのセリフ!」
こんなバカップルになり果てるとは、
あの頃の自分では考えられなかっただろう。
テーブル席に座る。
向かい合って座り何気なく視線を向けると
涼ちゃんは口を開いた。
「4月6日に予約したわ。
あの人が担当かはわからんし、
会いたいって伝えといたわ」
「へえ。そうなんだ」
「なんか男性にもモテモテとか
浮かれた感じで言われて、おかしな看護師さんやった」
「……なんとなく分かる気がするから。うん。
去年、一回会った時に俺様美形ドクター、
むかつくとは思ったけど……
どこか中性的な雰囲気があったのよ。
性別にとらわれない魅力?
涼ちゃんは男らしさ全開の魅力だけど!」
「……ありがとー」
今の訛りは笑っていいところ?
「菫子も会いたいやろ?」
「別に? いずれ検査の時に
会えたらなって思うわよ。
今は会う理由がないじゃない」
「ああ……菫子は会えへんけど、
代わりに会って去年の礼と
今度の時はよろしゅうおたのもうしますーっていうとく」
「あはは!」
お茶目な涼ちゃんに笑い転げテーブルの
タブレットで注文する。
涼ちゃんは決めるのが早いので先に注文して、
私に渡してくれた。
注文し終えるとグラスの水を一口飲んだ。
デザートは『食後』というボタンを押す。
「ドリンクバーもつけたから取りに行こう?」
うながされて立ち上がる。
野菜ジュースをグラスに注ぐと、
涼ちゃんはウーロン茶のグラスを手にしていた。
「……協力って具体的に何をすればいい?」
「それ聞くんか……くっ」
口ごもってしまった。
「なんもせんでええよ。
菫子という存在が俺に力をくれるし
すべての原動力になるんやから」
「ご飯食べる前に胸がいっぱいです」
「帰ったら教えようか?」
「怖いからいい。
私そこまで心臓が強くない」
「よういうわ」
あっという間に料理がやってきた。
よっぽどお腹がすいていたのか涼ちゃんは驚くべきスピードで
料理を食べ終えた。私が食べ終えるのを待ってくれた優しさに感謝する。
お皿を下げられると同時にデザートも置かれた。
やってきたチョコレートパフェを見て目を輝かせる。
涼ちゃんはチーズケーキにしたようだ。
「……あれだけ食べといてどこに入るん。
お腹壊さんのやったらええんやけど」
「だいじょうぶ! おいしそう。いただきまーす!」
大きめのスプーンで一口ずつ食べる。
甘くてとろけそうな気分だった。
「……ほっぺが落っこちそう」
「そりゃよかったな」
あきれたように笑う。
結局ドリンクバーは二人とも二杯ずつ飲んだ。
ドライブして涼ちゃんのマンションに帰ったのは午後三時。
ソファーに座った所で涼ちゃんの携帯に着信があった。
T大学病院と表示されているのを見せてくれ、
ハンズフリーにしてくれる。
「草壁です」
『ばっちり伝えておきましたからね!
藤城先生もお知り合いかもしれないとおっしゃられていましたし、
当日はお会いしてくださると思います』
「ご丁寧にどうもありがとうございます」
涼ちゃんは若干、困惑しているようだ。
「そういうのも伝えてくれるんだ……」
「それはそうと菫子は今日の夜、予定ある?
できれば寂しい俺のそばにいてほしいなって」
涼ちゃんの服の袖を握り頷く。
「何の用事もないわ。
涼ちゃんのそばにいる。
ごはんも作るし一緒にお酒も飲んじゃおうかな」
今週は、彼の思う通りになっている気がするが、それだけ大変だったし一緒に過ごしたい。
(未来へ向かうための準備をしてくれたんだもの)
「あかん……めっちゃかわええ。反則すぎるやろ」
がばっ、と抱きしめられる。
愛しくてたまらないから、お互い触れたくなる。
その気持ちが沸き起こるのは菫子だけだった。
協力の説明は彼女のご想像にお任せしよう。
(脳内では菫子を再生したらええな)
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