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8 変化
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約束もしていないのに泊まり、一緒にただ眠ったあの日から、なにかが変わった。
次の日の朝には、ベーコンと目玉焼き、食パンという朝食を用意し、一緒に家を出た。
それで終わりだと思っていたら、夕方は駅に居て夕食を外で食べ、そのまま一緒に家に帰り、また同じベッドで眠りについたのだ。
目が覚めれば、また朝食が用意されていて、同じことが繰り返される。
これは、どんな関係だろうか。
昼食を終え、お手洗いに寄った真白の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
全員の声を覚えている訳ではないが、別フロアの人間にも覚えられるほど、少し目立つタイプの人たちというだけだ。
高校でいえば、陽キャグループやギャルなんかが近いのかもしれない。
「まじでさあ⋯⋯聞いたうえで判断してほしいんだけど」
「ええー、何? そのはじまり怖いじゃん」
「いやね、あんたにしか言ってないからさ、セフレがいること」
「ああー、セフレの話ね」
時々、水を流す音や誰かが入ってきたりするからか、会話が途切れることがある。
なかなか進まない興味深い話に、息を潜めながらはやく先の話をしてくれと真白は願った。
「そのセフレが、最近⋯⋯私物を置いてくのよ」
「私物? 指輪とか?」
「違う違う。最初は、歯ブラシだったから、まあエチケットだもんねくらいにしか思ってなかったんだけど⋯⋯ボクサーパンツ、スウェット、シャンプーって増えてんの」
「うわぁー、住み着く気? 彼氏気取り?」
「でしょ? こっちは、本命の彼氏にはバレたくないのにさあ。最悪。そろそろ、切りどきかな? 顔とセックスは好みなんだけど、将来性はないからなぁ」
「あんたの彼氏、外資系の人だっけ?」
「そう。そういう本命がいる女が、お前なんかと結婚するわけねーだろって」
笑い声が遠のいていく。
トイレの個室から出た真白にとって、思わずうんうんとうなずく内容だった。
まるで、今の話に出てくる男性は、響夜と一緒ではないか。
やはり、私物を置いていくというのは、セフレというカテゴリーからは外れているようだ。
休憩を終えて、仕事に戻りながら、自分と響夜の関係性を思う。
先ほどの人との違いは、真白には恋人がいないという点だけ。
書類を受け取っては打ち込み、計算をしていく。
いつもどおりの仕事、いつもどおりの時間。
そのはずだったのに、仕事場の中が騒がしくなって、真白は顔を上げた。
見れば、普段はふんぞり返っているおじさん連中が、慌てて立ち上がって一人の男性に近寄っていく。
どんな相手にも、不躾な視線と態度でしか接しないのに、面白いほどの慌てようだった。
そんな人間が慌てるなんて、どんな相手なのだろうかと見ていれば、真白よりも若いであろう男性の顔が見えた。
はっきりとした目鼻立ちに、焦げ茶色の髪。
笑って話しているが、明らかに目の奥が笑っていないのが、離れた席にいる真白にも分かる。
誰だろうか。
そんな風に思っていると、男性の視線とぶつかった。
「っ!」
慌てて目を離したが、離れる瞬間に相手の目が明らかに笑った。
面識なんてないのだから、関わらないようにしよう。
そう思ったのに、話し声はこちらに近づいてくる。
「では、フロアの案内はこちらの者がするので……雪平くんっ!」
フロアの案内なんて、他に喜んでやる人がいるのだから、その人に頼んでほしいと思っていたのに、名前を呼ばれてしまい渋々立ち上がった。
「こちらの方をご案内しなさい。失礼のないようにな」
「……はい。では、ご案内します」
「よろしくお願いします」
失礼にならない程度の笑顔を貼り付けて先を歩けば、一歩ほど斜め後ろを歩き始めた。
「では、何階からご案内しましょうか」
「一階は入ってきた時に把握しているので、二階からお願いします」
「かしこまりました」
エレベーターの前でボタンを押そうとしたら、近くにいた男性に押されてしまった。
その時に、ちらりと首から下げられた物が目に入った。
本来、ただの来客なら許可証となるところが、普通に社員と同じIDカードになっている。
そして、見えた名前におじさん連中が慌てていた理由も分かった。
『高月翔』
社員なら誰もが知っている。
高月百貨店の跡取り。
社長と夫人が可愛がっている息子。
ここ最近の会社主催のパーティーや社内報を見た女性社員たちが、顔が良いと騒いでいた渦中の人である。
どうして自分が名指しされたのか、真白には分かった気がした。
見てくれにも気を使わない真白なら、騒がないと思われたのだろう。
「社長のご子息だったんですね」
「すみません、自己紹介が遅れました。高月翔です。来年から入社するんですが、早めに色々な部署を見ておけと社長に言われてしまって……あなたの作業の手を止めさせてしまってすみません」
「……事業戦略部門事務の雪平です。これも仕事のうちですから、気にしないで下さい」
ちょうどエレベーターが開き、二人で乗り込み二階のボタンを押した。
閉まっていく扉を見ながら、狭い空間になったことによって感じるようになった香水の匂いが、少しだけきついなと真白は思った。
もともと、匂いに敏感な真白は、強い匂いを嗅ぐと頭痛になりやすく、自分で使う物に気を使っている。
ふと、こんな時なのに、響夜から嫌な香りを感じたことはないなと思った。
いつでも、彼らしい香りがするだけだ。
下降していたエレベーターが止まり、開いた扉から外に出ると、ようやく一息つけた。
「二階の案内をしますね。この階には食堂と管理部門のオフィスがあります。基本的に静かなんですが、広報の方たちは少し熱意のある方なので、社内報の取材に捕まった場合は半日ほど自分の仕事はできなと思ったほうがいいですね」
管理部門のオフィス内は、真白の印象では静かに整っている感じだ。慌ただしくなく、廊下に居ても静かだとさえ思う。
代わりに反対側にある食堂は、お昼の準備に忙しいのか、忙しない音がしてくる。
「あと、この階には自動販売機と喫煙室がありますね。自動販売機の故障の時には、管理部門に声を掛けて下さい」
「自動販売機は、二階だけですか?」
「いえ、四階にも自動販売機と喫煙室はありますよ。ただ、四階は会議室に近いので、たまに飲みたい飲み物が売り切れていることもあるんです。喫煙室もピリピリした雰囲気で、若い方は二階のほうがいいかもしれません」
「タバコは吸わないのでいいですけど、自販機は二階を使うようにします。せっかくの休憩時間に、飲みたいものも飲めないと、気分が下がりそうなんで」
「その方がいいと思います。では、三階に行きましょう」
エレベーターに乗り込んで、一つ上の階に向かう。
午後ということもあり、誰かとエレベーター内で一緒になることはない。
エレベーターの扉が開くと、二階とは違い廊下にまで慌ただしさが伝わってくる。
「三階は、店舗運営部と弊社サイトの運営部があります。今は少し忙しい時期かもしれません。店舗運営部は、来年のバレンタインフェア。サイト運営部は年末年始のおせちの販促活動の時期ですから」
「さっきの階とは、だいぶ雰囲気が違いますね」
オフィスを覗いた高月翔は「忙しそうだ」と呟いた。
実際、中の人たちに余裕はなさそうだ。
電話対応、ホワイトボードに書かれたり、貼られたりしているメモ、書類をめくる音。
どれも忙しい。
聞こえてくるのは、新規店舗との交渉や試食会の日程を決める声。
邪魔できない雰囲気で満ちている。
「では、五階に行きましょう」
「お願いします。店舗運営部はやりがいがありそうですね」
エレベーターに乗り込むと、高月翔はそんな風に言った。
「そうですね。時々、事務仕事のお手伝いでお邪魔しますが、繁忙期は殺伐としてますけど、とても活気のある部署ですね」
五階にたどり着くと、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。
「ここは、資料保管室と会議室が二つ、給湯室しかないので、とても静かな場所ですね。資料保管室は、IDカードがないと入れません。会議室は、事前に予約制です」
「資料保管室の清掃は、誰がやってるんですか?」
「年に二回ほどですが、事務の社員が交代でやっています。会議室は、基本的に予約者が掃除する決まりですが、一日の終わりに事務の私たちが、当番制で最終チェックと施錠を担当しています」
「そうなんですね。このビルに清掃業者は入れてるんですか?」
「はい。契約している清掃業者が夜間に清掃作業を行ってくれています」
会議室の扉についた細い窓から中を見たりした高月翔は、興味深そうに給湯室なども見ていた。
残りは六階だが、社長室と秘書室しかないため考えあぐねていると、彼は上へ上がるボタンを押した。
「僕は、このまま社長室に寄っていくので、雪平さんはオフィスに戻ってください」
困惑しているのが分かったのだろう。
高月翔は、そう言うとエレベーターに乗り込むと「案内ありがとうございました」と笑った。
その顔を見た瞬間、既視感に襲われた。
(なんでだろう?)
階段で下の階に戻る間も、拭えない感覚に首を傾げた。
直接会ったのは、今回が初めてだが社内報で写真は見たことがあるから、そのせいかもしれない。
そう結論付けた真白は、オフィスに戻った。
すると、すぐに上司が席までやってきて、一緒に戻らなかったからか、高月翔はどうしたのかと聞いてきた。
社長室に用があるからと、自分だけ戻らされたことを話すと納得して戻っていった。
権力が大好きな人間だから、社長の息子と繋がりを持ちたかったのだろう。
ここから厄介だったのが、普段はあまり話すことのない女性社員からも、高月翔について聞かれたことだ。
面倒くさいと思いながらも、円滑な人間関係のために答えながら作業を続けていく。
最後の方になると、自分が案内したかったなというのが、大体の意見だった。
特別、彼に対してなんの感情もない真白は、特になにかあるわけでもないのに、なんでそう思うのか不思議で仕方がなかった。
ドラマや小説のように、何かが始まると思っているのだろうか。
数字を間違えないように入力しながら、キーボードを打ち込んでいた手が、ふと止まった。
恋愛や異性に興味のなかった真白に、セフレがいるのも、ある意味物語の中だけだと思っていたような世界だ。
確率は、ゼロではないのかもしれない。
彼女たちが、もしかしたらと夢見ることも、ありえない物語ではないのだ。
間違いがないか確認を終えた真白は、データを保存してからパソコンの電源を落とした。
今日は、他の人の仕事が回って来ず、定時で上がることができたのだが、いつもの時間とは違う。
きっと、珍しい時間だから、駅に行っても響夜はいないだろう。
会社を出て、駅への道を歩きながら、最近の響夜の行動に慣れて、待っていてくれるのを期待していた自分に驚いた。
一緒に乗る電車も、夕食も、家までの道も、大切な時間だ。
それが、今夜はない。
そう思うと、ひどく寂しくて、胸の奥でもやもやしたものが育ち始めた。
思わず、スマホを取り出して、響夜のトーク画面を表示させていた。
前に進む足を止めることなく、ただ一言打ち込んだ。
『会いたい』
何も考えることなく送信していて、はっとした時にはもう取り消せる状態ではなかった。
無茶苦茶すぎる。
最近は、毎日一緒の時間を過ごしていたせいで、距離感がバグっていた。
彼にだって、別の予定があるはずだ。
別の女性を抱いているかもしれない。
そう考えたら、もっと嫌な気持ちになってきた。
こんな気分の時には、バーに行けば少しは晴れていたはずなのに、今夜は時間があるとしても行く気にはならなかった。
どこかスーパーにでも寄って、お惣菜でも買いまくって、一人パーティーでもしてやろうか。
ストレスの発散方法は、色々とあるのだ。
若干、やさぐれた気分になっていた。
「会いたいって言うくせに、無視しないでよ」
斜め後ろから声がして、真白は足を止めた。
(幻聴?)
一瞬、頭でもおかしくなって、聞きたい声を妄想しすぎたのかと思った。
ぐるぐると思考が巡っている間に、手を取られた。
軽く手を引かれ、視線を向けざるを得ない状況にされる。
そこには、いるはずのない響夜がガードレールに腰掛けていた。
「な…んで」
「会いたいって居たのは、真白じゃない」
「でも、いつもの時間と違う」
「なんとなく、早めに来ただけだよ。さあ、帰ろう」
立ち上がった響夜は、掴んでいる真白の手を握ったまま
歩き出した。
改札で響夜はスマホをかざし、真白は定期券をかざして通り抜けた。
駅のホームは、普段の真白の時間よりも混んでいて、人の目もたくさんある。
手を繋いでいるということが、なんとなくむずがゆい。
頭の片隅では、同僚に見られるかもしれないとも思ったが、心はそんなことはどうでもいいことだと思っている。
アナウンスが電車の到着を告げ、ほどなくして目の前を電車が横切り停まった。
電車が巻き起こす風圧が、目の前で邪魔そうに髪を揺らし、耳にかけようとした手がたどり着くよりも先に、響夜の手が払いのけてくれた。
「この位置だと、勢いがすごいね」
「うん、突風でした」
優しい声が、真白の耳たぶをじんわりと熱くする。
(彼の声は、こんな感じだっただろうか)
出会ってから、大した時間は経っていない。
彼の何を知っているのだろうか。
扉が開き、避けていても人の波に飲まれそうになった。
ありがたいことに、繋いでいた手が解かれ、響夜の手が腰に回って引き寄せられたことによって、安定感が生まれた。
「仕事の時間が長いのは嫌ですが、この混み具合から解消されるのなら、残業も苦じゃないかもしれません」
電車に乗り込み、響夜のおかげで生まれた空間に立ち、中の様子に目を向けながら、真白は疲れを滲ませた。
いつもの時間なら、座れなくても立っている場所がぎゅうぎゅうになることはない。
「それだと、疲れが溜まるじゃん。それに、この時間なら電車は混むかもしれないけど、その分家でのリラックスタイムが増えるよ?」
たしかにその方が体には優しい生活だ。
響夜の言葉に、頷こうとすれば耳元に唇が近づけられた。
「そうすれば、ベッドで甘やかす俺とのリラックスタイムを……週末以外にもできるようになるよ?」
ぞわっとする感覚を鳩尾に感じて、真白は響夜の腹部を叩いた。
「公共の場での振る舞いについて、私はなんて言いましたか?」
「え? 別に卑猥なことは言ってないけど? 真白は、何を想像しちゃったわけ?」
耳に息がかかるほどの近さで言われ、こんなに自分は耳が弱かったのかと驚く。
今夜だって、そんな気分ではなかったはずなのに、体は早く二人きりになりたがっていた。
コソコソと耳元で言われる度に、足の間がジンっとしている。
「ほら、駅に着いたよ?」
響夜にリードされて、家のある駅に降り立った。
なんだ、家に帰るのか。
がっかりした気持ちが顔に出たのか、響夜はなんだか嬉しそうに笑った。
「ほら、夕食はスーパーで買うか、ちょっと楽しんだ後にスマホで注文すればよくない? それとも、お腹すいた?」
「……今すぐ食べたいって訳じゃないです」
「じゃあ、早く帰ろう」
真白が望んでいるのか、響夜も欲してくれているのか。
どちらの気持ちがそうさせているのかはわからないが、これまでゆっくりと歩いて帰っていた道を、まるで急に雨に降られた人のように駆け出した。
言葉なんてない。
どちらが先に走り出したのかさえ思い出せなかった。
駅からさほど遠くないマンションにたどり着き、高まった感情のせいで、エレベーターに乗った瞬間には、キスをしていた。
ねっとりと、甘く濃いキスだ。
住人に見られたらなんて羞恥心は、靄のかかった頭では考えられない。
エレベーターが止まり、扉が開くまで続いたキスは、濡れて響夜の唇を艶めかせていた。
これほど、エレベーターから部屋まで遠く、鍵を取り出し開けるまでの時間をもどかしく感じたことはない。
これほど、扉が自動ロックだったことをありがたく思ったことはなかった。
以前のように抱き上げられ、自分で足を動かして靴を脱いだ。
廊下の途中に落ちたことも、脱衣所を通過されたことにも真白は文句を言わなかった。
今は、はやく響夜が欲しい。
電気も点けずに寝室に入り、いつもより乱暴にベッドに落とされても、それすらこれから起こる行為へのスパイスにしかならない。
カーテンが開いたままの室内は、何も見えない訳ではなく、満月のためかほどよく見える。
真白が自分でスーツを脱ぎ始めれば、響夜もパーカーとTシャツを豪快に脱ぎ捨て、引き締まった肉体をさらけ出していた。
ズボンのボタンを外し、シャツを脱いで、ブラジャーに手をかければ、ぐっと近づいてきた響夜に手を掴まれ、キスの勢いでベッドに倒された。
下唇を噛まれるという刺激に息を漏らせば、響夜は鋭く息を吸って、前にあるブラのホックを外し、両手でほんのりとした柔らかさしかない胸を揉みしだき、一度ベッドから降りる形になりながら真白のズボンを手際よく脱がせた。
この先に続く展開を想像して、体は火照ってくる。
響夜が脱いでいるであろう衣擦れの音を聞きながら、期待に膝を擦り合わせるが、すぐに開かれ内腿に吐息を感じた。
足の間に目を向ければ、内ももをじゅっと吸われた。
目が合ったが、次への予告なんてない。
唇が離れていった場所には、濃いめの内出血が残り、自分が付けた跡を確認するように、舌が這う。
「ん、んっ」
シーツをぎゅっと握りしめ、恥ずかしさに耐える真白の腰に響夜の両手が這わせられた。
「少し腰上げて」
かすれた声に言われるまま腰を上げれば、するするとショーツが脱がされていく。
自然と足から抜くのを手伝うように片足を動かせば、もう片方の足首に引っかかったままなのに、響夜は足の間に顔を埋めた。
何度も割れ目を舌が往復し、ぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。
彼の唾液だけではない、真白自身の潤いも混ざり合っているのだ。
時々、意地悪く主張を始めた粒を尖らせた舌先で弾かれる度に、真白は戦慄いた。
腰をびくつかせ、響夜に掴まれているせいで自由に動かせない足がもどかしく跳ねる。
「んっ、ああっ」
せり上がる快感が、出口を求めて暴れまわっていて、もっと欲しいのか、終わりにして欲しいのか分からなくなってくる。
舌を蜜壺に潜り込ませられる頃には、子宮が疼いて真白は物足りなくなった。
それでも、舌が指に変わり、二本の指でぐちゃぐちゃに乱されれば、一度目の絶頂が訪れた。
「あっ」
中が震え、真白自身にも分かるほど、収縮を繰り返し響夜の指を締め付ける。
指が出ていき、ベッドが軋んだ。
胸を上下させ、とろんとした目を向ければ、膝立ちで見下ろす彼と目が合った。
下へ視線をずらせば、響夜の興奮の証がそそり立っている。
太さも長さもあるが、不思議と怖さはない。
避妊具のパッケージを破る音が聞こえても、目が離せなかった。
響夜の手が自身を軽く扱き、避妊具を被せていく様子を、真白は下唇を軽く噛みながら見ていた。
視線を上げれば、いつから見ていたのか分からない響夜と目が合って、引き寄せられるように腰に両足を絡ませた。
動きに合わせて、覆いかぶさってきた彼がキスをしながら、中へと入ってくる。
何度も肌を合わせてきた真白は、まるで響夜のために作り変えられたように滑らかに迎え入れた。
入ってくる感覚、熱を感じながら、背中に両手を回した。
ここまではいつもと一緒だ。
中を甘く擦られ、打ち付けられる腰。
呼吸の仕方を忘れそうなキスの果てに、避妊具越しに感じる熱。
その瞬間に、ぎゅっと抱きしめられる重さが、真白は好きだった。
だが、今夜は違った。
真白は達したが、響夜にその気配はない。
腰が引かれ、中から抜かれていく陰茎に、新たな快感が生まれる。
余韻に浸りたかったが、まだ熱を吐き出していない彼が気になって、背中に回していた腕を離そうとすると、ぎゅっと抱きしめられたまま体を返された。
「体、起こせる?」
「んっ」
響夜の胸に手を当て起き上がり、彼の腰に跨る形になる。
腰を両手で掴まれ、親指でくすぐられると甘い痺れが生まれた。
「少し腰上げてくれる?」
ぐっと掴む手に力を入れられ、膝に力を入れて腰を持ち上げると、足の間に先端が当てられた。
「腰おろして」
初めて言われたことなのに、抵抗はなかった。
いつも、響夜は真白を喜ばせることばかりしてくれた。
これは、ある意味報いる行為だ。
響夜の腹筋に手をつきながら、腰を下ろすと、丸みを帯びた先端に当たった。
何度も達して、柔らかく綻んでいるその場所は、喜んで呑み込んでいく。
それでも、いつもは響夜の意思で進めていた行為が、自分のペースで腰を下ろすという行為に変わっただけで、感じ方も変わる。
おまけに、いつもよりも深く入ってきた。
お互いの腰がピッタリと合わさり、完全に座った形になると、真白は腹部に苦しさを感じた。
入れるだけで精一杯で、動くなんてできない。
「ちょっと……ま、まって」
待って欲しいのに、腰を掴んでいた手が胸へと上がり、ゆっくりと揉みしだく。
先端を指の腹で、軽く触られ、むず痒い。
体重を前にかければいいのか、後ろにかければいいのか分からず、もどかしい気持ちになっていると、ぐんっと腰を動かされた。
「んぐっ、はぅっ」
ゆっくりと揺らされ、前のめりになった真白は響夜の胸に手をついて腰を揺らした。
何が正解か分からないが、彼の呼吸が速くなり、胸から離れた手が腰を通り過ぎて、おしりを掴んで腰を打ち付け始めたところで、合っていたのだと理解した。
最後には、胸に倒れ込んだ真白の奥を刺激するように、小刻みに腰を動かして響夜は果てた。
次の日の朝には、ベーコンと目玉焼き、食パンという朝食を用意し、一緒に家を出た。
それで終わりだと思っていたら、夕方は駅に居て夕食を外で食べ、そのまま一緒に家に帰り、また同じベッドで眠りについたのだ。
目が覚めれば、また朝食が用意されていて、同じことが繰り返される。
これは、どんな関係だろうか。
昼食を終え、お手洗いに寄った真白の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
全員の声を覚えている訳ではないが、別フロアの人間にも覚えられるほど、少し目立つタイプの人たちというだけだ。
高校でいえば、陽キャグループやギャルなんかが近いのかもしれない。
「まじでさあ⋯⋯聞いたうえで判断してほしいんだけど」
「ええー、何? そのはじまり怖いじゃん」
「いやね、あんたにしか言ってないからさ、セフレがいること」
「ああー、セフレの話ね」
時々、水を流す音や誰かが入ってきたりするからか、会話が途切れることがある。
なかなか進まない興味深い話に、息を潜めながらはやく先の話をしてくれと真白は願った。
「そのセフレが、最近⋯⋯私物を置いてくのよ」
「私物? 指輪とか?」
「違う違う。最初は、歯ブラシだったから、まあエチケットだもんねくらいにしか思ってなかったんだけど⋯⋯ボクサーパンツ、スウェット、シャンプーって増えてんの」
「うわぁー、住み着く気? 彼氏気取り?」
「でしょ? こっちは、本命の彼氏にはバレたくないのにさあ。最悪。そろそろ、切りどきかな? 顔とセックスは好みなんだけど、将来性はないからなぁ」
「あんたの彼氏、外資系の人だっけ?」
「そう。そういう本命がいる女が、お前なんかと結婚するわけねーだろって」
笑い声が遠のいていく。
トイレの個室から出た真白にとって、思わずうんうんとうなずく内容だった。
まるで、今の話に出てくる男性は、響夜と一緒ではないか。
やはり、私物を置いていくというのは、セフレというカテゴリーからは外れているようだ。
休憩を終えて、仕事に戻りながら、自分と響夜の関係性を思う。
先ほどの人との違いは、真白には恋人がいないという点だけ。
書類を受け取っては打ち込み、計算をしていく。
いつもどおりの仕事、いつもどおりの時間。
そのはずだったのに、仕事場の中が騒がしくなって、真白は顔を上げた。
見れば、普段はふんぞり返っているおじさん連中が、慌てて立ち上がって一人の男性に近寄っていく。
どんな相手にも、不躾な視線と態度でしか接しないのに、面白いほどの慌てようだった。
そんな人間が慌てるなんて、どんな相手なのだろうかと見ていれば、真白よりも若いであろう男性の顔が見えた。
はっきりとした目鼻立ちに、焦げ茶色の髪。
笑って話しているが、明らかに目の奥が笑っていないのが、離れた席にいる真白にも分かる。
誰だろうか。
そんな風に思っていると、男性の視線とぶつかった。
「っ!」
慌てて目を離したが、離れる瞬間に相手の目が明らかに笑った。
面識なんてないのだから、関わらないようにしよう。
そう思ったのに、話し声はこちらに近づいてくる。
「では、フロアの案内はこちらの者がするので……雪平くんっ!」
フロアの案内なんて、他に喜んでやる人がいるのだから、その人に頼んでほしいと思っていたのに、名前を呼ばれてしまい渋々立ち上がった。
「こちらの方をご案内しなさい。失礼のないようにな」
「……はい。では、ご案内します」
「よろしくお願いします」
失礼にならない程度の笑顔を貼り付けて先を歩けば、一歩ほど斜め後ろを歩き始めた。
「では、何階からご案内しましょうか」
「一階は入ってきた時に把握しているので、二階からお願いします」
「かしこまりました」
エレベーターの前でボタンを押そうとしたら、近くにいた男性に押されてしまった。
その時に、ちらりと首から下げられた物が目に入った。
本来、ただの来客なら許可証となるところが、普通に社員と同じIDカードになっている。
そして、見えた名前におじさん連中が慌てていた理由も分かった。
『高月翔』
社員なら誰もが知っている。
高月百貨店の跡取り。
社長と夫人が可愛がっている息子。
ここ最近の会社主催のパーティーや社内報を見た女性社員たちが、顔が良いと騒いでいた渦中の人である。
どうして自分が名指しされたのか、真白には分かった気がした。
見てくれにも気を使わない真白なら、騒がないと思われたのだろう。
「社長のご子息だったんですね」
「すみません、自己紹介が遅れました。高月翔です。来年から入社するんですが、早めに色々な部署を見ておけと社長に言われてしまって……あなたの作業の手を止めさせてしまってすみません」
「……事業戦略部門事務の雪平です。これも仕事のうちですから、気にしないで下さい」
ちょうどエレベーターが開き、二人で乗り込み二階のボタンを押した。
閉まっていく扉を見ながら、狭い空間になったことによって感じるようになった香水の匂いが、少しだけきついなと真白は思った。
もともと、匂いに敏感な真白は、強い匂いを嗅ぐと頭痛になりやすく、自分で使う物に気を使っている。
ふと、こんな時なのに、響夜から嫌な香りを感じたことはないなと思った。
いつでも、彼らしい香りがするだけだ。
下降していたエレベーターが止まり、開いた扉から外に出ると、ようやく一息つけた。
「二階の案内をしますね。この階には食堂と管理部門のオフィスがあります。基本的に静かなんですが、広報の方たちは少し熱意のある方なので、社内報の取材に捕まった場合は半日ほど自分の仕事はできなと思ったほうがいいですね」
管理部門のオフィス内は、真白の印象では静かに整っている感じだ。慌ただしくなく、廊下に居ても静かだとさえ思う。
代わりに反対側にある食堂は、お昼の準備に忙しいのか、忙しない音がしてくる。
「あと、この階には自動販売機と喫煙室がありますね。自動販売機の故障の時には、管理部門に声を掛けて下さい」
「自動販売機は、二階だけですか?」
「いえ、四階にも自動販売機と喫煙室はありますよ。ただ、四階は会議室に近いので、たまに飲みたい飲み物が売り切れていることもあるんです。喫煙室もピリピリした雰囲気で、若い方は二階のほうがいいかもしれません」
「タバコは吸わないのでいいですけど、自販機は二階を使うようにします。せっかくの休憩時間に、飲みたいものも飲めないと、気分が下がりそうなんで」
「その方がいいと思います。では、三階に行きましょう」
エレベーターに乗り込んで、一つ上の階に向かう。
午後ということもあり、誰かとエレベーター内で一緒になることはない。
エレベーターの扉が開くと、二階とは違い廊下にまで慌ただしさが伝わってくる。
「三階は、店舗運営部と弊社サイトの運営部があります。今は少し忙しい時期かもしれません。店舗運営部は、来年のバレンタインフェア。サイト運営部は年末年始のおせちの販促活動の時期ですから」
「さっきの階とは、だいぶ雰囲気が違いますね」
オフィスを覗いた高月翔は「忙しそうだ」と呟いた。
実際、中の人たちに余裕はなさそうだ。
電話対応、ホワイトボードに書かれたり、貼られたりしているメモ、書類をめくる音。
どれも忙しい。
聞こえてくるのは、新規店舗との交渉や試食会の日程を決める声。
邪魔できない雰囲気で満ちている。
「では、五階に行きましょう」
「お願いします。店舗運営部はやりがいがありそうですね」
エレベーターに乗り込むと、高月翔はそんな風に言った。
「そうですね。時々、事務仕事のお手伝いでお邪魔しますが、繁忙期は殺伐としてますけど、とても活気のある部署ですね」
五階にたどり着くと、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。
「ここは、資料保管室と会議室が二つ、給湯室しかないので、とても静かな場所ですね。資料保管室は、IDカードがないと入れません。会議室は、事前に予約制です」
「資料保管室の清掃は、誰がやってるんですか?」
「年に二回ほどですが、事務の社員が交代でやっています。会議室は、基本的に予約者が掃除する決まりですが、一日の終わりに事務の私たちが、当番制で最終チェックと施錠を担当しています」
「そうなんですね。このビルに清掃業者は入れてるんですか?」
「はい。契約している清掃業者が夜間に清掃作業を行ってくれています」
会議室の扉についた細い窓から中を見たりした高月翔は、興味深そうに給湯室なども見ていた。
残りは六階だが、社長室と秘書室しかないため考えあぐねていると、彼は上へ上がるボタンを押した。
「僕は、このまま社長室に寄っていくので、雪平さんはオフィスに戻ってください」
困惑しているのが分かったのだろう。
高月翔は、そう言うとエレベーターに乗り込むと「案内ありがとうございました」と笑った。
その顔を見た瞬間、既視感に襲われた。
(なんでだろう?)
階段で下の階に戻る間も、拭えない感覚に首を傾げた。
直接会ったのは、今回が初めてだが社内報で写真は見たことがあるから、そのせいかもしれない。
そう結論付けた真白は、オフィスに戻った。
すると、すぐに上司が席までやってきて、一緒に戻らなかったからか、高月翔はどうしたのかと聞いてきた。
社長室に用があるからと、自分だけ戻らされたことを話すと納得して戻っていった。
権力が大好きな人間だから、社長の息子と繋がりを持ちたかったのだろう。
ここから厄介だったのが、普段はあまり話すことのない女性社員からも、高月翔について聞かれたことだ。
面倒くさいと思いながらも、円滑な人間関係のために答えながら作業を続けていく。
最後の方になると、自分が案内したかったなというのが、大体の意見だった。
特別、彼に対してなんの感情もない真白は、特になにかあるわけでもないのに、なんでそう思うのか不思議で仕方がなかった。
ドラマや小説のように、何かが始まると思っているのだろうか。
数字を間違えないように入力しながら、キーボードを打ち込んでいた手が、ふと止まった。
恋愛や異性に興味のなかった真白に、セフレがいるのも、ある意味物語の中だけだと思っていたような世界だ。
確率は、ゼロではないのかもしれない。
彼女たちが、もしかしたらと夢見ることも、ありえない物語ではないのだ。
間違いがないか確認を終えた真白は、データを保存してからパソコンの電源を落とした。
今日は、他の人の仕事が回って来ず、定時で上がることができたのだが、いつもの時間とは違う。
きっと、珍しい時間だから、駅に行っても響夜はいないだろう。
会社を出て、駅への道を歩きながら、最近の響夜の行動に慣れて、待っていてくれるのを期待していた自分に驚いた。
一緒に乗る電車も、夕食も、家までの道も、大切な時間だ。
それが、今夜はない。
そう思うと、ひどく寂しくて、胸の奥でもやもやしたものが育ち始めた。
思わず、スマホを取り出して、響夜のトーク画面を表示させていた。
前に進む足を止めることなく、ただ一言打ち込んだ。
『会いたい』
何も考えることなく送信していて、はっとした時にはもう取り消せる状態ではなかった。
無茶苦茶すぎる。
最近は、毎日一緒の時間を過ごしていたせいで、距離感がバグっていた。
彼にだって、別の予定があるはずだ。
別の女性を抱いているかもしれない。
そう考えたら、もっと嫌な気持ちになってきた。
こんな気分の時には、バーに行けば少しは晴れていたはずなのに、今夜は時間があるとしても行く気にはならなかった。
どこかスーパーにでも寄って、お惣菜でも買いまくって、一人パーティーでもしてやろうか。
ストレスの発散方法は、色々とあるのだ。
若干、やさぐれた気分になっていた。
「会いたいって言うくせに、無視しないでよ」
斜め後ろから声がして、真白は足を止めた。
(幻聴?)
一瞬、頭でもおかしくなって、聞きたい声を妄想しすぎたのかと思った。
ぐるぐると思考が巡っている間に、手を取られた。
軽く手を引かれ、視線を向けざるを得ない状況にされる。
そこには、いるはずのない響夜がガードレールに腰掛けていた。
「な…んで」
「会いたいって居たのは、真白じゃない」
「でも、いつもの時間と違う」
「なんとなく、早めに来ただけだよ。さあ、帰ろう」
立ち上がった響夜は、掴んでいる真白の手を握ったまま
歩き出した。
改札で響夜はスマホをかざし、真白は定期券をかざして通り抜けた。
駅のホームは、普段の真白の時間よりも混んでいて、人の目もたくさんある。
手を繋いでいるということが、なんとなくむずがゆい。
頭の片隅では、同僚に見られるかもしれないとも思ったが、心はそんなことはどうでもいいことだと思っている。
アナウンスが電車の到着を告げ、ほどなくして目の前を電車が横切り停まった。
電車が巻き起こす風圧が、目の前で邪魔そうに髪を揺らし、耳にかけようとした手がたどり着くよりも先に、響夜の手が払いのけてくれた。
「この位置だと、勢いがすごいね」
「うん、突風でした」
優しい声が、真白の耳たぶをじんわりと熱くする。
(彼の声は、こんな感じだっただろうか)
出会ってから、大した時間は経っていない。
彼の何を知っているのだろうか。
扉が開き、避けていても人の波に飲まれそうになった。
ありがたいことに、繋いでいた手が解かれ、響夜の手が腰に回って引き寄せられたことによって、安定感が生まれた。
「仕事の時間が長いのは嫌ですが、この混み具合から解消されるのなら、残業も苦じゃないかもしれません」
電車に乗り込み、響夜のおかげで生まれた空間に立ち、中の様子に目を向けながら、真白は疲れを滲ませた。
いつもの時間なら、座れなくても立っている場所がぎゅうぎゅうになることはない。
「それだと、疲れが溜まるじゃん。それに、この時間なら電車は混むかもしれないけど、その分家でのリラックスタイムが増えるよ?」
たしかにその方が体には優しい生活だ。
響夜の言葉に、頷こうとすれば耳元に唇が近づけられた。
「そうすれば、ベッドで甘やかす俺とのリラックスタイムを……週末以外にもできるようになるよ?」
ぞわっとする感覚を鳩尾に感じて、真白は響夜の腹部を叩いた。
「公共の場での振る舞いについて、私はなんて言いましたか?」
「え? 別に卑猥なことは言ってないけど? 真白は、何を想像しちゃったわけ?」
耳に息がかかるほどの近さで言われ、こんなに自分は耳が弱かったのかと驚く。
今夜だって、そんな気分ではなかったはずなのに、体は早く二人きりになりたがっていた。
コソコソと耳元で言われる度に、足の間がジンっとしている。
「ほら、駅に着いたよ?」
響夜にリードされて、家のある駅に降り立った。
なんだ、家に帰るのか。
がっかりした気持ちが顔に出たのか、響夜はなんだか嬉しそうに笑った。
「ほら、夕食はスーパーで買うか、ちょっと楽しんだ後にスマホで注文すればよくない? それとも、お腹すいた?」
「……今すぐ食べたいって訳じゃないです」
「じゃあ、早く帰ろう」
真白が望んでいるのか、響夜も欲してくれているのか。
どちらの気持ちがそうさせているのかはわからないが、これまでゆっくりと歩いて帰っていた道を、まるで急に雨に降られた人のように駆け出した。
言葉なんてない。
どちらが先に走り出したのかさえ思い出せなかった。
駅からさほど遠くないマンションにたどり着き、高まった感情のせいで、エレベーターに乗った瞬間には、キスをしていた。
ねっとりと、甘く濃いキスだ。
住人に見られたらなんて羞恥心は、靄のかかった頭では考えられない。
エレベーターが止まり、扉が開くまで続いたキスは、濡れて響夜の唇を艶めかせていた。
これほど、エレベーターから部屋まで遠く、鍵を取り出し開けるまでの時間をもどかしく感じたことはない。
これほど、扉が自動ロックだったことをありがたく思ったことはなかった。
以前のように抱き上げられ、自分で足を動かして靴を脱いだ。
廊下の途中に落ちたことも、脱衣所を通過されたことにも真白は文句を言わなかった。
今は、はやく響夜が欲しい。
電気も点けずに寝室に入り、いつもより乱暴にベッドに落とされても、それすらこれから起こる行為へのスパイスにしかならない。
カーテンが開いたままの室内は、何も見えない訳ではなく、満月のためかほどよく見える。
真白が自分でスーツを脱ぎ始めれば、響夜もパーカーとTシャツを豪快に脱ぎ捨て、引き締まった肉体をさらけ出していた。
ズボンのボタンを外し、シャツを脱いで、ブラジャーに手をかければ、ぐっと近づいてきた響夜に手を掴まれ、キスの勢いでベッドに倒された。
下唇を噛まれるという刺激に息を漏らせば、響夜は鋭く息を吸って、前にあるブラのホックを外し、両手でほんのりとした柔らかさしかない胸を揉みしだき、一度ベッドから降りる形になりながら真白のズボンを手際よく脱がせた。
この先に続く展開を想像して、体は火照ってくる。
響夜が脱いでいるであろう衣擦れの音を聞きながら、期待に膝を擦り合わせるが、すぐに開かれ内腿に吐息を感じた。
足の間に目を向ければ、内ももをじゅっと吸われた。
目が合ったが、次への予告なんてない。
唇が離れていった場所には、濃いめの内出血が残り、自分が付けた跡を確認するように、舌が這う。
「ん、んっ」
シーツをぎゅっと握りしめ、恥ずかしさに耐える真白の腰に響夜の両手が這わせられた。
「少し腰上げて」
かすれた声に言われるまま腰を上げれば、するするとショーツが脱がされていく。
自然と足から抜くのを手伝うように片足を動かせば、もう片方の足首に引っかかったままなのに、響夜は足の間に顔を埋めた。
何度も割れ目を舌が往復し、ぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。
彼の唾液だけではない、真白自身の潤いも混ざり合っているのだ。
時々、意地悪く主張を始めた粒を尖らせた舌先で弾かれる度に、真白は戦慄いた。
腰をびくつかせ、響夜に掴まれているせいで自由に動かせない足がもどかしく跳ねる。
「んっ、ああっ」
せり上がる快感が、出口を求めて暴れまわっていて、もっと欲しいのか、終わりにして欲しいのか分からなくなってくる。
舌を蜜壺に潜り込ませられる頃には、子宮が疼いて真白は物足りなくなった。
それでも、舌が指に変わり、二本の指でぐちゃぐちゃに乱されれば、一度目の絶頂が訪れた。
「あっ」
中が震え、真白自身にも分かるほど、収縮を繰り返し響夜の指を締め付ける。
指が出ていき、ベッドが軋んだ。
胸を上下させ、とろんとした目を向ければ、膝立ちで見下ろす彼と目が合った。
下へ視線をずらせば、響夜の興奮の証がそそり立っている。
太さも長さもあるが、不思議と怖さはない。
避妊具のパッケージを破る音が聞こえても、目が離せなかった。
響夜の手が自身を軽く扱き、避妊具を被せていく様子を、真白は下唇を軽く噛みながら見ていた。
視線を上げれば、いつから見ていたのか分からない響夜と目が合って、引き寄せられるように腰に両足を絡ませた。
動きに合わせて、覆いかぶさってきた彼がキスをしながら、中へと入ってくる。
何度も肌を合わせてきた真白は、まるで響夜のために作り変えられたように滑らかに迎え入れた。
入ってくる感覚、熱を感じながら、背中に両手を回した。
ここまではいつもと一緒だ。
中を甘く擦られ、打ち付けられる腰。
呼吸の仕方を忘れそうなキスの果てに、避妊具越しに感じる熱。
その瞬間に、ぎゅっと抱きしめられる重さが、真白は好きだった。
だが、今夜は違った。
真白は達したが、響夜にその気配はない。
腰が引かれ、中から抜かれていく陰茎に、新たな快感が生まれる。
余韻に浸りたかったが、まだ熱を吐き出していない彼が気になって、背中に回していた腕を離そうとすると、ぎゅっと抱きしめられたまま体を返された。
「体、起こせる?」
「んっ」
響夜の胸に手を当て起き上がり、彼の腰に跨る形になる。
腰を両手で掴まれ、親指でくすぐられると甘い痺れが生まれた。
「少し腰上げてくれる?」
ぐっと掴む手に力を入れられ、膝に力を入れて腰を持ち上げると、足の間に先端が当てられた。
「腰おろして」
初めて言われたことなのに、抵抗はなかった。
いつも、響夜は真白を喜ばせることばかりしてくれた。
これは、ある意味報いる行為だ。
響夜の腹筋に手をつきながら、腰を下ろすと、丸みを帯びた先端に当たった。
何度も達して、柔らかく綻んでいるその場所は、喜んで呑み込んでいく。
それでも、いつもは響夜の意思で進めていた行為が、自分のペースで腰を下ろすという行為に変わっただけで、感じ方も変わる。
おまけに、いつもよりも深く入ってきた。
お互いの腰がピッタリと合わさり、完全に座った形になると、真白は腹部に苦しさを感じた。
入れるだけで精一杯で、動くなんてできない。
「ちょっと……ま、まって」
待って欲しいのに、腰を掴んでいた手が胸へと上がり、ゆっくりと揉みしだく。
先端を指の腹で、軽く触られ、むず痒い。
体重を前にかければいいのか、後ろにかければいいのか分からず、もどかしい気持ちになっていると、ぐんっと腰を動かされた。
「んぐっ、はぅっ」
ゆっくりと揺らされ、前のめりになった真白は響夜の胸に手をついて腰を揺らした。
何が正解か分からないが、彼の呼吸が速くなり、胸から離れた手が腰を通り過ぎて、おしりを掴んで腰を打ち付け始めたところで、合っていたのだと理解した。
最後には、胸に倒れ込んだ真白の奥を刺激するように、小刻みに腰を動かして響夜は果てた。
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