運命は蜜の味

大神ルナ

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3 頭から離れない考え

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 次の日から、真白は悶々としていた。
 忘れようとしても、寝ると夢の中でよく知りもしないキョウヤが出てきて、そういった雰囲気になるのだ。
 もちろん、直前で目が覚めるのだが、そのせいなのか理由のわからない欲求不満に悩まされている。
 ただ、良かった点としては、次の日に松原の顔を見てもむしゃくしゃする気持ちはどこかに吹き飛んでいたことだろうか。
 まさか、怒りや悲しみよりも性欲が勝る日がこようとは、真白は二十八年生きてきて思いもしなかった。
 だが、日々の忙しさの中で、そっちにシフトしてしまうのは困ったことでもある。
 あんな場面を見て、ドキドキしてセフレもアリだと考えた真白自身は、彼氏いない歴=年齢の──処女なのだ。
 彼氏もいないから、発散のしようがない。
 さすがに二十八年生きてきて、性の知識はゼロではないし、性的なことに興味がゼロなわけではない。
 思春期には、周りにそうした話をする彼氏持ちの一歩先に大人になっている子の話に聞き耳を立てたり、ちょっぴり大人な少女漫画を読んだことだってある。 
 高校生が読む雑誌にも、インターネットの掲示板にも赤裸々な話が上がっていて読んでいた。
 真白の家というよりは、母親はそうした性的な話から引き離そうとするタイプで、家でそうしたシーンのあるドラマはチャンネルを変えられ、雑誌に載っていれば捨てられるような環境だった。
 逆に、隠されるからこそ興味が沸くような時期があって、こっそり友人のパソコンで見たりしていた。
 早い時期にそんな風になったからか、いざ大学や社会人になってからは、興味がなくなって今に至る。
 反動とは怖いものだ。
 もはや、十年に一回流行りが来るような感覚かもしれない。
 人間、脳みそが別のことに捕らわれていると、一日が早く終わるようだ。
 少なくとも、ストレスよりも高すぎる性的欲求のせいで仕事をさっさと終わらせて、定時とまではいかないがこれまでよりも早く家に帰るようになった。
 良いことがあれば、悪いこともある。
 夜のリラックスタイムが、自分を慰める時間に変わったこと。
 オカズはもちろん、あの日見た光景だ。
 キョウヤの声と腰の動きを思い出しながら、自分の足の間に指を這わせれば驚くことに濡れていた。
 軽く指を入れて、僅かながらの快感を引き出す。
 残念なことに肌の熱さや、彼の熱の塊が中でどんな風に感じさせるのかは想像することしかできない。
 そのせいで、あの時の彼女が感じていたであろう快感を知ることはできず、不完全燃焼に近い。
 真白は、持て余す熱を抱えたまま、女性向けの大人のおもちゃを扱っているサイトを見ていた。
 そのサイトはエッチな感じではなく、自分磨きに使うグッズとして紹介していて、発送なども恥ずかしくない梱包であることまで親切に説明されていた。
 気がつけば、配送先を入力して購入していた。
 一人暮らしが、初めて良かったと思う出来事である。
 初体験すらしたことのない自分が買うべき物ではなかったかもしれないが、この欲をどうにかしたかった。
 次の日も同じような時間に帰ったが、響夜の姿はない。
 ただ、常に感じていた視線をまた感じるようになった。
 これまでは、すぐに逸らされていた視線は、真白から逸らされることがなくなって、自意識過剰という言葉では済ませられないほど肌を粟立てた。
 これほどの強い視線を、誰も気にしていないのだろうか。
 纏わりつく視線は駅で電車に乗るまで続いた。
 不自然ではないように、電車の発車時刻を確認するように発車標を見上げる時に周りを見るが、真白を見ている人間はいない。
 視線の主の正体は分からないが、特に良くない感情は感じず電車に乗って家路に就いた。
 すると、さすがにすぐに届くとは思っていなかった小包が、宅配ボックスの中で真白を出迎えてくれた。
 心臓は、嫌なくらいに高鳴っている。
 けれど、小包を開けるのは後回しにして寝室に放り込み、冷凍庫から冷凍弁当を取り出してレンジで温めている間にお茶も用意して、手早く夕食を済ませた。
 情報収集のためにテレビをつけてお茶を飲みながら、世の中で起きた出来事を眺める。 
 三十分ほどそうして過ごして重い腰を上げ、お風呂のお湯張りのボタンを押して、着替えを取りに寝室に行った。
 ゆっくりと準備をすれば、戻ってきた時にはお風呂が沸いたことを知らせるメロディーに迎えられた。
 毎日は面倒で湯船には入らずシャワーで済ませがちだが、今夜はなんとなく心も体もリラックスさせたかったのかもしれない。
 脱衣所で服と窮屈な下着を脱ぎ捨て、シャワーで全ての汚れを流して湯船に浸かれば、「はあぁぁぁ⋯⋯」と思わず口から声が漏れた。
 最初に感じた熱さが落ち着き、全身がお湯に包みこまれれば、体が脱力していく。
 本当は胸よりも少し下くらいのお湯に浸かるのが望ましいのだろうが、真白は肩まで温かさに包まれるのが好きだ。
 長湯は好きではなく、寄りかかって頭も縁に預けて目を瞑る。
 湯気のせいで天井に出来上がった雫が、湯船に落ちる音だけが響く空間で何も考えずにいるのが一番いい。
 一度くらいは、半身浴で水を飲みながら読書や音楽を聴くなんてことに憧れたことはあるが、本が湿気でシワシワになるのも嫌だし、防水のスピーカーも起動音がうるさく、英語で喋る音声が嫌いでやめた。
 ただ少し肩やふくらはぎを深呼吸を繰り返しながらほぐすことは忘れない。
 どれくらいの時間が経っただろうか。
 真白は深く息を吐き出すと、立ち上がってお湯から出た。
 軽くシャワーで流して出れば、ぽかぽかとした体がいい感じで眠くなってくる。
 柔らかい肌触りのタオルで水分を拭き取り、部屋着に着替えてスキンケアをして髪を乾かす。
 一連の動きの中でも、長い髪を乾かすのは時間が掛かり、地味に嫌な作業で、適当なところでやめてしまうのが常だ。
 キッチンで冷蔵庫から出した水を飲みながら、テレビや電気を消して回り、寝室に入れば床に無造作に置かれた例の物が待っていた。
 なんのロゴも書かれていない箱を開ければ、可愛らしい巾着と説明書、ローションとコンドームが入っていた。
 初めてということもあり、初心者向けどころか未経験者向けの細い形状のバイブを注文した。
 サイトを見ていたら、太さや硬さ、中と外を同時に刺激するものまで様々なものがあり戦慄させられ、未経験者にはハードルが高いなと諦めかけた真白の目に飛び込んできたのが、この商品だった。
 巾着の中から取り出すと、卑猥な形ではなく、少し太いくらいのペンのような形の物が出てきた。
 先端は尖利ではなく丸みを帯びていて、パステルカラーをしている。
 ゴムを被せはするが、一応軽く洗ってからベッドにクッションを三個重ねて寄りかかった。
 説明書を広げ、長くない文章に目を走らせ、コンドームを手に取りパッケージを開けた。
 これすら初めて目にするものだ。
 細い形状だから、ピッタリとはいかないが被せ、試しにスイッチを入れてみる。
 すると、僅かに振動し始めた。
 足を軽く広げて、下着越しに触れさせると反射的に足が跳ねた。
 慣れてくるとその振動を心地よく感じはじめ、秘められた部分がジンっと熱を持ち始めた気がして指先で触れてみると、いつも以上に濡れている。

「これだけ濡れてたら……いけるかな」

 コンドームにもジェルが付いていることもあり、下着を脱いでバイブをぬかるみに軽く当てた。
 異物感もなく、拒否反応で濡れなくなることもない。
 
「あっ……」

  触るだけだった時や指とは違い、するりと中に入ってくる。
 一気に入れるのは怖いと思っていたはずなのに、気づけばこれまで指を入れたことのある位置よりも入った。
 もう片方の手でスイッチを入れれば、ぞわりとしたものを感じた。
 良い意味で中を刺激され、初めてだが気持ちがいい。
 
「はぅっ!」

 達するほどの快感は得られなかったが、リラックスは出来た。
 抜き取り、ゴムを処分する頃には、真白は睡魔に襲われていた。
 シャワーを浴びるべきかと悩んだが、この心地よいままで眠りたい。
 タオルケットを引き寄せ、丸くなって包みこまれた真白はそのまま眠りに落ちた。
 翌朝の目覚めは、ここ最近の中でも一番良く、朝シャワーを浴びてもゆっくり朝食を食べる時間を持てたくらいだ。
 会社に行ってからもそれは変わらず、頭の中はクリアで、作業の進みが良く仕事を多くこなせた。
 だが、仕事が終わる頃には、エネルギーが切れたみたいに、疲れが溜まり始めてしまった。
 仕事内容は、前日よりも少ない。
 もしかしたら、甘いものが足りないのかもしれないと思い立ち、帰りの駅内でタルトやケーキを買い、家の近くのスーパーではどこかの大学が監修した栄養のありそうな健康重視な弁当を買って帰った。
 家に帰ってすぐレンジで温めて食べ、シャワーを浴びて眠りについた。
 早く眠って睡眠時間を多めに取れば、全てが解消すると思ったし、昨夜バイブのお世話になったのに今夜もお世話になるのは過剰ではないかと真白は思った。
 世の中の人の頻度は知らないが、性的なことでストレスを発散するということに依存してはなんだか危ない気がする。
 そんな考えから、真白は翌日には整体で体をほぐし、その翌日にはジムで汗を流すこともした。
 だが──その結果は、散々なものだった。
 ストレスはそれなりに発散できたし、体がほぐれることによって疲れも取れている。
 なのに、なんだか分からないモヤモヤとした気持ちが晴れない。
 そんな日々を過ごしているうちに、ようやく週末はやってきた。
 今夜は絶対に飲むぞという意気込みとともに、着替えを済ませてバーに向かった。
 
「あれぇー、今日は早いね」

 珍しく一番乗りだった真白に、今日はゴシックスタイルの衣装で来店したリオンはふんわりと笑った。

「今日は、死ぬ気で仕事を終わらせたからね」
 
「なにかあったの?」

「うーん? ちょっとね」

 今、真白が抱えている問題は、女の子にしか見えないリオンには、相談しづらい。
 というか、相手だってそんな相談をされても困るだけだろう。
 最悪、気持ちの悪いセクハラ女と思われて、バーでの友人を失う可能性だってある。
 話を濁したからか、リオンは納得していない顔をしたが、入ってきたアオイと雅を視線に入れると、それ以上なにか言うことはなかった。

「ミリアちゃーん。メニューちょうだい」

「お世話してもらおうとしないで、自分で取ってきなさいよ」

「ええー、ちょっと邪魔しないでよ。せっかくのミリアちゃんとのコミュニケーションの時間なのに」

 一緒に入ってきたアオイは、一人カウンターに寄るとメニュー表を手にして雅に押し付け、ぶうぶう文句を言う彼女を連れて真白たちのところにやってきた。

「来たそうそうお疲れ様です、アオイさん」

「ほんと、隙あらばミリアちゃんの時間を独占しようとするんだから。迷惑な客よね」

 アオイに話しかければ、後ろにいる雅はじっとりとした目を向けてくる。
 
「わたしの癒しの時間を邪魔しないでよね」
 
 本気で怒っているというわけじゃない冗談めかした言い方に、アオイは舌を出して応戦している。
 そんな二人を微笑ましく思いながら、真白も事前に貰っていたメニューを見ながら、今夜の最初の注文を決めた。
 頃合いを見極めて注文を聞きに来たミリアに、全員手始めにビールを頼み、真白は一緒におつまみの盛り合わせも追加した。
 今夜は、ゆっくり座って飲むのではなく、立ち飲み用のテーブルスペースで、話しては飲むを繰り返す。
 顔なじみも加わったり、ダーツをしたりと動き回りながら飲んでいたから、二時間経つ頃には真白の酔いは完全に回っていたのだろう。
 いい気分でカウンターに座ると、テーブルに突っ伏していた。
 なんとも頬をつけたテーブルが、冷たくて気持ちがいい。

「ああー、サイコー……」

「マシロさんが、そんなに酔うのって珍しいですね」

「うぇ? そう?」

「はい。いつも、冷静に飲んで、しっかりとした足取りで帰っていくって感じに見えました」

「そーかなぁー?」

 えへへと、普段ならしないような笑い声を上げながら、真白は少し赤くなった顔で、カウンターでコップを拭いているミリアに笑いかけた。
 
「少しだけ話しかけづらいなと感じていたんですけど、なんだか可愛らしい人ですね」

 ハードルが下がったのか、ミリアは手を伸ばしてきて真白の頬をつんつんと突っついた。

「可愛いですかぁー?」

 完全に酔っている真白は、いつもだったら止めるであろう手を受け入れていたし、かなり無防備な状態だ。
 ふわふわとして、とにかく気持ちがよくて何も考えなくていいような感覚が気持ちがいい。
 このまま眠ってしまいたい。
 
「あっ、マシロさん。寝ちゃダメですよ」

「すみませーん、注文お願いします」

「あ、はい。今行きます。どうしよう、雅さんは」

 頭上から、焦っているようなミリアの声が聞こえるが、今の真白には内容がいまいち理解出来ない。
 なんなら、せっかく気持ちがいいのに、なぜ寝てはいけないのかと我儘にも思っていた。
 
「俺が見てるから、注文取りに行ってきなよ」

「えっ、でも」

「大丈夫、大丈夫。酔った女性に何かするほど、飢えちゃいないよ」

「すぐに雅さんに声を掛けてきますから、それまでよろしくお願いします」

 足音が遠のいていき、隣からはなんとも甘い匂いが漂ってくる。
 
「そんなに酔ったら、危ないよ」

 柔らかい声は、余計に真白の眠気を誘ってくる。
 この声に全てを託してしまいたい。
 真白は抵抗することなく、水に浮いて漂うように身を任せた。



 
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