Pleasure,Treasure

雛瀬智美

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番外編集

外伝「眠り姫と王子様」

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十一月も半ばを迎え急に寒くなってきた。
昼間はまだ暑いが、夕方には大分温度も下がっている。
あの時、一目惚れした(ということにしておく)人は、
時折こちらを見下ろして口元に笑みを刻む。
「ん? どうしたん?」
「べ、別に!」
 やたら余裕ぶるからうつむいてしまう。
きっ、とにらんだら彼はさらに笑みを深くした。
その瞬間、大きな手が重なってきてびくっとする。
「すみれとなら季節問わずずっと繋いどきたいわ」
骨張った指を重ね合わせられると、安心感を覚える。
それはいつからだったか。
(あ、三年前の春だ。涼ちゃんと結ばれた時、
手を繋いでくれて何も怖くなかった。
不安なんてあっさり拭い去ってくれた)
経験値の差だと思えばくやしいし少しだけジェラシーも
あったが、いつも本気だし軽い心持ちで
恋愛したりしない。とても誠実な人だ。
「さっきから、百面相しとるけど
色々思い出してた?」
(道の往来でバカップルになって、もう嫌になっちゃう)
とか思ってたら正面にとっても麗しいバカップルがいた。
男性の方が立ち止まって涼ちゃんを凝視している。
(涼ちゃんとはまるきり違って雰囲気が柔らかいし、
男性的な香りが漂ってない。かわいい系の人だ。
隣にいる子、綺麗でかわいいなあ。
たぶん、私と歳も近いんじゃないかな?)
カップルの男性の方が、涼ちゃんの方に手を上げて微笑んでいる。
「ねえ……知ってる人よね?」
「美男美女でお似合いのカップルやな。
俺らもお似合い具合は負けてへんけど!」
「……なんかごまかしてない?」
 涼ちゃんは、美青年の視線に耐えられないのか私の後ろに隠れようとした。
「無理があるわよ」
 小声でつぶやくが、気まずそうだ。
 (身長が180センチ以上ある男性(ひと)が、
 三十センチ低い私の後ろに隠れられるわけがないじゃない)
 ついでに手のひらをつねってやる。
 お互い内定式に参加したのは大学四年の時。
 あの時は久々に二人で飲んだんだっけ。
ぼうっとしている内に相手が距離を詰めた。
よく通る声で語りかけてくる。
「一緒に飲んでふかーい話しもした仲なのにひどいよ……涼くん」
 目の前に来ていた中性的な美形が、ため息をついてきた。
(ちょっと目元が潤んでいるのは計算!?)
 涼ちゃんははっとしたような顔で彼の顔を凝視する。
「また会うなんて思わんかったわ。蒼宙くん、久しぶりやな」
「……なんだ。覚えてるじゃない」
スラリとした美形は、ボソッと呟き表情を変えた。
「初めまして! 篠塚蒼宙と申します。涼くんとはバーで偶然出会って話したんだよ。
彼、コミュニケーション能力が高いよね」
にこにこ笑う人はどこか黒い匂いがする。
自己紹介する前に涼ちゃんが紹介してくれた。
「柚月菫子さん。
 もうすぐ俺の花嫁になる女性です」
 私は蒼宙さんにぺこりと頭を下げる。
 彼の隣にいる女性にも笑いかけた。
彼女はゆるく微笑む。
「涼くんの大切な人に会えてうれしいな。
 愛璃ちゃん、二人すごくいいよね!」
 愛璃さんは私と同じくらいの背丈の綺麗な女性だ。
 ちょっと強気な眼差しに吸い込まれそうになる。
「初めまして! 菫子ちゃん、目線が同じだから話しやすそう」
「ですね!」
「初めまして 篠塚愛璃です」 
どうやらこの2人は新婚カップルのようだ。
「飲んだ時は下の名前しか名乗りあってなかったやん。
初めてフルネーム知ったわ。結婚おめでとう」
「ありがとう。君と会った一か月後に式を挙げたんだ。
 あ、愛璃ちゃん、菫子さん、
ちょっと待っててくれる?」
蒼宙さんは、涼ちゃんの方をじっと見ていた。
愛璃さんは笑顔で頷く。
「どうぞ! 愛璃ちゃんと楽しく話してますね」
私は、歳も背格好も似た彼女と手を取り合い、
デカブツと美形の背中を見送った。


「逃げようとしちゃって。涼くんはそんなになかったことにしたいの?」
「何がやねん」
「僕はあの夜を忘れたことないのに」
意味深にも取れる発言に飲まれるはずもない。
篠塚せんせは、からかってるだけだ。
「大体、忘れようねとか言ったのそっちだろ」
蒼宙はくすくす笑った。
「……関西弁じゃないのもかわいいね」
「よう言うわ」
「三ヶ月ぶりに会えてうれしいよ」
「縁があるってことやもんな。そういうのは信じる方やで」
「小柄な彼女の後ろに隠れようとしといて」
「単なる悪ふざけのギャグやし」
 蒼宙くんはそんなに変わらない背丈だから、目線も近い。
 菫子の場合、背をかがめたりするのも醍醐味ではあるが。
「愛璃ちゃんと菫子ちゃんは身長も同じくらいだよね。
僕もだけど涼くんはキスする時、もっと大変そう」
「……そんなん俺が背ぇかがめるだけや。
踵の高い靴も歩きづらいし身長差を気にしてるんならやめぇ言うてる」
「徹底してる! 紳士だね」
「……デカブツとかあだ名つけられとるけどな」
「気分を害したらごめんね。多分、気が強いって意味でも
 彼女たちは似てると思うよ」
「強い女はええ女やで」
 歩きながら二人のところへ戻った。
 ガールズトークに花を咲かせていたのか二人は既に打ち解け合ってるように見える。
「蒼宙くん、菫子ちゃんがごはんに誘ってくれたの!」
「涼ちゃん、せっかくだしいいわよね?」
「ええで」
 菫子に目線を贈ると照れたように顔を赤くした。
 いつまでも初々しいツンデレ乙女だ。
「素敵だね。どこに食べに行こうか。
 車はそこの駐車場に停めてあるから僕が運転するよ」
「……俺の車の隣やん。しらんかったわ」
 四人で歩いて行く。
 俺の車の隣にとめてあったビートルに案内され、
 後部座席に二人で乗った。
「長身の人には乗りづらいかな」
「気を遣わんといて。あんたもそう変わらんやろ」
「この三年で三センチ伸びたからね!」
「それって魔術でも使(つこ)うたん? その童顔もやけど」
「冗談は顔だけにしなよ。あ、嘘だよ。
かなりの男前のくせに言うことおかしいから」
 蒼宙くんは吹き出した。
(こいつ絶対に腹黒やろ)
 車高の低いスポーツカーより乗りやすい。
 俺の車はSUVだが、高さのある車だ。
 しっかり菫子の手を握る。
「恥ずかしいからやめてよ」
 頬をふくらませて声もとがっている。
「さっきも繋いどったやん」
 耳元でささやいたら菫子は睨んできた。
 こぼれんばかりの大きな目は潤んでいる。
「今はお二人も一緒だから」
「……ギアの上に置いた手に愛璃さんも手を重ねてるで」
 菫子は俺に言われて前方に視線を向ける。
「私達がお邪魔だったかしら」
「せっかく会えたんだよ。お邪魔なんてことないよ」
 運転席から声が聞こえてきてドキッとする。
「ふうん。俺らも気にせんでいちゃついてろってことやな」
 耳打ちすると膝を叩かれる。
 今日はかわいさの度が超えている。
「……常識はわきまえてるから心配するなよ」
「なっ。当たり前でしょ。不意打ちやめて」
「何の?」
 分かっていながら聞き返す。
 菫子は黙り込んだまま手を握り返してきた。
「愛璃ちゃん、菫子ちゃんと仲良くなったんだね」
「菫子ちゃんはかわいいのよ。ずっと一緒にいたいくらい」
「……それは妬けちゃうな」
「それは私のセリフ。涼さん、男らしい色気がある人だから
 ドキドキしてるでしょ」
「愛璃ちゃん、僕は君以外にドキドキしないよ」
 前方から聞こえてくる会話は、二人の世界だ。
(ドキドキしてたら怖いやろが! 
 蒼宙くんは、同性にも恋愛的な興味があるのかと以前聞いた時に
 違うとはっきり断言しとったやん。どういうことや)
 蒼宙が紛らわしく意味深なセリフを吐こうが、意味はない。
 どんだけ中性的で危険な雰囲気を見せないようにしていても分かる。
 ロールキャベツ男子というやつで草食に見せかけた肉食。
 肉食に見える俺の方が普通レベルだと思う。
「菫子、どうしたんや。さっきから黙り込んで……」
 肩に微かな重みが乗っかってきている。
 自然ともたれかかってきた菫子の頭を腕で支える。
「蒼宙くんの運転が上手くて安心したんかな。
 菫子、寝たみたいやわ」
「寝かせてあげて。安心して乗ってもらえてうれしいな」
「涼さん、菫子ちゃんは疲れてるのかも」
 菫子は初対面の女性に何を話したのか。
「せやね。毎日、仕事頑張ってるし」
「昨日は土曜日でお仕事休みじゃありませんでした?」
 パートナーと同じでぐいぐい来るが、悪気はなさそうだった。
 菫子から聞いたのだろう。
「二人は結婚したの最近なん?」
「お互い九月が誕生日だから、
 挙式もそうしようかなって」 
「そうなの。招待状送った人で欠席したのは一人だけで、
 その人からは盛大な贈り物が届いたわ。
 私の従兄なんですけどね」
「……いいんだ。理由は知ってるから」
「蒼宙くんとも親しいん?」
「ああ……僕とは友人関係だからね」
「へえ」
 菫子はおやすみ中なので声を潜めている。
 交差点で信号を停めた時、蒼宙は言った。
「二人も結婚、秒読み段階でしょ」
「……プロポーズは二回に分けてする予定や。
 しっかりわからせんとあかんからな」
「紳士なようで俺様だ。素晴らしい」
「妙なところでほめんといてくれん?」
 動き出した車の中で求婚から結婚式、その夜のことまで
 シミュレーションする。
 教会、披露宴、招待客……その日はスイートルームを予約して。
 菫子にはまだ何も話してないが数ヶ月後のことはしっかり思い描いていた。
 ルームミラー越しにこっちの顔を見た蒼宙がいらない指摘をした。
「むっつりスケベと」
「むっつりちゃうわ」
「そうだね。オープンの方がいいよ」
(どっちかしかないんかい)
 見透かしたように振る舞うのも自分を守る術なのかもしれない。
 腹黒オーラというより手に負えない傷を負った結果が、今の姿
 なのではないかと、二度目のご縁で感じてしまっている。
「もしかして愛璃さんも寝てるんちゃう?」
「……お互いのパートナーが眠り姫になっちゃったね」
「ええやん。かわいらしゅうて」
「そうだね」
 それから、しばらくして目的のカフェレストランに到着したので、
 お互いにパートナーを起こした。
 菫子は頬にキスで起きたが意外にも反応は大人しかった。
 蒼宙はどんな風に愛璃さんを起こしたのだろう。
 
(なんでこの並びで座るん。おかしいやろ)
 雰囲気のよいカフェレストランはランチタイムで、客が多かった。
 車を運転してきたからと蒼宙が代表して四名と書き、
 五分程度で席に案内された。そこまではいい。
 窓際の席に案内され女性同士が隣り合って座ったのだ。
(な、何故……)
 残った男性組が隣同士に座った。
 何となく距離を取る。
「そんなに壁に寄らなくても大丈夫だって」
「……まあ、そうやな」
 逆に怪しまれると思いさりげなく身体を移動させた。
「メニューを見て確認してからタブレットで頼めば早いよね」
 テーブルには紙のメニューが二つと注文用のタブレットが一台。 
「涼ちゃん、朝が遅かったからあんまりお腹が空いてないのよね。
 私はパフェを頼もうと思うわ」
「ええな! 俺はチキンカレーでも」
 正面から菫子が話しかけてきて、うれしくなった。
 蒼宙と愛璃さんもにこにこ微笑み合い注文するメニューを決めたようだ。




 

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